好きの証明

眠りん

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後編

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「はあぁぁぁ」

 晃は大きくため息をついた。
 日中はコールセンターでバイトをしており、金曜日は仕事が終われば泰のマンションに直行して、日曜の夕方まで過ごす事になる。

 だが、泰と付き合い始めて金銭的に生活が苦しくなった。
 支払いの殆どを晃がしているのだ。
 デートで恋人に食事を奢るくらいは普通であるが、家にいる時でさえ「酒買ってきて」「タバコ買ってきて」とパシリにされる上に代金を返さない。
 フリーターの晃にはそこまで面倒見れるお金がない。最近は貯金を切り崩しながらどうにか泰の期待に応えていた。

「ただいま」

 泰の部屋に入ると、既に泰が帰ってきていた。
 顔を見ると別れたいと思うが、以前別れを切り出した時に怒鳴られてから、萎縮してしまい、泰の言いなりだ。

 だが──。

「晃、お帰り」

 泰にぎゅっと抱き締められた。

「お疲れ様。愛してるよ、晃」

 そう耳元で囁かれると、泰から離れる事が出来ない。

「ん。俺も……アイシテル」

 本心からの言葉ではない。欲しい言葉を言ってもらえたから、返さないといけない、という義務感だ。

 その夜も泰が主導で、付き従うようなセックスをした。心は満たされなかった。


 翌日は外でデートした。夜は料金が高くて入りにくいレストランだが、昼は手頃な価格だ。ランチを終えて会計の時になった。
 二週間に一回ペースで、泰が言い出す「財布忘れた」が、形を変えてきた。

「ごめん、晃。財布なくしたっぽい」

「なくした!?」

「うん。だからここ払っといて」

 財布を紛失した人の態度ではない。晃には嘘だとすぐに分かった。

「……払いたくなかったら、奢ってって言えばいいじゃん」

 晃は一言文句を言いながら支払った。プライドを傷付けられたとでも思ったのだろうか、店を出てからも泰は不機嫌そうに無言だ。

 これから映画に行く予定だったが、財布をなくしたと言い出した泰と、一緒に行きたいという気分ではなくなる。

「今日はもう帰ろっか。あ、それとも警察に紛失届出しに行く?」

 晃がため息混じりにそう言った瞬間だった。泰が晃の胸ぐらを掴んで怒鳴った。

「お前ぇっ! 信じてねぇんだろうが! 何ふざけた事ぬかしてんだ!」

 いきなりの事で、晃は目を丸くして動けなくなった。

(先に嘘ついたのそっちの癖に、なんで逆ギレされてんだろ)

 唾を飛ばしながら怒鳴る泰を見て気付いた。もう愛想も尽きて、好きでもなんでもなくなっていると。

「信じられるわけないじゃん。よく財布忘れてくるし、なくしたって言ってもヘラヘラしてるのに。
 どこをどう信じろっていうんだよ?」

「お前は俺の言う通りにしてりゃいいんだよ! 俺を疑うなんて論外だ!」

 泰の怒鳴り声に周りの人達が集まってきた。晃は恥ずかしくなるが、泰は周りが見えていない。

 仕方がないので、ゆっくりと諭す言い方に変えた。
 言い合いになれば、泰だけでなく晃も白い目で見られる事を恐れたのだ。

「もしかして、自分が正しいとでも思ってる?」

「ちげーよ! お前が悪いんだ!」

(何がだよ?)

 別れ話を切り出そうとした時だった。泰の肩に、誰かがポンと手を置いた。

「あの、そいつ、俺の知り合いなんですけど。何かありました?」

 晃は泰に怒鳴られた以上に驚いて、彼を見つめた。
 今まで付き合った中で一番好きになった人だ。

「……瑞都」

「んだよ、お前っ!?」

「俺は、晃の……」

 瑞都の目が真っ直ぐ晃を見つめている。咄嗟に晃は視線を外す。
 胸が熱くなるのを感じた。

(なんだ、俺が好きなのって瑞都じゃん)

 外した視線を瑞都に戻した。助けて欲しいと目で訴える。
 きっと瑞都には分からないだろうと思いながらだったが、瑞都は晃の腕を掴んだ。

「晃が困ってるみたいなんで」

 と、瑞都は晃の腕を掴んだまま走り出した。

「おいっ!! 待てよ!! 晃!! 逃げたら後でどうなるか分かってんだろうな!?」

 泰が怒鳴りながら追いかけてくる。
 瑞都が何度も曲がり角を曲がりながら走ると、撒く事が出来た。
 人がいない裏路地に二人、追っ手のいない鬼ごっこを続けている。

「瑞都、瑞都! もう、追いかけてこないから!」

 晃が叫ぶとようやく瑞都の足が止まる。そして、勢いよく振り返って晃を抱き締めた。

 走ったからだろう、心臓の音がバクバクとうるさい。汗で服が湿っているし、瑞都から離れようと身を捩った。
 だが、瑞都の力は強くて抵抗出来なかった。

「なんだあれは?」

 瑞都の声は怒りを孕んでおり、晃は少し怖くなった。

「あ、あれって?」

「あの男だ。彼氏か?」

「彼氏だよ」

「なんであんな、怒鳴るような男と……」

 瑞都の怒りが自分に向けられるのが怖かったが、その言葉で晃はカッと頭に血が上った。
 瑞都の胸を両手で押して、引き剥がす。

「お前のせいじゃん! さっきの、泰は俺の理想の彼氏だもん!」

「あんな無礼な男が?」

「無礼なのは我慢すればいいよ。だって、泰は、瑞都が絶対にくれなかった好きって言葉をくれるからっ」

「そんな言葉一つ」

「大事な事だ! 俺にとっては! 瑞都に好きって言ってもらえない事が何より惨めだった。
 だから別れたの。俺の気持ちなんか分からないなら、これ以上口出しすんなよ!」

 晃はキッと強く瑞都を睨みつけて、来た道を引き返そうとした。──が、また瑞都に腕を掴まれた。

「お前こそ、俺の気持ちなんか分からないだろ。振られて、どれだけ傷付いたか。
 新しい彼氏と一緒で、さぞ幸せなのかと思ったら、お前は辛そうな顔してて……」

「なんだよ、まだ俺に未練でもあるみたいな言い方」

「みたいじゃない」

 瑞都がまた晃の身体を抱き締めた。次は離れないように強く締め付けられるようにだ。

「瑞都?」

「未練、あるよ」

「じゃあ好きって言って! 一度でいいから! それが聞けたら一生瑞都の事愛せる自信ある。
 俺は瑞都が好きなんだ。他の人に言われても、嬉しく思えなかった。瑞都から言われたいんだよ」

「嬉しい。俺ばかり嬉しい思いしてごめん。でも──今は言えない」

「はあ!?」

 信じられない、と晃は瑞都を一発殴ってやろうと拳を作った。

「俺はその言葉を大事なものだと思っている。安易に、なんでもない時に、軽々しく言いたくない。
 こんな理想論者、晃も呆れただろ?
 今君を失うかもしれないのに、言ってしまえば良いだけの話なのに、それでも、言いたくないんだ」

 いつも無言で何も教えてくれなかった瑞都が、初めて本音の一部を吐露した。

(理由があったんだ。俺の事、好きなのに違いはなかったのに……)

「ごめん瑞都。俺、瑞都の事分かってなかった」

「いや、俺も晃が言われたがってるの気付いてて、すまなかった」

 瑞都に顎を掴まれ、上を向かされるとキスをされた。心地の良い時間だ。

(やっぱり瑞都が一番好きだなぁ)


 それから泰にはメールで別れたい旨を送ったら、大人しく「分かった」と返事が来た。
 部屋に置いてあったものは、宅配で送り返され、あの街での喧嘩から一度も顔を合わせずに関係が終わった。

 晃は瑞都の部屋で同棲する事になり、一番欲しかった「好き」はその後も貰えないが、瑞都の態度や言動から言葉以上の「好き」をもらえているのだと気付いた。

(瑞都が言わない分、俺が好きってたくさん言おう)



 そして、付き合って一年──。
 晃が仕事から帰ると、瑞都が先に帰ってきており、豪華な料理とケーキを用意していた。

「瑞都、どうしたのこれ!?」

「付き合って一年記念。半休もらって用意した」

 部屋着の着替えると、瑞都がぎゅっと抱き締めて、何度もキスをしてくる。

「瑞都、俺の為にありがと」

「ん。晃の為だからな」

「もー俺の事好き過ぎるだろ」

 からかったつもりだったが、瑞都は顔を真っ赤にさせ、ゴホンと一度咳払いをしてから、真剣な顔で晃を熱い目で見つめた。
 そしてモゴモゴさせていた口を、ゆっくりと開いた。

「当然。好き……だからな」

 晃は幽霊でも見たかのように驚いて、そして嬉しそうに頬を染めて笑った。




───────────────────

あとがき

 ここまでお読みくださってありがとうございます。
 この先自分語りになるので、興味なかったらスルーして欲しいです。

 これは三年くらい前、新婚の時に私が旦那に「好き」って言ってもらえなくて、イライラした事がきっかけで生まれた作品です。

 前編の晃と瑞都の会話、途中までまんま私と夫のやり取りです。恥ずかしながら。
 そのやり取りの後、私はふて寝したので別れてませんw

 でも二年前のクリスマスだったかな、その時になんてない時に旦那が「好きだからね」ってサラッと言ったんですよ。
 あーもう、一生愛するしかないじゃんってね。

 それからは旦那に「好き」の言葉は求めなくなりました。
 その時の事を思い出しまして、BLにアレンジして、晃君をチャラ男、瑞都さんをロマンチストにしてみました。

 泰さんは良いですね。我ながら良いDQNを書けたなぁと思ってます。
 クソ男好きすぎて、どれくらいの最低男にしてやろうかウキウキでした。

 晃君、チャラ男要素あんまりなかった事がちょっと悔やまれますが、まぁ許してください。

 ではでは。ここまでありがとうございました。
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