賞金王と呼ばれた男 〜童貞の果てしなき挑戦〜

桐谷 碧

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第十九話 尾行する女

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 今日も彼から連絡はない、自分から花束を投げつけた挙句に「さようなら」と、絶縁宣言を突きつけたのだから当然だろう。

 莉菜は鳴らないスマートフォンを見つめながら先日の出来事を振り返った。

 しかし――。

 今回は勘違いでも何でもない、目の前でキスをしている所を目撃したのだから。喜んだり、悲しんだり、彼と出会ってからの莉菜は感情の起伏が激しく情緒不安定だった。

 それでも、自分から連絡しようかと何度もスマートフォンを手に取った。その度になんて連絡するのか分からずに、ただ画面を見つめるだけだった。

『なんだ、やっぱり彼女いたんだー、騙されたー』
 なんか軽いなあ。

『なんなのあの女、浮気してたの』
 正式に付き合おうとも言われてないしな。

『突然出て行ってごめんなさい、許して』
 なんで私が謝らなきゃならないのよ。

 不毛な思考は連日続き、既に一ヶ月以上が経っていた。幸いなのは佐藤のスケジュールがびっしりで、連絡をする余地がない事だったが、ボートレースの公式ウェブサイトによると今週一杯はオフのはずだが、一向に連絡は無かった。

「莉菜いるー?」

 リビングからお母さんの声が聞こえてきた、ボサボサの頭にスウェット姿のまま布団から這い出すと声の元に向かう。

「いるよー、なあに」
 リビングではお父さんがソファに仰向けで寝ている、なぜか上半身は裸だ。

「どうしたの、お父さん」

「今朝ね、豊洲に仕入れに行った時に、重いもの持って腰痛めちゃったのよ」

 お母さんが湿布を腰に貼りながら説明してくれた、お父さんはグッタリと横たわっている。

「えー、大変じゃない、今日はお休みにしなよ」
「バカ野郎、ちっと腰が痛むくらいで休めるか、このスットコドッコイ」
 お母さんがやれやれ、といった表情をしている。

「悪いんだけど、薬局で鎮痛剤やら買って来てくれないかしら」

 はぁ、面倒くさいと思ったが、この家で暇なのは自分だけだ。莉菜は渋々承諾するとジーンズにパーカー、ボサボサの頭を結んでキャップを被った、もちろんメイクなどしていない。

 自転車にまたがり蕨駅前のドラッグストアを目指す、青空の下ペダルを漕ぎ続ける事十分、目的地が見えてきた。

『リニューアルオープンのため改装中』

 閉ざされたシャッターに貼られた紙をみて莉菜はため息をついた、全くもってツイてない、しばしシャッターの前で考え込むがドラッグストアはこの駅に一件しか無かった。

 手ぶらで帰るわけにもいかず、仕方なく自転車を駅前の駐輪場に停めると、自動改札機にスマートフォンを充てて蕨駅に入った、京浜東北線の赤羽方面に乗り込むと隣駅の西川口に着く。

 しかし待てよ、莉菜は頭をフル回転させる、この小さな駅のドラッグストアでは目当ての品々が見つからないかも知れない、あと二駅で赤羽駅だ、赤羽なら大きなドラッグストアが何件からあるので確実だろう。

 そう自分に言い聞かせながら、密かに佐藤とバッタリ会うかも知れない可能性を胸に秘めながら西川口駅を通り過ぎた。

 平日の昼間だというのに赤羽駅は人で溢れている、莉菜は駅前にある大型のドラッグストアに入ると目当ての商品を探した。

「すみません、腰を痛めまして、湿布とか鎮痛剤ありますか?」

 あまりにも商品が多くて探すのも面倒になった莉菜は近くの店員に話しかけた、人の良さそうなお兄さんは、親切に商品棚まで案内してくれた上におススメを紹介してくれる。

「では、お大事に」
「いや、私じゃ……」

 言い終わる前に店員さんは目の前から消えていた。五台あるレジはどこも渋滞だ、一番速く流れそうな列に並んで順番を待った。

 目の前に並ぶ若い女が購入している商品をなんの気無しに眺めていた、ポケットティッシュ、下着、除菌シート、栄養ドリンク、コンドーム――。

 うわぁ、昼間から堂々とよく買えるなあ、と莉菜は鼻白んで観察していた、どんな女か見てやろうと顔に視線を上げた所で固まった。

 威風堂々とスキン商品を購入する美しい女は先日、佐藤の病室でかち合ったあの女に間違いなかった。

 莉菜の心拍数は急上昇した、佐藤に逢えるかもと期待して赤羽くんだりまで足を運んだのに、よりによって天敵に出くわしてしまった。

 それよりも気になるのは、たった今購入したその如何わしい商品を、誰と使うのかだった。

「お次の方どうぞー」

 女の会計が済んで莉菜が呼ばれた、カゴに入った商品のバーコードを読み取っている間も視線は女を追いかけている、幸い女は買い忘れた物でもあるのだろうか、店頭に並んだ商品を眺めていた。

 スマートフォンで料金を支払うとキャップを深く被り直して女の横を通り過ぎた、女は鼻歌を口ずさみながら、ご機嫌な様子で商品の陳列棚を眺めている。

 莉菜は距離を取りながら女を観察した、ヒールの高いサンダルに春物のミニワンピースは、身体のラインが強調されるタイプで華奢な身体がより一層際立っていた、ジャケットを羽織っているがおそらく脱いだら両肩が丸出しになるタイプだ、姉が着ているのを先日見た。

 まだ寒いだろうが、その格好は――。

 しかし、胸は私のほうがボリュームが、莉菜は片手で自分の胸を揉んでいると、通り過ぎたサラリーマンが怪訝な表情でコチラを見ている。

 ふと、ガラス張りになった喫茶店にうっすらと映る自分の姿を確認した、無造作に一本で結んだ髪の毛が尻尾のようにキャップの後ろから飛び出している、スニーカーにジーンズ、パーカー姿の怪しい女が電柱の陰で肩乳を揉んでいた。

 莉菜は急いで姿勢を正して、その場を離れようとした。

 はずだった――。

 思いとは裏腹にドラッグストアに戻るとマスクを購入した。

 居なくなってて――。

 その願い虚しく、女はまだドラッグストアの前をウロウロとしていた。仕方なくマスクの袋を破り装着した、これなら例え親でも莉菜だと分かるのは困難なはずだ、女は時計を確認すると駅前の噴水に向かって歩き出した、予想通り誰かと待ち合わせのようだ。

 まるで、ギャンブルの結果を待つように莉菜は願った、これから現れる男が彼じゃありませんように、と。

 もし彼じゃ無ければ、そうだ、あの女に騙されている事になる、それならば一刻も速く伝えてあげなければ。そうすれば二人は晴れて何の障害もなくなり――。

 と考えていた所で女はパッと笑顔になり手を振っている、あまりにも幸せそうな笑顔になぜか胸がチクリと痛んだ。

「寿木也くん……」

 女の視線の先に現れた男を見て、その場にへたり込みそうになりながら呟いた。二人は並んで歩き出すと赤羽駅の改札口に吸い込まれて行く、莉菜はふらふらと二人の後を追った、こんな事をしても惨めになるだけだと、分かりながらも本能が莉菜の歩を進めた。
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