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君に捧げん

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 彩姫は、女王は、城の窓から国を見下ろしました。

 その国土のどこにも、ほむらの姿は無いのです。

 オジィも亡くなった今、その血縁すらもおりません。

 この地より、彩姫の希望は消え去ってしまったのです。

「姫さま。いえ、女王陛下。よろしいのですか?」

 かつて側近は言いました。

「いいのよ」

 彩姫は答えました。

 あっけなく王子が死んだせいで、彩姫には子供がおりません。

 子供がなくば、国を継ぐ者がおりません。

 この貧しい国に、王族の血以外、価値あるものがありましょうか。

「養子をとりましょう」

 かつて彩姫はおっしゃいました。

「いいのですか?」

 側近たちは騒めきました。養子では、王族の血は望めないからです。

「私の子として育てたのなら、何ら問題はありません」
「ですが陛下」
「結局のところ。求めているのは国王の座。王族という肩書。何ら問題など、ないのです」

 キッパリと言い切る彩姫に、側近たちは顔を見合わせました。

 彩姫は、ぜんの子供を養子に迎えました。迎えの者は言いました。

「姫さまの、いや、女王陛下のお情けだ。お前ひとりで育てるのは大変だろう。その子を寄こしなさい。」
「いやです。やめてください」
「その子は城で暮らすのだ。城で育てば何不自由なく、暮らすことができるのだ。その方が、その子のためだろう」
「その子はぜんの忘れ形見なのです。嗚呼、お願いです。私から奪わないでください」
「お前だって、まだ若い。その子をこちらに寄こしなさい。自由になって、また子を産むといい」
「やめてください。ヤメテ––––!」

 見苦しくも泣き喚く、ぜんの妻から女王の使いの者たちが子を奪い取ったのでございます。

 ほむらの命を奪い去った男たち。

 ほむらの命を奪った原因を作った男たちの中で、子を持ったのはぜんだけでした。

 彩姫としては物足りないものでしたが、生まれてもいない者を奪うことはできません。

 ほむらを奪われた代わりに、ぜんの子を手に入れる程度のことしか、彩姫にはできませんでした。

 手元に引き取った子は女の子。

 彩姫は、その子に優しい虐待を続け、何一つまともに出来ることができない女性へと仕上げてみせました。

 そして恋を覚える年頃になると、政略結婚で他国にやってしまいました。

「女王陛下。お恐れながら女王陛下。王を迎えるのではなかったのですか?」
「あの子は王族の血をひかぬ。婿をとっても意味がない」
 
 他国にやられたその子が、その後、どうなったかを知る者はおりません。

「しかし、女王陛下。王を迎えなければ、援助を貰い続けることができません」
「そうね。仕方ないわね」

 彩姫は、涼しい顔で答えるのです。

 姫を嫁がせるのと、婿を取るのとでは事情が異なります。

 一時しのぎの富は得たものの、そんなものは流れる時の中で露と消え。

 貧租の国は、より貧しく、より乾き。

 乾きに乾き、飢えに飢え。

 国は荒廃していくばかりでございます。
 
 見かねた側近が、彩姫に語り掛けました。

「姫さま……いえ、女王陛下」
「なにかしら」

 側近が乾いた唇を舐め舐め、彩姫に進言をするのでございます。

「国が荒れているのでございます」
「それがどうしたというの? 昔からのことではありませんか」
「民が飢えているのでございます。何らかの手を打たねば。我が国が終わってしまいます」

 側近にチロリと視線を投げると、彩姫は視線を戻しました。窓の外に広がるのは、貧租の国。カラカラに乾いて荒れて、いつも通りの国の姿がそこにはありました。

「私が知っている国は、この姿よ。いつも変わらず、この姿よ」
「ですが……女王陛下。この国を守るのが貴方のお役目ではありませんか」
「そうかしら?」
「陛下……この国は、貴方次第なのでございますよ」
「そうかしら?」
「貴方を、陛下を頼りにしている、民の姿が見えませんか」
「見えているわ」
「ならば、どうして……」
「だって私には。この国に、私の守りたいものは無くてよ」

 老いてなお。

 憎しみに染まりても、なお。

 退廃が支配してもなお、その横顔は美しく。

 彩姫は艶やかな笑みを側近に向けました。

 これ以上、側近に言えることなどありましょうか。

 彩姫は、美しいゆえに残酷をより強く、時代に刻みつけて行くのでありました。
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