離宮の愛人

眠りん

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三章

四話

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 全てを話終しえると、アナスタはショックを受けたようでドンッ! と拳をテーブルに叩きつけた。

「それが事実ならば、その責任は俺が取らなければならない……! だが……簡単にそう言える事ではないですね」

「公爵様。その事実をお伝えした上でお願いがございます」

「なんでしょう?」

「前公爵様の謀反の証拠を押さえたいと思っております。こちらは証人や、前公爵様の協力者だった者、状況証拠のみを揃えておりまして、クレイル公国との繋がりを確信しております。
 今後の裁判で有利にする為の決定的な証拠が欲しいのです」

 家の存続に関わる事だ。アナスタが協力してくれる可能性はないと思っていたが、この態度から見て責任逃れはしないだろう。
 断られるのは覚悟の上で頼んでみる。

「おそらく父は証拠をこの屋敷には残していないでしょう。別荘や、他に隠れ家を作っている筈です。
 そういう事は、ギルセンが詳しいかと。俺からもギルセンに捜査に協力するよう指示しておきます」

「本当によろしいですね?
 こちらとしては助かりますが、ルブロスティン公爵家としては真実は隠しておきたいところでしょう?」

 そう問うと、アナスタは少し悩んだようにフリードから視線を逸らした。
 そしてフリードに視線を戻す。真剣な瞳だ。彼が真面目な人柄だという事を再確認させられる。

「母は、とても立派な人でした。間違った事は許さず、正面から立ち向かう男勝りな人でした。
 私はそんな母を尊敬しておりましたし、そうなりたいとも思っていました。
 きっと母ならこうしただろうと思います。だから良いのです」

 確かな信念がある言葉だ。そういう人物であれば信用出来る。
 今までなら、この言葉が嘘の可能性を考えた。嘘だった場合の彼のメリットは? 裏切るとしたらどの場面か? と。

(俺も、少し人を信じてみよう。もし裏切られたとしたら、
その時考える)

「よろしくお願い致します」


 翌日には前公爵の葬儀だ。参列者は大勢おり、その中にはウェルディスもいる。
 アナスタとイグナートも立派にするべき事を果たし、息子として父を見送った。
 続けざまに起こった事件に、人々は公爵家を憐れに思い、涙を流していた。

 葬儀の間は裏警察は公爵家から退出した。外で出来る仕事も多くある。フリードはそれぞれに指示を出す送り、一人になった。

(さて、あと一人のキーパーソンに会いに行くか)

 公爵家を出て歩き出すと後ろから気配を感じた。
おそらくリュートだろう、いつもは気配を殺している為、気配を感じる事はないのだが……。

「何の用だ?」

 振り返ると、案の定リュートが立っていた。

「どこ行くッスか?」

「捜査報告で前公爵が不倫していると聞いてな」

「仕事熱心ッスね。休める時に休んだ方がよくないッスか?」

「する事なくなったら休むよ。それまではやるべき事をする」

「真面目過ぎて疲れるッス。今日は休めると思ったのに……」

 どうやらリュートが休みたかったらしい。フリードが休んだからといって、監視役のリュートまで休めるとは思えないが。
 そもそも、もうサマエルに加入したのに監視の必要があるのか。

(俺が公爵家に潜入している間休めなかったのか?)

 少し頼み事はしたが、公爵家の敷地内に入れない限りやる事はない筈だ。

「じゃあリュートが勝手に休めばいいだろ? なんでまだ監視してんだよ?」

「そ、それはフリードが……」

 そこまで言って、言い淀む。数秒経っても言おうとする気配はない。
 言えないなら言おうとしなければいいのにと溜息を吐く。

「俺は好きに仕事をする。お前も好きにすればいい。邪魔するなよ」

 リュートは放って先に行く事にした。ついてきている気配を一瞬感じた後に、その気配もなくなった。


 フリードが向かったのは、貴族が住む区域に近い場所にある、比較的裕福な平民が住む区域だ。
 貴族の邸宅と変わらない程の敷地に、二階建ての立派な屋敷、庭はまるでアートのようにシンメトリーに新緑樹が並んでいる。
 門には警備兵がおり、相当な富豪である事を物語っている。

(ここが大商人、カーラッカ家の屋敷か)

「お前! そこで何をしている!?」

 フリードが屋敷を眺めていると、警備兵がこちらを睨みつけてきた。
 今、フリードの姿は平民に流通しているシャツとズボンにブーツという、およそ皇帝の愛人には見えない姿だ。
 スパイとしての正装でも、公爵家の使用人の姿でも、弁護士の変装でもない。
 相手が平民だからと気を抜いた結果だった。

「えっと、ここにマルガルタさんがいらっしゃると聞いたのですが」

「お嬢様とどういう関係だ? 何の用で来た?」

 警備兵は厳しい目付きでフリードを睨む。貴族の兵士とは違うようだ。
 見ただけで公爵家の兵士より強いと分かる。コネで選ばれたわけではない、実力者だろう。

 ここで前ルブロスティン公爵との不倫の件で、と言おうものなら侮辱だと斬りつけられかねない。

「マルガルタさんがとても綺麗だったもので、お近付きにならないかなと」

「なれるわけがなかろう! カーラッカ家は貴族に準ずる身分! 貴様のような平民が近付く事すら恐れ多い事だ!
 自分の身分を弁え、二度とここに近付かない事だな」

「で、ですよね。失礼しました」

(彼らに勝てる気がしないな。仕方ない、ゴードン弁護士になって出直すか)

 フリードが立ち去ろうとした瞬間だった。

「フリード様? 貴方様はフリード様ですよね?」

 と、近寄ってくる声がした。フリードは振り向き、警備兵二人もそちらへ視線を移す。

(……誰だ?)

 若い男だ。歳は三十歳ほどだろうか、茶色の髪は緩やかなウェーブが掛かっており、後ろで結んで毛先を肩から胸に流している。
 柔らかく微笑んでいるが、八方美人のような軽さを感じる。
 赤い瞳は鋭く、とても優しそうな人物には見えない。

 貴族なのだろう、複雑なデザインのジャケットに、白いシャツ、黒いズボン、目に見える場所は一切汚れのない革靴という姿だ。
 腰には革で出来たホルスターがあり、銃が収まっている。

「何かありましたか?」

「これはこれは、レヴィンズ卿。お見苦しいところを。お気になさらず、なんでもございません。
 ご主人様とお会いになる約束をされていますよね? こちらへどうぞ」

 先程までの態度とは一変、レヴィンズ卿と呼ぶ男には丁寧な対応だ。

「いや。彼は私の知り合いなんだ。
 フリード様、ここへは何のご用で?」

 レヴィンズなる男はフリードに優しく問う。見ず知らずの相手にどこまで言っていいものか、フリードは少し悩んだ。

「え、えっと。この家のお嬢様が気になりまして。五分だけでもお話しがしたいと思い、参りました」

「それでしたら一緒に入りましょう。私はこれから商談がありまして。その間、フリード様はマルガルタ様とお話されると良いでしょう。
 彼女も喜ぶと思いますよ」

「はぁ……」

 勝手に話を進めるレヴィンズに困惑したのはフリードだけではない。
 警備兵達が慌てて止めに入る。

「勝手に決めてもらっては困ります。ご主人様に確認してからではいけませんか?
 一体、その男は何者なのです?」

「彼かい? このお方は皇帝陛下の愛人、フリード様ですよ。
 あなた方がぞんざいに扱っていい方ではございません」

 それを聞くと、警備兵達は敬礼をしてフリードに謝罪をした。先程とは全く違う態度だ。

「も、申し訳ありませんでした! 無礼をお許し下さい」

 警備兵達は真面目に仕事をしただけだ。フリードが同じ立場でもそうしただろう。

「いえ、あなた方は真面目に仕事をしていただけですから。こんな格好をしている俺の方が悪いのです」

「とってもお優しいのですね、離宮の愛人様は」

 レヴィンズが呟く。なにやらトゲを感じる物言いだ。フリードは彼が何者か、顔から服装など、何から何まで観察する……が、やはり分からない。

(本当に誰なんだよこの人?)

 そうしている内に、門までカーラッカ家の当主が出迎えに来た。
 五十代だが、爽やかで若く見える男だ。服から立ち居振る舞いまで貴族と変わりない姿である。

「ようこそいらっしゃいました、レヴィンズ卿。彼は?」

「こんにちはカーラッカさん。彼はフリード様といいまして、陛下の愛人でいらっしゃいます。
 お嬢様にご用があるそうで、私と一緒に邪魔しても良いでしょうか?」

「娘に……? 陛下の愛人様が何用でしょうか?」

「前ルブロスティン公爵についておうかがいしたい事がございます」

 カーラッカは一瞬ピクリと眉をひそめたが、すぐに平常に戻る。にこやかにフリードに微笑みかけた。

「よろしいですよ、娘に準備させますのでお待ちください」

 屋敷の中に招かれ、フリードは広い応接室で待つようお願いをされた。紅茶や菓子も用意された。
 レヴィンズとカーラッカは二人で話があるのだと、フリードに謝罪しながら他の部屋へと向かった。

 フリードは目当てのマルガルタよりも、あの男が気になって仕方なかった。
 記憶を総動員させて今まで知り合った者を頭に思い浮かべるが、当てはまる人物はいなかった。

(レヴィンズ卿? 誰だ?)
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