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第四章「姫様の盾になる男」
48.ミセル、陥落。
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『聖女就任式』で大怪我を負い昏睡状態であったエルグが目を覚ました翌日の夜、ミセル・ジャスターはひとりの男の部屋のドアの前に立っていた。
ノックをする手が震える。ミセルが意を決して軽く叩いた。
コンコン……
しばらくしてドアの向こうから小さな声が聞こえた。
「誰だ?」
「私です。ミセルです」
カチャ
少しの間を置いてドアが開かれる。
(ロレロレ様……)
銀色の短髪、厚い胸板。くたびれたシャツだがそんな服が彼には良く似合う。ロレンツが言う。
「どうしたんだ、こんな時間に?」
ミセルは少し目を逸らしながら恥ずかしそうに言う。
「ちょっとお話がございまして。入ってもよろしいでしょうか」
「明日じゃ駄目なのか。イコも寝てしまっている」
「すぐに終わらせます。少しだけお時間を……」
顔を上げて真剣にそう言うミセルにロレンツは軽く頷いてミセルを部屋に招き入れる。
(あれ? あれはミセル様……?)
ミセルがロレンツの部屋の中に消えて行くその姿を、偶然通りかかったアンナの元婚約者であるカイトが目にする。
(まさか、まさかこれって……)
カイトはひとり薄気味悪い笑みを浮かべて暗い廊下に消えて行った。
(ロレロレ様のお部屋……)
部屋に入ったミセルは中央に置かれたソファーにテーブル、読みかけの雑誌や無造作に置かれた衣服などを見て少し緊張する。ロレンツがソファーにミセルを勧めながら言う。
「座んな」
「はい」
ミセルはソファーに腰かけるとテーブルの上に置かれた飲みかけのお酒を見て言った。
「飲んでいらしたの?」
「ああ、寝る前にちょっとな」
ロレンツもその前に腰かけミセルに言う。
「で、何の用だい?」
ミセルはすっと立ち上がり、深々と頭を下げて言った。
「助けて頂きましてありがとうございました。本当に、本当に感謝しております」
ミセルは頭を下げながら大怪我を負ったエルグ、昏睡状態だった兄を思い浮かべて目を赤くする。ロレンツは飲みかけのグラスを手にして答える。
「ああ、気にするな。気まぐれだ」
そんなことはない。
貴重な輝石を手渡し、真っ先に飛び出し賊を捕らえてくれた。それを分かっていたからこそミセルはそのまま頭を下げ続けた。ロレンツが言う。
「もういいから、座んな」
「はい」
ミセルは軽く目をこすり、そしてソファーに腰かける。ミセルが尋ねる。
「ロレロレ様はご存じだったんですね。輝石のこと」
ロレンツは目を閉じてグラスの酒を口にして、答えた。
「ああ、以前嬢ちゃんが俺の怪我治してくれた時、全く魔力が感じられねえのに気付いておかしいと思ってはいた。治癒魔法も魔法の一種。魔力なしで発動はできないはず」
ミセルが自嘲的な笑みを浮かべて答える。
「仰る通りですわ。ちなみにあの輝石はどこで手に入れられたんですか?」
ロレンツは足を組み直してゆっくり告げる。
「うちの青髪の嬢ちゃんが、おめえさんらに捕まって助けに行った時に手に入れた」
ミセルはそれがレイガルト卿に命じたリリー監禁のことだと思い出す。
「何でもご存じなんですね」
ロレンツはそれに酒を飲みながら笑って応える。ミセルが言う。
「怒ってはいないのですか?」
「他にもやってんのか?」
「はい、色々と」
それを聞きロレンツが苦笑する。
「私は悪い女でしょうか」
ロレンツはグラスをコトッと音を立ててテーブルの上に置き、ミセルに言う。
「知らねえ。ただ嬢ちゃんも必死なんだろ?」
「え、ええ……」
「ちょっとその必死さの方向が違うだけ。真っすぐ向きな。俺はそう言うのが好きだ」
「真っすぐ……」
ミセルがその言葉を繰り返す。再びグラスを手にしたロレンツに、ミセルが顔を上げて言う。
「私の『護衛職』になって頂けませんか」
少しの沈黙。ロレンツが答える。
「それはできねえ。俺は姫さんのお守り役だ」
無表情のミセルがロレンツに問う。
「どうしてアンナ様なんですか?」
ロレンツが酒の入ったグラスを顔の前に持ち上げ、それをミセルに見せながら言う。
「飲み比べで負けちまってな、それで約束したんだ」
「……飲み比べで、約束?」
「ああ、嬢ちゃんを救うって」
(えっ)
『救いに来た』とは前に聞いていたが、その理由がたったそれだけのことなのだろうか?
ミセルの頭の中でそれだけの理由で敵国に乗り込み、危険を顧みずに降りかかる障壁をこの人は次々と壊して行っているのだろうかと混乱する。ミセルが言う。
「それだけのことで……」
「真っすぐなんだよ」
「真っすぐ?」
そう繰り返すミセルにロレンツが言う。
「ああ、あの嬢ちゃん真っすぐでな。何もねえこんな俺を真っすぐ頼ってくれた。それだけだ」
ミセルは黙り込んでしまった。
献身的にアンナを助けるロレンツは、きっと彼女にべた惚れしているとか、お金、その他何か別の利益があるから傍についているものだと思い込んでいた。王家や有力貴族に近づく者は大抵そう。甘い蜜があるから寄って来る。ミセルが少し笑いながら尋ねる。
「どうしてそんなことを私にお話しされるんですか」
ロレンツも少し笑って答える。
「今のあんたも、真っすぐだからだ」
(!!)
私が真っすぐ。
これだけ計略・策略・謀略を行ってきた自分が真っすぐと目の前の男は言う。ミセルが思う。
――貴方の前では真っすぐになってしまうんですね
ミセルはそう言い掛けてその言葉を胸の奥へとしまい込んだ。ミセルが立ち上がりながら言う。
「もう少し早くお会いしたかったですわ」
「そりゃ無理だ。朝はイコの支度で忙しいし、昼は嬢ちゃんの護衛でこれまた忙し……」
「うふふっ……」
ミセルは手を口に当てて上品に笑った。ロレンツは突然笑い出すミセルを見て、やはり時々上手く噛み合わない女という生き物との会話が苦手だと思った。
ミセルは持って来ていた鞄から箱を取り出してテーブルに置く。
「忘れておりましたわ。これはこの間のお礼。お菓子ですの」
「俺は甘いものはあまり得意じゃ……」
「イコちゃんにですわよ。何を誤解されて?」
ちょっと驚いた顔をしたロレンツがばつが悪そうに答える。
「あ、ああ。そうか、そりゃすまねえ。有り難く頂く」
そう言って銀色の頭を少し下げる。ミセルが言う。
「では失礼しますわ。本当にありがとうございました」
ミセルはドアの方へと歩いて行き、再びロレンツに深く頭を下げて言った。
「なあ、嬢ちゃん」
「何でしょうか?」
ミセルが笑顔で答える。
「聖女、目指すんだろ?」
「ええ」
「頑張りな」
ミセルは嬉しそうな顔でロレンツに言う。
「ロレロレ様が応援して頂けるなら頑張れる気がしますわ。それでは」
ミセルはそう笑って言うと頭を下げて部屋を出て行った。
「さて、飲み直すか」
ロレンツはミセルが帰った後、再びソファーに腰かけグラスに酒を注いだ。
結果的にミセルの改心に助力することになったロレンツ。
これでアンナに対する障壁がひとつ減ったことは事実だが、それでも未だ彼女を取り巻く黒き思惑は多く、砂上の城であることには変わりない。
さらに遠くの地で、アンナとロレンツを襲う最大の試練がゆっくり動き出していることにまだ気付いていなかった。
ノックをする手が震える。ミセルが意を決して軽く叩いた。
コンコン……
しばらくしてドアの向こうから小さな声が聞こえた。
「誰だ?」
「私です。ミセルです」
カチャ
少しの間を置いてドアが開かれる。
(ロレロレ様……)
銀色の短髪、厚い胸板。くたびれたシャツだがそんな服が彼には良く似合う。ロレンツが言う。
「どうしたんだ、こんな時間に?」
ミセルは少し目を逸らしながら恥ずかしそうに言う。
「ちょっとお話がございまして。入ってもよろしいでしょうか」
「明日じゃ駄目なのか。イコも寝てしまっている」
「すぐに終わらせます。少しだけお時間を……」
顔を上げて真剣にそう言うミセルにロレンツは軽く頷いてミセルを部屋に招き入れる。
(あれ? あれはミセル様……?)
ミセルがロレンツの部屋の中に消えて行くその姿を、偶然通りかかったアンナの元婚約者であるカイトが目にする。
(まさか、まさかこれって……)
カイトはひとり薄気味悪い笑みを浮かべて暗い廊下に消えて行った。
(ロレロレ様のお部屋……)
部屋に入ったミセルは中央に置かれたソファーにテーブル、読みかけの雑誌や無造作に置かれた衣服などを見て少し緊張する。ロレンツがソファーにミセルを勧めながら言う。
「座んな」
「はい」
ミセルはソファーに腰かけるとテーブルの上に置かれた飲みかけのお酒を見て言った。
「飲んでいらしたの?」
「ああ、寝る前にちょっとな」
ロレンツもその前に腰かけミセルに言う。
「で、何の用だい?」
ミセルはすっと立ち上がり、深々と頭を下げて言った。
「助けて頂きましてありがとうございました。本当に、本当に感謝しております」
ミセルは頭を下げながら大怪我を負ったエルグ、昏睡状態だった兄を思い浮かべて目を赤くする。ロレンツは飲みかけのグラスを手にして答える。
「ああ、気にするな。気まぐれだ」
そんなことはない。
貴重な輝石を手渡し、真っ先に飛び出し賊を捕らえてくれた。それを分かっていたからこそミセルはそのまま頭を下げ続けた。ロレンツが言う。
「もういいから、座んな」
「はい」
ミセルは軽く目をこすり、そしてソファーに腰かける。ミセルが尋ねる。
「ロレロレ様はご存じだったんですね。輝石のこと」
ロレンツは目を閉じてグラスの酒を口にして、答えた。
「ああ、以前嬢ちゃんが俺の怪我治してくれた時、全く魔力が感じられねえのに気付いておかしいと思ってはいた。治癒魔法も魔法の一種。魔力なしで発動はできないはず」
ミセルが自嘲的な笑みを浮かべて答える。
「仰る通りですわ。ちなみにあの輝石はどこで手に入れられたんですか?」
ロレンツは足を組み直してゆっくり告げる。
「うちの青髪の嬢ちゃんが、おめえさんらに捕まって助けに行った時に手に入れた」
ミセルはそれがレイガルト卿に命じたリリー監禁のことだと思い出す。
「何でもご存じなんですね」
ロレンツはそれに酒を飲みながら笑って応える。ミセルが言う。
「怒ってはいないのですか?」
「他にもやってんのか?」
「はい、色々と」
それを聞きロレンツが苦笑する。
「私は悪い女でしょうか」
ロレンツはグラスをコトッと音を立ててテーブルの上に置き、ミセルに言う。
「知らねえ。ただ嬢ちゃんも必死なんだろ?」
「え、ええ……」
「ちょっとその必死さの方向が違うだけ。真っすぐ向きな。俺はそう言うのが好きだ」
「真っすぐ……」
ミセルがその言葉を繰り返す。再びグラスを手にしたロレンツに、ミセルが顔を上げて言う。
「私の『護衛職』になって頂けませんか」
少しの沈黙。ロレンツが答える。
「それはできねえ。俺は姫さんのお守り役だ」
無表情のミセルがロレンツに問う。
「どうしてアンナ様なんですか?」
ロレンツが酒の入ったグラスを顔の前に持ち上げ、それをミセルに見せながら言う。
「飲み比べで負けちまってな、それで約束したんだ」
「……飲み比べで、約束?」
「ああ、嬢ちゃんを救うって」
(えっ)
『救いに来た』とは前に聞いていたが、その理由がたったそれだけのことなのだろうか?
ミセルの頭の中でそれだけの理由で敵国に乗り込み、危険を顧みずに降りかかる障壁をこの人は次々と壊して行っているのだろうかと混乱する。ミセルが言う。
「それだけのことで……」
「真っすぐなんだよ」
「真っすぐ?」
そう繰り返すミセルにロレンツが言う。
「ああ、あの嬢ちゃん真っすぐでな。何もねえこんな俺を真っすぐ頼ってくれた。それだけだ」
ミセルは黙り込んでしまった。
献身的にアンナを助けるロレンツは、きっと彼女にべた惚れしているとか、お金、その他何か別の利益があるから傍についているものだと思い込んでいた。王家や有力貴族に近づく者は大抵そう。甘い蜜があるから寄って来る。ミセルが少し笑いながら尋ねる。
「どうしてそんなことを私にお話しされるんですか」
ロレンツも少し笑って答える。
「今のあんたも、真っすぐだからだ」
(!!)
私が真っすぐ。
これだけ計略・策略・謀略を行ってきた自分が真っすぐと目の前の男は言う。ミセルが思う。
――貴方の前では真っすぐになってしまうんですね
ミセルはそう言い掛けてその言葉を胸の奥へとしまい込んだ。ミセルが立ち上がりながら言う。
「もう少し早くお会いしたかったですわ」
「そりゃ無理だ。朝はイコの支度で忙しいし、昼は嬢ちゃんの護衛でこれまた忙し……」
「うふふっ……」
ミセルは手を口に当てて上品に笑った。ロレンツは突然笑い出すミセルを見て、やはり時々上手く噛み合わない女という生き物との会話が苦手だと思った。
ミセルは持って来ていた鞄から箱を取り出してテーブルに置く。
「忘れておりましたわ。これはこの間のお礼。お菓子ですの」
「俺は甘いものはあまり得意じゃ……」
「イコちゃんにですわよ。何を誤解されて?」
ちょっと驚いた顔をしたロレンツがばつが悪そうに答える。
「あ、ああ。そうか、そりゃすまねえ。有り難く頂く」
そう言って銀色の頭を少し下げる。ミセルが言う。
「では失礼しますわ。本当にありがとうございました」
ミセルはドアの方へと歩いて行き、再びロレンツに深く頭を下げて言った。
「なあ、嬢ちゃん」
「何でしょうか?」
ミセルが笑顔で答える。
「聖女、目指すんだろ?」
「ええ」
「頑張りな」
ミセルは嬉しそうな顔でロレンツに言う。
「ロレロレ様が応援して頂けるなら頑張れる気がしますわ。それでは」
ミセルはそう笑って言うと頭を下げて部屋を出て行った。
「さて、飲み直すか」
ロレンツはミセルが帰った後、再びソファーに腰かけグラスに酒を注いだ。
結果的にミセルの改心に助力することになったロレンツ。
これでアンナに対する障壁がひとつ減ったことは事実だが、それでも未だ彼女を取り巻く黒き思惑は多く、砂上の城であることには変わりない。
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