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第二十話 美波、バズる。③

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「今日はその格好で撮影しなよ」 
 海斗くんはスプーンで炒飯を口に運びながら提案してきた、そう言えば昨日の動画はどれくらい再生されただろうか、スマホを手に取り自分のページを表示させた。
「あれ、再生数が凄い事になってる……」
 何が起きたのか理解できなかった、確かに昨日までは良くても十回観られてるかどうかだったはず、それが今日になって急に全ての動画が十万回を超えている、コメント欄も何百件と溢れていた。
『圧倒的美少女降臨』
『ほしみなまじ可愛い』
『ワイルドピッチの動画はまじで草』
『イェイイェイ』
『ほしみなはJK?』
 コメントの殆どが動画の内容よりは美波が何者かと言う憶測だった、好意的な意見が殆どだったが中には『うざい』や『ビッチ』などの謂れの無い誹謗中傷も混じっていた。それは八年前に教室で受けた行為と酷似している。早急に心の警鐘が鳴らされる、これ以上は見ない方がいい。海斗くんに画面を見せた。
「ツイッターからの流入かな、誰か有名な奴が拡散して一気に広まったんだろ」
 まずいな、と呟きスマホの画面を凝視している。
「なんかまずい?」
「ん、ああ、あまり有名になり過ぎると知り合いが見る可能性もあるだろ」
 同級生や家族がみたら気がつくだろうか、八年前の姿の美波に。
「でも世の中には似た人が三人はいるって言うし」
 まだ続けたいのか、そう聞かれてすぐに答えは出なかった。
「コメントに悪口書かれてる……」
 十の褒め言葉よりも一個の悪口に反応してしまう。
「ああ、この世で最も低脳なやつらの批判コメントね、低収入、低学歴で性格も見た目も残念な奴らの集まりなんだ、許してやってくれ」
 確認しなくても分かると海斗くんは言う、人生が充実している人間がこんな所に批判コメントはしない、誰にも相手にされないから構って欲しいだけだと。
「でも、やっぱショックだよね」
「この程度で落ち込んでたらSNSは出来ないよ」
 やめるか、と海斗くんは確認してきたけど首を横に振った、もう逃げない。その日も夕方六時、いつもの時間に動画をアップした。
 「どこにでもいるんだね、人の悪口で盛り上がる人達って」
 真夏にエアコンを付けて、海鮮チゲ鍋を食べていた、海斗くんのリクエストだ。
「自分に特筆した能力がないからな、他人の欠点を探すしかない、なければ捏造する」
 十八度に設定しているが額から汗が滲んでいる。
「なにが楽しいのかな」
 人の悪口を言った記憶がなかった。
「美波には分からないよ」
「海斗くんは分かるの?」
 子供扱いをされたようで少しムッとした。
「分からないね、分かりたくもない、馬鹿は嫌いなんだ、それに薄っぺらい奴らの言葉なんか響かないだろ」
 海斗くんは心底軽蔑している様子だった。
「心の声なんじゃないかな」
 社会への不満、不平等への怒り、心の中に溜まった心痛は行き場をなくして無関係の第三者に向けられる。それは自己防衛に等しくてある意味では社会の平穏を保つために必要な悪意なのではないか。
「甘えだね」
 海斗くんはにべもない、もちろん自己防衛の為に赤の他人を犠牲にして良い道理はない。言い換えればそれは戦争だ。己の正義の為に戦うのであれば他人はどうなっても構わない、聖戦と言う名の暴力は結局どちらかに不幸が訪れるのだから。
「この人達と話せないかな、実際に合って」
「はああ、このしょうもないコメントを入れてくる奴とか?」
「うん、実際に合って話したらまた違うと思うの」
「無駄無駄、コイツラは安全な場所からしか攻撃できないへっぽこの集まりだよ」  
 それからも動画の視聴回数はどんどん伸びていった、それに伴い悪口や誹謗中傷も増えていく。やらなければ良かった――。思い出したくもない過去を穿り返された気分だった、もちろん今なら自殺なんて考えない、その理由は明確、海斗くんがいるから。
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