何でもない日の、謎な日常

イトウ 

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課外授業

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「もちろん協力はするけど、詳しく話をしてくれる?」

 夏葉は、頑張っている丈一郎の力になりたいと、話を促す。

「香苗さんが、店で料理を上手く作れないって言っているんです」

 香苗さんとは、あの守衛の近藤さんの娘さんの事だろう。
 ふんわりとした、優しそうな笑顔を思い出す。

「材料とレシピは間違ってないのだけど、なぜだか店で作ると失敗してしまうんです。まだ、練習不足なだけかもしれないけど、少し落ち込んでいて何とかしてあげたい。母や祖父は、忙しくてあまり見てあげられないみたいで」

 丈一郎は頭を抱えている。

 何とかしてやりたいが、桃夢はそこまで料理は得意ではなくグルメでもないので、些細な違いが分からない可能性が高い。

「分かったわ!私、次の部活のある日の木曜日、店に行って香苗さんと話をしてみます。桃夢先生、良いですよね?」

 丈一郎が良いなら問題ないだろう。
 俺は頼りにはならないだろうが、何かあった時のために一緒に行こう。

「そうだな、じゃ、迷惑にならないように俺と夏葉だけで行こう。他のみんなは、部室で活動していてくれ」

 パンッと手を打ちながら、話をまとめた。

「よし!では、木曜日、夏葉と丈一郎は早い時間の下校バスに乗って共に店へ行く。その後、丈一郎は店番を香苗さんと変わってくれ。俺は、補習授業が終わり次第タクシーで向かう。その予定で行動しよう。」

 自分の料理の店を出したいと言っている夏葉も、良い勉強になるかもしれないしな。

「よろしくお願いします。夏葉先輩。桃夢先生。」

 丈一郎は、何だか、うれしそうだ。

 2日後の木曜日になり、桃夢は学校からタクシーで店へ向かった。
 徒歩でも良いが、まだ梅雨が完全にあけていないので滑って転んだら大変なことになるので、リスクはおわないことにした。

 明るいうちの店は、繁盛している。
 入口の雑貨なども色とりどりで目を引くし、若い人も多いようだ。
 その奥に階段があり食堂が併設されていて、桃夢は遠目から様子をこっそり見てみる。

 座卓が4席並び、こぢんまりした空間は懐かしく居心地が良さそうだな。
 今までは、自宅の方へ直接向かっていたので初めて入ったが、これは、閉店せずに続けて欲しいと思うわけだ。

 とても、空気がきれいで安心する。

 丈一郎のおばあちゃんが、土産物の店番をしていて桃夢をじっと見ている。
 スーツの40才前の男性が1人で来るのは珍しいのだろう。
 案の定、身分を特定され声をかけられた。
 こそこそして、すみません。

「もしかして、丈一郎の先生でしょうか?」

 細かく分類すると先生とは言えないが、ややこしくなるのでスルーする。

「はい。はじめまして」

 いつもは夕方から夜に来ているので、おばあちゃんとは初めて会う。

「はいはい。聞いていますよ。丈一郎は、食堂の方へいます。呼んできましょうか?」
「いえ、勝手口から入るように言われてますので。素敵なお店ですね。」

 丈一郎の祖母は、嬉しそうに話す。

「そうなんですよ。丈一郎が頑張ってくれてね。自慢の孫なんですよ」

 良かったなぁ。丈一郎、と桃夢が思っていると、会計をしたい客が後ろに並んできた。

「あっ。すみません。では、失礼します」

 会釈をして、勝手口へ向かう。

 きれいに並んでいる靴をみると、無事に夏葉は来たようだ。
 自宅の台所を使い、店のメニューを作ってもらっているらしい。

 丈一郎の情報によると、しらす丼や刺し身などは、美味しく出来るので、問題は焼いたものだけという事だ。

 とくに焼きそばが苦手らしく、テーブルの上には、丈一郎の祖父が作ったものと、香苗が店の厨房で作ったもの、自宅の台所で作ったものの3種類の焼きそばが並んでいる。

「香苗さん。では、店で作った焼きそばと、ここで作った焼きそばは、全く同じ調理工程なんですね」
「はい。変えていません」

 桃夢は邪魔をしてはいけないと、こっそり入っていく。

「どうだ?何が分かったか?」

 香苗が、桃夢に気づき申し訳なさそうな顔をしている。

「今日はすみません。自分ひとりだと解決策をが分からなくて、丈一郎くんに相談したんです。今日は来て頂いて、ありがとうございます」

 桃夢からも香苗から話を詳しく聞く。
 勤務形態に関しては、休憩時間を交互に交代しているとのことだ。
 ただ、病院などで祖父がいない時は、1人で調理と配膳を切り盛りする時間が出てくるらしい。
 たいてい、食事時は外すのだが、これから何でも出来るようになって、小さい頃からお世話になっているおじさんに恩返しをしたいと、香苗は真剣に桃夢に伝えてきた。
 近藤家の絆の強さに涙腺が緩む。年だからだろうか。

「食べ比べて、犯人が分かりました!」

 すると、突然、空気を読まない夏葉が、高らかに宣言する。

 桃夢と香苗は、犯人?と同時に疑問の声をあげるが、世界に入っている夏葉には聞こえないらしい。

「人じゃないだろう?何言ってるんだ?」

 桃夢は、無視されないように、はっきりと聞こえるように言う。
 だが、夏葉は聞いてないふりをして、正座の状態からゆっくりと立ち部屋を歩き始める。

「火を使わない料理は失敗しない。時間がなくて焦っている事が多い。家の台所では失敗はしないが、味に深みがなくなってしまう」

 香苗は、夏葉の性格を知らないのでキョトンとしている。こういうタイプの性格なんです。桃夢は、いたたまれなく夏葉に告げる。

「香苗さんが、驚いてるから普通に教えてくれないか?」

「桃夢先生!犯人は、火力です!」

 夏葉は突然、仁王立ちする。

 その一連の自分の行動に満足したのか、テーブルに戻り正座をした。冷静に戻ったようで、良かった。

「どういう事ですか?」

 香苗は、理解できなかったらしく、夏葉に聞く。

「少し、待ってて下さい」

 夏葉は家の台所と店の厨房へ行き、何かを持ってきた。

「こっちが厨房で使っている鉄のフライパンで、もう一つが家で使うフッ素加工のフライパンです」

 テーブルに2つのフライパンを並べる。

「きっと、鉄のフライパンを使う時、火力が弱い可能性があります。あと、場合によっては油の量も少し多めのほうが良いです」

 香苗は、そうかも、と何かに気づいたように、つぶやく。

「昔、よくフッ素加工のフライパンを高温で空焚きして、ダメにしてしまうことが多かったから、強火にしないように心がけていたのが、癖になっていたかもしれません。」
「あと、香苗さんの自宅のコンロはIHコンロでは?」
「そうです。すごいですね。なんで分かるんですか?」
「あまり、フライパンを浮かせたり、振っている動作が無かったので、そうではないかと。鉄は温度が高くなるので焦げ付きやすくなります」

 確かに、中華料理はそのイメージがあるな。火から浮かして材料が宙をよく舞っているし。

「なるほど」

 桃夢は、調理道具に興味はないが、中華料理が好きなので興味が湧いてきた。
 夏葉は、そのまま説明を続ける。

「食材がくっつかないように、鉄のフライパンを高温で温めてから、油を入れてみてください。あと、高温による焦げ付きに注意して、この鉄のフライパンでもう一度、作ってみましょう!」
「はい!」

 何故か、夏葉と香苗が握手をしている。

 桃夢は一人ぼっちで、孤独になった気がして、少しさびしくなった。



























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