1 / 3
前編
しおりを挟む
恋人同士でソファーに座って何気なくテレビを眺める。
まるで時間が止まっているかのような、穏やかな時間。角谷晃は臆面もなく、唐突に言い放った。
「瑞都、だーいすき!」
彼氏に嬉しそうな笑顔を向けているのは、晃という二十二歳でフリーターをしている、チャラ男だ。
目立つ金髪、両耳にはピアスが三つずつ。タンクトップに着崩したパーカー、ダボダボしたズボンがいつものスタイルである。
思っている事は何でも言おうという性格だ。
相手が傷付く言葉は言わないようにするが、喜ぶだろうと思った事はなんでも素直に口にする。
それは自分が相手に同じような言葉を向けてもらいたいからだ。
晃に対し、その彼氏である長原瑞都は寡黙である。
真面目を地でいく彼は、二十五歳で、大手企業に勤めるサラリーマンだ。
デートの際はポロシャツにスラックスという中年男性のような姿で、友人は少ないタイプだ。
身長も晃が155センチなのに対し、瑞都は168センチという身長差、タイプも中身もアンバランスな二人だが、晃は瑞都を心底愛している。
というのも、以前晃がスリに遭った時に、身を呈して瑞都が犯人から晃の財布を取り返してくれたのだ。
真面目で、正義感が強く、勇敢な瑞都は、晃が好きなタイプである。惚れないわけがない。
すぐに告白して付き合うようになってから、休日は必ず二人でいるようにしている。
瑞都に合わせて、仕事も土日休みのバイトに転職した程だ。一緒にいればいる程愛は深まっていく。
ただ、一つだけ不満がある。
「俺は瑞都が大好きだよ。瑞都は?」
と聞いても瑞都からは期待した答えが返って来ない事だ。
「……嫌いなわけがないだろ」
「そうじゃねーよ!」
男同士だからあまり外でイチャつけない事もあり、専らおうちデートなのだが、二人しかいない空間でもこれだ。
(嫌いなわけがないって事は、好きでもないって可能性が出てくるんだよなぁ)
真面目で曲がった事を嫌う瑞都が、好きでもないのに付き合うわけがない、という事は分かっているのだが。
どうしても、その二文字を言わせたい。
付き合って半年、何度も身体を重ねてきて一度も「好き」を言わないのはいかがなものだろう。
最近は瑞都に対する不信感が募ってきている。
(いくら無口とはいえ、さすがになぁ。人を試すのってあんまり好きじゃないんだけど……)
晃はその場で決意した。
瑞都が一度でも晃に対して「好き」と言ってくれたらこの先死ぬまで「好き」と言わなくても付き合い続ける。
だが、一度でもその言葉を言わなければ今日で別れると──。
「じゃあ、瑞都はなんで俺と付き合ったの?」
「告白されたから」
「ふーん。じゃあその時は俺の事好きじゃなかったんだね」
「ああ」
「好きじゃないのにオッケーしたの?」
「まぁ」
「なんで?」
「誰とも付き合ってなかったから」
「酷っ。まぁいいけど。俺も今までそういうノリで付き合った事あったし。
じゃあ今は?」
「……嫌いじゃない」
「好きでもない人と半年も付き合って楽しい?」
「好きじゃないとは言ってない」
「じゃあ、どうなの?」
「休日も合わせてるし、大事にしてるだろ。これ以上求められると負担に感じる」
「あっそ。じゃあもう別れよ」
玉砕だ。もうこれ以上、傷を深めたくない。晃は立ち上がった。
「なんで……」
「なんでって。俺はこれ以上を求めるよ。瑞都の負担が増えるだけだし、お互い辛いだけだろ。
元々は俺の恩人なのに、面倒な思いさせてごめんな。
もう会わない。じゃ」
気分は最悪だ。
瑞都が後ろで何か言ってたけど、なんで? だの、話し合おうだの、見当違いな言葉で呼び止めようとしてくる。
(俺が求めてるのは「好き」ただその二文字。それが分からないなら、もう一緒にいたくないよ)
バタン! と扉が大きな音を立てて閉まると、晃は走り出した。
もし瑞都が追いかけてきても捕まらないように。
きっと話し合えば、言いくるめられて終わる。瑞都が「好き」を一切言わない状態で、晃だけが変に納得させられるのだ。
この半年間、その繰り返しだった。
それから瑞都からメールや電話が何度が来たが、無視をしていたら次第に来なくなった。
この時の晃には、深い関係でなくていいから、嘘でも「好き」と言ってくれる相手が必要だった。
毎晩ゲイバーで相手を探し、夜を過ごした。晃が「好き」と言えば、必ず「好き」もしくは「愛してる」と返してくれる人ばかり。
最初の内は幸せに思えた。けれど、量産された「好き」は虚しいだけだと気付いた。
(俺が本当に欲しいのは、瑞都の「好き」だけだったのかもしれない)
それならば、と。晃は方向を変える事にした。瑞都と同じくらい好きになれる相手を見つければいいと考えた。
似たような顔で、似たような体格、似たような性格の人物で、「好き」を伝えてくれる人。
人物像を限定してしまうと、ゲイバーではなかなか目当ての人物に巡り会えない。
探し場所を変えて、インターネットで募集をかけた。
人数は少ないが、晃が求めた人物像に近い者から連絡が来る。
その中の一人に絞った。
「顔、身長、エッチの相性はほぼ合格。性格もまぁまぁ好みに近い。
後は長くいれば好きになるかもしれないし、まずは会ってみよ!」
気楽な気持ちで「ヤスシ」というハンドルネームの男に会いに行った。
まるで時間が止まっているかのような、穏やかな時間。角谷晃は臆面もなく、唐突に言い放った。
「瑞都、だーいすき!」
彼氏に嬉しそうな笑顔を向けているのは、晃という二十二歳でフリーターをしている、チャラ男だ。
目立つ金髪、両耳にはピアスが三つずつ。タンクトップに着崩したパーカー、ダボダボしたズボンがいつものスタイルである。
思っている事は何でも言おうという性格だ。
相手が傷付く言葉は言わないようにするが、喜ぶだろうと思った事はなんでも素直に口にする。
それは自分が相手に同じような言葉を向けてもらいたいからだ。
晃に対し、その彼氏である長原瑞都は寡黙である。
真面目を地でいく彼は、二十五歳で、大手企業に勤めるサラリーマンだ。
デートの際はポロシャツにスラックスという中年男性のような姿で、友人は少ないタイプだ。
身長も晃が155センチなのに対し、瑞都は168センチという身長差、タイプも中身もアンバランスな二人だが、晃は瑞都を心底愛している。
というのも、以前晃がスリに遭った時に、身を呈して瑞都が犯人から晃の財布を取り返してくれたのだ。
真面目で、正義感が強く、勇敢な瑞都は、晃が好きなタイプである。惚れないわけがない。
すぐに告白して付き合うようになってから、休日は必ず二人でいるようにしている。
瑞都に合わせて、仕事も土日休みのバイトに転職した程だ。一緒にいればいる程愛は深まっていく。
ただ、一つだけ不満がある。
「俺は瑞都が大好きだよ。瑞都は?」
と聞いても瑞都からは期待した答えが返って来ない事だ。
「……嫌いなわけがないだろ」
「そうじゃねーよ!」
男同士だからあまり外でイチャつけない事もあり、専らおうちデートなのだが、二人しかいない空間でもこれだ。
(嫌いなわけがないって事は、好きでもないって可能性が出てくるんだよなぁ)
真面目で曲がった事を嫌う瑞都が、好きでもないのに付き合うわけがない、という事は分かっているのだが。
どうしても、その二文字を言わせたい。
付き合って半年、何度も身体を重ねてきて一度も「好き」を言わないのはいかがなものだろう。
最近は瑞都に対する不信感が募ってきている。
(いくら無口とはいえ、さすがになぁ。人を試すのってあんまり好きじゃないんだけど……)
晃はその場で決意した。
瑞都が一度でも晃に対して「好き」と言ってくれたらこの先死ぬまで「好き」と言わなくても付き合い続ける。
だが、一度でもその言葉を言わなければ今日で別れると──。
「じゃあ、瑞都はなんで俺と付き合ったの?」
「告白されたから」
「ふーん。じゃあその時は俺の事好きじゃなかったんだね」
「ああ」
「好きじゃないのにオッケーしたの?」
「まぁ」
「なんで?」
「誰とも付き合ってなかったから」
「酷っ。まぁいいけど。俺も今までそういうノリで付き合った事あったし。
じゃあ今は?」
「……嫌いじゃない」
「好きでもない人と半年も付き合って楽しい?」
「好きじゃないとは言ってない」
「じゃあ、どうなの?」
「休日も合わせてるし、大事にしてるだろ。これ以上求められると負担に感じる」
「あっそ。じゃあもう別れよ」
玉砕だ。もうこれ以上、傷を深めたくない。晃は立ち上がった。
「なんで……」
「なんでって。俺はこれ以上を求めるよ。瑞都の負担が増えるだけだし、お互い辛いだけだろ。
元々は俺の恩人なのに、面倒な思いさせてごめんな。
もう会わない。じゃ」
気分は最悪だ。
瑞都が後ろで何か言ってたけど、なんで? だの、話し合おうだの、見当違いな言葉で呼び止めようとしてくる。
(俺が求めてるのは「好き」ただその二文字。それが分からないなら、もう一緒にいたくないよ)
バタン! と扉が大きな音を立てて閉まると、晃は走り出した。
もし瑞都が追いかけてきても捕まらないように。
きっと話し合えば、言いくるめられて終わる。瑞都が「好き」を一切言わない状態で、晃だけが変に納得させられるのだ。
この半年間、その繰り返しだった。
それから瑞都からメールや電話が何度が来たが、無視をしていたら次第に来なくなった。
この時の晃には、深い関係でなくていいから、嘘でも「好き」と言ってくれる相手が必要だった。
毎晩ゲイバーで相手を探し、夜を過ごした。晃が「好き」と言えば、必ず「好き」もしくは「愛してる」と返してくれる人ばかり。
最初の内は幸せに思えた。けれど、量産された「好き」は虚しいだけだと気付いた。
(俺が本当に欲しいのは、瑞都の「好き」だけだったのかもしれない)
それならば、と。晃は方向を変える事にした。瑞都と同じくらい好きになれる相手を見つければいいと考えた。
似たような顔で、似たような体格、似たような性格の人物で、「好き」を伝えてくれる人。
人物像を限定してしまうと、ゲイバーではなかなか目当ての人物に巡り会えない。
探し場所を変えて、インターネットで募集をかけた。
人数は少ないが、晃が求めた人物像に近い者から連絡が来る。
その中の一人に絞った。
「顔、身長、エッチの相性はほぼ合格。性格もまぁまぁ好みに近い。
後は長くいれば好きになるかもしれないし、まずは会ってみよ!」
気楽な気持ちで「ヤスシ」というハンドルネームの男に会いに行った。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
17
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる