モラハラ夫との離婚計画 10年

桐谷 碧

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 朝、出勤すると恒くんはもう席に着いてパソコンを眺めていた。わざと他人行儀に「おはようございます」と言って目も合わせない。

『昨日どうしたの? 寝てたよ』

 社内メールをチェックする。嘘つき。

『すみません、ちょっと用事がありまして』

『今日逢えるじゃん、その時に聞くよ。優香の作るハンバーグ楽しみ』

『すみません、今日は用事。夫の晩御飯を作らないと』

 馬鹿にしないでよね。そんな都合のいい女は他を当たってください。サヨウナラ。

『ちょっと、どうしたの? 怒ってる?」

 怒ってる? 私は怒ってるの? 何を?

『まさか、怒ってなんていませんよ』

『なんか敬語だし、とにかく仕事終わったら話そう』

『いえ、話す事はないので』

 首を曲げないように目線だけを恒くんに向けた。彼は固まったまま動かない、その瞳から涙が溢れた。パタパタっとキーボードに落ちる音が聞こえた気がして胸が苦しくなる。

 どうして?

 私は慌てて立ち上がり「ちょっと良いですか?」と言って恒くんを屋上に連れ出した。まだ、まばらな社内に怪しむ人間はいない。


「ゆうちゃん……」

「ちょっとなに泣いてるの、他の人が見たらびっくりするよ!」

 ハンカチで目元を拭う、鼻水も垂れてる。

「だってゆうちゃんが……」

 子供みたいにシクシクと泣く恒くんを「よしよし」と抱きしめる。

 何してるんだ私は。

「ほら、泣かない。もう始まるよ」

「じゃあハンバーグは?」

「……それは」

 はぐらかそうとしたらみるみる内に目に涙が溜まってくる。すかさずハンカチで拭う。

「分かったから、作るから。もう、泣かないで」

「本当に?」

「うん」

 恒くんはパッと笑顔になり私を抱きしめる、誰もいない会社の屋上で、数時間前に固めた覚悟はあっさりと崩壊して彼と唇を重ねていた。

 ずるい――。そんなのずるいよ。

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