モラハラ夫との離婚計画 10年

桐谷 碧

文字の大きさ
37 / 56

37

しおりを挟む
「はじめまして、水森です」

 旧姓を名乗る意味は特になかった。けれど夫の姓は出したくない。なんとなく。

「どうもどうも松本くんの彼女さん。よく来てくれたねぇ、沢山食べていってよ」

 真っ黒に日焼けした社長は相好を崩して白い歯を見せた。若々しくてとても50代には見えない。

 埼玉県の新興住宅地に建てられた一軒家の庭、天然芝が張り巡らされていて、テニスコートくらいの広さがある。

 中堅の広告代理店社長。その稼ぎがいかほどかは想像出来ないが、埼玉県に豪邸を建てるほどには稼いでいるようだ。

「悪いな優香」

「ううん、全然」

 社長の趣味で年に数回、自宅の庭で開かれるバーベキュー。社員は自分の奥さんや彼女を連れてくるのが通例で、ゆうくんもまた社長に詰められて私を誘ったらしい。

「結城さんの彼女さん?」

「あ、はい」

 女子社員もいたが連れを帯同させている人間はいない。このご時世、そんな事を女子社員に強要したらどうなるか分かっているくらいの常識はあるようだ。

「ビールでいいかな?」

「ありがとうございます」

 クーラーボックスから冷えた缶ビールを取り出して私に手渡した女性社員。若い、そして可愛い。

 そう意識して周りを見渡すと若い女性が多い。男性社員の年代はバラバラなのに女性は全員、私よりも年下に見えた。

「松本ー! 彼女紹介しろよー」

 すでに酔っ払っているのか、顔を真っ赤にした体格の良い男がゆうくんの肩に手を回してきた。

「潮田さん、もう酔ってます?」

「ばっか、シラフだよ。こんにちは潮田です。松本の上司でーす」

「あ、そうなんですね。お世話になります」

 私はぺこぺこと頭を下げた。意味もなく。

「同級生なんだって?」

「あ、はい」

「結婚しないの?」

「あ、いずれは……」

 ゆうくんの上司、潮田さんは辺りをキョロキョロと見渡してから小声で言った。

「こいつさぁ、女子社員から人気あるから気をつけなよ。寝取られたりしないように」

「ちょ、潮田さん!」

 ゆうくんが慌てて否定すると彼はワッハッハと豪快に笑って離れていった。

 アットホームな雰囲気の会社、私服のせいか大学のサークルみたいだ。社員同士で恋が生まれてもなんら不思議はない。

 しかし、周りを見渡してもゆうくんより良い男は皆無だった。改めて思い知る。松本結城はかなりの優良物件だと。

 急に女子社員の視線が苦痛になってきた。みんな私を品定めするように次々に話しかけてくる。

 そのほとんどが安堵の表情を浮かべているように私は感じた。私はもよおしたフリをして自宅内にあるトイレを借りた。

 鏡に映る自分の顔を見て後悔した、もう少しキチンと化粧してくれば。こんな野暮ったい服装で来なければ。

 トイレから出るとキッチンから話し声が聞こえる。換気扇の下でタバコを吸う女性が二人。ヒラヒラした可愛い服装。

「なにあれ? ふつー」

「ね、話になんないっしょ」

「気もきかねえし、働けよブスって感じ」

 言ってない、私のことだなんて一言も言ってない。でも顔から火が出るほど恥ずかしかった。

 誘われたからお客さんだと思って何もしなかった。他の女の人たちは動き回ってたのに。でもそれは社員かと思ったから。初めてで分からなかったから。

 だからテメーは派遣なんだよ一一。

 夫の言葉が頭の中を反響する。

 私はダメな女だと思い知る。今更。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。 「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

離婚した妻の旅先

tartan321
恋愛
タイトル通りです。

妻への最後の手紙

中七七三
ライト文芸
生きることに疲れた夫が妻へ送った最後の手紙の話。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...