幼馴染✕マネージャー✕ディレクタ✕コンサルタント=恋人(だといいな!)

朝明りん

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Sei>>>>Saito Side 4

  ②「彩人」★

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 夏休みが終わり、新学期が始まる。
 思い返せば短期間にいろいろなことがあった、高校1年の夏だった。

 まず、今年は九州で行われた、フェンシング部の全国総体の主だった結果について。

 創礎学園高校は団体戦で3位になった。三渓徹平はフルーレでベスト16入りを、森嶋紘都はサーブルでベスト8入りを果たした。
 彩人はエペで3位に、フルーレで準優勝となった。

 試合に行く前の晩、彩人は冷静な顔で「今年は優勝できないよ」と言った。
 なぜ? と問わなくても、俺にも理由は分かっていた。だから、「怪我にだけは気を付けて」と返した。「そんなことない」と反論して激励したい気持ちはもちろんあった、けれど彩人自身が真剣に分析して導き出した結論を、素人の俺が感情だけで混ぜ返すことはできなかった。

 その晩の予告通り、彼は両種目で同じ選手に敗北した。中学の時から、彩人は2学年上のそのフェンサーに苦戦する。名前を、寿 凛恩ことぶき りおんと言う。

 おめでたい名前のその選手が、俺は昔から大嫌いだ。

 2年先にソイツが生まれたというどうしようもない時間の差、つまりそのまま練習量の差、成長速度の差、体格の差、経験の差で、けしてもって生まれた才能が勝っているわけでもないのに、ヤツは彩人を翻弄し、いつもあと一歩のところで退ける。中学1年の時も。今年も。

 どうせ今年でヤツは高校フェンシング界を引退し、来年、再来年は彩人の独壇場になる。そう分かっているけど、俺は割り切れない。それは何より、競技の実力以外のところで、ヤツを軽蔑しているからだ。
 総体から戻った彩人は、『優勝』の2文字のない盾やメダルには、納得していた。これが今の自分の精一杯なのだと、だからまた明日から精進するのだと宣言する潔さは、俺には十分格好良かった。
 けれど、

「――また凛恩君に絡まれちゃった」

 そう苦笑いする顔は、どっぷりと疲弊していた。
 試合から戻った次の日の朝、彩人は我が家に来て言った。
 曰く。
 個人戦の後、表彰式に並ぶ場面で、奴は彩人に向かって「お前、まだあんな戦い方をしているんだな」と小馬鹿にする話し方で声を掛けてきたらしい。カデの試合や合宿以来、約1年ぶりの再会で、である。

「お前はバネや体幹なんかには生まれつき恵まれているかもしれない。けど生来の運動神経に頼りきった今みたいな戦い方をしていたら、あとちょっと年をとって、体が鈍りだしたら、あっという間に自滅するぜ? もっと頭を使った戦略を立てろ、だから俺に勝てねーんだ。フェンシングはフィジカルだけじゃなく、ココ・・でするスポーツだぜ?」

 自分のこめかみを人差し指でトントンと叩いて、彩人はその時の寿凛恩の言動を真似てみせてくれた。そして小さく溜め息をつき、

「一応、俺もアタマは使って戦ってるんだけどなあ……」

 そう言って、項垂れていた。

 8月中旬に招集された全国の強豪選手を集めた強化合宿の後もそうだった。そこにも寿凛恩がいた。合宿から帰った夜も、彩人は俺の家に来て、先日よりもっと深く項垂れて膝頭に顔を埋め、ヤツとの顛末を話した。
 寿凛恩は昔からそうやって、彩人と会う度に意地悪で威圧的な言動をよこしてきた。言われたくないこと、突かれたくないことばかり口撃してきて、彩人を落ち込ませる。心理攻撃なら試合前にだけすればいいものを、共栄と協調を学ぶべき場の合宿でもお構いなしで、四六時中、顔を合わせば辛辣な嫌味を吐くらしい。天性の性格の悪さ。何度俺もその場にいられたらと思わされてきたことだろう。中一の頃などヤツへの免疫のなかった彩人はまいってしまって、試合から帰ってくるなり、虐められた子どものように泣いていたものだ。
 と、その頃の事を思い出して、俺は慌てて項垂れた彩人の肩を引いた。
 驚いて、彩人が顔を上げる。
 その目が、濡れて――ない。

「? 何だよ?」
「……いや、泣いてるのかな、って」
「何で? 俺が? ……ああ、短期間で2度も凛恩君に虐められたから?」

 俺が肯くと、彩人はハッとやさぐれたように笑った。

「なわけないじゃん。幼気いたいけな中坊時代の俺ならともかく、何年創礎で先輩と監督とコーチとОBに鍛えられまくってきたと思ってる? ……クソ、思い出したらまた腹立ってきた、寿凛恩。大学生になったら絶対に俺が上に立ってやる」

 彩人は鼻の根本に皺を寄せて顔を顰めた。その頼もしい物言いに、俺は思わず吹き出して、それに彩人も乗っかり、しばらく二人で“打倒・寿凛恩”を掲げて笑い合った。
 しばらく笑い声が続き。
 ふっと、途切れる。
 彩人がこちらを見る。
 俺の目と、彩人の二重にも三重にも見える大きな杏型の目が、合う。

「こうやって心が強くいられるのは、成が俺に“お前が一番すごい”って言い続けてくれるからだよ」

 彩人が真っすぐに俺を見て、柔らかく微笑む。唇の合わせ目に小粒な歯の頭が並んで覗く。昔からこの手の話を素直に言い表す子だけど、こういう関係になって改めて真正面からストレートに言われると、……照れるものだ。そして、どうにも抱き締めたくてたまらなくなる。
 それは彩人も同じだったようで、俺に両腕を広げて小首を傾げる。腕をとって引くと、そのまま俺の胸に凭れかかってくる。

「今、誰か家にいる?」

 極間近に来た彩人がこちらを見上げて小声で聞く。俺は首を横に振る。

「ううん。父さんは夜勤で、母さんも遅出だから当分帰らない」
「そっか。よかった」

 納得したように頷き、それではと顔を近づけてくるのを、俺は手をかざして止める。彩人が変な顔をする。

「なんでダメ?」
「ダメじゃなくて」と言って、俺は少しの躊躇を挟む。

 彩人は強化合宿帰りで疲れている。運動部に入ったことのない俺では想像も及ばないくらい、きっとしんどい練習メニューをこなし、……それに寿凛恩みたいな奴に精神的にも削られてきて、今夜は少しだけリラックスしたら、疲弊した心身をさっさと自宅で休ませたいだろう。
 そう彼の心身を慮ることはできる。
 明日も朝から部活の彼を、早く帰してあげた方がいいということも。
 理性ではもちろん分かっているし、今までの俺なら100%そうしてきた。
 彩人がフェンシングで上に行く為には自分がどう振舞うべきかだけを考えるなら選択肢は一つだ。

 でも今こうして一週間ぶりに彩人が目の前にいると、自分が今までと全く違う考えをもっていることに気づいて、驚く。戸惑いもする。でもそれを相手の為に飲み込んであたかももっていないフリをすることもできないことに、もっと驚く。自分が、随分勝手な選択をしようとしている。俺はそんなことをする人間だっただろうか?

 俺は自分の身勝手さを隠すように、少し強引に彩人の腕を引いた。

「先に、風呂に行こう」

 そう言うと、彩人は「は?」と呆れたように絶句した。キスをかわされたことによほど納得いってないようで、「いや、合宿の汗は流してきたわ。そんなの後でいいだろ」と反論する。
 だが、そうではないと俺が諭すと、しばらく考え、ようやく意図に思い至ったようで、その顔が、一瞬でたじろいだ。

「……え、マジで言ってる……?」
「うん、言ってる」

 最初は、彩人が望むだろうからという思いから、知らないことをいろいろと調べて学んでいた。それらを修得するのは料理や美容師の技術を身に着けたのと大して変わらないなと思った。しだいに男女のものとは知識の道筋が分岐して、それでも、彩人の為であれば殆ど躊躇う気持ちもなく深層を進むことができた。
 ない物は調達した。未知な部分は当事者に聞く為、SNSで新たな交友関係を増やした。有形無形の知識とアドバイスを元に、いろいろなことを整えた。
 来週には彩人は海外チームの練習に参加する為、しばらく日本を離れてしまう。帰ってくる頃には夏休みは終わる。俺の執行部の活動量も増える。自由な時間は今よりずっと減ってしまう。以前に彼自身が言っていた、『疲れているからこそ癒されたいのだ』と。

 ――そういう尤もらしい言い訳を並べることはいくらでもできたけど、でも、そういうことではもうないのだと、分岐した道を進んでみた今にして思う。

 俺は長年、親友の気持ちも、親の思いも、いろいろなことを誤解していた。でも『堂谷彩人が望むことなら俺は全力で応え、叶えるだけだ』と思っていた自分自身の感覚こそが、俺の人生で一番の誤解だったと知った。

 出会って先に好きになったのは俺の方だったし、たぶん、先にこういうことを相手としたいと望んだのも、俺なのだ。『世界中の人間に堂谷彩人を見せつけたい』、『堂谷彩人が世界中の人に発見されて引く手数多の人気者になればいい』、熱烈に切望していたこの思いは、つまり、『“俺の・・”堂谷彩人として』ということだから。

 ずっと、俺は、どこから見ても素晴らしい人間であり天才的な競技者である彼に、選ばれて、好かれたかった。彼に自分だけを見て欲しくて、堪らなかった。

 それは彩人の言う清廉で潔白な『成が好き』という感情とは違った。次元が。性質が。俺のはもっと偏執的で、ドロドロと粘着質で、……表に披露していいような部類の想いではなかった。

 だから、蓋をしたのだ、大切な彩人に対してそんな気持ちを抱いている自分に気づきたくなくて。また、気づかれたくなくて。俺は彩人に友情以外の感情を抱いているわけがないと思い込もうとし、実際に思い込んだ。結果、彩人に片思いだと思い込ませるに至った。

 でも今は、俺のこの想いも、彩人に受け入れて欲しいと思っている。
 彩人なら――俺を好きだと言ってくれる彩人ならば、彼に対する俺の気持ちをありのまま晒しても、たぶん、大丈夫なのだろうと、彼自身が思わせてくれている。


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