54 / 68
三章
十九話
しおりを挟む
フリードとウェルディスは、台座に座って招待客達のダンスを見ていた。
穏やかな曲に合わせて揺れる客達、皆笑顔で向けているが、フリードにはその裏にある思惑が透けて見えるようだ。
純粋に楽しんでいる者もいるが、少数派だろう。
「急な事で驚いただろう? 来てもらえて良かったよ」
と、ウェルディスは安心した様子で笑った。
「陛下から招待されて、行かないわけありません。皇后陛下も複雑な気持ちではないでしょうか?」
公の場なので、フリードは言葉遣いを丁寧なものに変えて話す。
「いや、皇后が自ら志願し、このパーティーの準備を手掛けてくれたんだよ。
彼女は本当に優しい女性だ。話してくるといい。その方が、フリードにとっても、皇后にとっても良いだろう」
フリードは椅子から立ち上がり、台座から降りて皇后の前に立った。
皇后はふわっと柔らかい微笑を浮かべ、
「お初にお目にかかります。フリード様。わたくしはルーベリア帝国から参りました、イリーナと申しますわ」
と、挨拶をした。フリードは彼女の手の甲にキスをし、挨拶をした。
「挨拶が遅れて申し訳ありませんでした。クレイル公国から参りましたフリードと申します。
このパーティーの準備をしてくださったそうですね、今度お礼をさせて下さい」
「いいんですのよ。わたくしは、ここに来れて幸せですから。これくらい何でもありません。
わたくしを大事にしてくださる陛下、それに陛下が心から思っておられるフリード様、お二人のお陰で今のわたくしがあるのです。
フリード様のお話は陛下から伺っておりましたが、思っていた以上に陛下思いで安心しました。
共に陛下の妻として、仲良く出来たら嬉しいですわ」
ニコニコと話すイリーナに敵意は感じられない。今まで敵視していたのは自分だけだったのだと、フリードは恥ずかしくなった。
「皇后陛下は……」
「イリーナとお呼びください」
「イリーナ様は」
「イリーナでいいのですよ。代わりにフリードとお呼びしても構わないかしら?」
「ええ、いいですよ。イリーナは私の存在が邪魔ではありませんか?
もしそうであれば、今後このようなパーティーを開かなくてもいいですよ。私は、愛人なので皇族ではありませんから」
「何を仰いますの? フリードは陛下に唯一愛された方なのですよ? 皇族であるかどうかは陛下が既に決めている事でしょう?
あなたが女性だったらわたくしはここに嫁げていなかったでしょうね」
「私はただの平民ではないですから、女性だったとしても正妻にはなり得ません」
「経緯は聞いておりますわ。ですが、その件はもう片付いているのでしょう?
わたくしは祖国ではあまり良くない扱いを受けていましたの。
フリードが陛下の結婚を許してくださったから、わたくしはここで幸せに過ごせています。
感謝していますのよ」
フリードは勘違いをしていたと気付いた。
ウェルディスが「皇后は僕の愛は要らないと言ってくれた」と言っていたが、それはフリードの手前、優しい嘘をついているのだと思っていた。
だが、実際会ってみるとイリーナは、ウェルディスとフリードの関係を好意的に思ってくれていて、更に感謝までしている。
それは、本心から言っているように見えた。
「そうでしたか。今後は、友好的な関係を築いていきましょう」
「ええ。今度、わたくしのお茶会に招待してもいいかしら? 歳も近いようですし、色々お話がしたいですわ。
祖国では私が末娘でしたから、弟が出来たみたいで嬉しいですわ」
イリーナと友好的に話せたのが良かったのか、周りは、
「まぁ、フリード様と皇后陛下、仲良さそうですね。仲が悪いからフリード様が避けているなんて噂、誰が流したのかしら?」
という声がヒソヒソ声で聞こえてきて、少し安心したのだが、
「それにしてもフリード様。陛下に弱味でも握られているのかな?
男でありながら陛下の愛人になるというだけでも嫌だろうに、あんなに陛下を褒めて。
まさか本気……じゃないよな?」
というヒソヒソ声も聞こえてきて、前途多難だと肩を落としたのだった。
それからウェルディスに誘われてダンスを踊り、女性パートを担当した。
その後、ウェルディスはイリーナと踊り始めたので、フリードはボスの近くへ来ていた。
ボスは細い身体に、礼服を身にまとっている。今はレヴィンズ男爵としてこの場に立っている。
「噂の愛人様が、こんな冴えない男の近くに来ていいのか? というより俺の方が迷惑なんだが。
ほら、周りの声が聞こえるだろ? 何故目立たない男爵の元へ行ったのかとか。
俺が変な目で見られるだろうが」
「すみません。ルブロスティン卿もサーシュ卿も、席を外してしまって、他に知り合いいないので……。
そもそもレヴィンズ卿は、貴族として異質だと噂が立っているようですし、大丈夫でしょう?」
「テメェ、他人事だと思いやがって」
「まさか今日来てくださるとは思っていませんでしたよ」
「そりゃあ、貴族社会での情報収集も兼ねているからな。お前が変なスピーチするから、また変な噂が流れているぞ?
陛下を守ろうとしたんだろうが、詰めが甘い。まだまだ半人前だな」
「ですね。俺も痛感しました。自分の力はそんなに強くないし、陛下は俺が思っている以上に周りの事を考えて、先を進んでいる。
俺はついていくだけで精一杯です」
フリードが苦笑すると、ボスは溜息をつき、声色が優しくなる。
「まぁ、お前も頑張ってるんじゃねぇの? 俺は他の貴族と商談の話でもしてくるから、お前は上に戻れよ。
また変な噂が立つだろ? 俺を巻き込むなよ」
ボスはそう言って他の貴族に話し掛けに行ってしまった。フリードは台座に戻って、一人でパーティー会場を眺めた。
ウェルディスとイリーナはまだ踊っており、周りを囲むように招待客達が二人を見つめていた。
(まただ。凄く胸の奥が気持ち悪い)
ウェルディスとイリーナを見ていると、時折来る不快感に悩まされる。
それが嫉妬からくるものだという事は分かるが、そんな風に思ってしまう自分が恥ずかしくて嫌だった。
(どうしたらいいんだろう?)
イリーナに嫌な感情を持ちたくなかった。イリーナは優しく、心からフリードと仲良くなろうとしている。
そんな相手に不快な気持ちを抱きたくない。
踊っているイリーナと目が合った。すると、イリーナは、
「痛っ」
と、ダンスをやめて立ち止まった。
「どうした? イリーナ」
「ちょっと、靴擦れをしてしまったみたいです。わたくし、ちょっと休んできますね」
と、脚をひょこひょこ引きずってバルコニーへ向かっていった。その歩き方は本当に怪我をしている者の足取りではなかった。
普通の人なら気付かないだろうが、フリードには分かる。怪我をしたフリをして、フリードが嫌な気分にならないよう配慮したと。
(イリーナ。俺と目が合っただけで、俺が嫉妬してるって気付いたのか?)
フリードは慌ててイリーナが向かったバルコニーへと向かった。
穏やかな曲に合わせて揺れる客達、皆笑顔で向けているが、フリードにはその裏にある思惑が透けて見えるようだ。
純粋に楽しんでいる者もいるが、少数派だろう。
「急な事で驚いただろう? 来てもらえて良かったよ」
と、ウェルディスは安心した様子で笑った。
「陛下から招待されて、行かないわけありません。皇后陛下も複雑な気持ちではないでしょうか?」
公の場なので、フリードは言葉遣いを丁寧なものに変えて話す。
「いや、皇后が自ら志願し、このパーティーの準備を手掛けてくれたんだよ。
彼女は本当に優しい女性だ。話してくるといい。その方が、フリードにとっても、皇后にとっても良いだろう」
フリードは椅子から立ち上がり、台座から降りて皇后の前に立った。
皇后はふわっと柔らかい微笑を浮かべ、
「お初にお目にかかります。フリード様。わたくしはルーベリア帝国から参りました、イリーナと申しますわ」
と、挨拶をした。フリードは彼女の手の甲にキスをし、挨拶をした。
「挨拶が遅れて申し訳ありませんでした。クレイル公国から参りましたフリードと申します。
このパーティーの準備をしてくださったそうですね、今度お礼をさせて下さい」
「いいんですのよ。わたくしは、ここに来れて幸せですから。これくらい何でもありません。
わたくしを大事にしてくださる陛下、それに陛下が心から思っておられるフリード様、お二人のお陰で今のわたくしがあるのです。
フリード様のお話は陛下から伺っておりましたが、思っていた以上に陛下思いで安心しました。
共に陛下の妻として、仲良く出来たら嬉しいですわ」
ニコニコと話すイリーナに敵意は感じられない。今まで敵視していたのは自分だけだったのだと、フリードは恥ずかしくなった。
「皇后陛下は……」
「イリーナとお呼びください」
「イリーナ様は」
「イリーナでいいのですよ。代わりにフリードとお呼びしても構わないかしら?」
「ええ、いいですよ。イリーナは私の存在が邪魔ではありませんか?
もしそうであれば、今後このようなパーティーを開かなくてもいいですよ。私は、愛人なので皇族ではありませんから」
「何を仰いますの? フリードは陛下に唯一愛された方なのですよ? 皇族であるかどうかは陛下が既に決めている事でしょう?
あなたが女性だったらわたくしはここに嫁げていなかったでしょうね」
「私はただの平民ではないですから、女性だったとしても正妻にはなり得ません」
「経緯は聞いておりますわ。ですが、その件はもう片付いているのでしょう?
わたくしは祖国ではあまり良くない扱いを受けていましたの。
フリードが陛下の結婚を許してくださったから、わたくしはここで幸せに過ごせています。
感謝していますのよ」
フリードは勘違いをしていたと気付いた。
ウェルディスが「皇后は僕の愛は要らないと言ってくれた」と言っていたが、それはフリードの手前、優しい嘘をついているのだと思っていた。
だが、実際会ってみるとイリーナは、ウェルディスとフリードの関係を好意的に思ってくれていて、更に感謝までしている。
それは、本心から言っているように見えた。
「そうでしたか。今後は、友好的な関係を築いていきましょう」
「ええ。今度、わたくしのお茶会に招待してもいいかしら? 歳も近いようですし、色々お話がしたいですわ。
祖国では私が末娘でしたから、弟が出来たみたいで嬉しいですわ」
イリーナと友好的に話せたのが良かったのか、周りは、
「まぁ、フリード様と皇后陛下、仲良さそうですね。仲が悪いからフリード様が避けているなんて噂、誰が流したのかしら?」
という声がヒソヒソ声で聞こえてきて、少し安心したのだが、
「それにしてもフリード様。陛下に弱味でも握られているのかな?
男でありながら陛下の愛人になるというだけでも嫌だろうに、あんなに陛下を褒めて。
まさか本気……じゃないよな?」
というヒソヒソ声も聞こえてきて、前途多難だと肩を落としたのだった。
それからウェルディスに誘われてダンスを踊り、女性パートを担当した。
その後、ウェルディスはイリーナと踊り始めたので、フリードはボスの近くへ来ていた。
ボスは細い身体に、礼服を身にまとっている。今はレヴィンズ男爵としてこの場に立っている。
「噂の愛人様が、こんな冴えない男の近くに来ていいのか? というより俺の方が迷惑なんだが。
ほら、周りの声が聞こえるだろ? 何故目立たない男爵の元へ行ったのかとか。
俺が変な目で見られるだろうが」
「すみません。ルブロスティン卿もサーシュ卿も、席を外してしまって、他に知り合いいないので……。
そもそもレヴィンズ卿は、貴族として異質だと噂が立っているようですし、大丈夫でしょう?」
「テメェ、他人事だと思いやがって」
「まさか今日来てくださるとは思っていませんでしたよ」
「そりゃあ、貴族社会での情報収集も兼ねているからな。お前が変なスピーチするから、また変な噂が流れているぞ?
陛下を守ろうとしたんだろうが、詰めが甘い。まだまだ半人前だな」
「ですね。俺も痛感しました。自分の力はそんなに強くないし、陛下は俺が思っている以上に周りの事を考えて、先を進んでいる。
俺はついていくだけで精一杯です」
フリードが苦笑すると、ボスは溜息をつき、声色が優しくなる。
「まぁ、お前も頑張ってるんじゃねぇの? 俺は他の貴族と商談の話でもしてくるから、お前は上に戻れよ。
また変な噂が立つだろ? 俺を巻き込むなよ」
ボスはそう言って他の貴族に話し掛けに行ってしまった。フリードは台座に戻って、一人でパーティー会場を眺めた。
ウェルディスとイリーナはまだ踊っており、周りを囲むように招待客達が二人を見つめていた。
(まただ。凄く胸の奥が気持ち悪い)
ウェルディスとイリーナを見ていると、時折来る不快感に悩まされる。
それが嫉妬からくるものだという事は分かるが、そんな風に思ってしまう自分が恥ずかしくて嫌だった。
(どうしたらいいんだろう?)
イリーナに嫌な感情を持ちたくなかった。イリーナは優しく、心からフリードと仲良くなろうとしている。
そんな相手に不快な気持ちを抱きたくない。
踊っているイリーナと目が合った。すると、イリーナは、
「痛っ」
と、ダンスをやめて立ち止まった。
「どうした? イリーナ」
「ちょっと、靴擦れをしてしまったみたいです。わたくし、ちょっと休んできますね」
と、脚をひょこひょこ引きずってバルコニーへ向かっていった。その歩き方は本当に怪我をしている者の足取りではなかった。
普通の人なら気付かないだろうが、フリードには分かる。怪我をしたフリをして、フリードが嫌な気分にならないよう配慮したと。
(イリーナ。俺と目が合っただけで、俺が嫉妬してるって気付いたのか?)
フリードは慌ててイリーナが向かったバルコニーへと向かった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
【完結】 男達の性宴
蔵屋
BL
僕が通う高校の学校医望月先生に
今夜8時に来るよう、青山のホテルに
誘われた。
ホテルに来れば会場に案内すると
言われ、会場案内図を渡された。
高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を
早くも社会人扱いする両親。
僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、
東京へ飛ばして行った。
臣下が王の乳首を吸って服従の意を示す儀式の話
八億児
BL
架空の国と儀式の、真面目騎士×どスケベビッチ王。
古代アイルランドには臣下が王の乳首を吸って服従の意を示す儀式があったそうで、それはよいものだと思いましたので古代アイルランドとは特に関係なく王の乳首を吸ってもらいました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる