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二章
十四話
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「ほう。この忙しい時にお楽しみですか?」
入ってきたのはサマエルのボス、ハーラートだ。フリードには彼の身分は分からないが、この態度を見るに皇族に近いのではないかと思えた。
ウェルディスはフリードを隠すように抱き締める。
フリードはそれに甘えてウェルディスの胸に寄りかかった。恥ずかしさからボスに顔を向けられない。
「少し休憩してたんだ。大目に見てくれ」
「まーいいですけど。俺にはどうでも良い事なので。それより報告があります。
ルブロスティン公爵家で使用人を一人募集しておりました。フリードが行くと思い、急いで参ったのですが。
問題なければこちらから紹介状でも出しておきます」
その言葉にフリードはガバッと身体を起こした。
このままの姿で顔を合わせたくはないが、この際格好はどうでもいい。
このチャンスを逃せば、次いつルブロスティン公爵家に潜入出来るか分かったものではない。
「もちろん俺が行きます! スパイの女を一人捕らえたから、代わりの使用人を募集しているのでしょうか?」
フリードが問うとボスは首を横に振った。
「いや。フリードがいなかった六日間の事を報告しよう。その間はリュートが情報収集をしていてな。
どうやら、サーシュ侯爵と令息が爵位を没収され屋敷を出る時、息子のルベルトだけルブロスティン公爵家に引き取られたそうだ」
「被害者が加害者の息子を養子として受け入れたのか? 何の為に?」
「公爵令息のイグナートとルベルトは幼い頃からの親友同士。
親友が親の都合で平民となるのを見過ごせなかったイグナートと公爵が、同情して彼を養子に迎えた……というのが表向きの話だ」
「それでは、公爵の評判は上がっているでしょうね」
「ああ。二日前に行ったパーティーでは、なんて心温かい公爵様って感激している婦人が多かった」
「実際はどうなのか……」
「不明だ。中に入れない事と、外出する使用人達の口が堅い事もあって何も情報は得られていない。
ただ、最近三人のメイドが……通り魔に襲われて殺された。
ちょうど三人でいるところだったそうだ。犯人は見つかっていない。
ちなみに、殺された三人はサーシュ侯爵の裁判で偽の証言をしていた者達だ」
「口封じか。それに侯爵令息か……」
少し考え込む。公爵とイグナートが本当に親友を憂いて公爵家に迎えたなら、そこまで心配する必要はないだろうが。
(潜入すれば分かる事だ。だが、潜入してから暗殺するとなると、第一容疑者は俺って事になる可能性が高いな。
病気に見せた毒殺か、はたまた身代わりを作るか、アリバイ工作をするか)
フリードはボスに視線を向ける。フリードが何を考えているのかお見通しとでもいうように、ニヤニヤと意地の悪い笑みを向けてきた。
この話を持ってきた事自体が罠だろうか。
フリードは意を決してウェルディスに視線を向けた。真剣な目で見つめる。
きっと目の前の愛しい人は、フリードの願いを叶えてくれる。そう確信して、話す決意した。
「……フリード?」
「陛下、大変申し上げにくいのですが、俺を陛下の愛人として仕事を与えるという形で公爵家に送っていただけませんか?」
「何故だ? 身分を隠した方がいいだろう?
誓約式の時、公爵は皇城に来なかったからフリードの事を知らない。
ハーラートのツテで使用人として潜入した方が、潜入捜査がしやすい筈だ。
僕の愛人だと明かしてしまえば、注目の的だぞ?」
「俺に考えがあります。ボスは賛成して下さいますよね?」
ボスからすれば、フリードを排除する絶好のチャンスだろう。
頷かない理由はない筈だ。
「理由を聞かなければ頷けない。確かにお前はスパイとしての腕は悪くない。今回の発言もスパイごっこをしているわけではないだろうというのは分かる。
──が、ただリスクを上げるだけの行動に意味を見いだせなければ、賛成など到底出来ない」
「理由は、公爵の目を俺に向けさせる為です。
今、俺は裏警察に再捜査の依頼をしていて、彼らは改めてサーシュ侯爵の屋敷、法務局に提出した帳簿を見直してくれています。
公爵は妨害するでしょう。そこに俺が屋敷に来たら?
公爵は俺を警戒しなければならなくなります。その間に裏警察に証拠を掴んでもらいます」
口から出任せだ。本当の目的は他にある。それは確実に公爵を暗殺する為だ。
だが、フリードが持つ、暗殺の道具の存在は極秘機密だ。もし、情報が漏れれば、仕事に影響が出てしまう。
ウェルディスと二人きりの時ならまだしも、ボスがいる前で話す訳にはいかない。
ウェルディスは「おぉー」と感心しているが、ボスは全てを鵜呑みにしてくれなかったようだ。
「理にかなっているが、他にも理由がありそうだな。まぁいい、お前の好きにやってみろ。出来ない時はリュートに引き継げば良いだけの話だ。
皇帝陛下、私からも進言致します。フリード様を公爵に送るよう手配願えませんか」
「フリードの頼みを僕が断る筈がない。君が思うように動けるよう、僕がサポートするよ」
ウェルディスはにこりと笑ってフリードを安心させる。有り難いと思うが、申し訳なくも思う。
(これ以上ウェルに負担をかけちゃだめだな)
皇帝の愛人という権力も利用してやる! と思っていた節があったのだが、そんな気持ちは一瞬で掻き消えたのだった。
※
その日の内にウェルディスはルブロスティン公爵宛に手紙を出した。
翌日に公爵が皇城へと足を運び、応接室で二人きりの会談の場を設けた。
公爵は妻を亡くして間もない悲劇の夫、という顔は一切見せない。早く立ち直ったにしては血色の良い顔色だ。
(この男、葬式の時は悲しみに暮れている夫の姿を見せていたが……)
最初は軽い世間話から、皇城の侍従達がしている噂話など、無理に話題を広げる。
こうして話すのは初めての事だ。いつもは国政会議に参加しても、公爵は殆ど発言せずに成り行きを見守っているだけだ。
フリードを愛人として迎える為に大臣を全員呼び、皇帝の間でフリードが忠誠を誓った時。公爵は病欠で休んでいたが、翌日にはピンピンした顔で会議に出席していた。
ウェルディスと公爵は血は近くとも、その関係性は広く隔たりがある。
話が長くなればなる程、公爵の機嫌が悪くなっていくのが分かる。
「そうそう、噂と言えば公爵は使用人を一人募集しているそうだな?」
一番の用件だが、世間話のように始める。眉間の皺を隠しきれていない公爵は、一瞬戸惑った様子を見せた。
「え……? えぇまぁ。急に三人のメイドが通り魔に襲われてしまい、人手が足りていないのです」
「一人でいいのか?」
「はい。幸い、使用人達は仕事が出来る者ばかりでして。あと一人いれば問題なく仕事を回せると分かったものですから。
多少の経費節減も兼ねて一人だけ募集しております」
「ちょうど良かった! 公爵よ、実は僕の愛人のフリードなのだが」
「離宮の愛人と名高いフリード様の事ですか?」
公爵はあからさまに不快感を顔に表した。男の愛人が気持ち悪いとでも言いたげだ。
「そうだ。僕が心から愛するフリードがな、離宮にこもりきりで塞ぎがちになっているのだ。
彼も男だ。仕事をしなければ生き甲斐を感じられないのだろう。
そこでだ。フリードは家事使用人の仕事を、料理と育児以外はプロレベルだと豪語していた。
公爵も一人募集している事だし、フリードが飽きるまででいいから、世話をしてもらえないだろうか?」
ウェルディスはニコニコと、まるで物事を深く考えられない阿呆のような呑気な笑顔を見せた。
「男に狂った」などと言われているが、相手を油断させるにはちょうどいい悪口だ。
公爵は口を歪ませて笑みを浮かべた。
「良いですよ。愛人に使用人の仕事が務まるか分かりませんが。
ですが、無能と判断すればクビにさせてもらいますよ」
「それで良い。しかしな、フリードが使用人として働いていたとしても、僕の愛人である事には変わらない。それを忘れない事だ」
ウェルディスなりの警告だ。フリードに何かあれば許さないと。公爵はウェルディスを侮蔑するように睨みつけた。
今はそれでも構わないと、ウェルディスは無言で睨み返した。
入ってきたのはサマエルのボス、ハーラートだ。フリードには彼の身分は分からないが、この態度を見るに皇族に近いのではないかと思えた。
ウェルディスはフリードを隠すように抱き締める。
フリードはそれに甘えてウェルディスの胸に寄りかかった。恥ずかしさからボスに顔を向けられない。
「少し休憩してたんだ。大目に見てくれ」
「まーいいですけど。俺にはどうでも良い事なので。それより報告があります。
ルブロスティン公爵家で使用人を一人募集しておりました。フリードが行くと思い、急いで参ったのですが。
問題なければこちらから紹介状でも出しておきます」
その言葉にフリードはガバッと身体を起こした。
このままの姿で顔を合わせたくはないが、この際格好はどうでもいい。
このチャンスを逃せば、次いつルブロスティン公爵家に潜入出来るか分かったものではない。
「もちろん俺が行きます! スパイの女を一人捕らえたから、代わりの使用人を募集しているのでしょうか?」
フリードが問うとボスは首を横に振った。
「いや。フリードがいなかった六日間の事を報告しよう。その間はリュートが情報収集をしていてな。
どうやら、サーシュ侯爵と令息が爵位を没収され屋敷を出る時、息子のルベルトだけルブロスティン公爵家に引き取られたそうだ」
「被害者が加害者の息子を養子として受け入れたのか? 何の為に?」
「公爵令息のイグナートとルベルトは幼い頃からの親友同士。
親友が親の都合で平民となるのを見過ごせなかったイグナートと公爵が、同情して彼を養子に迎えた……というのが表向きの話だ」
「それでは、公爵の評判は上がっているでしょうね」
「ああ。二日前に行ったパーティーでは、なんて心温かい公爵様って感激している婦人が多かった」
「実際はどうなのか……」
「不明だ。中に入れない事と、外出する使用人達の口が堅い事もあって何も情報は得られていない。
ただ、最近三人のメイドが……通り魔に襲われて殺された。
ちょうど三人でいるところだったそうだ。犯人は見つかっていない。
ちなみに、殺された三人はサーシュ侯爵の裁判で偽の証言をしていた者達だ」
「口封じか。それに侯爵令息か……」
少し考え込む。公爵とイグナートが本当に親友を憂いて公爵家に迎えたなら、そこまで心配する必要はないだろうが。
(潜入すれば分かる事だ。だが、潜入してから暗殺するとなると、第一容疑者は俺って事になる可能性が高いな。
病気に見せた毒殺か、はたまた身代わりを作るか、アリバイ工作をするか)
フリードはボスに視線を向ける。フリードが何を考えているのかお見通しとでもいうように、ニヤニヤと意地の悪い笑みを向けてきた。
この話を持ってきた事自体が罠だろうか。
フリードは意を決してウェルディスに視線を向けた。真剣な目で見つめる。
きっと目の前の愛しい人は、フリードの願いを叶えてくれる。そう確信して、話す決意した。
「……フリード?」
「陛下、大変申し上げにくいのですが、俺を陛下の愛人として仕事を与えるという形で公爵家に送っていただけませんか?」
「何故だ? 身分を隠した方がいいだろう?
誓約式の時、公爵は皇城に来なかったからフリードの事を知らない。
ハーラートのツテで使用人として潜入した方が、潜入捜査がしやすい筈だ。
僕の愛人だと明かしてしまえば、注目の的だぞ?」
「俺に考えがあります。ボスは賛成して下さいますよね?」
ボスからすれば、フリードを排除する絶好のチャンスだろう。
頷かない理由はない筈だ。
「理由を聞かなければ頷けない。確かにお前はスパイとしての腕は悪くない。今回の発言もスパイごっこをしているわけではないだろうというのは分かる。
──が、ただリスクを上げるだけの行動に意味を見いだせなければ、賛成など到底出来ない」
「理由は、公爵の目を俺に向けさせる為です。
今、俺は裏警察に再捜査の依頼をしていて、彼らは改めてサーシュ侯爵の屋敷、法務局に提出した帳簿を見直してくれています。
公爵は妨害するでしょう。そこに俺が屋敷に来たら?
公爵は俺を警戒しなければならなくなります。その間に裏警察に証拠を掴んでもらいます」
口から出任せだ。本当の目的は他にある。それは確実に公爵を暗殺する為だ。
だが、フリードが持つ、暗殺の道具の存在は極秘機密だ。もし、情報が漏れれば、仕事に影響が出てしまう。
ウェルディスと二人きりの時ならまだしも、ボスがいる前で話す訳にはいかない。
ウェルディスは「おぉー」と感心しているが、ボスは全てを鵜呑みにしてくれなかったようだ。
「理にかなっているが、他にも理由がありそうだな。まぁいい、お前の好きにやってみろ。出来ない時はリュートに引き継げば良いだけの話だ。
皇帝陛下、私からも進言致します。フリード様を公爵に送るよう手配願えませんか」
「フリードの頼みを僕が断る筈がない。君が思うように動けるよう、僕がサポートするよ」
ウェルディスはにこりと笑ってフリードを安心させる。有り難いと思うが、申し訳なくも思う。
(これ以上ウェルに負担をかけちゃだめだな)
皇帝の愛人という権力も利用してやる! と思っていた節があったのだが、そんな気持ちは一瞬で掻き消えたのだった。
※
その日の内にウェルディスはルブロスティン公爵宛に手紙を出した。
翌日に公爵が皇城へと足を運び、応接室で二人きりの会談の場を設けた。
公爵は妻を亡くして間もない悲劇の夫、という顔は一切見せない。早く立ち直ったにしては血色の良い顔色だ。
(この男、葬式の時は悲しみに暮れている夫の姿を見せていたが……)
最初は軽い世間話から、皇城の侍従達がしている噂話など、無理に話題を広げる。
こうして話すのは初めての事だ。いつもは国政会議に参加しても、公爵は殆ど発言せずに成り行きを見守っているだけだ。
フリードを愛人として迎える為に大臣を全員呼び、皇帝の間でフリードが忠誠を誓った時。公爵は病欠で休んでいたが、翌日にはピンピンした顔で会議に出席していた。
ウェルディスと公爵は血は近くとも、その関係性は広く隔たりがある。
話が長くなればなる程、公爵の機嫌が悪くなっていくのが分かる。
「そうそう、噂と言えば公爵は使用人を一人募集しているそうだな?」
一番の用件だが、世間話のように始める。眉間の皺を隠しきれていない公爵は、一瞬戸惑った様子を見せた。
「え……? えぇまぁ。急に三人のメイドが通り魔に襲われてしまい、人手が足りていないのです」
「一人でいいのか?」
「はい。幸い、使用人達は仕事が出来る者ばかりでして。あと一人いれば問題なく仕事を回せると分かったものですから。
多少の経費節減も兼ねて一人だけ募集しております」
「ちょうど良かった! 公爵よ、実は僕の愛人のフリードなのだが」
「離宮の愛人と名高いフリード様の事ですか?」
公爵はあからさまに不快感を顔に表した。男の愛人が気持ち悪いとでも言いたげだ。
「そうだ。僕が心から愛するフリードがな、離宮にこもりきりで塞ぎがちになっているのだ。
彼も男だ。仕事をしなければ生き甲斐を感じられないのだろう。
そこでだ。フリードは家事使用人の仕事を、料理と育児以外はプロレベルだと豪語していた。
公爵も一人募集している事だし、フリードが飽きるまででいいから、世話をしてもらえないだろうか?」
ウェルディスはニコニコと、まるで物事を深く考えられない阿呆のような呑気な笑顔を見せた。
「男に狂った」などと言われているが、相手を油断させるにはちょうどいい悪口だ。
公爵は口を歪ませて笑みを浮かべた。
「良いですよ。愛人に使用人の仕事が務まるか分かりませんが。
ですが、無能と判断すればクビにさせてもらいますよ」
「それで良い。しかしな、フリードが使用人として働いていたとしても、僕の愛人である事には変わらない。それを忘れない事だ」
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