常夜行計画、実行せよ

イトウ 

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三十三:地縛

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「……動かないで」
「頑張っちゃった」
「頑張りすぎだよ。こんなに霊力を使い切るなんて」
 
 俺の背中と膝裏にまわされた陽尊の手から、霊力が少しずつ入ってくる。
 それは、優しくて、とてもあたたかくて、幸せな気分で胸が熱い。
 
「ありがとう。まさか、こんな霊力を譲れるなんて技があるとは……」
「誰にでもじゃないよ。奏採だけ」
「輸血みたいなもん?」
「……まぁ、うん。もっと、違う言い方が良いけど」
「唯一無二の、相手だからとか?」
「……それは、良いかも」

 そう話す陽尊の声は心が落ち着くトーンで、とても心地よい。
 いつまでも聴いていたいが、状況を把握するためにも降ろしてもらわなくてはならない。
 体をひねって、降りたいと意思表示をする。

「もう、大丈夫。立てる」
「顔色も良くなってきたね。良かった」

 陽尊は膝をついて衝撃が無いように、地面に足を降ろしてくれた。
 ……ちゃんと、地面は固くて足が地についている感じがする。うん、問題ない。

「どう? 海は落ち着いてる?」
「何も成せなかった僕が言うのもなんだけど、とりあえずは元に戻ったよ。奏採のおかげ」
「実際に海を鎮めたのは、弟橘媛の力であって俺じゃない。そもそも、この剣のおかげだし」

 少し光が弱った剣を、そっと握り直すと、刃の部分に誰かが来たようで、影がうつる。

「そうそう。その通り」

 座り込んでしまっていた浜辺に、サクサクと砂の踏みしめる音が聞こえてくる。
 この、大きい歩幅が想像できる足音はおそらく……。

「建速さん!」
「よっ。元気?」

 あきらかにこの状況で、元気なわけない。

「……酒の飲み過ぎですよ。少し匂いがします」

 陽尊が、膝の砂を払いながら立ち上がり、注意をする。
 どうやら、夜通し飲んできたようだ。

「あれ? 八千矛さんは一緒じゃないの?」
「まだ、呑んでる。酒は人間と意思疎通するために必須だからな。大切なお仕事だ」

 絶対に、そうは思ってなさそうだ。
 酒には酔わないのか、軽やかに尖った歯を見せて何ともないように笑っている。
 一緒に居合わせた人は、変な願い事とか言っていないと良いが。もしかしたら、叶えられてしまうかもしれない。
 この地域で有名なレトロな繁華街に行くと言っていたが、まさか神様と酒を飲んだとは思ってもみないだろう。

「……陽尊は、文句を言いたそうな顔をしているな」
「そりゃそうですよ。依頼の内容と、全く違うものじゃないですか」
「あらかた合ってる。海に浮遊したままの霊を落ち着かせろって言っただろ」
「……ここから常世の国に行けなかった霊を鎮魂はさせるなんて、僕の管轄外です。」

 あのキラキラしていたのは、地縛霊だったのか。そう思うと、これから海で泳ぐのがこわいな。
 それより。さっきの一瞬、神社の方を見ていた弟橘媛が気になる。

「なぁ、弟橘媛は倭建命を探してた。なんだか、役割を奪ったみたいな形になったけど、良かったのかな?」
「平気平気! たけるは、人間とは言え縁があるし、今回は仕事を譲ってもらった。お前の持ってる天の叢雲の剣は、形代とはいえ同じ霊力だから、問題ない」
「……譲ってもらったのは、僕の罪に関係してますか?」

 陽尊が聞くが、その質問には答えず、太い腕を組み直して陽尊を楽しそうに笑う。

「まぁ、海神への挨拶代わりは終わったし、帰るか」


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