常夜行計画、実行せよ

イトウ 

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二十二:資産

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 どこかの空間にいる時に、目をつぶってしまったのを後悔する。
 ほんの一瞬、まばたきをしている間に元の世界へ戻ってきてしまった。
 一体、何がどうなってこうなったんだろうか? 分かるのは、手をしっかりとつないでいたから、一緒に戻ってこれたというだけ。

「戻った、よな?」
「うん。お疲れ様でした」

 安堵と同時に、吐いた息の代わりに空気を吸うと、一気に体の中が汚れていく気がする。
 排気ガスや、様々な化学的な匂い。そんなものが、口から皮膚からジワジワと入ってくる気がして、気持ちが悪い。
 ただ、ここは木が生い茂っていて、まだ自然の力を借りたら気分的に落ち着いた。

「あれ? ここ。うちの近所の神社だ」
「そうだね」
「ここに陽尊がいるってことは、今までのことは夢じゃないよな?」
「どっからどこまでかは、わからないけど。夢じゃない」
「……うん」

 ついつい痛みを感じることで、安心感を得るのがクセになっていて、近くにあった岩を軽く叩く。

「奏採!」

 悲しそうに、そして咎めるように、陽尊は俺を見るが、なかなか日常的にしている習慣は抜けない。

「あれ? 指が痛くない」
「もう、自分を痛めつけるのやめてね」
「わかった、気をつける。それにしても指の骨が治癒したの何でかな?」
「……もしかしたら、お詫びで恩恵を与えてくれたのかも」
「あ、社長?」
「そう」

 それは、良かった。
 生活に支障があるわけではないが、何となく違和感があって、文字が上手に書けないままだったのでありがたい。
 足も、つま先をトントンと叩いてみたが、痛みもないし支障はないみたいだ。

「うん。大丈夫」
「良かった。……それで、さっそくだけど。僕の家に行かない?」
「あれ、地元が一緒だって言ってなかったっけ」
「一緒だけど、このあたりの大学に、進学と同時に引っ越してきたから。兄が一人、こっちにいるし」

 ……という事は、何才だ? 俺と同じくらいか、年上だと思っていた。やたらと高そうなお洒落な服を着ているし。

「陽尊の年齢って、いくつ?」
「………………えっと、この依代の?」
「……うん」

 そうだ。背景が、ややこしかったんだ。
 激重すぎて考えるのを拒否るすように、記憶から消去していた。

「20才だよ大学2年生。この春で3年生だけど」
「まさかの年下!」
「ごめんね。嫌だった?」
「嫌じゃないけどさ。なんか、背とか高いし」
「もう、お互いに成長期は過ぎてるでしょ?」

 そう無邪気に笑う表情を見ると、たしかに年下かもしれない。

 だが、それは、陽尊の一人暮らしのマンションについたら、間違いだと気づいてしまった。

「なんで学生の一人暮らしの家が、ファミリー向け高級マンションなの?」

 メインエントランスの前で大声で叫んでしまう。
 出入り口に常駐している警備員がチラチラ見てきて恥ずかしい。ロビーに入るまでに、気疲れしてしまいそうだ。

「諸事情」
「それ、はっきりとした理由を明かしたくない時に使う、婉曲表現!」
「……なんか、自分の力じゃないの恥ずかしいけど。兄の持ち物を借りてるだけ」

 うん。そっちの方が、まだいい。
 また、裏社会の住人疑惑がまた浮上してしまいそうになってしまった。

「……だから、裏社会とは関係は持ってないって」
「心を読むな」
「読んでない。顔に出てたよ。ただの医者の家系だから、少しお金持ってるだけ」
「え。じゃ、そこの医大に通ってるの? 俺の大学の側だし。偶然だな」
「……医師の兄が2人が家業を継ぐから、無理に進む必要はないけど。勤務形態も選べるし、なにより収入が良さそうだしね」

 その考えて作られたような話に、違和感があって思わず口を挟む。

「……本当は、死に近いからだよね?」

 何故か、俺は無意識に、そう声に出していた。何でかは分からない。
 医師を目指す者が、人の死を望む。そんな、あえて禁忌肢を選ばせるような発言はしてはいけないと、分かっているのに。 
 太古の昔に、死に一番近い仕事をしていたからだろうか。今は、昔とは価値観が違うというのに、なんでこんなこと言ってしまったんだろう。

「……奏採。何か、思い出したの?」
「ち、違う! 何でもない。忘れて」
「確かに。それなりの地位があったから、僕も。そして、君も。引きづられてる可能性はあるかも」
「……ごめん」
「気にしてないよ。あっ、そうだ。奏採が通ってる外科もうちの系列だから、通院終了の連絡を入れておくね。手続きはまかせて」

 陽尊は、明るく話を切り替えてくれるが、まだ、そんな気持ちにはなれない。ぼんやりする頭を軽く振って、ギュッと陽尊の手を握る。

 だけど、もう指は痛くなかった。

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