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第三章「聖女就任式」
41.聖女任命審議会
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「おかえり」
「嬢ちゃん……」
早朝、ネガーベル王城へひとり戻ったロレンツを、アンナは城の外で迎えた。
ボロボロに破れた服、全身に返り血を浴びた体。
先日の【赤き悪魔】の襲撃以来平和であった王城にあって、彼ひとり戦争中の軍人のような風体である。
「感謝する、嬢ちゃん……」
ロレンツはアンナの前まで歩み寄ると深々と頭を下げた。アンナは頷いて尋ねる。
「で、上手く行ったの?」
「ああ、大丈夫だ」
「イコちゃんはうちで預かってるから安心して」
「あ、そりゃ。すまねえ……」
ロレンツはマサルトの話を聞き動揺し、すっかり忘れてしまっていたイコのことを思い出し反省する。アンナがロレンツの前まで来て言う。
「右手の甲、見せて」
ロレンツは無言で手を差し出し、甲を見せる。
「結構減っちゃったね……」
少し前にまだハートの形だと認識できた黒い模様も、もう半分近くまで減ってしまっている。アンナは血で汚れたロレンツの手を握り小さな声で言う。
「死なないで。あなたはちゃんと生きなさい……」
少し戸惑うロレンツが聞く。
「それは姫としての命令か。それとも……、いててっ!!」
アンナは握っていた手を指でつねって言う。
「つまらないこと聞かないの!!! さあ、お風呂入ってすぐに休むこと!!!」
「あ、ああ。そうさせて貰うよ」
ロレンツは苦笑いしてそれに答えた。
それより数日前、ネガーベル軍にひとりの男が入隊した。
「おい、新人!! 剣の稽古だ!!!」
「はっ!!」
その新人にしてはやや年を取った男。冒険者上がりだという男の剣の腕は確かで、入隊すぐに王城警備に配属される。上官が言う。
「今月中には『聖女就任式』が行われる。多分お前もそこの警備に配属されるから、しっかり準備しておけよ」
「はっ、光栄であります!!!」
男は敬礼し上官の言葉に応える。
「上官殿、自分初めての軍で分からぬことが多いのですが、その式典にはエルグ様はご出席されるのでしょうか?」
上官は頷いて答える。
「ああ、その予定だ。聖騎士団長殿の妹ミセル様が恐らく『聖女』に就任される。まあそうでなくてもエルグ様はご出席されるだろうがな」
「ありがとうございます!!」
男は深々と頭を下げ立ち去る上官を見送った。そして直ぐに北の方角に向き、心の中で再度敬礼する。
(我がミスガリアに栄光あれ!!!!)
男は再度敬礼のポーズを取った。
「アンナ様、お時間です」
礼拝堂にある女神像に聖女の祈りを捧げていたアンナは、侍女リリーの声に頷いて応えた。リリーの後ろには巨躯のロレンツ。今や王城とて安心できる場所ではない。アンナがリリーに言う。
「やっぱり駄目だったわね。もうこれで悔いはないわ」
「アンナ様……」
間もなく始まる『聖女任命審議会』。その直前まで聖女になる祈りを行っていたアンナの表情は、周りが心配するよりもずっと清々しかった。
例え自分が選出されなくてもミセルが選ばれ、それで国に安寧がもたらされればそれでいい。姫ではなくなるが、今の生活がそれほど大きく変わることもない。アンナはそう思っていた。
「行きましょうか」
アンナはリリーとロレンツを従え審議会が開かれる大会議室へと向かった。
「失礼します」
大会議室には既に20名の審議官を務める貴族と、その前の椅子に座るジャスター家のミセルが居た。部屋への入室は原則本人だけ。リリーやロレンツは部屋の外にある待合室で待機させられる。
部屋に入って来たアンナにミセルが声をかけた。
「これはこれはアンナ様。随分余裕のご登場ですわね」
アンナはそれに会釈で応え、ミセルの隣に座る。
赤いドレスに赤髪のミセル。それに対しアンナは真っ白なドレスに金色の美しい長髪。今ネガーベル王城で最も力の強い令嬢ふたりが肩を並べて座る。
「では始めます」
審議官のひとりが立ち上がり、まずはふたりに聖女への決意を尋ねる。
アンナにとっては毎年の行事。国の安寧を願い、傷ついた人々を癒し皆を導く存在になること。アンナは聖女に対する想いを話す。ミセルも同じような言葉で国への誓いを述べる。
「それでは実演へ」
その言葉と同時に、奥のドアからひとりの兵士が現れる。青ざめた顔。全身が小刻みに震えているのが分かる。
(ごめんなさい……)
アンナはその兵士の顔を直視できなかった。兵士はふたりの前に来て短剣を取り出すと、顔から大量の脂汗を流す。
「早くしろ」
周りを囲むように座る審議官達から声がかかる。兵士はガタガタと震えながら手にした短剣で反対側の腕を斬った。
「うぐぐぐっ……」
溢れる血。座り込む兵士。
床に流れ出た血にアンナが顔を背ける。審議官が言う。
「アンナ様、どうぞ」
その声にアンナは頷いて兵士の前へと向かう。ミセルは嘲笑しながらそれを見つめる。アンナは怪我をした兵士の腕に触れながら言った。
「回復……」
静寂。
何も起こらず、ただ痛みに耐える兵士の呻き声が響く。
(やはり、ダメだわ……)
それに代わるように審議官がミセルの名を呼ぶ。
「ミセル様、どうぞ」
「はい」
ミセルは皆に一礼をしてから戻り行くアンナの顔を見下したような目で見て、兵士の元へ向かう。
「強回復」
アンナがそう口にすると、その手元が光り出血していた兵士の腕が治って行く。
「おお……」
審議官は皆驚き、何度も頷きながらその光景を見つめる。兵士は頭を下げお礼を言って大会議室から立ち去って行った。
ミセルは戻りながら、真正面を無表情で見つめるアンナをちらっと見てから椅子に座る。しばらくの審議時間の後、結果が言い渡された。
「ミセル・ジャスターを、新たな『聖女』に内定する!!」
満場一致の結果であった。
名前を呼ばれたミセルは満面の笑顔で立ち上がると、審議官達に丁寧にお辞儀をして感謝の意を伝える。無表情のまま黙るアンナ。拍手渦巻く中、ミセルが言う。
「ありがとうございます!! この不肖ミセル・ジャスター、ネガーベルを正しき方へ導かせるよう尽力致しますわ!!」
再び起こる拍手の嵐。審議官が言う。
「来週行われる『聖女就任式』で正式に決定します。皆が待ちわびていた新たな聖女。ミセル様にはさらなるご活躍を期待しております」
ミセルはそれに笑顔で一礼して応える。他の審議官が尋ねる。
「ミセル様は現在、ご婚約者はいらっしゃらぬようですが、失礼ながら今後ご予定はございますでしょうか」
結婚の話。令嬢に対して失礼ではある質問だが、『聖女』が内定した以上その相手は国王となる故当然の質問である。ミセルが答える。
「今はまだ決まっておりません。ただ私よりひとつお願いがございます」
その言葉にアンナが顔を上げミセルを見つめる。
「聖女就任後は、私の現在の『護衛職』の変更を行いたいと思います」
(え?)
アンナは意外な言葉に驚いた。
『聖女』になればその権限で自分を守護する人間を選ぶことができる。審議官が尋ねる。
「キャロル殿からの変更と言う訳ですね。で、その相手とは一体……?」
アンナは嫌な予感しかしなかった。全身から流れる汗、体が震える。ミセルが答える。
「私の新たな『護衛職』は【赤き悪魔】を退けその強さはお兄様にも匹敵し、そして将来を共にしたいと考えているお方……」
アンナは前を向き顔面蒼白となる。
「アンナ様の『護衛職』であるロレロレ様をご指名致しますわ」
ガタガタと震えが止まらないアンナに対し、部屋の外の控室で待っていたロレンツは欠伸をしながらその会議が終わるのを待っていた。
「嬢ちゃん……」
早朝、ネガーベル王城へひとり戻ったロレンツを、アンナは城の外で迎えた。
ボロボロに破れた服、全身に返り血を浴びた体。
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「あ、そりゃ。すまねえ……」
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少し前にまだハートの形だと認識できた黒い模様も、もう半分近くまで減ってしまっている。アンナは血で汚れたロレンツの手を握り小さな声で言う。
「死なないで。あなたはちゃんと生きなさい……」
少し戸惑うロレンツが聞く。
「それは姫としての命令か。それとも……、いててっ!!」
アンナは握っていた手を指でつねって言う。
「つまらないこと聞かないの!!! さあ、お風呂入ってすぐに休むこと!!!」
「あ、ああ。そうさせて貰うよ」
ロレンツは苦笑いしてそれに答えた。
それより数日前、ネガーベル軍にひとりの男が入隊した。
「おい、新人!! 剣の稽古だ!!!」
「はっ!!」
その新人にしてはやや年を取った男。冒険者上がりだという男の剣の腕は確かで、入隊すぐに王城警備に配属される。上官が言う。
「今月中には『聖女就任式』が行われる。多分お前もそこの警備に配属されるから、しっかり準備しておけよ」
「はっ、光栄であります!!!」
男は敬礼し上官の言葉に応える。
「上官殿、自分初めての軍で分からぬことが多いのですが、その式典にはエルグ様はご出席されるのでしょうか?」
上官は頷いて答える。
「ああ、その予定だ。聖騎士団長殿の妹ミセル様が恐らく『聖女』に就任される。まあそうでなくてもエルグ様はご出席されるだろうがな」
「ありがとうございます!!」
男は深々と頭を下げ立ち去る上官を見送った。そして直ぐに北の方角に向き、心の中で再度敬礼する。
(我がミスガリアに栄光あれ!!!!)
男は再度敬礼のポーズを取った。
「アンナ様、お時間です」
礼拝堂にある女神像に聖女の祈りを捧げていたアンナは、侍女リリーの声に頷いて応えた。リリーの後ろには巨躯のロレンツ。今や王城とて安心できる場所ではない。アンナがリリーに言う。
「やっぱり駄目だったわね。もうこれで悔いはないわ」
「アンナ様……」
間もなく始まる『聖女任命審議会』。その直前まで聖女になる祈りを行っていたアンナの表情は、周りが心配するよりもずっと清々しかった。
例え自分が選出されなくてもミセルが選ばれ、それで国に安寧がもたらされればそれでいい。姫ではなくなるが、今の生活がそれほど大きく変わることもない。アンナはそう思っていた。
「行きましょうか」
アンナはリリーとロレンツを従え審議会が開かれる大会議室へと向かった。
「失礼します」
大会議室には既に20名の審議官を務める貴族と、その前の椅子に座るジャスター家のミセルが居た。部屋への入室は原則本人だけ。リリーやロレンツは部屋の外にある待合室で待機させられる。
部屋に入って来たアンナにミセルが声をかけた。
「これはこれはアンナ様。随分余裕のご登場ですわね」
アンナはそれに会釈で応え、ミセルの隣に座る。
赤いドレスに赤髪のミセル。それに対しアンナは真っ白なドレスに金色の美しい長髪。今ネガーベル王城で最も力の強い令嬢ふたりが肩を並べて座る。
「では始めます」
審議官のひとりが立ち上がり、まずはふたりに聖女への決意を尋ねる。
アンナにとっては毎年の行事。国の安寧を願い、傷ついた人々を癒し皆を導く存在になること。アンナは聖女に対する想いを話す。ミセルも同じような言葉で国への誓いを述べる。
「それでは実演へ」
その言葉と同時に、奥のドアからひとりの兵士が現れる。青ざめた顔。全身が小刻みに震えているのが分かる。
(ごめんなさい……)
アンナはその兵士の顔を直視できなかった。兵士はふたりの前に来て短剣を取り出すと、顔から大量の脂汗を流す。
「早くしろ」
周りを囲むように座る審議官達から声がかかる。兵士はガタガタと震えながら手にした短剣で反対側の腕を斬った。
「うぐぐぐっ……」
溢れる血。座り込む兵士。
床に流れ出た血にアンナが顔を背ける。審議官が言う。
「アンナ様、どうぞ」
その声にアンナは頷いて兵士の前へと向かう。ミセルは嘲笑しながらそれを見つめる。アンナは怪我をした兵士の腕に触れながら言った。
「回復……」
静寂。
何も起こらず、ただ痛みに耐える兵士の呻き声が響く。
(やはり、ダメだわ……)
それに代わるように審議官がミセルの名を呼ぶ。
「ミセル様、どうぞ」
「はい」
ミセルは皆に一礼をしてから戻り行くアンナの顔を見下したような目で見て、兵士の元へ向かう。
「強回復」
アンナがそう口にすると、その手元が光り出血していた兵士の腕が治って行く。
「おお……」
審議官は皆驚き、何度も頷きながらその光景を見つめる。兵士は頭を下げお礼を言って大会議室から立ち去って行った。
ミセルは戻りながら、真正面を無表情で見つめるアンナをちらっと見てから椅子に座る。しばらくの審議時間の後、結果が言い渡された。
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満場一致の結果であった。
名前を呼ばれたミセルは満面の笑顔で立ち上がると、審議官達に丁寧にお辞儀をして感謝の意を伝える。無表情のまま黙るアンナ。拍手渦巻く中、ミセルが言う。
「ありがとうございます!! この不肖ミセル・ジャスター、ネガーベルを正しき方へ導かせるよう尽力致しますわ!!」
再び起こる拍手の嵐。審議官が言う。
「来週行われる『聖女就任式』で正式に決定します。皆が待ちわびていた新たな聖女。ミセル様にはさらなるご活躍を期待しております」
ミセルはそれに笑顔で一礼して応える。他の審議官が尋ねる。
「ミセル様は現在、ご婚約者はいらっしゃらぬようですが、失礼ながら今後ご予定はございますでしょうか」
結婚の話。令嬢に対して失礼ではある質問だが、『聖女』が内定した以上その相手は国王となる故当然の質問である。ミセルが答える。
「今はまだ決まっておりません。ただ私よりひとつお願いがございます」
その言葉にアンナが顔を上げミセルを見つめる。
「聖女就任後は、私の現在の『護衛職』の変更を行いたいと思います」
(え?)
アンナは意外な言葉に驚いた。
『聖女』になればその権限で自分を守護する人間を選ぶことができる。審議官が尋ねる。
「キャロル殿からの変更と言う訳ですね。で、その相手とは一体……?」
アンナは嫌な予感しかしなかった。全身から流れる汗、体が震える。ミセルが答える。
「私の新たな『護衛職』は【赤き悪魔】を退けその強さはお兄様にも匹敵し、そして将来を共にしたいと考えているお方……」
アンナは前を向き顔面蒼白となる。
「アンナ様の『護衛職』であるロレロレ様をご指名致しますわ」
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