離宮の愛人

眠りん

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三章

十九話

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 フリードとウェルディスは、台座に座って招待客達のダンスを見ていた。
 穏やかな曲に合わせて揺れる客達、皆笑顔で向けているが、フリードにはその裏にある思惑が透けて見えるようだ。
 純粋に楽しんでいる者もいるが、少数派だろう。

「急な事で驚いただろう? 来てもらえて良かったよ」

 と、ウェルディスは安心した様子で笑った。

「陛下から招待されて、行かないわけありません。皇后陛下も複雑な気持ちではないでしょうか?」

 公の場なので、フリードは言葉遣いを丁寧なものに変えて話す。

「いや、皇后が自ら志願し、このパーティーの準備を手掛けてくれたんだよ。
 彼女は本当に優しい女性だ。話してくるといい。その方が、フリードにとっても、皇后にとっても良いだろう」

 フリードは椅子から立ち上がり、台座から降りて皇后の前に立った。
 皇后はふわっと柔らかい微笑を浮かべ、

「お初にお目にかかります。フリード様。わたくしはルーベリア帝国から参りました、イリーナと申しますわ」

 と、挨拶をした。フリードは彼女の手の甲にキスをし、挨拶をした。

「挨拶が遅れて申し訳ありませんでした。クレイル公国から参りましたフリードと申します。
 このパーティーの準備をしてくださったそうですね、今度お礼をさせて下さい」

「いいんですのよ。わたくしは、ここに来れて幸せですから。これくらい何でもありません。
 わたくしを大事にしてくださる陛下、それに陛下が心から思っておられるフリード様、お二人のお陰で今のわたくしがあるのです。
 フリード様のお話は陛下から伺っておりましたが、思っていた以上に陛下思いで安心しました。
 共に陛下の妻として、仲良く出来たら嬉しいですわ」

 ニコニコと話すイリーナに敵意は感じられない。今まで敵視していたのは自分だけだったのだと、フリードは恥ずかしくなった。

「皇后陛下は……」

「イリーナとお呼びください」

「イリーナ様は」

「イリーナでいいのですよ。代わりにフリードとお呼びしても構わないかしら?」

「ええ、いいですよ。イリーナは私の存在が邪魔ではありませんか?
 もしそうであれば、今後このようなパーティーを開かなくてもいいですよ。私は、愛人なので皇族ではありませんから」

「何を仰いますの? フリードは陛下に唯一愛された方なのですよ? 皇族であるかどうかは陛下が既に決めている事でしょう?
 あなたが女性だったらわたくしはここに嫁げていなかったでしょうね」

「私はただの平民ではないですから、女性だったとしても正妻にはなり得ません」

「経緯は聞いておりますわ。ですが、その件はもう片付いているのでしょう?
 わたくしは祖国ではあまり良くない扱いを受けていましたの。
 フリードが陛下の結婚を許してくださったから、わたくしはここで幸せに過ごせています。
 感謝していますのよ」

 フリードは勘違いをしていたと気付いた。
 ウェルディスが「皇后は僕の愛は要らないと言ってくれた」と言っていたが、それはフリードの手前、優しい嘘をついているのだと思っていた。

 だが、実際会ってみるとイリーナは、ウェルディスとフリードの関係を好意的に思ってくれていて、更に感謝までしている。
 それは、本心から言っているように見えた。

「そうでしたか。今後は、友好的な関係を築いていきましょう」

「ええ。今度、わたくしのお茶会に招待してもいいかしら? 歳も近いようですし、色々お話がしたいですわ。
 祖国では私が末娘でしたから、弟が出来たみたいで嬉しいですわ」

 イリーナと友好的に話せたのが良かったのか、周りは、

「まぁ、フリード様と皇后陛下、仲良さそうですね。仲が悪いからフリード様が避けているなんて噂、誰が流したのかしら?」

 という声がヒソヒソ声で聞こえてきて、少し安心したのだが、

「それにしてもフリード様。陛下に弱味でも握られているのかな?
 男でありながら陛下の愛人になるというだけでも嫌だろうに、あんなに陛下を褒めて。
 まさか本気……じゃないよな?」

 というヒソヒソ声も聞こえてきて、前途多難だと肩を落としたのだった。

 それからウェルディスに誘われてダンスを踊り、女性パートを担当した。
 その後、ウェルディスはイリーナと踊り始めたので、フリードはボスの近くへ来ていた。
 ボスは細い身体に、礼服を身にまとっている。今はレヴィンズ男爵としてこの場に立っている。

「噂の愛人様が、こんな冴えない男の近くに来ていいのか? というより俺の方が迷惑なんだが。
 ほら、周りの声が聞こえるだろ? 何故目立たない男爵の元へ行ったのかとか。
 俺が変な目で見られるだろうが」

「すみません。ルブロスティン卿もサーシュ卿も、席を外してしまって、他に知り合いいないので……。
 そもそもレヴィンズ卿は、貴族として異質だと噂が立っているようですし、大丈夫でしょう?」

「テメェ、他人事だと思いやがって」

「まさか今日来てくださるとは思っていませんでしたよ」

「そりゃあ、貴族社会での情報収集も兼ねているからな。お前が変なスピーチするから、また変な噂が流れているぞ?
 陛下を守ろうとしたんだろうが、詰めが甘い。まだまだ半人前だな」

「ですね。俺も痛感しました。自分の力はそんなに強くないし、陛下は俺が思っている以上に周りの事を考えて、先を進んでいる。
 俺はついていくだけで精一杯です」

 フリードが苦笑すると、ボスは溜息をつき、声色が優しくなる。

「まぁ、お前も頑張ってるんじゃねぇの? 俺は他の貴族と商談の話でもしてくるから、お前は上に戻れよ。
 また変な噂が立つだろ? 俺を巻き込むなよ」

 ボスはそう言って他の貴族に話し掛けに行ってしまった。フリードは台座に戻って、一人でパーティー会場を眺めた。
 ウェルディスとイリーナはまだ踊っており、周りを囲むように招待客達が二人を見つめていた。

(まただ。凄く胸の奥が気持ち悪い)

 ウェルディスとイリーナを見ていると、時折来る不快感に悩まされる。
 それが嫉妬からくるものだという事は分かるが、そんな風に思ってしまう自分が恥ずかしくて嫌だった。

(どうしたらいいんだろう?)

 イリーナに嫌な感情を持ちたくなかった。イリーナは優しく、心からフリードと仲良くなろうとしている。
 そんな相手に不快な気持ちを抱きたくない。
 踊っているイリーナと目が合った。すると、イリーナは、

「痛っ」

 と、ダンスをやめて立ち止まった。

「どうした? イリーナ」

「ちょっと、靴擦れをしてしまったみたいです。わたくし、ちょっと休んできますね」

 と、脚をひょこひょこ引きずってバルコニーへ向かっていった。その歩き方は本当に怪我をしている者の足取りではなかった。

 普通の人なら気付かないだろうが、フリードには分かる。怪我をしたフリをして、フリードが嫌な気分にならないよう配慮したと。

(イリーナ。俺と目が合っただけで、俺が嫉妬してるって気付いたのか?)

 フリードは慌ててイリーナが向かったバルコニーへと向かった。
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