小学生の時にかけた恋のおまじないが、さっき発動しました。

サイトウ純蒼

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第五章「告白と告白と、告白」

47.力づくで奪う、真っすぐに。

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(青葉、またこうして佐倉の前でお前と対戦できることを嬉しく思う。これは天が俺に最高の舞台を用意してくれたと言う意味。だから、だから俺は必ず……)


「青葉っ、お前をここで叩きのめす!!!!」

 剛力はタケルの前に来ると今度は指を差して大きな声で言った。このみが雫に小さな声で言う。


「ねえ、雫ちゃん。あれって一条君に向かって言ってない?」

「い、いえ。先輩に言っているようで、時々こちらをちらりちらりと見ています……」

「そ、そうよね。やっぱり目をつけられているとか……」

「でも、あの人このみさん狙いなんですよね?」

「知らない。全然興味ないから」

 このみと雫はタケルの前でいきり立つ剛力を見ながら内緒話をする。



(こいつは……、ああ、どこかで見たことあるかと思ったら、あの時の……)

 ぼんやりと目の前に現れた剛力を見つめながらタケルが思う。


「始めっ!!!」

 同時にかかる開始の合図。剛力がすぐに大声を上げながらタケルに組みかかる。


「青葉あああああ!!!!」

 がッ!!!

「ぐっ!!」

 タケルは壊れた機関車の様に突進してくる剛力を受け止めようとして後ろに転倒。審判が一時停止し、再び号令がかかる。


「青葉っ!! お前を倒して、佐倉は俺が奪い返すっ!!!!」


「ぐっ!!」

 再び襟元を掴まれるタケル。
 その強い力は一瞬で迷っているタケルの足をふらつかせる。


(強い、だけどそれ以上に感じるこれは、一体なんなんだ……?)

 相変わらず力は強い。
 ただそれだけで勝てないのが柔道。これまでのタケルならそれを流すようにして技を繰り出してきた。ただ今日の剛力はその力をさらに後押しする何かがタケルに迫って来る。一方の剛力もなぜか腑抜けのようなタケルを見て思う。


(今日の青葉は前回と全く違う。同じ人物なのか? だが俺は全力で仕留める!!!)

 剛力がタケルに向かって叫ぶ。


「佐倉は俺のもんだああああ!!!!!」

 気迫と共に飛んでくる大外刈り。
 タケルは間一髪で足を上げてそれをかわす。そしてその瞬間、タケルは理解した。



 ――こいつ、本気だ。欲しいものを力づくで奪う。ただそれだけに真っすぐ。

 タケルは剛力と組みながら思う。


(何やってんだ俺は。欲しいんだろ、優花が!! じゃあ、なぜ全力で奪いに行かない? この目の前の奴みたいに、がむしゃらに、無様でも、負けたとしても、なぜ力づくで優花を奪いに行かないんだ!!!!!)


 一瞬の輝き。
 タケルから放たれた見る者を魅了する光のような輝きを、そこにいた誰もが感じた。



(ぐっ!? 固い……)

 再び剛力が感じる鉛のようなタケル。自分より小さいが、根が生えたかのように動かない体。剛力が自分に言い聞かす。


(恐れるな、恐れることはない!! お前はあの厳しい修行を行ってきたはず!!!!)

 タケルに負けてからの数週間、ひたすら佐倉を想い、どんな厳しい訓練にも耐えて来た剛力。その気迫はやはり以前のものとは違っていた。


(こいつ、やっぱ強い。だが、こんなところで、こんなところで俺は……)


「モタモタしてられねえんだよっ!!!!!」


(あ、舞った……)

 会場の誰もがその美しく宙を舞った剛力の巨体を見て心揺さぶられた。
 まるで空中をスローモーションのようにゆっくりと動くように刻む軌跡。川の流れのように滑らかに、優雅に舞う巨体。そしてその魔法が溶けた瞬間、館内に大きな音が響いた。


 ドオオオオン!!!!


「そ、それまでっ!!!」

 剛力は何が起こったのか全く理解できなかった。
 気がつけば仰向けになって天井が見えていた。その後しばらくして自分が負けたのだと気が付いた。


「うおおおおおおおおお!!!」

 会場から沸き上がる歓声。
 初めて見せられた芸術品ともいえるタケルの一本背負い。
 そこに集まった誰もがその美しき所作に酔い、そして立ち上がって拍手で称えた。


「凄いよ、凄い、凄いっ、先輩、すごーーーーいっ!!!!」

 雫は目に涙を溜めながら隣にいたこのみと抱き合って喜ぶ。

「一条君、やっぱりカッコ良すぎるよ!! 私、絶対諦めないから」

 このみも雫に抱き着かれて同様に涙を流す。



「ふん、まあまあかな」

 父重蔵だけがようやく納得いく投げを見せた息子に向かって頷いた。



「お疲れ様です、剛力さん」

 倒れた剛力にタケルが手を差し出す。剛力は仰向けになりながら差し出された手を握る。タケルが言う。

「強かったです。それから『ありがとう』です」

 タケルは起き上がった剛力と握手をしながら深く頭を下げた。柔道では勝ったが好きな女の為に全力で向かって来る剛力には、男として負けた。そして教えられた。タケルにとっては心からの感謝の言葉であった。


「青葉……」

 一方の剛力はやはり柔道では勝てず今回も敗北。さらに試合後に感謝されるなど、まったくもって何のことだか理解できなかった。ただそんな剛力でも心から理解したことがある。


 ――こいつには勝てねえ

 あれだけ訓練をしたのに、前回より簡単に負けた。
 負傷してた前回と調子を取り戻した今回では比べる訳もないのだが、剛力は決して超えられぬ壁をタケルに感じ心からの負けを認めた。そしてその言葉が自然と口から出た。


「佐倉はお前のものだ。悔しいが、俺の完敗だ。あいつを幸せにしてやってくれ……、青葉……」

 剛力はタケルの手を握りながら流れ出る涙を止めることはできなかった。
 タケルにとっては優花のことしか頭になく結局最初から最後までかみ合わなかったふたりだったが、試合後敗者に手を差し伸べ涙を流して握手をする姿に会場にいた人々は心を打たれた。取材陣が集まりふたりの写真をバシャバシャと撮って行く。
 
 タケルはすぐにでも優花の元へと向かいたかったが興奮した剛力に抱き着かれ、ようやく解放された時には取材陣に取り囲まれ質問の嵐が始まった。
 タケルは呼び寄せた兄慎太郎に代わりに答えさせるとひとり会場を抜け走り出す。すぐに更衣室で着替え外に向かって走り出す彼に声がかかった。



「タケル君!」

 ひとりの女性が現れて言った。


「茜さん!?」

 優花の姉、ショートカットの似合う大人びた女性。タケルの前に仁王立ちになって言う。


「カッコ良かったよ。全然違うね。道着、着ると」

「あ、いや、俺……」

 タケルが下を向いて口籠る。茜が言う。


「優花のところに行くんでしょ?」

「あ、はい……」

 そう言いながら手にしてスマホの電源を入れ送られてきたメッセージを見る。



(え? 『助けてあげて、優花を』って、何だこれ……!?)

 優花が送って来た優花を助けるよう依頼するメッセージ。どの優花が送って来たのかは分からない。ただ彼の心はもう決まっていた。


「これから家に行きます!!」

 茜が腕を組みちょっと笑みを浮かべてから言う。


「優花はうちにはいないわよ」

「え?」

 茜がタケルに近付き小声で言う。


「お父さんの命令で行きたくもない『面談相手』の家に向かったの。どうするタケル君? 助けに行く?」

 色んな思いがタケルの頭の中で錯綜する。
 怒らせてしまった優花。
 嫌われている黒目の優花。
 優しい優花。
 ガキの頃の思い出。
 初恋。
 伝えられなかった気持ち。
 逃げた自分。

 タケルはそれらの思いを両手で潰すように押し壊すと、茜に向かってはっきりと言った。


「行きます!!! 優花のところへ!!!!」

「よし。じゃあ、乗せてくよ!!」

 茜はそう言って頷き、タケルを自分の車の方へと連れて行く。
 タケルにもう迷いはない。

 全力で、力づくで優花を奪いに行く。
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