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二章
二話
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フリードは一ヶ月ぶりに離宮を出て、王城の敷地内から出た。
黒い服に身を包む。フリードのスパイとしての正装である。ウェルディスから受け取った紹介状だけを懐に忍ばせて薬屋に向かった。
前日の夜、ウェルディスは忙しい中離宮へとやってきた。紹介状を渡す為にだ。
貴族間で殺人事件が起きた。殺されたのは、ルブロスティン公爵夫人。ウェルディスから見て親戚にあたる関係だ。
葬式に参列する準備の最中、フリードの為に来てくれたのだ。
お陰で「こんな時にまで愛人の元へ遊びに行くのか」と陰で言われていたそうだが、ウェルディスは一切気にしていなかったが。
余計にフリードは自分の存在が重荷に感じていた。
市街を歩いていき、薬屋へと入った。平凡な茶色の髪の町娘が、ほわわんとした笑顔で「いらっしゃいませ~」と出迎えた。
カウンターがあり、その中に収まる彼女はとても薬師には見えない。
隅に黒猫がいて、窓から差し込む陽の光に当たるようにだらんと横になって日向ぼっこをしている。
フリードはウェルディスから教わった合言葉を彼女に言った。顔見知りでないと、この言葉なしにサマエルのボスに会う事は出来ない。
「黒猫の名前は、ノラで合ってますか?」
「はい。野良猫だったからノラって名付けたんですよ」
「他にも猫はいますか?」
「はい。上の階にいるので、どうぞ」
彼女が壁のボタンを押すとカウンター奥の扉が開かれた。螺旋階段となっている。フリードは一段一段上に昇っていった。
上がった先は広い空間に、長方形のテーブル、七つある椅子の一つはテーブルの短辺にあり、一人男が座っていた。
暗めの茶色、栗色の髪をスタイリッシュに整えていた。
まるで獅子のような彼の顔から目を離せないのは、その顔が原因ではない。燃えるように赤い瞳が美しいようでいて、畏怖を感じさせるのだ。
「初めまして。フリードといいます。陛下からの紹介状がありますので、ご確認下さい」
フリードは彼に紹介状を渡した。男は受け取ると、内容を読んでからフリードに視線を戻した。
「ふーん。まぁ、お前なんか認めねぇけどな。
誰が好んで皇帝陛下の肉便器なんか仲間にしてやるかよ」
ごもっともだ。断られるとしたらそういう理由だろうと予想はしていた。
「俺は生まれた時からスパイとして育てられました。一桁の年齢の時には任務についておりましたし、暗殺も出来ます」
「確かにお前はスパイとしてのレベルは高いだろうな。見りゃ分かる。お前は素人じゃない。
俺としてもやる気のある無能より、やる気がなくても有能な奴を近くに置きたい。
だが、無能よりも遠ざけたい奴がいる。それは裏切り者だよ。
お前は元の主を裏切り、ここにいるんだろう」
彼「サマエル」もスパイ集団なのだ。それくらいの情報を仕入れていない筈がない。
フリードの情報はウェルディスから聞いているか、他の手段を使って知っているのだろう。
「はい。それは否定しません。金で動く他のスパイとは違い、君主に仕えるスパイとしてあるまじき背信行為です。俺は死で罪を償うべきでしょう。
ですが、俺は陛下に救われここにいます。陛下への恩を返さずに死ぬ訳にはいかないのです。
俺の命、全てをかけて陛下に忠誠を誓いました。
一度だけチャンスをくださいませんか?」
これで認めてもらえなければ「サマエル」に縋り付く理由はない。
自分で勝手にウェルディスを守る為の仕事をすればいいだけである。
「分かった。そこまで言うなら一度だけチャンスを与えよう」
「ありがとうございます! ボス!」
「はは。まだサマエルでもないお前が軽々しくボスと呼ぶな」
ボスにギロリと睨まれた。威圧的な視線だ。
「すみません」
「ところで、今日はルブロスティン公爵夫人の葬式だな。犯人はサーシュ侯爵夫人だ。
サーシュ侯爵は分かるか?」
「はい。サーシュ領の領主であり、代々皇帝に忠誠を誓ってきた皇帝派の第一人者ですね。国境を守る帝国軍の第……三隊隊長。
特に剣技が優れた一族だったかと。
サーシュ侯爵夫人は、確か元はフローエ侯爵令嬢でしたよね? 今はご令息が一人居たような。
一年前に仕入れた情報なので、詳しくは分かりません」
目立つ貴族の情報は頭に入っているが、なにせ一年前の記憶だ。ここまで覚えているだけでも褒めて欲しいくらいだ。
「十分だ。ルブロスティン公爵夫人とサーシュ侯爵夫人は学院生だった頃からの親友同士だ。
公爵夫人はザハード王国の王女だが、ヘイリアに留学してきてそこで仲良くなったそうだ」
「そんなに親しい間柄なのに何故……」
「何故、侯爵夫人が凶行に及んだのか。お前が調査しろ。ひと月以内にだ。
入隊の為の第一試練としておこうか。
我ら皇帝陛下に仕える『サマエル』の門戸、裏切り者には広くはないからな」
「はい」
フリードは立ったまま、右手を胸に当てて敬礼をし、螺旋階段を降りていった。
一階には薬師の女がカウンターに立っている。彼女の瞳を見ると、桃色という事に気付く。
その瞳がどことなくボスに似ているのだ。
「あなたは、猫の飼い主さんの妹さんですか?」
「いいえ、姉です」
ハーラートは三十代程の男に見えたが、彼女は二十代程に見える。
年齢を聞くのはマナー違反だ。疑問はそのままに薬屋を後にした。
黒い服に身を包む。フリードのスパイとしての正装である。ウェルディスから受け取った紹介状だけを懐に忍ばせて薬屋に向かった。
前日の夜、ウェルディスは忙しい中離宮へとやってきた。紹介状を渡す為にだ。
貴族間で殺人事件が起きた。殺されたのは、ルブロスティン公爵夫人。ウェルディスから見て親戚にあたる関係だ。
葬式に参列する準備の最中、フリードの為に来てくれたのだ。
お陰で「こんな時にまで愛人の元へ遊びに行くのか」と陰で言われていたそうだが、ウェルディスは一切気にしていなかったが。
余計にフリードは自分の存在が重荷に感じていた。
市街を歩いていき、薬屋へと入った。平凡な茶色の髪の町娘が、ほわわんとした笑顔で「いらっしゃいませ~」と出迎えた。
カウンターがあり、その中に収まる彼女はとても薬師には見えない。
隅に黒猫がいて、窓から差し込む陽の光に当たるようにだらんと横になって日向ぼっこをしている。
フリードはウェルディスから教わった合言葉を彼女に言った。顔見知りでないと、この言葉なしにサマエルのボスに会う事は出来ない。
「黒猫の名前は、ノラで合ってますか?」
「はい。野良猫だったからノラって名付けたんですよ」
「他にも猫はいますか?」
「はい。上の階にいるので、どうぞ」
彼女が壁のボタンを押すとカウンター奥の扉が開かれた。螺旋階段となっている。フリードは一段一段上に昇っていった。
上がった先は広い空間に、長方形のテーブル、七つある椅子の一つはテーブルの短辺にあり、一人男が座っていた。
暗めの茶色、栗色の髪をスタイリッシュに整えていた。
まるで獅子のような彼の顔から目を離せないのは、その顔が原因ではない。燃えるように赤い瞳が美しいようでいて、畏怖を感じさせるのだ。
「初めまして。フリードといいます。陛下からの紹介状がありますので、ご確認下さい」
フリードは彼に紹介状を渡した。男は受け取ると、内容を読んでからフリードに視線を戻した。
「ふーん。まぁ、お前なんか認めねぇけどな。
誰が好んで皇帝陛下の肉便器なんか仲間にしてやるかよ」
ごもっともだ。断られるとしたらそういう理由だろうと予想はしていた。
「俺は生まれた時からスパイとして育てられました。一桁の年齢の時には任務についておりましたし、暗殺も出来ます」
「確かにお前はスパイとしてのレベルは高いだろうな。見りゃ分かる。お前は素人じゃない。
俺としてもやる気のある無能より、やる気がなくても有能な奴を近くに置きたい。
だが、無能よりも遠ざけたい奴がいる。それは裏切り者だよ。
お前は元の主を裏切り、ここにいるんだろう」
彼「サマエル」もスパイ集団なのだ。それくらいの情報を仕入れていない筈がない。
フリードの情報はウェルディスから聞いているか、他の手段を使って知っているのだろう。
「はい。それは否定しません。金で動く他のスパイとは違い、君主に仕えるスパイとしてあるまじき背信行為です。俺は死で罪を償うべきでしょう。
ですが、俺は陛下に救われここにいます。陛下への恩を返さずに死ぬ訳にはいかないのです。
俺の命、全てをかけて陛下に忠誠を誓いました。
一度だけチャンスをくださいませんか?」
これで認めてもらえなければ「サマエル」に縋り付く理由はない。
自分で勝手にウェルディスを守る為の仕事をすればいいだけである。
「分かった。そこまで言うなら一度だけチャンスを与えよう」
「ありがとうございます! ボス!」
「はは。まだサマエルでもないお前が軽々しくボスと呼ぶな」
ボスにギロリと睨まれた。威圧的な視線だ。
「すみません」
「ところで、今日はルブロスティン公爵夫人の葬式だな。犯人はサーシュ侯爵夫人だ。
サーシュ侯爵は分かるか?」
「はい。サーシュ領の領主であり、代々皇帝に忠誠を誓ってきた皇帝派の第一人者ですね。国境を守る帝国軍の第……三隊隊長。
特に剣技が優れた一族だったかと。
サーシュ侯爵夫人は、確か元はフローエ侯爵令嬢でしたよね? 今はご令息が一人居たような。
一年前に仕入れた情報なので、詳しくは分かりません」
目立つ貴族の情報は頭に入っているが、なにせ一年前の記憶だ。ここまで覚えているだけでも褒めて欲しいくらいだ。
「十分だ。ルブロスティン公爵夫人とサーシュ侯爵夫人は学院生だった頃からの親友同士だ。
公爵夫人はザハード王国の王女だが、ヘイリアに留学してきてそこで仲良くなったそうだ」
「そんなに親しい間柄なのに何故……」
「何故、侯爵夫人が凶行に及んだのか。お前が調査しろ。ひと月以内にだ。
入隊の為の第一試練としておこうか。
我ら皇帝陛下に仕える『サマエル』の門戸、裏切り者には広くはないからな」
「はい」
フリードは立ったまま、右手を胸に当てて敬礼をし、螺旋階段を降りていった。
一階には薬師の女がカウンターに立っている。彼女の瞳を見ると、桃色という事に気付く。
その瞳がどことなくボスに似ているのだ。
「あなたは、猫の飼い主さんの妹さんですか?」
「いいえ、姉です」
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