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第二十話 尾行する女②
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二人は東京駅方面に向う京浜東北線に乗り込むと、空いている席に座った。
「二人で旅行なんて――」
「確かに――」
二人の会話がかろうじて聞こえるか聞こえない位の距離に莉菜は座っていた。別にもう見つかってもいいや、そんな投げやりな態度が逆に自然に場に溶け込み、誰も莉菜を怪しむ者はいなかった。
二人は東京駅に着いた所で席を立つと、新幹線乗り場に向かって歩き出した、ここまでかな、みどりの窓口で熱海までの切符を買う二人をすぐ後ろで観察していた。
「お次の方どうぞ」
窓口の駅員に呼ばれてカウンターまで行くと「熱海まで」と口が勝手に喋っていた。駅構内にある巨大な惣菜屋で、二人は楽しそうに新幹線の中で食べるであろうお弁当を選んでいる、旗から見たらそれはもう恋人同士で、誰もが羨む美男美女だった。
平日の熱海方面行きの新幹線は、自由席もガラガラだ、莉菜は堂々と二人の後ろの席に座った。新幹線が走り出すと二人は缶ビールを空けてお弁当を食べ始める、たわいのない会話を流れる車窓を眺めながら聞いていた。
東京から熱海までは一時間もかからない、もう少しで目的地に着く所で気になる会話をし始めた。
「何だったんだよ、こないだのは」
「なにが?」
「病院での事だよ、莉菜ちゃんが誤解しちゃったじゃないかよ」
「ふーん、あの女、莉菜って言うんだ」
「せっかく上手くいきそうだったのに、絶対嫌われたよ」
「結局その程度だったって事でしょ、早めにわかって良かったじゃない」
莉菜は心臓の鼓動が速くなるのを感じた、やっぱりこの女の人は彼女じゃないのかも知れない、だったらどうして。
「妖精になっちまうよ」
「なによそれ」
「お前、知らないのか、三十歳まで童貞だと妖精になるんだぞ」
「馬鹿じゃないの、じゃあ三十まで処女の女は何になるのよ」
「妖怪とか……」
「ひどーい、なんであんたが妖精で私は妖怪なのよ」
「え、お前、処女なの?」
「……」
続きが気になる所で新幹線は熱海駅に到着してしまった。
しかし――。
莉菜は段々二人の関係性を掴み始めていた、自分の推理が正しければ彼はなんと鈍感な男だろうか、目の前に座る天敵に同情の気持ちが芽生え始めていた。
熱海駅の改札口を出ると旅館への送迎の為に、旅館名が描かれた台紙を持って何人かが立っていた。二人はその内の一人と何やら会話するとワゴン車に乗り込んだ。
莉菜はワゴン車に書かれた旅館名を記憶するとスマートフォンを取り出して『熱海 旅館 志乃』と検索した。
各予約サイトが旅館の空き状況と料金を表示している、一泊六万円~、かなりの高級旅館だが気にしてはいられない。すぐに電話をかけると上品な声が通話口から聞こえてくる。
「お電話ありがとうございます、志乃で御座います」
「あの、本日一名なんですが」
「少々お待ちくださいませ」
莉菜は空いている部屋の中で一番グレードが良い部屋を希望した、きっとあの二人は高い部屋に泊まるに違いない、彼ならきっとそうする、運が良ければ隣の部屋を取れるかも知れない。
「スウィートデラックスに空きが御座います、宜しいでしょうか?」
値段も聞かずにその部屋を予約した、手持ちは無いがカードくらい使えるだろう、生憎、貯金ならかなりある方だ。駅前のタクシーを捕まえて旅館名を告げると目的地に向かって走り出した。
高級感のある和風のエントランスに入ると、和服のスタッフが出迎えてくれた、この旅館におおよそ相応しくない出立ちの莉菜を見てもまるで動じない所は流石だ。ガラス張りの向こうの景色は山と海が見える、座り心地の良いソファで待っていると先程のスタッフがチェックインの用紙とお茶を運んでくる、住所と氏名を記入した所で手が止まった。
職業――。
キャバ嬢、若いキャバクラ嬢が一人で温泉に来るだろうか、それに今の格好はあまりに野暮ったい、悩んだ末に『作家』と書き込んだ、作家ならインスピレーションを養う為に高級旅館に一人で泊まる事もありそうだ、顔バレしていない有名作家と勘ぐってくれたら儲け物だが。
通された部屋『雅』は想像以上に豪華な部屋だった、入ってすぐに広がるリビングは巨大なテレビとソファが置かれていた。全面ガラス張りになっていて、テラスにはソファと専用の露天風呂が付いている、寝室にはダブルのベッドが二つ、やはり巨大なテレビが壁に掛かっていた。
莉菜はテンションが上がり部屋の中を隅々まで物色した、備え付けの珈琲メーカーで、コーヒーを入れるとテラスで一休みする。
「ああ、疲れた……」
小鳥の囀りを聞きながら微睡んでいると、近くで扉を開ける音と女の声が聞こえてきた。
「すごーい、寿木也、見てみて、露天風呂大きいよ」
心拍数が一気に上がる、莉菜の読み通り二人は一番良い部屋を取ったようだ。タクシーの中で旅館のホームページを調べた所、最も高いスウィートデラックスは一階に二部屋しかない、隣同士になる確立は高かった。
莉菜は声がする方に近づいていった、隣と仕切りがある訳じゃないが、計算されたように草木が生えていて覗き見る事は出来ない。
「キャッ、ちょっと、何裸になってるのよ」
「温泉着いたらまずは風呂だろ、覗くなよ」
この草木の向こう側に素っ裸の彼が、想像すると興奮して頭に血が上る、なんとか覗けないだろうか、草木に沿って歩いて行くと木の扉を発見した。莉菜の背丈よりも低い扉で掛金にはダイヤル式の南京錠が掛かっている。
「三桁か……」
いつでも向こうに潜入出来ることを確認すると、莉菜は露天風呂に浸かりこれからの作戦を練り始めた。
「二人で旅行なんて――」
「確かに――」
二人の会話がかろうじて聞こえるか聞こえない位の距離に莉菜は座っていた。別にもう見つかってもいいや、そんな投げやりな態度が逆に自然に場に溶け込み、誰も莉菜を怪しむ者はいなかった。
二人は東京駅に着いた所で席を立つと、新幹線乗り場に向かって歩き出した、ここまでかな、みどりの窓口で熱海までの切符を買う二人をすぐ後ろで観察していた。
「お次の方どうぞ」
窓口の駅員に呼ばれてカウンターまで行くと「熱海まで」と口が勝手に喋っていた。駅構内にある巨大な惣菜屋で、二人は楽しそうに新幹線の中で食べるであろうお弁当を選んでいる、旗から見たらそれはもう恋人同士で、誰もが羨む美男美女だった。
平日の熱海方面行きの新幹線は、自由席もガラガラだ、莉菜は堂々と二人の後ろの席に座った。新幹線が走り出すと二人は缶ビールを空けてお弁当を食べ始める、たわいのない会話を流れる車窓を眺めながら聞いていた。
東京から熱海までは一時間もかからない、もう少しで目的地に着く所で気になる会話をし始めた。
「何だったんだよ、こないだのは」
「なにが?」
「病院での事だよ、莉菜ちゃんが誤解しちゃったじゃないかよ」
「ふーん、あの女、莉菜って言うんだ」
「せっかく上手くいきそうだったのに、絶対嫌われたよ」
「結局その程度だったって事でしょ、早めにわかって良かったじゃない」
莉菜は心臓の鼓動が速くなるのを感じた、やっぱりこの女の人は彼女じゃないのかも知れない、だったらどうして。
「妖精になっちまうよ」
「なによそれ」
「お前、知らないのか、三十歳まで童貞だと妖精になるんだぞ」
「馬鹿じゃないの、じゃあ三十まで処女の女は何になるのよ」
「妖怪とか……」
「ひどーい、なんであんたが妖精で私は妖怪なのよ」
「え、お前、処女なの?」
「……」
続きが気になる所で新幹線は熱海駅に到着してしまった。
しかし――。
莉菜は段々二人の関係性を掴み始めていた、自分の推理が正しければ彼はなんと鈍感な男だろうか、目の前に座る天敵に同情の気持ちが芽生え始めていた。
熱海駅の改札口を出ると旅館への送迎の為に、旅館名が描かれた台紙を持って何人かが立っていた。二人はその内の一人と何やら会話するとワゴン車に乗り込んだ。
莉菜はワゴン車に書かれた旅館名を記憶するとスマートフォンを取り出して『熱海 旅館 志乃』と検索した。
各予約サイトが旅館の空き状況と料金を表示している、一泊六万円~、かなりの高級旅館だが気にしてはいられない。すぐに電話をかけると上品な声が通話口から聞こえてくる。
「お電話ありがとうございます、志乃で御座います」
「あの、本日一名なんですが」
「少々お待ちくださいませ」
莉菜は空いている部屋の中で一番グレードが良い部屋を希望した、きっとあの二人は高い部屋に泊まるに違いない、彼ならきっとそうする、運が良ければ隣の部屋を取れるかも知れない。
「スウィートデラックスに空きが御座います、宜しいでしょうか?」
値段も聞かずにその部屋を予約した、手持ちは無いがカードくらい使えるだろう、生憎、貯金ならかなりある方だ。駅前のタクシーを捕まえて旅館名を告げると目的地に向かって走り出した。
高級感のある和風のエントランスに入ると、和服のスタッフが出迎えてくれた、この旅館におおよそ相応しくない出立ちの莉菜を見てもまるで動じない所は流石だ。ガラス張りの向こうの景色は山と海が見える、座り心地の良いソファで待っていると先程のスタッフがチェックインの用紙とお茶を運んでくる、住所と氏名を記入した所で手が止まった。
職業――。
キャバ嬢、若いキャバクラ嬢が一人で温泉に来るだろうか、それに今の格好はあまりに野暮ったい、悩んだ末に『作家』と書き込んだ、作家ならインスピレーションを養う為に高級旅館に一人で泊まる事もありそうだ、顔バレしていない有名作家と勘ぐってくれたら儲け物だが。
通された部屋『雅』は想像以上に豪華な部屋だった、入ってすぐに広がるリビングは巨大なテレビとソファが置かれていた。全面ガラス張りになっていて、テラスにはソファと専用の露天風呂が付いている、寝室にはダブルのベッドが二つ、やはり巨大なテレビが壁に掛かっていた。
莉菜はテンションが上がり部屋の中を隅々まで物色した、備え付けの珈琲メーカーで、コーヒーを入れるとテラスで一休みする。
「ああ、疲れた……」
小鳥の囀りを聞きながら微睡んでいると、近くで扉を開ける音と女の声が聞こえてきた。
「すごーい、寿木也、見てみて、露天風呂大きいよ」
心拍数が一気に上がる、莉菜の読み通り二人は一番良い部屋を取ったようだ。タクシーの中で旅館のホームページを調べた所、最も高いスウィートデラックスは一階に二部屋しかない、隣同士になる確立は高かった。
莉菜は声がする方に近づいていった、隣と仕切りがある訳じゃないが、計算されたように草木が生えていて覗き見る事は出来ない。
「キャッ、ちょっと、何裸になってるのよ」
「温泉着いたらまずは風呂だろ、覗くなよ」
この草木の向こう側に素っ裸の彼が、想像すると興奮して頭に血が上る、なんとか覗けないだろうか、草木に沿って歩いて行くと木の扉を発見した。莉菜の背丈よりも低い扉で掛金にはダイヤル式の南京錠が掛かっている。
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