常夜行計画、実行せよ

イトウ 

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二十一:柵越

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 どうやら、この世界は深入りはしてはいけないようだ。
 分かってはいたけれど、あまりにも思っていた常識と違いすぎる。

「ノールック! しかも、素手!」
「邪魔、だったから」
「えー……」

 陽尊が、ポイッと目の前に出てきた虫のようなものを投げ捨てた。
 ほんわかした日本昔話のような世界観に、殺伐としたダークファンタジーが急に紛れ込む。

「行こ?」
「…………まぁ、良いけどさぁ」
「大丈夫。少し浮かしてるから、汚くない」
「気にしてるのは、そういう衛生面じゃなくって」
「じゃあ。手、つなご?」

 可愛く笑ったって、やってる事はどうもよろしくない。
 元の世界に戻って、いきなり「僕、実は裏社会の住人なんだよね」とか言われたらどうしよう。
 服も高級そうだし。
 疑いの目で見ていると、真意が伝わったのか困ったように目を細める。

「消すのは、秩序を乱す化け物とか、だけだから」

 言い訳が、不穏。それだと、疑いは消せない。
 まぁ、郷に行っては郷に従えだな。

「とか、の部分が気になるなー、って」
「そう?」

 スマートに、かわされる返事に、曖昧にうなずく。

 気分を変えようと、厚い雲に覆われた空を見上げる。
 行きも見たな。
 でも、太陽が少し下がってきたのか、暗くなっていた気もする。

 だんだん、景色が変わってきた。
 これから、さっき来た道を戻り、最初についた集落へ入るらしい。

 すると、ざわざわと人の声が聞こえてくる。

「お帰りなさいませ!」

 おう……。
 これは……この気まずい雰囲気は、最初に感じたやつ。つないでいた手に力をこめ、早く帰りたいな、と意思表示をする。
 すると、嬉しそうに陽尊が頰を赤らめた。察しが悪い。
 何か会話をしているが、後ろに引っ込んでいよう。

「そちらの、道先案内人さんも御一緒に休んで行かれませんか?」
「は?」

 誰が、道先案内人だ。
 どうやら、勘違いをしている。きっと、陽尊を敬い過ぎて、その他の生き物は全て下に見えているのだろう。
 何となく分かってきた。
 この世界のみんなは、自分の欲望に忠実すぎて信用が出来ない。

 チラッと、上を向くと「どうしよっか?」みたいな穏やかで理知的な顔をしているが、陽尊も後先考えなしに自分の思うままに行動していきそうだ。
 ここは、自分がしっかりしなくては。

「いえ、帰ります!」
「そうだね。奏採を道先案内人呼ばわりする人のところなんて、行きたくないよね。むしろ、こっちが来てもらったというのに。……言い聞かせようかな」
「……そういうの、やめて?」

 その優しそうな顔から口に出す言葉じゃない。
 ……もう、このままだと埒が明かないな。語尾を強めに、もう一度、「帰ろう」と言って、それ以上の会話を止める。
 そして、住民たちに会釈をして歩き出す。骨折した後の指がズキリと痛むが、気にせずに進んだ。

「ごめんね」
「大丈夫。なんか、頭下げられるのとか苦手だし」
「少しでも。奏採の事、悪く言われたくない」
「悪く言ってないだろ? それに、もう、守られなくても平気だから」
「…………そっか」

 出入り口まで行くのが面倒で、最短距離の柵をジャンプして飛び越える。
 今度は、足の指が痛い。
 陽尊は俺の冷たい言葉に傷ついたのか、ずっと黙っているので弱音を吐かずに我慢をした。

「ここ、だろ?」

 無言で歩いていたら、あっという間に森につく。
 目の前に、大きな岩と茅の輪が現れた。不思議なことに、遠くからは見えなかったのに、近くについたら突然、出てきた。
 ともあれ、これを、くぐれば元の世界に戻られるのか。

「そう」
「ここに連れてこられた時の、柱の空間は行かなくて良いのか?」
「うん。それが正式な形だけどね。実際は、あの方法はあまり使わない」
「へぇ。じゃ、くぐったら、何処に出るの? まさか、海の中とか空の上じゃ……」
「大丈夫だよ。何処かの茅の輪に渡れるから」
「便利だな、もう、入ってもいい?」
「ちょっと、待って。一言だけ社長に文句を言っておきたい」
「……分かった」

 全知全能の神に文句を言えるのってすごいな。
この世界観だと社長というよりはゲームマスターの方がしっくりくるが、神が住んでいる場所をゲームなんて言ったら失礼か。
建速と八千矛も、ちゃんと人間と同じだったし、生きてるもんな。

「……お待たせ」
「通信、終わった?」
「あなたの思い通りになったって、報告した。すでに、全てを知ってるとは思うけど」
「はは……」

 やっぱり、ゲームマスターかもしれない。

 さっきからつないだままの手を、さらに簡単に外せないように指を絡ませる。
 そして、一つ深呼吸をした。
 陽尊が目配せして、飛び込む準備が出来るまで待っててくれている。

「もう、大丈夫。行こう?」
「ん。奏採、離さないで」

 そう言われて手の温もりを感じていたら、不安なんかなくなって、自然に体が動いて、何も無い空間に吸い込まれていった。

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