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十話 結城さん
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食事もまともに摂れなくなって、命の危機みたいなものを感じたオレは、無意識にある場所へと向かっていた。
目的地まではネットで調べて、電車とバスを乗り継いで辿り着いた。
ここならば、またオレの願いを叶えてくれるだろうか?
幸せになりたい一心で、扉の前についていたチャイムを鳴らした。
古いビルの中にある「澤田組」の事務所の前で、緊張に汗を浮かべながら。
チャイム壊れてるのかな? 鳴ってる気がしない。反応もないし。
ドアノブを回してみたら、鍵はかかってなくて普通に開いた。
「お、お邪魔します……?」
どう挨拶していいか分からなくて、扉を開いてからアホな事を言ってしまったように思えた。
奥からヤクザの人達がやってきた。
やば、誰かがドア開けるまで待てば良かった。
「誰だテメェ!?」
「どこの組のもんだ!?」
めっちゃ凄んでくる。全員厳つい顔をしていて、睨まれただけで身体が縮こまる。マジで怖っ。
「あ、あのー。初めまして、オレ、堂島文和といいます。オレのお母さん……小山内美智子と知り合いの人がここにいる筈なんですが……」
すると、三年前にオレを人身売買組織に差し出した男が、他の組員を押し退けて目の前にやってきた。
「おっ、小山内のガキか!? お前、大変だったみたいだな! 痩せちまって可哀想に」
見た目は昔と変わらないままだ。
オレの状況を知ってくれているのは助かるけど、それよりも大事な事がある。
「えっと……名前、教えてもらえますか?」
三年前は幹部だった結城さんは、色々あって今は組長になったんだそうだ。
三人くらい座れそうな大きなソファーのど真ん中に座って、結城さんと向かい合う。
近くで組員の人達が睨んでてちょっと怖い。
結城さんはオレにお菓子とお茶を出してくれた。食欲はないけど、出されたものだし、遠慮しつつ食べながら、結城さんに話しかけた。
「お母さんは、あの後どうなったんですか?」
「アイツは借金が帳消しになったのが嬉しかったみたいで、また別の闇金から借りてたぜ。
今は消息不明だ」
「そっかぁ。オレ頑張ったのになぁ。やっぱりオレの事なんてどうでも良かったのかも」
「そんな事はない。アイツも、お前は大事だったみたいで、身体を売ってでも取り戻してぇって。本当はお前も一緒に連れて逃げるつもりだったんだと」
「そうだったんですか!?」
「そうだ。美智子の奴、お前を買った堂島と一度会ったんだ。お前が幸せそうなの確認したら消えちまった。
今はアイツに金貸しちまった闇金業者が血眼になって探してるらしい」
「そうだったんだ……。
お母さん、元気にしてるといいなぁ。闇金から逃げ切れるといいけど」
「マザコンは相変わらずか」
「そうでもないですよ。お母さんの事は心配だけど、だからってお母さんがした事を擁護はしませんから」
「ガキってのは勝手に育つもんだな」
「オレ一人で大きくなったわけじゃありませんよ。
近くで見守って育ててくれた人達がいて、ここまで大きくなれたんです。あの時、人身売買で売られて良かったと思ってます」
「堂島との生活がそんなに良かったのか」
「はい、とても。
人身売買組織が捕まって、購入者の個人情報が明らかにならなければ、オレはまだ幸せでいられたのにな……」
人身売買組織の人達がもっとセキュリティーを強化していれば良かったんじゃないの? って何度も考えた。
「こう言っちゃなんだがな。今回の事で救われたのは子供達だ。
売られた奴らは殆どが親元に帰された」
「帰りたくない子もいたんじゃないんですか?」
「まさか。帰りたい奴が99パーセントだろうよ。
金持ちの道楽で、子供の内から仕事をさせられたり、性奴隷になったり、酷い虐待を受ける者もいる」
「オレが運が良かっただけ?」
「そうだ。もう忘れて自分の人生を生きろ」
そこまで聞いて、オレの考えは間違っているのかもしれないって思った。
でも……それでも……。
「結城さん、お願いがあります! 聞いてくれますか?」
「な、なんだ? お願いっていうならそれなりの対価は払ってもらう事になるぞ」
「はい! オレをまた別の人に売ってもらえませんか!?」
「はぁっ!? お前、自由の身になったんだろ? なんだって……」
結城さんが驚いた後に怖い顔をした。きっとオレが間違ってんだよね。
分かってる。全部、ちゃんと分かってるんだ。
次売られたら、もしかしたら酷い扱いを受けるかもしれないって、覚悟してる。
それでも、もう一人ぼっちでいたくない。
「分かってますよ。オレが甘いっていう事も、全部間違ってるって事も。
でも、もう耐えきれないんです!
オレをペットにしてくれる人限定で、売ってください。お金は全て結城さんにあげますから!」
「元手ゼロで売り物が手に入るのは助かるがな。はぁ。仕方ねぇ、知り合いに物好きがいないか聞いてみるわ」
「やった!!」
誰かが一緒にいてくれるなら、どんな仕事だってするよ。
何もワガママは言わないようにしないと。
あ。それだと、もうゴロゴロは出来ないかな?
一度だけ言ってみてもいいかな。受け入れてくれるといいなぁ。
「変な奴だな。とりあえず、こっちは人身売買組織は介さないから、多分堂島と同じような事は起こらないだろう」
「ほんと?」
「分からねえ。奴がどこまで嗅ぎつけてくるか分からねぇからな」
「……奴?」
「こっちの世界じゃ有名なんだが。須賀春哉って若造がな、人身売買組織を潰してるらしい。
今まで潰されたのは二つだが、表に出ていない分も幾つかある。
しかも奴のバックにはデケー守りが二つもあって、手出しが出来ねぇ」
須賀春哉……。その名前忘れない。
またオレの邪魔をするようなら、オレの生活を守らなきゃ。
そういえば、栞ちゃんが前に──。
「もしかして、あの日の夜、外にいた人かな?」
「見た事あんのか!?」
「オレは見てない。栞ちゃんが外から家を覗いてる奴がいるって。その数ヶ月後に雪夜が逮捕されたんだ」
「それだけじゃ、須賀かどうか判断出来ねぇな。
んで栞ちゃんってのは、昔堂島が買った女の子だったか? 雪夜ってのは」
「堂島雪夜」
「だよな。主人を呼び捨てで呼んでたのか?」
「はい。雪夜がそう呼べって。雪夜と栞ちゃんの三人家族って感じで、とても楽しかったんです。
本当はね、雪夜が出所するの待つつもりだったんです……。だけど、寂しくてもう気がおかしくなりそうで」
「そうか」
「はい! だから売ってくれるって言ってくださって嬉しいです。
あ、一つだけお願いしたいんですけど、二年で家に戻してくれると助かります!」
オレは頭を下げた。これ以上下げられないってくらい。
「二年? それだと売るっていうよりレンタルだな。それだったら店を紹介してやるから、年齢詐称して身体を売ればいい。
借金があるわけでもないんだから、わざわざ闇取引きする必要ねぇよ」
下げていた頭を上げて、結城さんに不満の感情を向ける。
「売春しろって事ですか? 嫌ですよ。オレはペットになりたいんです。
主人がコロコロ変わるのも嫌です。一人の人に二年だけ可愛がられたいんです!」
「お前、自分がどれだけワガママ言ってるか分かってるか?」
「分かりません!
でも、なるべくオレの要望聞いて欲しいです。ダメなところは合わせますから。
闇取引の方が結城さんも入ってくるマージン多いんじゃないですか? オレはいくらで購入されても一切報酬は要らないって言ってるんです。
断られる理由が分かりません」
結城さんは何故か大きな溜息をついて、困った顔をオレに向けてきた。
「条件つけると相手を探すのが面倒なんだ」
「あっそっか。分かってなくてすみません。二年っていう期限以外は何もワガママ言いません」
結城さんは少し呆れた顔をしてたけど、フッと口角を上げた。
「分かったよ。俺の商品としてレンタル出来るようにしてやる。なるべく良い奴に頼んでやるから」
「ありがとうございます!」
顔を上げて礼を言ってから結城さんに頭を下げた。
結城さんはヤクザだし、良い人じゃないんだろうけど。
それでも好きな人認定したよ。
目的地まではネットで調べて、電車とバスを乗り継いで辿り着いた。
ここならば、またオレの願いを叶えてくれるだろうか?
幸せになりたい一心で、扉の前についていたチャイムを鳴らした。
古いビルの中にある「澤田組」の事務所の前で、緊張に汗を浮かべながら。
チャイム壊れてるのかな? 鳴ってる気がしない。反応もないし。
ドアノブを回してみたら、鍵はかかってなくて普通に開いた。
「お、お邪魔します……?」
どう挨拶していいか分からなくて、扉を開いてからアホな事を言ってしまったように思えた。
奥からヤクザの人達がやってきた。
やば、誰かがドア開けるまで待てば良かった。
「誰だテメェ!?」
「どこの組のもんだ!?」
めっちゃ凄んでくる。全員厳つい顔をしていて、睨まれただけで身体が縮こまる。マジで怖っ。
「あ、あのー。初めまして、オレ、堂島文和といいます。オレのお母さん……小山内美智子と知り合いの人がここにいる筈なんですが……」
すると、三年前にオレを人身売買組織に差し出した男が、他の組員を押し退けて目の前にやってきた。
「おっ、小山内のガキか!? お前、大変だったみたいだな! 痩せちまって可哀想に」
見た目は昔と変わらないままだ。
オレの状況を知ってくれているのは助かるけど、それよりも大事な事がある。
「えっと……名前、教えてもらえますか?」
三年前は幹部だった結城さんは、色々あって今は組長になったんだそうだ。
三人くらい座れそうな大きなソファーのど真ん中に座って、結城さんと向かい合う。
近くで組員の人達が睨んでてちょっと怖い。
結城さんはオレにお菓子とお茶を出してくれた。食欲はないけど、出されたものだし、遠慮しつつ食べながら、結城さんに話しかけた。
「お母さんは、あの後どうなったんですか?」
「アイツは借金が帳消しになったのが嬉しかったみたいで、また別の闇金から借りてたぜ。
今は消息不明だ」
「そっかぁ。オレ頑張ったのになぁ。やっぱりオレの事なんてどうでも良かったのかも」
「そんな事はない。アイツも、お前は大事だったみたいで、身体を売ってでも取り戻してぇって。本当はお前も一緒に連れて逃げるつもりだったんだと」
「そうだったんですか!?」
「そうだ。美智子の奴、お前を買った堂島と一度会ったんだ。お前が幸せそうなの確認したら消えちまった。
今はアイツに金貸しちまった闇金業者が血眼になって探してるらしい」
「そうだったんだ……。
お母さん、元気にしてるといいなぁ。闇金から逃げ切れるといいけど」
「マザコンは相変わらずか」
「そうでもないですよ。お母さんの事は心配だけど、だからってお母さんがした事を擁護はしませんから」
「ガキってのは勝手に育つもんだな」
「オレ一人で大きくなったわけじゃありませんよ。
近くで見守って育ててくれた人達がいて、ここまで大きくなれたんです。あの時、人身売買で売られて良かったと思ってます」
「堂島との生活がそんなに良かったのか」
「はい、とても。
人身売買組織が捕まって、購入者の個人情報が明らかにならなければ、オレはまだ幸せでいられたのにな……」
人身売買組織の人達がもっとセキュリティーを強化していれば良かったんじゃないの? って何度も考えた。
「こう言っちゃなんだがな。今回の事で救われたのは子供達だ。
売られた奴らは殆どが親元に帰された」
「帰りたくない子もいたんじゃないんですか?」
「まさか。帰りたい奴が99パーセントだろうよ。
金持ちの道楽で、子供の内から仕事をさせられたり、性奴隷になったり、酷い虐待を受ける者もいる」
「オレが運が良かっただけ?」
「そうだ。もう忘れて自分の人生を生きろ」
そこまで聞いて、オレの考えは間違っているのかもしれないって思った。
でも……それでも……。
「結城さん、お願いがあります! 聞いてくれますか?」
「な、なんだ? お願いっていうならそれなりの対価は払ってもらう事になるぞ」
「はい! オレをまた別の人に売ってもらえませんか!?」
「はぁっ!? お前、自由の身になったんだろ? なんだって……」
結城さんが驚いた後に怖い顔をした。きっとオレが間違ってんだよね。
分かってる。全部、ちゃんと分かってるんだ。
次売られたら、もしかしたら酷い扱いを受けるかもしれないって、覚悟してる。
それでも、もう一人ぼっちでいたくない。
「分かってますよ。オレが甘いっていう事も、全部間違ってるって事も。
でも、もう耐えきれないんです!
オレをペットにしてくれる人限定で、売ってください。お金は全て結城さんにあげますから!」
「元手ゼロで売り物が手に入るのは助かるがな。はぁ。仕方ねぇ、知り合いに物好きがいないか聞いてみるわ」
「やった!!」
誰かが一緒にいてくれるなら、どんな仕事だってするよ。
何もワガママは言わないようにしないと。
あ。それだと、もうゴロゴロは出来ないかな?
一度だけ言ってみてもいいかな。受け入れてくれるといいなぁ。
「変な奴だな。とりあえず、こっちは人身売買組織は介さないから、多分堂島と同じような事は起こらないだろう」
「ほんと?」
「分からねえ。奴がどこまで嗅ぎつけてくるか分からねぇからな」
「……奴?」
「こっちの世界じゃ有名なんだが。須賀春哉って若造がな、人身売買組織を潰してるらしい。
今まで潰されたのは二つだが、表に出ていない分も幾つかある。
しかも奴のバックにはデケー守りが二つもあって、手出しが出来ねぇ」
須賀春哉……。その名前忘れない。
またオレの邪魔をするようなら、オレの生活を守らなきゃ。
そういえば、栞ちゃんが前に──。
「もしかして、あの日の夜、外にいた人かな?」
「見た事あんのか!?」
「オレは見てない。栞ちゃんが外から家を覗いてる奴がいるって。その数ヶ月後に雪夜が逮捕されたんだ」
「それだけじゃ、須賀かどうか判断出来ねぇな。
んで栞ちゃんってのは、昔堂島が買った女の子だったか? 雪夜ってのは」
「堂島雪夜」
「だよな。主人を呼び捨てで呼んでたのか?」
「はい。雪夜がそう呼べって。雪夜と栞ちゃんの三人家族って感じで、とても楽しかったんです。
本当はね、雪夜が出所するの待つつもりだったんです……。だけど、寂しくてもう気がおかしくなりそうで」
「そうか」
「はい! だから売ってくれるって言ってくださって嬉しいです。
あ、一つだけお願いしたいんですけど、二年で家に戻してくれると助かります!」
オレは頭を下げた。これ以上下げられないってくらい。
「二年? それだと売るっていうよりレンタルだな。それだったら店を紹介してやるから、年齢詐称して身体を売ればいい。
借金があるわけでもないんだから、わざわざ闇取引きする必要ねぇよ」
下げていた頭を上げて、結城さんに不満の感情を向ける。
「売春しろって事ですか? 嫌ですよ。オレはペットになりたいんです。
主人がコロコロ変わるのも嫌です。一人の人に二年だけ可愛がられたいんです!」
「お前、自分がどれだけワガママ言ってるか分かってるか?」
「分かりません!
でも、なるべくオレの要望聞いて欲しいです。ダメなところは合わせますから。
闇取引の方が結城さんも入ってくるマージン多いんじゃないですか? オレはいくらで購入されても一切報酬は要らないって言ってるんです。
断られる理由が分かりません」
結城さんは何故か大きな溜息をついて、困った顔をオレに向けてきた。
「条件つけると相手を探すのが面倒なんだ」
「あっそっか。分かってなくてすみません。二年っていう期限以外は何もワガママ言いません」
結城さんは少し呆れた顔をしてたけど、フッと口角を上げた。
「分かったよ。俺の商品としてレンタル出来るようにしてやる。なるべく良い奴に頼んでやるから」
「ありがとうございます!」
顔を上げて礼を言ってから結城さんに頭を下げた。
結城さんはヤクザだし、良い人じゃないんだろうけど。
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