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第二十三話 誹謗中傷男、ハッシー確保!③

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「はじめまして、ハッシーさん、これらのコメントなんですが事実とは異なる内容が含まれています、どういう事なんでしょうか?」
 マイクを持っていないのでグーにした拳をハッシーの口元に持っていった、しかし何やら呟いているだけで要領を得ない。
「ヤリマン女とありますが、情報源はなんでしょうか?」
「……」 
「偏差値が四十以下だという根拠は?」
「……」
「来週殺しに行くというのは殺害予告と受け取ってよろしいですか?」
「――がう」
「え?」
「ちがうんです、すみませんでした、すみませんでした」
 急にカメラに向かって土下座を始めた、謝るならば自分にだろうと思ったが口にはしなかった、海斗くんは楽しそうにカメラを向けている。
「あの、謝罪して頂きたい訳じゃないんです、ハッシーさんがどうしてこういったコメントを上げて、会ったこともない人間を傷つけようとするのか、それが知りたいんです」
 ハッシーはその質問には答えずにひたすら土下座をしている、視聴者数はいつの間にか三千人を超えてコメントも次々に流れてくる、その殆どがハッシーへの誹謗中傷だった。
「残念ですがハッシーさんの体調が優れない様なので、初めてのライブ中継はここで終わらせて頂きます、ただ、この様なコメントをするのは彼だけではありません、次はあなたのお家に伺うかも知れませんので、その際は先程の答えを用意して貰えると助かります、それではサヨウナラー、イェイイェイ」
 海斗くんがスマホをテーブルの上に置いた、ハッシーの横から正面に移動すると啜り泣く声が聞こえてくる。
「ううう、なんで、俺が……」 
 ガシャーンと激しい衝撃音が響いたかと思うと目の前にあった小さなテーブルがハッシーの後ろの壁に叩きつけられた、海斗くんが座ったまま足の裏で蹴っ飛ばしたようだ。
「自業自得だろうが、さっさと質問に答えろカス」
 本当に海斗くんは美波以外の人間には厳しい、と言うより怖い。
「あのう、本当に怒ってる訳じゃなくて、理由を聞きたいんです、顔を上げてください」
 ハッシーが顔を上げると目出し帽の奥から潤んだ瞳をこちらに向けた。警察の取り調べでは怒り役と宥め役に分かれるらしいが、今まさにその状況が自然と出来上がっていた。
「無意識なんです……」
 蚊の鳴くような声で呟いた。   
「無意識……ですか?」
 意味が分からずに聞き返してしまった。
「願望かも知れません……」
 テレビで成功している芸能人、スポーツ選手、大企業の社長、最近では有名なユーチューバーに直接コンタクトを取れるのが現代社会のメリットでありデメリットだ、ハッシーは自分よりも年下の人間が成功しているのを目の当たりにすると、何か欠点があるはずだ、完璧な人間などいるはずがない、もしもないのであればそれはあまりに不公平ではないか、と涙ながらに訴えだした。
「自分も成功するように頑張ろうって発想にはならないんですか?」
 素朴な疑問だった、例えば自分よりもソフトボールが上手い選手がチームにいるとする、その選手を誹謗中傷した所で自分がレギュラーになれる訳じゃない、まったく意味のない行為に思えた。 
「だーかーらー、美波には分からないって言っただろ」
 海斗くんが口を挟んでくる、でも確かに分からなかった。 
「あなた達みたいに、容姿がいい人には分かりませんよ、人は生まれた瞬間から人生が決まっているんです……」
 海斗くんが腹を抱えて笑っているが美波には益々理解できなかった、容姿と努力に何の関係があるのだろうか。
「もう行こうぜ、コイツと話しても時間の無駄だよ」
 立ち上がろうとする海斗くんを制して思いつきのセリフを口にした。
「ハッシーと友達になろう」
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