花言葉を俺は知らない

李林檎

文字の大きさ
14 / 64

精霊の森

しおりを挟む
ーイノリsideー

翌日、悲しい夢を見たが楽しみで待ってくれている客のために店を開けた。
機械的に同じ作業を繰り返し、客が落ち着いたらボーッと何処を見るでもなく無心になる。
今日はその繰り返しで、時間を無駄に過ごしていた。

…あんな夢、見たからかな…何も考えたくない。

チリンと来客の知らせを聞きそちらを見て、目を見開く。
嬉しい筈なのに、密かに今日は会いたくなかったと思ってしまった。
彼は悪くないのに…自分が最低な奴に思えた。

「こんにちは」

その人はイノリに眩しいくらいの笑みを向けていた。
似ていないところもあるのに…似ているところの方が多い、今は心臓に悪い。
けどイノリ…瞬の心にはハイドしかいないから感情まで一緒にはならない。
瞬にとってハイドヘの想いが消える事が何よりも怖かった。

今日はシヴァは一人みたいでいつも一緒の友人がいないからかそわそわしていた。

彼はとても優しい人だから少し疲れたところを見せたら心配してしまう。
気付かれないように平常心を装おうと営業スマイルで迎える。

「いらっしゃいませ」

「…っ」

イノリの顔が変だったのか、シヴァは顔を赤くして目を逸らす。
今朝目が腫れてないかちゃんと確認したのに泣き跡が付いていたのだろうか。
また夢で泣いてしまったから心配だ、今の自分はどんな顔をしているのだろうか。

今すぐ洗面所に駆け込み顔を確認したいが客が来ているからそれも出来ない。
少し落ち着いたと思ったから店を開けたのにと後悔する。
顔を袖で拭いているとシヴァはこちらの顔を見ず話しかけてきた。

「昨日、休んでたから心配だったんだけど…大丈夫?元気ない?」

「…え!?へ、平気ですよ!」

まさか出会って2回目なのにもう見破られて焦った。
イノリの空元気にも気付いたのかこちらを見たシヴァは悲しげな顔をする。
結局、何も隠せてなくて心配掛けてしまった。
お客さんにこんなに心配掛けちゃダメだよね。

イノリはシヴァを待たせて厨房に急ぎすぐに戻ってきた。
シヴァは首を傾げてイノリの行動を追っていた。

「あ、あの…これ…新作のお菓子なんですが、味見して…くれたら嬉しいです」

「…いいの?」

イノリは変な空気になってしまったから話題を逸らそうとシヴァにナッツみたいな木の実を練り込んだクッキーが入ったバスケットを見せる。
シヴァの目がキラキラと輝いていた、本当に甘いものが好きなんだな。
…心配掛けてしまったお礼になるか分からないけど、シヴァにクッキーを一つ手渡す。

食べるシヴァをジッと見つめていると目が合い、また目を逸らされた。
…もしかして、見すぎて気持ち悪い奴だと思われてるんじゃ…

シヴァとは友好関係を築きたいから、だとしたらショックだ。

「ん、美味しい…今日はこれを貰おうかな、いくら?」

「あ、まだ値段決めてなくて…それじゃあ」

イノリはお試し価格を言ったらあまりの安さにシヴァは驚いていた。
元々材料のあまりで作ったものだからお試し価格で充分だと思った。

シヴァの笑顔が見れた、それだけで作った甲斐があったと言えるだろう。

お金を払いクッキーの袋を持ち店を出ようとしたシヴァはふとこちらを見た。
手を振っていたイノリは不思議そうにシヴァを見る。
なにか忘れ物をしたのだろうかと首を傾げる。

「もし、なんか困った事があるなら言ってほしい…俺、君の力になりたいんだ」

「………ありがとう」

シヴァはニッと明るく笑い今度こそ店を出た。
…ハイドの事は誰にも相談する気はないが、他の事ならいつか聞いてもらおうと思った。

シヴァのおかげで落ち込んでいた気分が少し晴れた。
昔も今も瞬とイノリは誰かに支えられている。

気を引き締めて仕事をしようと思っていたら…ふと、突然身体に変な違和感を感じた。
不思議に思い身体を見るが特に変わった事はない。
気のせいかと思い客がやってきて笑顔で迎える。






ーーー

すっかり日が落ちて今日も在庫のお菓子が完売してこの生活にも慣れつつあった。
このまま何事もなくひっそりと歳を取り死んでいくのもいいかもしれないと思いながら外の看板を中に入れる。
明日はどんなお菓子を作ろうかな?と頭でシュミレーションする。

「…瞬様?」

ふと、そんな声が聞こえてつい条件反射で振り向いてしまった。
イノリが振り返った事でその人はとても嬉しそうに微笑んだ。
…何故、彼はイノリを瞬だと気付いたのだろうか…

そしてこの時、振り返らなければなにかが変わっていたのかもしれない。

イノリはまだ、その事を知らず…振り返った事を後悔するだけだった。

後ろには瞬の時に世話係をしてくれていた青年が立っていた。
彼はいつの間にか騎士を辞めていて、ハイドに聞いても「家庭の事情だろう」としか言わなかった。
家庭の事情なら仕方ないと思ってその後ハイドが代わりにいろいろしてくれて嬉しくて彼の事をすっかり忘れていた。

世話係をしていた期間も短くて正直彼の事をよく知らなかった。

久々に会い懐かしく思ったが、青年がもう一度瞬を呼び驚きで見開いた。
何故、彼はそんなに自信満々でイノリを瞬と呼ぶのだろう。
今のイノリには瞬の面影なんてない筈なのに…

怖かった、彼はイノリの知らない何かを知ってるのだろうか。

とりあえず瞬だと誰にもバレたくはないから誤魔化す事にした。
この秘密は誰にも知られてはいけない、知られたらきっとハイドにもバレてしまう。

「…お、れは…イノリだよ?」

「いいや、瞬様だ…夢の中で瞬様が教えてくれたじゃないですか…お菓子屋の前で待つって…最初は半信半疑だったけど振り返ってくれた時に確信しましたよ」

やはり、振り返った事がいけなかったのだと思った。
過去を忘れて生きようと思ったのに、瞬を知る人に見破られるなんて…
それに夢の中の話は知らない、知るはずがない…イノリには勿論そんな力はないからだ。
笑うその姿が瞬を殺したあの男と重なり震えが止まらなくなる。
なんだが彼が普通には思えずこれ以上瞬を知られないためにも早めに話を終わらせようと思った。

「ごめんなさい、俺…明日早いので…ほんとごめんなさい」

「…なんで、いつもそうだ…捕まえようとしたらすぐに逃げてしまう…罪づくりな方だ」

店の中に入ろうとするイノリの腕をぐいっと掴まれ背中に回される。
ギリギリと腕が痛くて、指先から痺れてくる。
もがいて抜け出そうとするが全然ビクともしない。

身体を密着されて耳に息が掛かるのが気持ち悪い。
首にチクッとした感触がして首元を見たら注射器が見えた。

なにかを体内に注がれて、怯えていると低い声で囁かれた。

「大丈夫だよ、眠くなるだけだから」

ゆっくりゆっくり中の薬を入れられ頭がボーッとしていく。
力がなくなり膝から崩れ落ちてそれを青年が支えた。
愛しい者を見るような瞳で、イノリの頭を撫でていた。

もう指先一つ動かないし、視界がぐにゃりと歪む。
意識がだんだんと失われていく、イノリはもう一度死ぬような恐怖を感じていた。

イノリは何か選択を間違えたのだろうか…人生の選択を…

「これからずーっと一緒だよ、瞬」
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

分厚いメガネ令息の非日常

餅粉
BL
「こいつは俺の女だ。手を出したらどうなるかわかるよな」 「シノ様……素敵!」 おかしい。おかしすぎる!恥ずかしくないのか?高位貴族が平民の女学生に俺の女ってしかもお前は婚約者いるだろうが!! その女学生の周りにはお慕いしているであろう貴族数名が立っていた。 「ジュリーが一番素敵だよ」 「そうだよ!ジュリーが一番可愛いし美人だし素敵だよ!!」 「……うん。ジュリーの方が…素敵」 ほんと何この状況、怖い!怖いすぎるぞ!あと妙にキモい 「先輩、私もおかしいと思います」 「だよな!」 これは真面目に学生生活を送ろうとする俺の日常のお話

白花の檻(はっかのおり)

AzureHaru
BL
その世界には、生まれながらに祝福を受けた者がいる。その祝福は人ならざるほどの美貌を与えられる。 その祝福によって、交わるはずのなかった2人の運命が交わり狂っていく。 この出会いは祝福か、或いは呪いか。 受け――リュシアン。 祝福を授かりながらも、決して傲慢ではなく、いつも穏やかに笑っている青年。 柔らかな白銀の髪、淡い光を湛えた瞳。人々が息を呑むほどの美しさを持つ。 攻め――アーヴィス。 リュシアンと同じく祝福を授かる。リュシアン以上に人の域を逸脱した容姿。 黒曜石のような瞳、彫刻のように整った顔立ち。 王国に名を轟かせる貴族であり、数々の功績を誇る英雄。

側妻になった男の僕。

selen
BL
国王と平民による禁断の主従らぶ。。を書くつもりです(⌒▽⌒)よかったらみてね☆☆

届かない「ただいま」

AzureHaru
BL
いつも通りの変わらない日常のはずだった。 「行ってきます。」と言って出て行った貴方。1日が終わる頃に「ただいま。」と「おかえり。」を笑顔で交わすはずだった。でも、その言葉はもう貴方には届かない。 これは「優しさが奪った日常」の物語。

【完結】下級悪魔は魔王様の役に立ちたかった

ゆう
BL
俺ウェスは幼少期に魔王様に拾われた下級悪魔だ。 生まれてすぐ人との戦いに巻き込まれ、死を待つばかりだった自分を魔王様ーーディニス様が助けてくれた。 本当なら魔王様と話すことも叶わなかった卑しい俺を、ディニス様はとても可愛がってくれた。 だがそんなディニス様も俺が成長するにつれて距離を取り冷たくなっていく。自分の醜悪な見た目が原因か、あるいは知能の低さゆえか… どうにかしてディニス様の愛情を取り戻そうとするが上手くいかず、周りの魔族たちからも蔑まれる日々。 大好きなディニス様に冷たくされることが耐えきれず、せめて最後にもう一度微笑みかけてほしい…そう思った俺は彼のために勇者一行に挑むが…

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

処理中です...