40 / 89
第三章「聖女就任式」
40.姫の女気
しおりを挟む
「あ、ロレンツさん。お疲れ様です!!」
「よお」
ロレンツは護衛職の合間、城内散歩の傍らネガーベル軍を見学に行くことも何度かあった。退役したとはいえ元軍人。今は自分が在籍する国の軍はやはり気になる。
「訓練に精が出るな」
「はい、もうこの間のような失態はできませんので!!」
【赤き悪魔】を退けたロレンツ。
聖騎士団長エルグですら勝てなかった魔物を倒したロレンツは、既にネガーベル軍の間でも有名となっており訪れれば皆が歓迎してくれた。そこへ見覚えのある男がやって来る。
「ロレンツさん、お久しぶりです!」
「あ、おめえは……」
それは以前『剣遊会』で戦った小隊長。拉致されていた家族を助けたが、それ以降は会っていない。小隊長は深く頭を下げてからロレンツに言った。
「魔物の撃退、感謝します。さすがはロレンツさんだ」
「あ、ああ、まあ……」
怒りに任せて討伐した先の戦い。
ロレンツは彼なりに反省しなければならないことがたくさんあった。小隊長が言う。
「是非ともネガーベル軍にご入隊頂きたいのですが……、姫様の『護衛職』なら仕方ないですね」
王族であるアンナ姫。彼女の『護衛職』はどこにも所属できない姫専用となり、軍への入隊は原則出来ない。ロレンツが答える。
「まあ、もう軍隊は遠慮したいな」
それを笑って聞く小隊長。そして言う。
「そう言えばロレンツさんは元マサルトのご出身とか」
「ああ」
小隊長はロレンツの艶のある銀髪を見ながら言う。
「マサルト軍、うちとの国境の近くで蛮族相手に大苦戦しているらしいですよ」
「大苦戦?」
ロレンツの表情が変わる。
「ええ、なんでも第三歩兵部ってのが応戦しているらしいけど、ほぼ孤立無援だとか」
(!!)
マサルト国軍、第三歩兵部。
それは以前ロレンツが所属していた部隊。ロレンツが少し震えた声で尋ねる。
「間違いないのか、それは?」
「ええ、うちが派遣している監視団からの報告ですので」
「そうか……」
ロレンツは静かに頷いて答えた。
「ねえ、ロレンツ」
「ん、なんだ?」
アンナの公務室に座っていたロレンツに彼女が尋ねる。
「飲まないの? コーヒー」
「ん?」
ロレンツは手にしたままひと口も飲んでいないコーヒーカップに気付き、慌てて口にする。
「ねえ」
アンナはロレンツの正面に座り、テーブルの上に顔を乗せて言う。
「なに悩んでるの?」
少し目を逸らしたロレンツが小さな声で答える。
「なんでもねえ」
アンナは分かりやすい性格だと思いながら尋ねる。
「何か手伝えることがあるなら言ってよね」
「アンナ様、なりません!! 今は公務中で……」
それまで黙って見ていた侍女のリリーが立ち上がって言う。アンナが答える。
「ちょっと休憩よ。それに『護衛職』の悩みを聞くのも私の仕事でしょ~?」
「そ、それはそうですが……」
『護衛職』が最高のパフォーマンスを出すために環境を整える。それも使役者の務め。アンナが再度尋ね直す。
「で、なに~? 私の美貌にやられちゃったとか~?」
無言。無表情のロレンツ。
「もう、言っちゃいなよ。もうすぐ審議会だし、あまり時間ないよ~」
(時間……)
ロレンツがコーヒーカップを置いて静かに言う。
「ネガーベルとマサルトの国境付近で、マサルト軍が蛮族と戦をしている」
アンナは自分の美貌とは関係ないと分かり、やや落胆しながら聞く。
「そこで戦っているのは第三歩兵部って言うんだが、俺が元所属していたとこだ」
アンナが驚いた顔をする。
「それって、じゃあ、そこにあなたのお友達とかが……」
「ああ、蛮族に攻められ、孤立無援状態だそうだ」
「ダメです!!!」
リリーが近寄って来て腕を組みながら言う。
「ダメです、ダメです!! この大事な時期にアンナ様にもしものことがあったらどうするんですか!! 『護衛職』でしょ? あなたは自覚がなさ過ぎます!!!」
リリーの言うことも尤である。
前回ロレンツが不在の時に【赤き悪魔】が襲来、先日も城内でアンナが襲われたばかりだ。リリーに怒鳴られ黙り込むロレンツ。そんな彼を見たアンナが尋ねる。
「でも、行ってあげたいんでしょ?」
「……」
それに答えようとしないロレンツ。少し間を置いてアンナが言う。
「いいわ、行って来て」
「ア、アンナ様っ!!!」
それを聞きリリーが顔を真っ赤にして怒る。アンナが言う。
「だって、そこで悩んじゃうのがこの人の性格でしょ? それにお友達を見捨てることなんてできないんでしょ?」
アンナがテーブルの上に両肘をついてロレンツに尋ねる。
「だが……」
ロレンツが小さな声で言う。アンナが立ち上がって言う。
「いいから行ってきなさい! そんなあなただから私は……」
思わず出そうになった次の言葉を慌てて飲み込むアンナ。一旦落ち着いてから言う。
「主として命じます。急ぎ行ってお友達を助けること。期限は明日の朝まで。いい?」
「嬢ちゃん……、すまねえ!!!」
ロレンツは立ち上がり軽く頭を下げると駆け足で部屋を出て行った。
「もー、なんですか!! あれは!!!」
リリーが出て行ったドアを見ながらむっとして言う。アンナが答える。
「いいじゃない。どうせあんなヘタレ状態だったら、護衛もできないだろうし」
「ですが、もしアンナ様にもしものことがあったら……、それはそうとさっき何と言いかけたんですか?」
「ん?」
「確か『そんなあなただから私は……』と仰った後です」
(うぐっ!)
幼いが頭脳明晰なリリー。しっかりとアンナの言葉を覚えている。
「そ、それはね、リリーもあと、そうだなぁ、五年もすれば分かるようになるかな……」
「意味が分かりません。五年後にしか分からない事って何ですか?」
「そ、それはね……」
アンナは目の前にいる青のツインテールの幼い少女にどうやって説明、いや誤魔化そうかと必死に考えた。
マサルト王国辺境、勢いをつけた蛮族が領内に次々と侵攻して来ている。
それを迎えるマサルト国軍。だが軍本部の指揮は壊滅状態で、前線に取り残された第三歩兵部が孤軍奮闘していた。
「部隊長!! 援軍要請に向かった早馬ですが……、敵に捕まり処刑されたそうです」
「くっ……」
マサルト全体で士気は落ち、まともな武器すらなかった蛮族にも既に勝てぬ状態。愚政続きだった領地民からも見放され、一部では蛮族と一緒になって戦っているとの報告もある。兵が言う。
「もはや我々だけでは勝ち目はありません!! 撤退を、撤退をご決断ください!!!」
兵は涙ながらに頭を下げて言った。
撤退。
軍としては受け入れがたい屈辱。上層部からも『死ぬまで戦え』との命令が届いている。
部隊を預かる長とて皆の命は大切にしたい。だが発せられた部隊長の言葉は厳しい現実を再認識させられる辛いものであった。
「撤退は不可能だ。既に我々は四方を蛮族に囲まれ、マサルトに戻ることもできない。少しだけまだ手薄な個所はあるが、その先は敵国ネガーベル。いずれにせよ、全て敵だ」
兵士達も頭のどこかで分かっていた事実。
しかし改めてその現実を突きつけられると、皆が暗い顔をして黙り込んだ。
「お、おい!! 誰だ、貴様っ!! ここをどこだと思っている!!!」
そんな部隊長本営に見張りの兵士の怒声が響いた。部隊長が尋ねる。
「何事だ?」
慌てて報告にやって来た兵士が伝える。
「はっ、突然ひとりの見知らぬ男がやって来まして、部隊長に会わせろと言っているんです」
「見知らぬ男?」
部隊長が首をかしげる。こんな敵の真ん中で一体誰が来たというのか。
「お、おい!! お前、勝手に入るんじゃ……」
部隊長の近くで響く兵の怒声。しかしその巨躯の銀髪の男はそんな声を気にすることもなく、部隊長の前までやって来る。周りにいた兵が抜刀して叫ぶ。
「貴様っ、何奴っ!!!」
部隊長は兵士を手で制し、震えながら現れたその男へ歩み寄る。
「ロレンツ、さん……」
「よお、随分出世したな」
部隊長は目に涙を浮かべてロレンツの元に行き片膝をついて頭を下げる。
「ぶ、部隊長……?」
周りにいた若い兵士が驚いてその光景を見つめる。
この部隊長は小隊長だった時のロレンツの元部下。ロレンツの不当裁判を、悔し涙を流しながら見つめた仲間のひとり。部隊長が涙を流しながら言う。
「すみません、すみませんでした、あの時……」
ロレンツは涙を流し謝る部隊長の肩を持ち立ち上がらせる。
「長がそんな簡単に泣くんじゃねえ」
「はい……」
部隊長は涙を拭いロレンツに尋ねる。
「どうしてここに? まさか……」
「ああ、ちょっくら暴れに来た」
「ロレンツさん……」
部隊長は嬉しさで体が震える。
「ただ、明日の朝までには戻らなきゃならんがな」
「明日の朝? 戻る……?」
部隊長が首をかしげる。そして冗談っぽく尋ねる。
「ロレンツさん、ご結婚されたとか? まさか奥様の元へお帰りになるんでしょうか?」
少し驚いた顔をしたロレンツ。すぐに笑って答える。
「まあ、似たようなもんかな」
そしてロレンツは蛮族の本陣の場所を聞くと別れを告げ、そのまま単騎乗り込んで行った。驚く兵達が部隊長に尋ねる。
「あ、あの男は一体? ひとりで大丈夫なんでしょうか??」
部隊長が笑顔で答える。
「心配ない。それよりよく見ておけ。あれが『マサルト最強』と言われた方の背中だ」
その後、たったひとりの男に指揮官を討たれた蛮族達は、一晩で壊滅状態に追い込まれる。
言葉通り朝には居なくなったロレンツを頭に思い浮かべた部隊長が自陣で深く頭を下げ、マサルト第三歩兵部は無事撤退を成し遂げた。
「よお」
ロレンツは護衛職の合間、城内散歩の傍らネガーベル軍を見学に行くことも何度かあった。退役したとはいえ元軍人。今は自分が在籍する国の軍はやはり気になる。
「訓練に精が出るな」
「はい、もうこの間のような失態はできませんので!!」
【赤き悪魔】を退けたロレンツ。
聖騎士団長エルグですら勝てなかった魔物を倒したロレンツは、既にネガーベル軍の間でも有名となっており訪れれば皆が歓迎してくれた。そこへ見覚えのある男がやって来る。
「ロレンツさん、お久しぶりです!」
「あ、おめえは……」
それは以前『剣遊会』で戦った小隊長。拉致されていた家族を助けたが、それ以降は会っていない。小隊長は深く頭を下げてからロレンツに言った。
「魔物の撃退、感謝します。さすがはロレンツさんだ」
「あ、ああ、まあ……」
怒りに任せて討伐した先の戦い。
ロレンツは彼なりに反省しなければならないことがたくさんあった。小隊長が言う。
「是非ともネガーベル軍にご入隊頂きたいのですが……、姫様の『護衛職』なら仕方ないですね」
王族であるアンナ姫。彼女の『護衛職』はどこにも所属できない姫専用となり、軍への入隊は原則出来ない。ロレンツが答える。
「まあ、もう軍隊は遠慮したいな」
それを笑って聞く小隊長。そして言う。
「そう言えばロレンツさんは元マサルトのご出身とか」
「ああ」
小隊長はロレンツの艶のある銀髪を見ながら言う。
「マサルト軍、うちとの国境の近くで蛮族相手に大苦戦しているらしいですよ」
「大苦戦?」
ロレンツの表情が変わる。
「ええ、なんでも第三歩兵部ってのが応戦しているらしいけど、ほぼ孤立無援だとか」
(!!)
マサルト国軍、第三歩兵部。
それは以前ロレンツが所属していた部隊。ロレンツが少し震えた声で尋ねる。
「間違いないのか、それは?」
「ええ、うちが派遣している監視団からの報告ですので」
「そうか……」
ロレンツは静かに頷いて答えた。
「ねえ、ロレンツ」
「ん、なんだ?」
アンナの公務室に座っていたロレンツに彼女が尋ねる。
「飲まないの? コーヒー」
「ん?」
ロレンツは手にしたままひと口も飲んでいないコーヒーカップに気付き、慌てて口にする。
「ねえ」
アンナはロレンツの正面に座り、テーブルの上に顔を乗せて言う。
「なに悩んでるの?」
少し目を逸らしたロレンツが小さな声で答える。
「なんでもねえ」
アンナは分かりやすい性格だと思いながら尋ねる。
「何か手伝えることがあるなら言ってよね」
「アンナ様、なりません!! 今は公務中で……」
それまで黙って見ていた侍女のリリーが立ち上がって言う。アンナが答える。
「ちょっと休憩よ。それに『護衛職』の悩みを聞くのも私の仕事でしょ~?」
「そ、それはそうですが……」
『護衛職』が最高のパフォーマンスを出すために環境を整える。それも使役者の務め。アンナが再度尋ね直す。
「で、なに~? 私の美貌にやられちゃったとか~?」
無言。無表情のロレンツ。
「もう、言っちゃいなよ。もうすぐ審議会だし、あまり時間ないよ~」
(時間……)
ロレンツがコーヒーカップを置いて静かに言う。
「ネガーベルとマサルトの国境付近で、マサルト軍が蛮族と戦をしている」
アンナは自分の美貌とは関係ないと分かり、やや落胆しながら聞く。
「そこで戦っているのは第三歩兵部って言うんだが、俺が元所属していたとこだ」
アンナが驚いた顔をする。
「それって、じゃあ、そこにあなたのお友達とかが……」
「ああ、蛮族に攻められ、孤立無援状態だそうだ」
「ダメです!!!」
リリーが近寄って来て腕を組みながら言う。
「ダメです、ダメです!! この大事な時期にアンナ様にもしものことがあったらどうするんですか!! 『護衛職』でしょ? あなたは自覚がなさ過ぎます!!!」
リリーの言うことも尤である。
前回ロレンツが不在の時に【赤き悪魔】が襲来、先日も城内でアンナが襲われたばかりだ。リリーに怒鳴られ黙り込むロレンツ。そんな彼を見たアンナが尋ねる。
「でも、行ってあげたいんでしょ?」
「……」
それに答えようとしないロレンツ。少し間を置いてアンナが言う。
「いいわ、行って来て」
「ア、アンナ様っ!!!」
それを聞きリリーが顔を真っ赤にして怒る。アンナが言う。
「だって、そこで悩んじゃうのがこの人の性格でしょ? それにお友達を見捨てることなんてできないんでしょ?」
アンナがテーブルの上に両肘をついてロレンツに尋ねる。
「だが……」
ロレンツが小さな声で言う。アンナが立ち上がって言う。
「いいから行ってきなさい! そんなあなただから私は……」
思わず出そうになった次の言葉を慌てて飲み込むアンナ。一旦落ち着いてから言う。
「主として命じます。急ぎ行ってお友達を助けること。期限は明日の朝まで。いい?」
「嬢ちゃん……、すまねえ!!!」
ロレンツは立ち上がり軽く頭を下げると駆け足で部屋を出て行った。
「もー、なんですか!! あれは!!!」
リリーが出て行ったドアを見ながらむっとして言う。アンナが答える。
「いいじゃない。どうせあんなヘタレ状態だったら、護衛もできないだろうし」
「ですが、もしアンナ様にもしものことがあったら……、それはそうとさっき何と言いかけたんですか?」
「ん?」
「確か『そんなあなただから私は……』と仰った後です」
(うぐっ!)
幼いが頭脳明晰なリリー。しっかりとアンナの言葉を覚えている。
「そ、それはね、リリーもあと、そうだなぁ、五年もすれば分かるようになるかな……」
「意味が分かりません。五年後にしか分からない事って何ですか?」
「そ、それはね……」
アンナは目の前にいる青のツインテールの幼い少女にどうやって説明、いや誤魔化そうかと必死に考えた。
マサルト王国辺境、勢いをつけた蛮族が領内に次々と侵攻して来ている。
それを迎えるマサルト国軍。だが軍本部の指揮は壊滅状態で、前線に取り残された第三歩兵部が孤軍奮闘していた。
「部隊長!! 援軍要請に向かった早馬ですが……、敵に捕まり処刑されたそうです」
「くっ……」
マサルト全体で士気は落ち、まともな武器すらなかった蛮族にも既に勝てぬ状態。愚政続きだった領地民からも見放され、一部では蛮族と一緒になって戦っているとの報告もある。兵が言う。
「もはや我々だけでは勝ち目はありません!! 撤退を、撤退をご決断ください!!!」
兵は涙ながらに頭を下げて言った。
撤退。
軍としては受け入れがたい屈辱。上層部からも『死ぬまで戦え』との命令が届いている。
部隊を預かる長とて皆の命は大切にしたい。だが発せられた部隊長の言葉は厳しい現実を再認識させられる辛いものであった。
「撤退は不可能だ。既に我々は四方を蛮族に囲まれ、マサルトに戻ることもできない。少しだけまだ手薄な個所はあるが、その先は敵国ネガーベル。いずれにせよ、全て敵だ」
兵士達も頭のどこかで分かっていた事実。
しかし改めてその現実を突きつけられると、皆が暗い顔をして黙り込んだ。
「お、おい!! 誰だ、貴様っ!! ここをどこだと思っている!!!」
そんな部隊長本営に見張りの兵士の怒声が響いた。部隊長が尋ねる。
「何事だ?」
慌てて報告にやって来た兵士が伝える。
「はっ、突然ひとりの見知らぬ男がやって来まして、部隊長に会わせろと言っているんです」
「見知らぬ男?」
部隊長が首をかしげる。こんな敵の真ん中で一体誰が来たというのか。
「お、おい!! お前、勝手に入るんじゃ……」
部隊長の近くで響く兵の怒声。しかしその巨躯の銀髪の男はそんな声を気にすることもなく、部隊長の前までやって来る。周りにいた兵が抜刀して叫ぶ。
「貴様っ、何奴っ!!!」
部隊長は兵士を手で制し、震えながら現れたその男へ歩み寄る。
「ロレンツ、さん……」
「よお、随分出世したな」
部隊長は目に涙を浮かべてロレンツの元に行き片膝をついて頭を下げる。
「ぶ、部隊長……?」
周りにいた若い兵士が驚いてその光景を見つめる。
この部隊長は小隊長だった時のロレンツの元部下。ロレンツの不当裁判を、悔し涙を流しながら見つめた仲間のひとり。部隊長が涙を流しながら言う。
「すみません、すみませんでした、あの時……」
ロレンツは涙を流し謝る部隊長の肩を持ち立ち上がらせる。
「長がそんな簡単に泣くんじゃねえ」
「はい……」
部隊長は涙を拭いロレンツに尋ねる。
「どうしてここに? まさか……」
「ああ、ちょっくら暴れに来た」
「ロレンツさん……」
部隊長は嬉しさで体が震える。
「ただ、明日の朝までには戻らなきゃならんがな」
「明日の朝? 戻る……?」
部隊長が首をかしげる。そして冗談っぽく尋ねる。
「ロレンツさん、ご結婚されたとか? まさか奥様の元へお帰りになるんでしょうか?」
少し驚いた顔をしたロレンツ。すぐに笑って答える。
「まあ、似たようなもんかな」
そしてロレンツは蛮族の本陣の場所を聞くと別れを告げ、そのまま単騎乗り込んで行った。驚く兵達が部隊長に尋ねる。
「あ、あの男は一体? ひとりで大丈夫なんでしょうか??」
部隊長が笑顔で答える。
「心配ない。それよりよく見ておけ。あれが『マサルト最強』と言われた方の背中だ」
その後、たったひとりの男に指揮官を討たれた蛮族達は、一晩で壊滅状態に追い込まれる。
言葉通り朝には居なくなったロレンツを頭に思い浮かべた部隊長が自陣で深く頭を下げ、マサルト第三歩兵部は無事撤退を成し遂げた。
0
あなたにおすすめの小説
異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました
雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。
気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。
剣も魔法も使えないユウにできるのは、
子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。
……のはずが、なぜか料理や家事といった
日常のことだけが、やたらとうまくいく。
無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。
個性豊かな子供たちに囲まれて、
ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。
やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、
孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。
戦わない、争わない。
ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。
ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、
やさしい異世界孤児院ファンタジー。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる
街風
ファンタジー
「お前を追放する!」
ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。
しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
濡れ衣を着せられ、パーティーを追放されたおっさん、実は最強スキルの持ち主でした。復讐なんてしません。田舎でのんびりスローライフ。
さら
ファンタジー
長年パーティーを支えてきた中年冒険者ガルドは、討伐失敗の責任と横領の濡れ衣を着せられ、仲間から一方的に追放される。弁明も復讐も選ばず、彼が向かったのは人里離れた辺境の小さな村だった。
荒れた空き家を借り、畑を耕し、村人を手伝いながら始めた静かな生活。しかしガルドは、自覚のないまま最強クラスの力を持っていた。魔物の動きを抑え、村の環境そのものを安定させるその存在は、次第に村にとって欠かせないものとなっていく。
一方、彼を追放した元パーティーは崩壊の道を辿り、真実も勝手に明るみに出ていく。だがガルドは振り返らない。求めるのは名誉でもざまぁでもなく、ただ穏やかな日々だけ。
これは、最強でありながら争わず、静かに居場所を見つけたおっさんの、のんびりスローライフ譚。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる