いつか終わる場所

くじら

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いつか終わる場所

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 もうどの位歩いただろう。









 生まれ育った王都から身1つで追放されてからすでに4日が経っていた。

 目の前には荒野が広がっている。



 所々に流民や旅人のテントや、そういう人々向けのボロボロの屋台はあるが、そういう連中はほぼ追放刑と丸分かりの俺を助けてはくれない。視線さえ合わせてくれない。

 そりゃそうだ。追放刑の人間を助けたら同罪だからな。



 だから俺もそっちには近づかない。人々がなるべくいない方向に歩くしかない。

 水も飲めていない体力はすでに限界が近い。

 喉が渇いた…腹が減った…

 昼は焼かれるように熱く、夜は凍えるように寒い。







 追放刑とはその名の通りの『追放』。

 事実上の死刑だ。



 服だけはつけさせてもらえてるが、強い日差しや夜の寒さから身を守る上着も外套もなく、

 さらに意地悪いことにブーツも取り上げられて、今の俺は裸足だ。

 裸足だぞ!足の裏めちゃくちゃ痛い!

 まぁ、3日目には足の裏の感覚も無くなったんだが。





 城塞都市であるこの王都から外に身一つで放り出されたら、通常1週間とまともには生き延びられない。

 1番近くの街まで徒歩2日。まずはその手前の森を目指している。目指しているけれど…



 通常は森に着く前にその辺の野盗に攫われて奴隷として売れられる事もあれば、ちっこい魔獣に襲われて数時間と経たずに死ぬ事もある。



 今年17の元陸軍の兵士見習いである俺は、なんとか野盗の襲撃や魔獣を追放門の外に落ちていた古びた鉄剣で追い返した。

 でも裸足で食わず飲まず眠らずではそろそろギリギリだった。







 追放された理由は単純だ。

 貴族のお偉いさん(♂)からのしつこい愛人勧誘アプローチに耐えられなくなった俺の余計な言葉が原因。

 俺は女の子が好きなの!

 何故かこのお貴族様は遠くで一度見ただけの俺をそれからしつこく追いかけ回していた。



 こんな男の目から見ても全然パッとしない、栗毛くせ毛に茶色釣り目の凡庸オブ凡庸な俺のどこに惚れたのか、全く分からない。



 ここだけの話、身長がまだ170ギリなのは密かなコンプレックスだ。

 俺は兵士見習いの中でダントツで背が低かった。

 男なら分かるだろ?身長がないのは本当に辛い。

 でもこれから伸びるんだからな!待ってろよ女の子達!!





 そんな俺をお気に召してくださったお貴族様には悪いが、もう正気を疑ったよね。



 ある日、クソ忙しい最中にわざわざ王城の宰相府まで呼び出され、お貴族様界隈言語を用いた『ド平民の君がこの私に選ばれた栄光を喜びたまえそして謹んで受け入れたまえ』的愛人勧誘を延々聞かされた俺は、とうとう堪忍袋の緒が切れたってわけ。



 お偉いさんから呼び出されたら、その間置いてきた仕事は他の同期がやってくれるわけじゃない。やってくれるものもあるけど、多くは残業して自分で片付けないといけないんだぜ?普通はキレるよな?



「いい加減にしろよオッサン、頭湧いてんのかっ」





 前から直属の上司に短気さを注意されていた俺は、とうとうやっちまった。

 上司…小隊長が危惧していた通りの展開になったのはその3日後。



 不敬罪。



 俺が罵倒した相手が国のナンバー2である宰相で、当時周りに他にも貴族連中(宰相の部下達)がいた事が事態を悪化させたとは小隊長の言。



「……悪いな、もう俺にはお前を守りきれん」



 それが小隊長からの最後の言葉だった。













 陸軍に見習いとして入隊できてまだ3ヶ月。短い人生だったな。

 父ちゃん母ちゃん、こんなダメな息子でごめん。

 7人いる兄弟よ父ちゃん母ちゃんを頼む。

 3人の兄貴が俺よりはるかにしっかり者だからきっと俺がいなくなって悲しむ父ちゃんと母ちゃんを支えてくれるだろう。



 そういえば俺は筆下ろしもまだだった。

 陸軍に入ったら先輩が娼館に連れていってくれるんだけど、照れ屋な俺はそれを断固拒んでたんだ。

 ああ、今更になって悔やむ…

 死ぬ前に商店街の花屋のミランダちゃんとチューしたかった…



















 そして目が覚めたら…まぁそうだよね。

 俺の目の前にはあの貴族のオッサン…宰相がいた。

 ここはどこなんだろう…宰相の屋敷?それとも別荘?



 宰相は外では見たことがないラフな普段着仕様だったので、たぶん宰相の屋敷の敷地内のどこかなんだろう。

 宰相にとってはラフな普段着でも俺から見れば高級だと一目で分かる代物で、やっぱりお貴族様は違うんだなとぼんやり考えていた。



 しかしここはどこなんだろう。なんの飾り気もない、牢屋を小綺麗にしたような部屋。

 あるのはベッドと荷物台にもなるような荒削りに作られた丈夫そうな机のみ。

 出入り口の扉にはこちらから開く取っ手はついてない。

 廊下側から見える見張り窓が広めに取られてて、2人の見知らぬ男がここを見ていた。監視役だろう。



 半地下らしく、天井近くに格子窓があり、外の地面が見える。うっすら陽の光が入っていた。

 ホコリっぽくないから、俺が入る前に掃除したんだろう。

 ベッドに横たわる俺の右足には鎖でベッドに繋がれた足枷。



「思い知ったか?」

「………」

「もうお前に自由はない」

「殺せよ。あんたのモノになる位なら死んだ方がましだ」



 直後左頬に衝撃。殴られたらしい。



「お前は面白いなぁ。どこまでその根性が持つか楽しみだ」















 それからは大体お察しの通りの日々。

 宰相の気分1つで俺は時折監禁部屋から見知らぬ男達の手で乱暴に連れ出されて、隣の拷問部屋で拷問を受ける。同じようにメシを抜かれる。

 痛みと飢えで俺の心を折るつもりらしい。



 でも、拷問のせいで高熱が出たり深刻な状態になりかけたら、その都度最高度の治療が施される。

 俺も含めた平民は名前しか知らない、エクスポーションを生まれてはじめて拝んだのもこの時だ。



 それでも宰相は俺を無理やり組み敷こうとはしない。

 時々監禁部屋に来て



「私のモノになるか?」



 と訊くだけ。

 俺はその度にニヤリと笑顔を作って答える。



「早く殺せよ」



 宰相はいつものように貴族特有の余裕ぶった柔らかく微笑んだ笑みをさらに深くして、俺の頬をさらりと撫でて部屋を去る。

 この繰り返しだった。















 監禁からどの位経ったか、俺の体は順調に衰えていってるようだ。

 もう自力で立てなくなっていた。

 まともな運動ももうずっとしていないし、そもそも拷問の時以外は部屋から動けないしな。

 部屋から動けないだけなら足枷は適当に長いからその気になれば適度な筋トレもできるけど、

 俺はハンストした。

 向こうに殺す気がないなら餓死しちゃえ。そんな気分だった。



 監禁部屋の前に常時男達の監視がついてる俺は自殺できない。その素振りを見せるとすぐに止めに入られる。

 なら餓死しかないだろ?



 拷問担当の男達がはじめ無理やり食わそうとしたが、その度に吐いてやった。



 そのうちエクスポーションで無理やり回復させようとしてきたので、エクスポーションも後で吐き戻した。

 はじめてエクスポーションを吐く時、このエクスポーション1本で俺の兵士見習い時代の給料何年分になるんだろうとふと考えた俺は徹頭徹尾平民なんだろうと思う。

 人間慣れたら簡単に吐けるのな。



 何度か吐き戻してやったら、今度は無理やり飲まされたエクスポーションを吐かないように猿轡をされたので、これで死ねるとわざと吐いて窒息死しようとしたらあわてて男達の手で蘇生された。



 窒息事件以後、さらに監視の目は厳しくなった。

 でもこのままだと順調に衰弱死できるだろう。

 衰弱死できなくてもそのうち植物人間だ。

 俺の意思は奪われない。奪えない。

 意識が朦朧とする。



 ボンクラ貴族め!ざまあみろ!



 ミランダちゃん、来世はせめて君に告ってから死にたい…

 ヘタレな俺の馬鹿…











 目が覚めたら宰相がいた。まだ1年経ってないはずなのにもう遥か遠くに感じる兵士見習い時代にごくたまに城周りのイベントで見ていたゴージャスな仕事着を珍しく身に纏っている。

 どうでもいいけどあの刺繍だらけの分厚い上着は重くないんだろうか。あ、でも兵士の装備の方が重いか。そんな事を考えていた。



 いつの間にか俺の思考と体調は寝る前よりもかなり元気になっていた。

 まだ自力で立てるかどうかは分からないが、少なくともあの意識朦朧としたヤバイ感じがしない。



 あれ?おかしいぞ?植物人間への道は?

 めちゃくちゃ頭がスッキリしてるんだけど。むしろちょっと視力嗅覚が良くなってる感じさえするんだけど。



 宰相はいつもの余裕ぶった笑みを失くし、見た目だけは美しい整った眉をしかめ、呆れ返ったようにため息を吐いた。



「お前は馬鹿か?
 吐く体力も残ってない寝てるお前に、エクスポーションを少しずつ含ませるように飲ませたらいいだけだろうが」



 あ。

 なんだよそういう事かよ~

 俺ってやっぱり馬鹿だったわ…



 ちょっと冗談抜きで恥ずかしくて、でもそれを宰相には悟られたくないので頑張って照れ笑いを噛み殺していると、

 宰相が今までより低いトーンで告げた。



「遊びはこれまでだ。お前が私のモノにならなかったら王都の西区で鍛冶屋をしているお前の家族を殺す」

「なっ…」

「まずは母親だ。その次は父親。それから兄達の家族を一人ずつ殺る。
 でもお前がおとなしく私のモノになれば、お前が今もどこかで元気でいることだけは伝えてやろう。
 どうする?」



 俺は宰相を今までよりもずっと冷めた目で見据えた。

 今までは俺は宰相を見る度怒りを込めて睨みつけていた。でももうこいつには睨む価値さえ感じなくなった。



「それはさすがにナシじゃないの?あれだけあんたが欲しがってた俺の意思は?」



 一瞬、宰相の目が揺れたように見えた。

 宰相ははじめて俺から目をそらした。



「…お前にこのまま死なれたら面白くないからな…」



 宰相は今までよりもやや大ぶりな動きで監禁部屋から出て行った。









 それから俺はついこの間まで俺の首根っこを乱暴に掴んで、もしくは痣がつくほど強く俺の片腕を掴んで、まるで荷物を投げるように隣の拷問部屋に俺の体を引きずって行ってた男達から、

 丁寧に抱き上げられて監禁部屋から連れ出され、見知らぬ空間に運ばれた。

 やはりここは宰相の屋敷だったらしい。



 なにもかもが美しく、しかし華美すぎない。一見宰相の雰囲気そのものな、静けささえ漂う整えられた内装や家具や調度品。



 でも審美眼の無い俺でも、べらぼうに金がかけられているとお察しできる。

 内装のあちこちにさりげなくしかしたっぷりと使われてる稀少な木材や貴石や装飾は、1つの部屋だけで一体幾らになるのか想像もつかない。



 よくもこんな『選ばれし者専用』な空間に、死にぞこないのド平民で襤褸切れみたいな俺を連れてきたな。

 あいつが考えている事がさっぱり分からない。







 俺は男達によってこれまたゴージャスでだだっぴろい風呂に入れられ、いい匂いのするぬるいお湯の中で体中をゆっくり優しく洗われた。おそらく俺の体になるべく負担を与えない為だったんだろう。



 公衆浴場じゃない風呂に入るのは生まれてはじめてだったし、他人の手で体を洗われるのもはじめてだった。





 ついこの間まで俺を内出血で2倍近く腫れ上がるほど殴ったり俺の指を折ったり俺の体のあちこちを切りつけては皮を剥いだりして大胆に拷問してた男達は、恐ろしく手つきが細やかで優しかった。



 それからメイドが来て、伸び放題だった髪が切られ、(手足の爪は定期的に拷問で何度か抜かれてその度に後の治療でエクスポーションで元通りになってるのでそれほど伸びてない。微妙。)



 無駄に高そうな美しい装飾のガラス瓶に入ったいい匂いのする香油を体中にたっぷり塗られた。

 その上から寝間着にも見える見たことがない薄布の服を袖通される。





 若干弱ってる俺にメイドが持ってきてくれたミルク粥と薬湯は、何の味もしなかった。

 たぶんこのミルク粥も薬湯も、まだ若干弱ってる俺の体の為に別メニューで使用人の誰かが手間暇かけて作ってくれてるんだろう。



 でも俺はこんなものを望んでいない。

 陸軍の食堂の端で見習い同期の連中とマズイマズイと言いながら食べた野菜の端切れだらけのごった煮の味を思い出していた。





 俺はもう何かどうでも良くなっていた。

 今までは宰相への反抗心だけでどんな痛みも苦しみも飢えも孤独も耐えてた。

 死ねば俺の勝利だと信じてた。



 でも宰相は禁じ手を使いやがったんだ。

 俺との勝負から卑怯な手で降りやがった。

 そんな勝ち方をして本当にいいのか?お前は納得できんのか?

 俺は心の中で宰相に何度も問いかける。

















 宰相の寝室であろうデカいベッドのある部屋に一人残された俺の元に宰相が来たのは、日付が変わる頃だったと思う。



 宰相は今までになく表情が硬かった。あのいつも浮かべてる余裕に満ちた胡散臭い微笑みはどこにもなかった。

 まぁそんなことどうでもいいけど。



「脱げ」



 その一言で俺は身に着けてた分不相応な贅沢なシルク素材の寝間着を脱ぎ捨てた。

 下には何も着けていない。

 命じられるまま無駄にフカフカすべすべなベッドに上がる。





 宰相の指示通り四つん這いになった俺からは宰相の顔は見えない。

 見る気もしない。

 好きなように俺の体をいじればいい。

 お前は負け犬だ。

 俺の心は冷め切っていた。





 宰相の、文官のくせに思いの外ゴツゴツした剣だこのある手が伸びてくる。



 そういえばいつだったか、宰相は剣の腕も護身のレベルをとうに超えていると聞いた事があった。

 近衛隊長とは幼馴染だそうで、学生時代一緒に剣の腕を磨いていたとも。



 今となってはどうでもいい話だ。



「……ッ…うぅッ…」



 色んな所を触られても平気だったが、ケツの穴にいきなり指を突っ込まれた時はさすがに凄まじい違和感と今まで経験したことのない痛みに少しだけ声が出た。



 すると、もっと声を出せとばかりに宰相の手つきが強くなり、入れる指が増やされ無理やり捻じ込まれた。

 俺は枕を噛んで耐える。



「……ッ………ッッ……」

「…今日は潤滑剤は使わない。痛むぞ」



 てめぇわざと痛くしてるのかよどこまでも性格悪いなと思いつつ、これまでの拷問と同じだと思って堪える。



 これまでは怒りが俺にとってのある種のモチベーションだった。

 でももう…闘志も沸いてこない。

 好きにしてくれ。



 宰相は何故だかだんだんイラついてきたようで、怒気を滲ませながら、とうとう突っ込んできた。

 その瞬間、ケツから背骨を通って頭のてっぺんまで今まで経験したことのない痛みで電撃が走った。



「~~~ッッ!!!!~~~ッッ~~~!!」



 呼吸ができない。空気がうまく吸えない。

 腹が破れるかと思う衝撃。

 ケツが切れたらしく、血の臭いと共に少しだけ滑りが良くなる。



 宰相はまるで腰で俺を殴るかのように最初から激しく動いている。

 激痛がピークに達して気絶しても、また痛みで起こされる。



 途中で宰相が体位を変えて、俺はなんとなく宰相の目を見た。

 宰相は無表情のくせに、どうしてなのか、ひどく辛そうな目をしていて。



 なんでお前がそんな顔するんだよ。俺の方が現在進行形ではるかにしんどいんだよ。俺のこの途方もない痛みを馬鹿にしてるのかお前は。

 あのいつもの胡散臭い微笑みはどこにいったんだ。



 ケツの激痛が麻痺して痺れになって、やがて痺れすらも感じなくなった頃、

 対面座位の格好でいつしか俺は何度目かの気絶をして、そのまま目を覚まさなかったらしい。

 そこからの記憶がない。















 気づいたら次の日の昼だった。

 いつものように怪我は平民は逆立ちしても経験できない最高度医療で完璧に治療されていて、俺は真新しいシーツの上で寝ていた。



 しかし体は昨夜の衝撃を覚えているらしく、しばらく骨盤と股関節がバラバラになったような、神経と皮膚と骨と筋が不自然に噛み合わない異常な感覚を味わった。



 メイド達が昨日よりも若干こちらを気遣う様子だった。おそらく昨日の尋常じゃない量の血と様々な体液まみれのシーツを見られたんだろう。



 ケツをあんな風に掘られても俺には何のショックも沸いてこなくて、それが逆にショックだったかもしれない。





 昨日のあれは一体何だったんだろう。

 何故俺にわざと痛みを与えるような真似をして、なのに何故あいつの方がしんどそうにしていたのか。



 でももうどうでもいい。

 あいつは俺との勝負の舞台から降りた負け犬だ。







 それから俺は毎晩宰相に犯された。

 もう足枷はついていないが、俺は部屋から出なかった。



 俺が宰相に逆らえば家族が死ぬ。

 何が宰相の逆鱗になるか分からない今、余計な動きはできない。



 でも自由を縛られようとももうどうでもいい。

 好きなようにしてくれ。











 激痛で気絶した次の日からは潤滑剤を使われたが、宰相はあれからずっと硬い無表情のままだ。



 ある日、手足を別々に縛られ奇妙な薬を使われた。

 宰相の指がいつもと同じように触れているはずなのに、いつもよりも俺の神経を容赦なく抉る。



「…ぅんんッ……!」

「ああ、やはりこの薬はよく効くな」



 久々に宰相の声に笑みが混じった。俺は宰相の顔を見ないから表情までは分からない。



「うぐぅ…ッ!……んぅ…ッッ…んんッ…!」

「気持ちいいだろう?男でも胸で感じる事ができるんだよ。ほら…」



 宰相が俺の耳元で吐息を刻み込むように囁いてくる。

 いつもは平気なはずの宰相の声が、俺の耳から脳を侵してくる。痛みとは違う痺れが止まない。



 いつものように宰相の口が俺の耳を甘噛みし、ゆっくりと耳朶を舐め回してくる。耳の中にグチュグチュとした宰相の舌の暴れまわる音が響く。



 いつもと同じはずのそれに、今夜は絶叫をあげたくなるのを必死で堪えた。

 なのに。



「ぐぅぅッ…!…うぅ……ッ!んーーーッ!!!」

「ここが前立腺。たまらないだろう?」



 やめろ。

 やめろ。

 こんなの拷問の方がましだ。

 俺が俺でなくなる。

 やめろ。

 やめてくれ。

 無理だ。



 俺は今までになくがむしゃらに抵抗しようとした。

 縛られていた手足にロープがくい込むが、いくら血が出ても構わない。

 でも手足を縛られている上に俺よりもガタイのある宰相に全身を使って押さえつけられたら、それ以上の抵抗はできなかった。



 ああ。

 やめろ。

 やめろ。

 これ以上は。



 はじめて本能的な恐怖で体が小刻みに震える。

 宰相は俺の震えを認めて、また声に残酷な笑みを滲ませた。



「※※※※※、※※※※※※※※※」



 何か宰相が言った気がするけどもう俺の耳には言葉として聞き取れなかった。

 宰相が何かを言ったと同時に、痛みとは違う、けれども耐え難い衝撃に脳まで貫かれたから。



「ア゛ーッッ!!!!」



 思わず叫んでいた。

 もうこらえきれなかった。

 助けて。

 助けて。

 これはダメだ。

 耐えられない。



「…アア゛ッ!…グゥッ……ヒィ…ッ!!」



 俺は髪を振り乱し、思わず手首を縛られた両手を宰相の首にかけて、目の前の宰相の首に必死にしがみつく。



 まるで下半身のすべての神経が別の何かに支配されたような。

 苦痛とは違うがとてもよく似た暴力的な何かに、意識まで飲み込まれる。



 心が持たない。涙が止まらない。



 宰相はしがみついた俺を強く抱きしめ返して、無意識に抵抗とは違う動きで激しく暴れる俺をその膂力で押さえ込みながら、

 俺を見たことのない眼差しで見つめたまま激しく揺さぶり続ける。





 助けて。

 誰か助けて。



 いつの間にか俺はそれを口に出していたらしく、宰相が俺の上に汗の雨を降らしながら、俺の口からこぼれた言葉を止めるかのように、噛み付くように深く口づけてきた。

 考えたらこれがはじめての宰相との口づけだったように思う。



 宰相の俺よりも大きな舌が、俺の口内を激しく動き回る。喉の奥深くまで突っ込まれ、俺がたまらずえずくと宰相は嬉しそうに目を細める。



 口蓋の上を宰相の舌で繰り返し削り取るように舐められ、後頭部までビリビリする。

 宰相の舌が俺の舌を絡めて巻き取り、吸い出そうとする。俺の舌は宰相の口中に導かれ、ちゅこちゅこと玩ばれる。



 口からも、先ほどからずっと宰相の硬い指先で嬲られている胸の尖りからも、痣がつくほど強く掴まれてる腰からも、過去経験したことのない痺れが発生して俺の全身の神経の中まで毒のように回る。

 俺はこのまま死ぬんだろうか。



「イヤだ!イヤだ!!誰かぁっ!!」

「お前は私のモノだ!私のモノだッ!!!」



 俺は泣きじゃくりながら叫んでいて、そこから先はあまり覚えていない。



 宰相が俺を殺しそうな目でずっと見ていた事だけが焼きついていた。





















 それから宰相はたまにあの薬(媚薬?)を使うようになった。



 ただしあまりにも強い薬らしく、用量を間違えたり多用すると本当に人格崩壊させかねない為、常用はできないらしい。



 本来は陸軍の諜報部が敵国スパイの拷問自白用に使っていたもの…というメイド同士のヒソヒソ話が聞こえた。

 それでも俺の夜の反応が悪いと、仕置きと称して宰相はそれを時折俺に使う。



 あれだけはイヤだ。

 心が死んでしまう。



 俺は最初の媚薬で無理やり起こされた快楽の痺れを、自分の心を守る為に追いかける。

 声を殺すのも仕置きの対象になるので、もう声も殺せない。



 潤滑剤の香油がお互いの性器の間の摩擦で猥雑な濡れた音を立てる。肌と肌がぶつかる下品な音がそこに重なる。





「アアッ…!深いィッ!!!イギィッ…!!」

「見ろ、もうお前の小さな尻は私のを根元まで呑み込めるようになったぞ。最初は半分も入らなかったのにな」

「イヤだ…ッ…イヤだぁ…!!奥こわいぃ…ッ!!」

「イイの間違いだろう?今ので何度達した?ほら、また細かく締め付けてるじゃないか」

「ちがっ…ちがう…アッ…ああ!ア゛ーーーッ!!!」

「また漏らしたな。本当にだらしのないイチモツだ。もうお前のここは女には使えんだろうな。尻のようにここの先もこうして締めてみせろ」

「ぅんんッ!…お前の…ッお前のせいで…!」

「そうだ。私がそうした。お前はどんどん私だけの体になる。もうお前は私だけのモノだッ」



 宰相はいつもそう繰り返す。

 何故こいつは俺を自分のモノにする事にこんなにこだわるんだろう?











 いつものように抱き潰され、夜から早朝にかけては排泄まで宰相に世話される。

 元兵士見習いの俺でも体力が追いつけないほどひどくしつこく俺を抱く事も多い。



 そんな時はド平民には貴重すぎるハイポーションや、一生かかっても拝めないエクスポーションで体の機能のほとんどを元通りにされる。



 でも肌に直接刻まれた感覚は消えない。

 いつ終わりがくるのかが見えない。











 いつの間にか俺は18歳になっていた。身長は大して伸びなかった。



 追放されて荒野を彷徨っていた時、拷問されていた時、俺の死が終わりだった。ある意味死がゴールと言っても良かった。



 今は『死』すら取り上げられている。



 強制された快楽と、家族の命によって縛られた時間。

 その代わり、今は自由以外は何でも手に入る。



 家にいた時、兵士見習いで陸軍の独身寮住まいだった時、お祝いの時にも食べられなかったようなご馳走がここでは毎日のように出てくる。俺が一言でも「これ美味しい」と思わず口にすれば、それは仕置きの夜の翌日には必ず出てくるようになった。



 城での催しで遠目に見たようなお貴族様仕様の豪華な服を日中着けさせられる。俺はこの部屋からは出ないのを宰相は知ってるはずなのに、使用人が持ってくる服を拒絶すれば彼に迷惑をかけるから拒めない。こんな高い服に一体何の意味があるのか。



 あれほど欲しかった読みたかった高価な本達が、俺専用の本棚が作られるほどある。おそらく時々話し相手になってくれてる使用人達が、俺の本の好みを宰相に上げていたのだろう。

 兵士見習いになってはじめて貯めた給料で買った一冊の本を本屋で受け取った時の、あの胸が燃え上がるような喜びを思い出す。

 貸本屋に通わないでいい、俺にとって生まれてはじめての俺だけの本だった。



 ミランダちゃんの店で1番高かった、一本で目ん玉が飛び出るような値段の大輪の薔薇が、ここでは惜しげもなく俺の為だけに花束にして飾られる。ある夜俺が花瓶に活けられていたたくさんの花の中でこの薔薇の花を見つけて「あ、この花…」と宰相の前でつい言ってしまったからだ。



 宰相は俺が欲しがると思われるすべてを、俺には何も言わずに使用人に用意させ、宰相本人のいない時に俺の目の前に広げさせている。



 そして夜になれば…

 まるで大切な玩具のように扱われる日々。

 追放の時よりも、拷問されていた時よりも、今の時間の方が虚しい。













 一人の男が訪ねてきた。

 トマスと名乗った男は俺にこう言った。



「俺は宰相閣下…エドワード様の乳兄弟だ。
 エドワード様はチェスター伯爵家のご嫡男であられる。
 エドワード様には一刻も早く後継が必要だ。
 なのにエドワード様は、去年結ばれたミュリー家ご令嬢マリアンヌ様との婚約を突然破棄したいと申し出てこられた。
 何が原因かは分かるな?
 お前に罪がないのは承知しているが、お前にこのまま居られてはチェスター家のみならず国が傾くのだ」



 俺は俺の家族の身の安全さえ保証してくれたら、今すぐこの場で死んでもいいと告げた。

 トマスは黙っていた。











 数日後、トマスの手引きで俺は宰相の屋敷から抜け出した。



 トマスは俺を王都から離れた辺境の町まで送ることと、俺の家族の安全をチェスター伯爵家が家名に賭けて必ず保証すると盟約した羊皮紙と、少なくない金が入った革袋を俺に持たせようとした。

 俺はそれをすべて固辞し、国境まで送ってくれることのみを頼んだ。



 その時点でトマスは俺の意図を分かったのだろう。

 国境まで馬車を飛ばしてくれた。



「送ってくれてありがとう」



 俺の言葉にトマスは痛みを堪えるように顔を歪めた。



「死ぬなよ」



 俺は笑って答えた。



「死なねぇよ。どうやって死ぬんだよ」

「いいから死ぬな。今俺の目の前で、お前の母親の名において生きる事を誓え。」



 俺は黙った。

 しばらくして声を絞り出した。





「俺は何の為に生きなきゃいけない?」





 俺は宰相と、あいつと、どっちが先に折れるかの勝負をしてたはずだ。

 そのゴールは俺の死だった。



 あいつは1度目も2度目も、俺の死に怖じ気づいて、

 2度目にはとうとう勝手に俺の家族の命を盾にして俺との勝負の土俵から降りやがった。



 この因縁を終わらせるには、俺の死しかない。

 そうしないと、俺の生は、俺の生は、

 あいつの願望の為に有ることになってしまう。

 俺はそれが気に入らないんだ。

 あいつは俺の事を全然見ていない。

 あいつは俺の事を欲しいと言うあいつ自身の妄執だけをいつもいつも見ている。

 何が「お前は俺のモノ」だ。そうあって欲しいあいつ自身の願望じゃねぇか。

 本当に俺をモノにしたいなら、下手な小細工なんかせず、下手にかっこつけたりせず、はじめから俺に死ぬ気でぶつかってくれば良かったんだ。

 それをしないから、そこから逃げたから、もう俺はあいつに期待しない。

 あいつは俺が死ぬ事ではじめて俺という人間を見るんだ。



 いつの間にか声に出していた俺のその思いを、トマスは黙って聞いていた。



「…分かった。もう死ぬなとは言わん。
 チェスター伯爵家の者として、せめてもの詫びに、お前の死に場所を用意させてくれ。
 お前のような立派な男にこれ以上の余計な苦痛を味わって欲しくはない。
 これは個人的な俺からお前という人間への最大級の敬意だと受け止めて欲しい」



 男が男にそう言う事の意味を汲み取れないほど俺は馬鹿じゃない。

 俺は笑って頷いた。











 死ぬのは10日後。死ぬ場所は国境の近くの教会前の宿屋。

 死に方は王家や上位貴族御用達の、安楽死用の薬。

 それを飲めば気絶したあと眠るようにゆっくり心臓が止まって死ぬんだとか。

 その上位貴族御用達の特別にも程がある薬を手に入れる為に、10日必要とのことだった。





 俺の亡骸はトマスが宿屋前の教会にて事故死扱いにして必ず葬儀のミサをしてもらい、教会内の墓地に埋葬までしてくれるとのこと。



 その金はトマスが俺の為に持ってきた慰謝料的革袋から出してもらい、残りの金は全部教会に寄付して欲しいと俺はトマスに頼んだ。



「お前の家族に遺さなくていいのか?」

「そんなことしたら俺に何かあったってモロバレだろうが。俺はひっそり消えればいいんだよ。
 俺の事はどこかで元気でよろしくやってるとあいつが伝えてるらしいから、もうそれで充分だ。兄貴達もいるしな」

「…そうか」











 10日後ようやく安楽死用の薬が手に入った。

 トマスはわざわざこの薬を調達する為だけに王都から国境までの道のりを往復していた。

 なんだか申し訳ないと思うのは俺がド平民ゆえか。

 あれ?よく考えたら俺チェスター伯爵家の被害者だよな?



 教会前の宿屋の、無駄に1番いい部屋をトマスはとってくれていた。



「10日間何をしていた」

「これから世話になる教会に挨拶がてら毎日散歩と世間話に行ってた」

 トマスはそんな俺に心底呆れ返った様子でため息をついた。

「お前は馬鹿なのか?」

「なんでだよ。古いが管理が行き届いててなかなかいい教会だったぞ。あそこなら俺ものんびり眠れると思うわ」

「これから旅先で偶然事故死予定のお前が、しょっちゅう通って顔を覚えられてどうする。どう見ても不自然だろうが」

「あ。」

「もう呆れて言葉もない…」

「そこはトマスの口八丁でどうにかしてくれ」

「………」

「そう睨むなって。でも、あそこのオッサンなら多少の事は目を瞑ってくれそうだけどな。
 教会に面白いオッサンがいてな。隣の孤児院の院長らしいんだけど、毎日同じ時間に教会の隅っこに座ってボーっとしてるもんだからつい色々喋ってみたら、これがなかなか、色んな水飲んできたような人なんだわ。
 教会にも顔が効くらしいから、あのオッサンなら多少の事は聡く見逃してくれると思うぞ」

「ふん。隣の孤児院の院長か。お前の亡骸を持ち込む時には、その者にも声をかけよう」

「ああ、よろしく頼む。できたら残りの金、隣の孤児院にも回しておいてくれ」

「お前は本当に…」

「はいはい、薬出して薬。俺はもう寝るの」

「何か言い遺す事はないか?…その…エドワード様に……」

「ハゲ散らかしてくたばれとでも言っておいてくれ」

「…………」

「あ、トマス。お前にはある。色々本当にありがとう。お前のこれからの幸せを祈ってる」



 トマスは目を見開き、弾かれたように俺から顔を背けてしまった。肩が細かく震えている。



「じゃあな」



 俺は薬を呷り、そしてベッドに横になった。

 追放刑にされて死にかけ、拷問で何度も死にかけ、心を殺すかもしれないヤバイ媚薬を使われ。

 でも最期はこんな穏やかな死に方か。



 俺の人生、なかなか悪くないじゃないか。

 眠りに落ちる前、朧げに霞む意識の向こうで、

 真っ直ぐな眼で俺を射抜くように見つめていた宰相のあの瞳が思い浮かんだ。





















 遠く?近く?で何かが激しく鳴ってる。

 脳がぐわんぐわんする。

 うるせぇ。

 俺はもう死んでるんだよ。分かる?

 死人なの。死人。

 死人の安らかな眠りを妨げるなんてサタンかお前はって所業だぞ。

 ここの教会ってこんな品のない所だったっけか。



「アラン!アランッー!!!
 俺が悪かったんだーッッ!!」



 痛い。激しく揺さぶるな。なんか気持ち悪い。本当にちょっと…なんか…この声悪酔いする…。誰??



 いや待て…この声…。

 いや待て。あいつがこんなに取り乱すわけがな…



「ああ゛ー!!!!
 ああああああ゛ーーーーー!!!!
 俺のせいで!俺が!
 俺がァーーーーッ!!
 アランーーッッ!!」



 次の瞬間、すごい力で無理やり寝てる俺を起こされて力強く抱きしめられた。

 宰相の手が、体が、激しく震えている。

 いつから叫んでたのか、しばらくすると声も枯れ果て、それでも俺の名前を喉を潰さん勢いで絶叫し

 続けてる。俺の名を呼んでひたすら詫び続けている。



 あの宰相が、冷徹くそ野郎が、身も世もなく泣き叫んでる。



 眼を閉じていても分かる。俺の鎖骨から肩から胸の下あたりまでが宰相の涙でぐっしょり濡れている。

 彼の体の尋常じゃない震えが、抱きしめられた胸や腹を通してこっちにまでダイレクトに伝わってくる。

 これが魂の慟哭というヤツかと思う姿だった。

 そういえばこいつ、俺の前ではじめて俺の名前を呼んだな。

 だんだん体の感覚も戻ってきた。

 俺はようやく小さな声を絞り出した。



「……耳元で叫ぶな…」



 宰相の慟哭が止まった。



「……アラン…?生きて…」

「…残念ながらな……トマスに一杯食わされた…頭いてぇ……」

「あ゛ーッ!!!!
 あああ゛ーーーッッ!!!!」



 今度は嬉し泣きか!うるせー!!

















 宰相…エドワードはまるで童心に還ったかのように、俺の手を離さず、ギュッと握り締めたままで、色んな本音を聞かせてくれた。



 俺の事をどれだけ愛してしまったか。

 それまで男女問わず口説きまくられても、口説いた事のないエドワードは、どうしていいのか分からず、完全に自分を繕う型にハマってしまっていたこと。



 部下の前で貴族としてあるまじき恥をかかされ、引くに引けなくなってしまい、追放刑にしたもののずっと俺の安全を私兵に見張らせていたこと。



 俺を拷問にかけている時の俺の声が辛くてたまらず、何度も私兵に「もうやめてやれ」と伝えたものの、私兵達から「ここで引いたら閣下がヤツに舐められます」と逆に説得され言う事を聞かなかったこと。(たしかに私兵の気持ちも分かる。どうせエクスポーションで治るしね)



『言うこと聞かないと俺の家族云々』は、俺が拷問されてる姿に日々弱っていくエドワードの憔悴を見かねたトマスからのアドバイスだったこと。(こいつはこれでもこの国の宰相なんだろうか)



 俺が屋敷から消えてはじめて、格好つけて俺に対してマウントとりすぎてしまい結果的に俺に真っ直ぐ気持ちを伝えられなかったことを心の底から後悔したこと。



 そしてトマスに知らされ俺の死に直面して…という経緯だったらしい。













 エドワードは泣き過ぎてパンパンに浮腫んだ顔と泣き叫びすぎて嗄れた声で俺に向き合った。



「俺はアランがいないともう生きていけない。
 でももうこれ以上アランに辛い思いをして欲しくない。
 アラン、俺と出会ってくれて本当にありがとう。
 そしてこれまで本当にごめん。
 アランの身分と名誉は俺がなんとかして回復させてみせるから。
 それから…お別れするよ。
 本当にありがとう……」



 俺はその瞬間、思わずエドワードの横っ面を思い切り引っぱたいた。



「何勝手に終わらそうとしてるんだよ!」



 エドワードは浮腫んだ眼で必死に目を見開いている。



「俺は…アランの為に…」

「お前、俺の名誉回復させたら死のうとしてるんだろ」

「…………」

「誰がお前にそんなことを望んだんだ」

「…でも、俺は…これ位しか君に詫びる方法がない…
 俺が君にしてきたことはそれ位許されないことだ…」



 俺は目の前の馬鹿な男に、呆れてため息を1つついた。



「お前はいつもお前の自己満足でしか生きられないのか?」

「え…えぇ…???」



「俺の気持ちはどこにあるかって訊いてるんだよ」



「!!!!」



 またエドワードの目から大粒の涙がこぼれ落ちる。

 今度は俺からエドワードを抱きしめてやる。

 エドワードの方がガタイがデカいから、俺はどうしてもエドワードの中にすっぽり覆われる形になるんだが、今エドワードは俺にされるがままだった。



「アラン…ごめん…アラン…ッ」

「うん」

「…グスッ…アランの…気持ち…聞かせて欲しい…」

「俺は本音でぶつかってくれたお前と一緒に居たいよ」

「!!!」



「もう一度言うぞ。
 俺は、お前と、一緒に、居たい。」



「ウワーンッ!!!!!
 アランーーーッッ!!!!!」



「ああー!うるせー!!!!!!」

















 その国の宰相には、生涯を共にした一人の男がいたという。

 その国では本来同性愛は許されない事だったが、

 宰相は「私達の絆が許されないならば私はこの国を去る」と明言し

 やがて国王の名の元に特例として許されることとなる。



 宰相はすべてのはじまりであったあの小さな教会で、神父の祝福の元、ひっそりと男と永遠の伴侶の誓いを交わした。

 そこにいたのは宰相の乳兄弟、教会の隣の孤児院の院長、そして国王。

 誰にも知られない婚姻は、しかしその証が生涯お互いの左薬指に輝いていたという。









(終)







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