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第二十九話 真相
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王妃ルシアナの罪は、クロイツの協力者たちによって暴かれた。
レイチェルは心地よい風が吹き込む青い部屋のソファに座り、クロイツから八年前のことの次第の説明を受けた。
クロイツは書き物机の前の椅子に座って説明をする。
ルシアナの味方は、クロイツの味方に比べると小物ばかりだったが数が多かった。
副神官をはじめ、使用人に至るまで、その数はクロイツたちの予想を遥かに超えていたのだ。
「有力者は、ぼくの後ろ盾になってくれていたけど……その下となると一枚岩ではなかったようだ」
「そうでしたか」
「ん。上を蹴り落として、その地位を奪いたい者は沢山いる。その『沢山』の側の人物を多数おさえ、数で勝負を仕掛けられていた」
憂い顔のクロイツに向かって、レイチェルは頷いて見せた。
「人の欲は、立場に合わせて決まるわけではありませんからね」
「ああ。そうだな」
クロイツはメイドに毒を盛られたことを思い出し、口元を歪めた。
「敵がどこに潜んでいるか分からないから、かえって無頓着になってしまうよ」
「そうですね。すべての危険を回避しようと思ったら、すべて自分でやるしかありませんから」
「ああ、そうだ。そんなことは無理だから、どうしたって敵の付け入る隙はできる。厄介なことに、その危険はこの先もついて回る」
うんざりした様子のクロイツに、レイチェルはにっこりと笑いかけた。
「クロイツさま。そのために、わたしがお側にいるのですわ」
「ん。君が側にいてくれて心強いよ」
窓から入る風が白いレースのカーテンを膨らめて、それを潰すようにしながら部屋のなかを吹き抜けていった。
レイチェルは風の行方を目で追いながら、静かに口を開いた。
「そして事件は、ここで起きたのですね」
「ああ」
八年前のあの日。
王太子と聖女は彼の部屋で、一緒にお茶の時間を過ごしていた。
「ヘレンさまと、この部屋でご一緒にいたのですね」
「ああ。でもレイチェル。勘違いしないでおくれ。ぼくと彼女は、ただ話をしていただけなのだから」
「ふふふ。分かっています」
話をして笑いあうだけでも、夜伽聖女レベルの聖女ともなれば、軽い呪いなら勝手に解けていく。
そのことはレイチェルが一番よく知っている。
(だから……クロイツさまがヘレンさまとは何もなかったと言うのであれば、それが真実なのでしょう。まだ十六歳と若かったし……。幼馴染としてヘレンさまにも幸せになって欲しいから、夜伽聖女の任を解きたいと思っていたのも事実でしょう。でもヘレンさまが生きてらしたら、それは叶わなかったでしょうね)
なぜならクロイツは、狙われ続けたからだ。
彼が命を狙われ続けていた理由は、王太子としての揺らぐことのない地位を築いていたからだ。
揺らがないものを奪うには、その命を奪うしかない。
「クロイツさまは王妃殿下の第一子として生まれた男子ですもの。狙われて当たり前ですよね?」
「いや、それだけでない。ぼくの母は後ろ盾が強固だった。強固過ぎたといってもいいほどだ。母の実家は、地位が高いことはもちろん、資産や人脈にも恵まれていた。だから政治的な駆け引きすら出来なかったのだ」
それはクロイツにとって幸運でもあり、不幸でもあった。
裏でこそこそ謀略を巡らせることができなければ、本人を叩くより他ない。
「だからぼくは幼少時から何度も誘拐されかけたり、殺されかけたりしていたそうだ」
「まぁ!」
「呪いも日常茶飯事だ」
だからこそ直接命を狙って襲ってくる刺客へ対抗する護衛たちはもちろん、夜伽聖女の存在も重要だった。
ヘレンはクロイツにとっての最後の砦。
(わたしはまだ幼かったし、身分も低かったから……)
クロイツの考えや思いがどうであったかは関係ない。
身分も、力も、丁度よい存在であるヘレンが、夜伽聖女の任を解かれることはほぼなかっただろうとレイチェルは思った。
「いつ刻まれたのか分からないが、ぼくの体には、解くことすら危険な呪いの魔法陣が刻まれている。この呪いには下手に手を加えることができないそうだ。だから別の魔法陣で封じられて、未だにぼくの体のなかにある」
他にも保護や防御の魔法陣が複雑に刻まれて、クロイツは守られていた。
だから安心というわけでもないが、まさか反クロイツ派から、それを利用されるとは想像もしていなかったそうだ。
「ヘレンが亡くなったあの時も、今回と同じ方法が使われた。飲み物に毒を盛られ、それが呪いと守護、両方に干渉しあい暴走した。だから……ヘレンは、ぼくが殺してしまったのかもしれない。その間の記憶が曖昧だから、はっきりとはしないけれど……」
防御や保護の魔法陣といったクロイツを守るための魔法と、封印された呪い、そして媒介となる毒が干渉しあい、暴走する。
(そのことに気付いて、しかも実行に移すとは。なんて残酷な人たちなのかしら!)
守護のための魔法陣は、あくまでも守護のために働いている。
だから暴走させても、本人の命を取るのは難しい。
ギリギリの所でクロイツは犬に変身することでどうにか命を取り留め、魔力の尽きたヘレンは命を失った。
犬となったクロイツは、副神官の手により秘密裏に運び出されて隠された。
それがレイチェルの手により偶然にも召喚され、尋常ではない魔力量を持つ彼女の瘴気払いにより人間の姿へと戻された。
それが真相だ。
「真相が分かっても、何1つすっきりしないし、救われないわ」
「ああ、そうだよね。だから……関わった者たちには、それ相応の罰を受けてもらうよ」
クロイツは美しい相貌を迫力のある憎悪に染めながら、にやりと笑った。
レイチェルは心地よい風が吹き込む青い部屋のソファに座り、クロイツから八年前のことの次第の説明を受けた。
クロイツは書き物机の前の椅子に座って説明をする。
ルシアナの味方は、クロイツの味方に比べると小物ばかりだったが数が多かった。
副神官をはじめ、使用人に至るまで、その数はクロイツたちの予想を遥かに超えていたのだ。
「有力者は、ぼくの後ろ盾になってくれていたけど……その下となると一枚岩ではなかったようだ」
「そうでしたか」
「ん。上を蹴り落として、その地位を奪いたい者は沢山いる。その『沢山』の側の人物を多数おさえ、数で勝負を仕掛けられていた」
憂い顔のクロイツに向かって、レイチェルは頷いて見せた。
「人の欲は、立場に合わせて決まるわけではありませんからね」
「ああ。そうだな」
クロイツはメイドに毒を盛られたことを思い出し、口元を歪めた。
「敵がどこに潜んでいるか分からないから、かえって無頓着になってしまうよ」
「そうですね。すべての危険を回避しようと思ったら、すべて自分でやるしかありませんから」
「ああ、そうだ。そんなことは無理だから、どうしたって敵の付け入る隙はできる。厄介なことに、その危険はこの先もついて回る」
うんざりした様子のクロイツに、レイチェルはにっこりと笑いかけた。
「クロイツさま。そのために、わたしがお側にいるのですわ」
「ん。君が側にいてくれて心強いよ」
窓から入る風が白いレースのカーテンを膨らめて、それを潰すようにしながら部屋のなかを吹き抜けていった。
レイチェルは風の行方を目で追いながら、静かに口を開いた。
「そして事件は、ここで起きたのですね」
「ああ」
八年前のあの日。
王太子と聖女は彼の部屋で、一緒にお茶の時間を過ごしていた。
「ヘレンさまと、この部屋でご一緒にいたのですね」
「ああ。でもレイチェル。勘違いしないでおくれ。ぼくと彼女は、ただ話をしていただけなのだから」
「ふふふ。分かっています」
話をして笑いあうだけでも、夜伽聖女レベルの聖女ともなれば、軽い呪いなら勝手に解けていく。
そのことはレイチェルが一番よく知っている。
(だから……クロイツさまがヘレンさまとは何もなかったと言うのであれば、それが真実なのでしょう。まだ十六歳と若かったし……。幼馴染としてヘレンさまにも幸せになって欲しいから、夜伽聖女の任を解きたいと思っていたのも事実でしょう。でもヘレンさまが生きてらしたら、それは叶わなかったでしょうね)
なぜならクロイツは、狙われ続けたからだ。
彼が命を狙われ続けていた理由は、王太子としての揺らぐことのない地位を築いていたからだ。
揺らがないものを奪うには、その命を奪うしかない。
「クロイツさまは王妃殿下の第一子として生まれた男子ですもの。狙われて当たり前ですよね?」
「いや、それだけでない。ぼくの母は後ろ盾が強固だった。強固過ぎたといってもいいほどだ。母の実家は、地位が高いことはもちろん、資産や人脈にも恵まれていた。だから政治的な駆け引きすら出来なかったのだ」
それはクロイツにとって幸運でもあり、不幸でもあった。
裏でこそこそ謀略を巡らせることができなければ、本人を叩くより他ない。
「だからぼくは幼少時から何度も誘拐されかけたり、殺されかけたりしていたそうだ」
「まぁ!」
「呪いも日常茶飯事だ」
だからこそ直接命を狙って襲ってくる刺客へ対抗する護衛たちはもちろん、夜伽聖女の存在も重要だった。
ヘレンはクロイツにとっての最後の砦。
(わたしはまだ幼かったし、身分も低かったから……)
クロイツの考えや思いがどうであったかは関係ない。
身分も、力も、丁度よい存在であるヘレンが、夜伽聖女の任を解かれることはほぼなかっただろうとレイチェルは思った。
「いつ刻まれたのか分からないが、ぼくの体には、解くことすら危険な呪いの魔法陣が刻まれている。この呪いには下手に手を加えることができないそうだ。だから別の魔法陣で封じられて、未だにぼくの体のなかにある」
他にも保護や防御の魔法陣が複雑に刻まれて、クロイツは守られていた。
だから安心というわけでもないが、まさか反クロイツ派から、それを利用されるとは想像もしていなかったそうだ。
「ヘレンが亡くなったあの時も、今回と同じ方法が使われた。飲み物に毒を盛られ、それが呪いと守護、両方に干渉しあい暴走した。だから……ヘレンは、ぼくが殺してしまったのかもしれない。その間の記憶が曖昧だから、はっきりとはしないけれど……」
防御や保護の魔法陣といったクロイツを守るための魔法と、封印された呪い、そして媒介となる毒が干渉しあい、暴走する。
(そのことに気付いて、しかも実行に移すとは。なんて残酷な人たちなのかしら!)
守護のための魔法陣は、あくまでも守護のために働いている。
だから暴走させても、本人の命を取るのは難しい。
ギリギリの所でクロイツは犬に変身することでどうにか命を取り留め、魔力の尽きたヘレンは命を失った。
犬となったクロイツは、副神官の手により秘密裏に運び出されて隠された。
それがレイチェルの手により偶然にも召喚され、尋常ではない魔力量を持つ彼女の瘴気払いにより人間の姿へと戻された。
それが真相だ。
「真相が分かっても、何1つすっきりしないし、救われないわ」
「ああ、そうだよね。だから……関わった者たちには、それ相応の罰を受けてもらうよ」
クロイツは美しい相貌を迫力のある憎悪に染めながら、にやりと笑った。
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