小学生の時にかけた恋のおまじないが、さっき発動しました。

サイトウ純蒼

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第三章「ライバルたちの群雄割拠」

17.アヒル、奮闘!!

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(いや……、マジで恥ずかしいな……)

 ハロウィン当日。
 優花が買ったアヒルの着ぐるみを袋に入れ電車に乗ったタケル。袋から飛び出すアホ面アヒルに周りの視線が集まる。


(絶対みんな俺がハロウィンに行くと思っているよな……、ああ、恥ずかしい……)

 ハロウィンで盛り上がる駅前に近付けば仮装した人も多く目立たないのだが、タケルの自宅周辺ではどちらかと言うとこの姿はただの『痛い人』である。
 しかもハロウィンとは全く関係ないアヒル。そして黄色。考えれば考えるほどタケルの顔は赤くなる。



「タケルくーん!!」

 駅前にやって来たタケル。人混みの中、仮装した優花が迎える。


「うわぁ、可愛いい……」

 優花の仮装はメイド服。
 黒と白を基調としたフリルの付いた超ミニのスカートに、そこから伸びる黒の網タイツに包まれた綺麗な足。黒のハイヒールに、栗色の髪には可愛いらしいホワイトブリム。普段はしない赤のメガネが萌え度を爆上げしている。


「えへ~、気に入ってくれたかな~?」

 タケルにじろじろ見られて、水色の目をした優花が嬉しそうに言う。

「可愛い。むちゃくちゃ可愛いよ!!!」

 その言葉に応えるように優花はミニスカートの端を持ってくるりと回る。


(ぐはっ!!)

 ふわりと上がるミニスカート。見えそうで見えない下着。カバンに入れたアホ面アヒルよりもさらにだらしない顔で彼女を眺める。


「試着の時ね、一番タケル君が見てくれてた服なの。良かった、気に入ってくれて」

(幸せだ、幸せだ……)

 タケルは今の優花が『まじない優花』だと分かっていても、こんなに可愛い彼女と一緒にハロウィンに行けることが幸せでならなかった。


「ねえ、タケル君も早く着てよ、それ」

「え?」

 タケルは可愛すぎる優花に見惚れ、すっかり自分も仮装しなければならないことを忘れていた。


「あ、ああ、そうだった……」

 そして目が合うアホ面のアヒル。駅前はまだ暗くなり始めたばかりだというのに、様々な格好の衣装の人であふれている。正直、ここでアヒルの着ぐるみを着ても電車の中ほど浮くことはない。タケルは優花と道の端へ移動し、着ぐるみを着始める。


「可愛いいー!!」

 全身着ぐるみを着たタケル。もはや誰かは分からない。


「な、なあ。これなら俺ってバレないよな?」

「うん、絶対分からないよ!!」

 ただし目立つ。
 タケルには分からなかったが、黄色の着ぐるみは想像以上に目立っていた。お化けや怪物の仮装をしている人達もアヒルのタケルをじろじろと見て行く。アヒルとメイドの美少女。目立つなと言う方が難しい。タケルが優花に小さな声で言う。


「なあ、これから中島と約束の場所に行くんだけど、俺って喋らない方がいいよな?」

 声はタケルだけど顔はアヒル。そんな状況に優花が少し笑いながら答える。


「そうよね。絶対に喋っちゃだめだよ。それでやられたらすぐに撤退。いい?」

「ああ、これからもう喋らない」

「うん、じゃあ行こうか!」

 アヒルは大きな頭を縦に振ってから優花と歩き出した。





 それより少し前。喧嘩中の理子を何とか誘い出した中島が慌てながら話していた。

「ごめんね、理子ちゃん。この間は本当に悪かったよ……」

 ドラキュラの衣装に仮装した中島が泣きそうな顔で言う。同じく魔女の格好に仮装した理子が冷たく言い放つ。


「本当に悪いと思ってるの? ああいうの、最低だからっ!!」

「理子ちゃ~ん……」

 年下でバイト先では先輩としてマウントをとっていた中島の姿はもうそこにはない。もはやモテない男に、一時の気の迷いで付き合うことになってしまった女が冷たくあしらうだけの関係になってしまっている。


「こっちだよ、理子ちゃん。美味しいお店って」

 中島は打ち合わせ通りに理子を人気ひとけの少ない裏通りへと誘導する。
 表通りから数本路地へ入ると、そこは先程までと違って薄暗く陰気な雰囲気となる。明りも人々の声も遠ざかり、少し心細くなった理子が中島に言う。


「ね、ねえ、本当にこんな所にお店なんてあるの?」

 理子は中島の後を歩きながら不安を隠せない。

「あ、あるよ。もうちょっと先……」

 そう言いながら中島は作戦への不安で頭が一杯になる。


(一条君、早く出て来てくれ!!)

 中島がそう心の中で叫んだ時、ふたりの背後から男の低い声が響いた。


「可愛いネエちゃんだね~」

 立ち止まる中島と理子。恐る恐る振り返ると、そこにはガラの悪いチンピラ風のふたりの男が立っていた。


(あれ? 一条君……、じゃないよね……)

 中島は予定とは違う展開に一瞬焦る。チンピラが言う。


「ああ、なんて可愛いネエちゃんだよ~、俺達と遊ぼうぜ~!!」

 男達はロリ顔で巨乳、そして太ももが大きく露出した理子の魔女の衣装を舐めるように見ながら言う。理子が怖そうな顔をしながら中島の後ろに隠れる。中島が思う。


(理子ちゃんが、僕を頼りにしてくれている!!! ああ、なんて嬉しいこと。あいつらはきっとちょっと来れなくなった一条君のなんだろう。よし!!!)

 理子に頼りにされ、計画通りに行っていると踏んだ中島が大きく出る。


「おい、お前ら!!」


「あ? 何だてめえ、いたのか??」

 チンピラたちが中島を下から睨みつける。


(うわっ、すごい迫力!! え、演技とは思えないぞ……)

 チンピラたちの威嚇に思わず怯む中島。後ろで怖がる理子に言う。


「理子ちゃん、安心して。僕が必ず守る!!!」

「あ、ありがとう。でも逃げた方が……」


(逃げる? そんな選択肢は僕にはない!!!)

 中島が言う。


「おい、お前ら!! とっととここから消え去れ!! じゃないと……」

 中島は厳つい顔で近付いて来る男達に一瞬恐怖を感じながら小声で言う。


「お、おい、お前ら……」

 中島はその男達が顔の目の前に来て初めてその異変に気付いた。


 ドフ!!!

「きゃあ!!!」

 チンピラの右ストレートが中島の顔面に入る。
 倒れる中島。恐怖のあまり声を上げる理子。男達は倒れた中島に更に蹴りを入れる。


 ドン!!!

「ぐふっ……」


(こいつら、こいつら、本物のチンピラだ……、どうしよう、どうしよう……)

 顔面と腹部の鈍痛に苦しみながら中島が震える。
 何が違ったか知らないがこんなことしなければ良かった。馬鹿な計画を立てなければ良かった。倒れながら後悔する中島の耳にその悲鳴が聞こえた。


「きゃあ!! やめて!!!」

 理子の叫び声。
 倒れる中島の目に、嫌がる理子の手を無理やりつかむチンピラが映る。

「理子ちゃ……」

 ドフ!!

 中島に更に蹴りが入る。中島は倒れながら彼女の姿が涙で霞んでいった。





 その頃、ふたりは中島との約束の場所に向かって走っていた。優花が言う。

「早く走ってよ、タケル君!!」

 着ぐるみでもたもた走るタケルが答える。

「いや、これ全然走りにくくって、うわっ!!」

 そう言って派手に転ぶ。何度目か分からないほどの派手な転倒。中島との約束の時間はとっくに過ぎている。そして優花が先にその異変に気付いた。


「ね、ねえ、あれ、何してるの……!?」

 薄暗い路地裏。その先には倒れて蹴られる中島と、腕を掴まれている彼女の理子がいた。




「いやだ、いやだ、止めて……」

 倒れた中島をチンピラが足蹴りにし、もうひとりのチンピラが理子の手を掴んで顔を近づけ匂いを嗅いで言う。

「ああ、いい匂いだ~、寒いだろ? 温まろうぜ、俺達と」

 そう言って理子の頬を舐めようとした瞬間、後頭部に強烈な痛みを感じた。


 ドン!!


「ぐはっ!!!」

 そのまま前に倒れるチンピラ。


「え、え、え!?」

 訳が分からない理子。
 しかし彼女と中島、そしてもうひとりのチンピラは振り返り、その黄色の着ぐるみのを見て固まった。


「ア、アヒルだと……?」

 訳が分からないチンピラが言う。この状況に似つかわない緊張感のないアホ面のアヒル。タケルの仮装を知らない理子も中島も意味が分からない。


「なんじゃ、てめえ!!!!」

 チンピラがゆっくりとアヒルの方へ歩き出す。アヒルはそれを見て中島と理子に手を動かし『早く逃げろ』と合図する。すぐに気付いた理子がすぐに倒れている中島に肩を貸し移動。
 その様子を少し離れていた物陰で見ていた優花が思う。


(な、なんでちゃんと喋らないのよ!!! あれじゃ、すぐに伝わらないでしょ!!)

 着ぐるみを着たタケルは、この状況でもなぜか『喋ってはいけない』と自制していた。


「てめえええ、ふざけた真似をしやがってえええええ!!!!!」

 理子を掴んでいたチンピラが怒声と共にアヒルに殴り掛かる。


 ヒョイ

 アヒルにしては軽い身のこなしで攻撃をよける。


「てっめえええ!!!!」

 それに激怒したチンピラが今度は勢いをつけて殴り掛かって来た。アヒルは中島と理子が逃げられる距離まで移動したことを確認してから初めてチンピラに向かい合った。


「え?」


 チンピラは再び拳が空振りに終わったことを感じる。そして同時に、ふわっと体が浮く感覚になり、目に映る景色がすべてとなった。スローモーションのような感覚。景色が天と地が逆になったかと思うと、突然全身に強烈な痛みが走った。


 ドオン!!!


「ぐはっ!!!!」

 チンピラの体はアヒルに近付いた瞬間、綺麗に宙を舞っていた。
 影から見つめていた優花、そして避難しながら見ていたが思う。


(え、アヒルなんだけど……)
(アホ面のアヒルなんだけど……)


――やだ、カッコいい……



「走るぞ、優花っ!!!」

 そのアヒルがどたどたと転びそうになって走って来る。優花はアヒルと手を繋いで一緒にその場から走り去った。
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