婚約破棄された公爵令嬢は冒険者ギルドの魅力的な受付嬢

天田れおぽん

文字の大きさ
1 / 5

第1話 受付嬢は公爵令嬢

しおりを挟む
 公爵令嬢フレイヤは、王太子マリウスに婚約破棄されて、冒険者ギルドの受付嬢になった。
 今日も彼女は笑顔を浮かべてペンを持ち、来客対応をしている。

 この冒険者ギルドには制服などない。
 フレイヤは淡く銀色に輝く生地をたっぷり使った青紫色のリボンと銀刺繍のレースがアクセントに使ってあるドレスを着ていた。
 胸元を飾るのは、瞳と同じ色の宝石だ。
 ハーフアップにした髪にも、瞳と同じ色の宝石が使われていた。
 王国では特別な力を持った宝石を魔石と呼ぶ。
 宝石よりも魔石のほうが高価だ。
 フレイヤが身に着けている宝石は高貴で特別な輝きを放っていた。
 受付嬢の給料で買えるような代物ではない。

 だがフレイヤは冒険者ギルドの受付嬢で、冒険者ギルドの長い受付台の前に座っていた。
 ペンを持つ優雅な手には、手首あたりまでの白いレースの手袋をはめている。
 王妃教育履修済みのフレイヤにとって来客対応は、造作もないことだ。

「僕が悪かった! また婚約してくれ、フレイヤ!」
「お帰り下さい、マリウス王太子殿下」

 フレイヤが接客した今朝1番の客は、飽きることなく復縁を迫る王太子殿下だった。
 その姿を見て、強面の冒険者たちはコソコソと話す。

「今日も来てるぜ、王太子殿下」
「よく飽きねぇな」
「飽きるわけないじゃん、フレイヤちゃん可愛いし。むしろあの子との婚約を解消したのが信じられねぇよ」

 冒険者たちは同意してウンウンと頷き合った。

 フレイヤ・ボルケーノ公爵令嬢は、美貌にも恵まれて家柄も申し分はなく、なによりも知性溢れるタイプである。
 21歳という年齢も、23歳の王太子とバランスがいい。
 次期王妃にするならこの人ナンバーワンの座に君臨し続けること21年という王国の至宝だ。
 美しくきらめく銀色の髪にアメジスト色の瞳、透けるように白い肌。
 スレンダーな体は指先、足先まで優雅に動く。
 この人ホントに生きてんの? と疑問を持たれるほど完璧な存在なのである。

 だというのに、アンポンタンなマリウス王太子は、そんなフレイヤ公爵令嬢との婚約を解消してしまったのだ。

「違うんだっ! アレは魅了の魔法にかかって……」
「メリッサさまは聖女なのです。魅了などという邪悪な魔法は使いませんっ!」

 言い訳がましいマリウスに、フレイヤはきっぱりと言い放った。

 神殿の奥深くで育てられた蜂蜜色の髪を持つ聖女メリッサは現在18歳。
 出会った当時は16歳の彼女に、あろうことかマリウスは一目惚れしてしまったのだ。
 一目で恋に落ちた金髪碧眼の美形王子は、聖女の気持ちも、王太子としての立場も考慮せずにフレイヤとの婚約解消を申し出た。

 フレイヤの父は怒り狂って婚約解消を受け入れ、フレイヤの爺やで執事のセバスチャンは号泣した。

「そうです。お嬢さまの言う通りです。お帰りください、王太子殿下」

 フレイヤの後ろに立っているセバスチャンが、スンとした表情を浮かべて言った。
 マリウスは執事を指さして興奮した様子で騒ぐ。

「君には関係ないだろう? ただの執事のくせにっ!」
「爺やに当たらないでくれますか? マリウス王太子殿下」

 笑顔のフレイヤが冷静な声の底に怒りを込めて言う姿は、正直怖い。
 だが懲りずにマリウスはフレイヤに迫る。

「そんな風に言わないでよ、フレイヤ。王宮に戻ってきてよ」
「わたくし、ギルドのお仕事で忙しいのです。王太子殿下のお仕事をお手伝いする暇など、ありませんの」
「そんなこと言わないで、フレイヤ~」

 冒険者ギルドの受付の朝は、毎日このような大騒ぎから始まる。

 この冒険者ギルドは近くに大きなダンジョンが複数ある上に、武器や食料といった物資の調達にも便利な場所にある。
 エルフの森や魔物の森も隣接していて、冒険者向けの依頼は沢山あるため人気が高い。
 だから受付前には冒険者がワラワラと順番待ちしている。
 しかし誰も王太子に文句を言うことなく、騒ぎを見守っていた。
 むしろ朝のちょっとしたお楽しみと化している。

「王太子殿下……暇なの?」

 まだ幼さの残る新人冒険者がポカンとした表情を浮かべて呟くのを聞いて、強面の冒険者たちは苦笑いを浮かべた。
 王城から宰相補佐が来て受付から引っぺがして帰るまでがお約束だ。
 そこからが冒険者たちの真の受付開始となる。

「まぁ、見とけって。人生ってぇのは、いろいろあるんだ」

 先輩冒険者は、まだ幼さの残る新人冒険者の背中をポンポンと軽く叩いた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

婚約破棄令嬢は、前線に立つ

あきづきみなと
ファンタジー
「婚約を破棄する!」 おきまりの宣言、おきまりの断罪。 小説家に○ろうにも掲載しています。

無自覚チート令嬢は婚約破棄に歓喜する

もにゃむ
ファンタジー
この国では王子たちが王太子の座を競うために、生まれたばかりの有力貴族の令嬢を「仮婚約者」にして、将来の王太子妃、王妃として確保していた。 「仮婚約者」の数は、王子の母親である王妃や側妃の実家の力に大きく影響されていた。 クレアが生まれてすぐ「仮婚約」を結ばされたのは、側妃が産んだ第一王子だった。 第一王子を溺愛する祖父である公爵の力により、第一王子の「仮婚約者」の数は、12人にも及んだ。 第一王子は、ありえないくらい頭がお花畑のお馬鹿さんに育った。 クレアが定期的に催されている「第一王子と仮婚約者たちのお茶会」に行くときに、10歳年下の妹のルースが必ずくっついて登城するようになった。 妹ルースは、賢王になること間違いなしと噂されていた第五王子と心を通わせるようになっていった。 この国では、一貴族から王家に嫁げるのは一人だけ。 「仮婚約」を「破棄」できるのは、王族側だけ。 仮婚約者有責での仮婚約破棄には、家が潰れるほど法外な慰謝料が要求される。 王太子妃になれなかった「仮婚約者」は将来は側妃に、正妻になれなかった「仮婚約者」は側室にされ、「仮婚約契約」から解放されることはない。 こんな馬鹿げた王家の慣習に不満を抱いている貴族は少なくなかった。 ルースを第五王子に嫁がせるために、 将来性皆無の第一王子から「仮婚約」契約を破棄させるために、 関係者の気持ちが一つになった。

婚約破棄されたら、実はわたし聖女でした~捨てられ令嬢は神殿に迎えられ、元婚約者は断罪される~

腐ったバナナ
ファンタジー
「地味で役立たずな令嬢」――そう婚約者に笑われ、社交パーティで公開婚約破棄されたエリス。 誰も味方はいない、絶望の夜。だがそのとき、神殿の大神官が告げた。「彼女こそ真の聖女だ」と――。 一夜にして立場は逆転。かつて自分を捨てた婚約者は社交界から孤立し、失態をさらす。 傷ついた心を抱えながらも、エリスは新たな力を手に、国を救う奇跡を起こし、人々の尊敬を勝ち取っていく。

アホ王子が王宮の中心で婚約破棄を叫ぶ! ~もう取り消しできませんよ?断罪させて頂きます!!

アキヨシ
ファンタジー
貴族学院の卒業パーティが開かれた王宮の大広間に、今、第二王子の大声が響いた。 「マリアージェ・レネ=リズボーン! 性悪なおまえとの婚約をこの場で破棄する!」 王子の傍らには小動物系の可愛らしい男爵令嬢が纏わりついていた。……なんてテンプレ。 背後に控える愚か者どもと合わせて『四馬鹿次男ズwithビッチ』が、意気揚々と筆頭公爵家令嬢たるわたしを断罪するという。 受け立ってやろうじゃない。すべては予定調和の茶番劇。断罪返しだ! そしてこの舞台裏では、王位簒奪を企てた派閥の粛清の嵐が吹き荒れていた! すべての真相を知ったと思ったら……えっ、お兄様、なんでそんなに近いかな!? ※設定はゆるいです。暖かい目でお読みください。 ※主人公の心の声は罵詈雑言、口が悪いです。気分を害した方は申し訳ありませんがブラウザバックで。 ※小説家になろう・カクヨム様にも投稿しています。

絞首刑まっしぐらの『醜い悪役令嬢』が『美しい聖女』と呼ばれるようになるまでの24時間

夕景あき
ファンタジー
ガリガリに痩せて肌も髪もボロボロの『醜い悪役令嬢』と呼ばれたオリビアは、ある日婚約者であるトムス王子と義妹のアイラの会話を聞いてしまう。義妹はオリビアが放火犯だとトムス王子に訴え、トムス王子はそれを信じオリビアを明日の卒業パーティーで断罪して婚約破棄するという。 卒業パーティーまで、残り時間は24時間!! 果たしてオリビアは放火犯の冤罪で断罪され絞首刑となる運命から、逃れることが出来るのか!?

(完結)婚約破棄を破棄?そうは問屋がおろしません!〜婚約破棄の現場に報道部員が居合わせた!〜

オリハルコン陸
ファンタジー
自分から婚約破棄した癖によりを戻したがる第一王子と、御断りする気満々な元婚約者。最初の婚約破棄の原因になった男爵令嬢に、デバガメ報道部員。 さあ、四つ巴のショーの始まりだ!

婚約破棄された悪役令嬢、復讐のために微笑みながら帝国を掌握します

タマ マコト
ファンタジー
婚約破棄を突きつけられた公爵令嬢セラフィナ・ロジウムは、帝国中の視線が集まる舞踏会の場で、完璧な笑みを浮かべながら崩壊の瞬間を受け入れる。 裏切った婚約者アウリス皇太子と平民の恋人を祝福するその微笑みの奥では、凍てつくような復讐の誓いが芽生えていた。 爵位と家を奪われ、すべてを失った彼女は、帝国の闇組織「黒翼」の諜報員ラドンと出会い、再び笑顔を武器に立ち上がる。 ――奪われたすべてを、今度は自らの手で、静かに取り戻すために。

婚約破棄追放された公爵令嬢、前世は浪速のおばちゃんやった。 ―やかましい?知らんがな!飴ちゃん配って正義を粉もんにした結果―

ふわふわ
恋愛
公爵令嬢にして聖女―― そう呼ばれていたステラ・ダンクルは、 「聖女の資格に欠ける」という曖昧な理由で婚約破棄、そして追放される。 さらに何者かに階段から突き落とされ、意識を失ったその瞬間―― 彼女は思い出してしまった。 前世が、 こてこての浪速のおばちゃんだったことを。 「ステラ? うちが? えらいハイカラな名前やな! クッキーは売っとらんへんで?」 目を覚ました公爵令嬢の中身は、 ずけずけ物言い、歯に衣着せぬマシンガントーク、 懐から飴ちゃんが無限に出てくる“やかましいおばちゃん”。 静かなざまぁ? 上品な復讐? ――そんなもん、性に合いません。 正義を振りかざす教会、 数字と規定で人を裁く偽聖女、 声の大きい「正しさ」に潰される現場。 ステラが選んだのは、 聖女に戻ることでも、正義を叫ぶことでもなく―― 腹が減った人に、飯を出すこと。 粉もん焼いて、 飴ちゃん配って、 やかましく笑って。 正義が壊れ、 人がつながり、 気づけば「聖女」も「正義」も要らなくなっていた。 これは、 静かなざまぁができない浪速のおばちゃんが、 正義を粉もんにして焼き上げる物語。 最後に残るのは、 奇跡でも裁きでもなく―― 「ほな、食べていき」の一言だけ。

処理中です...