覆面バーの飲み比べで負かした美女は隣国の姫様でした。策略に嵌められて虐げられていたので敵だけど助けます。

サイトウ純蒼

文字の大きさ
83 / 89
最終章「ふたりの想い」

83.赤い帽子

しおりを挟む
(なんか緊張するわ……)

 ロレンツに誘われて出掛けることになったアンナ。ふたりで乗る馬車の中でアンナは不思議と緊張していた。


(すごい太い腕……)

 服の上からでも分かるロレンツの筋肉質の腕。分厚い胸板。以前はリリーから仲が良かったと聞いてはいるが、こうしてふたりっきりになると不思議と意識してしまう。


(それはそうとして、全く会話がないわ……)

 寡黙なロレンツ。
 それは分かってはいるが、自分から誘って置いてまったく喋らないというのはいまいち納得がいかない。それでもアンナが思う。


(まあ、でもこれで女の扱いが上手くて、甘い言葉でもささやくような人ならネガーベル一の女たらしになっているわよね……)

 そう思うと何故か苛立ちを感じ始めるアンナ。黙って腕を組んで話さないロレンツを横目で見つめる。


(私、彼の記憶を失う前ってどんな関係だったのかな。仕事上の付き合い? リリーは『仲が良かった』って言うけど、こんな寡黙な人とどう接していたんだろう……)

 アンナはアンナなりに彼に気を遣っていた。
 そして彼を思い出せない自分が情けなく申し訳ない気持ちでいた。





「着いた。ここで降りる」

 ロレンツは目の前に広がる中立都市『ルルカカ』を見て言った。アンナが馬車を降りながら言う。

「ルルカカか~、昔お忍びで『覆面バー』に来ていたっけ」

 アンナが懐かしむように笑う。
 ただそこで出会った銀髪の男についてはやはり記憶にない。アンナがロレンツに尋ねる。


「それでどうするの、これから?」

「少し歩きたい。付き合ってくれるか」

「ええ、いいわ」

 アンナはそう言って笑顔でロレンツと歩き出す。
 彼との記憶や思い出は全くないのだが、こうして一緒に歩くと安心する。頭での記憶はないが、体が覚えている記憶なのかも知れない。
 たくさんの人で賑わうメイン通りを歩きながらアンナが言う。


「相変わらずすごい人ですね」

「ああ」

 交易の中心となる『ルルカカ』。
 自然と集まる人やモノの豊富さは、大国ネガーベルの王都にも引けを取らない。逆に流行の最先端のモノなどはこちらの方が豊富かもしれない。歩きながらアンナが尋ねる。


「それでどこへ行くんでしょうか」

「あそこだ」

 ロレンツが指さしたのは通りにあった一軒の帽子屋。

(帽子? ロレンツさん、帽子なんて被るのかしら?)

 そんな姿など見たことのないアンナが少し首を傾げながら、先に店に入って行くロレンツの後に続く。


「うわー、綺麗な帽子がたくさん!」

 アンナは店内にある色鮮やかな帽子、流行のデザインの帽子を見て声を上げた。ネガーベルとはまた違った品揃え。お洒落に敏感な年頃でもあるアンナにはどれを見ても心が高ぶった。


「あれ? ロレンツさん??」

 アンナはすぐに一緒に入ったロレンツが居なくなっていることに気付いた。
 広い店内。他のお客さんが帽子を選んでいる中、探していた人物がゆっくりとこちらに歩いて来た。ロレンツが言う。


「なあ……」

 気のせいかロレンツの顔が少し赤い。
 そして手にしたひとつの帽子を差し出して言った。


「これを、被ってくれねえか」


「あら、素敵だわ」

 渡された帽子。
 それは真っ赤な可愛らしい帽子で、アンナの好みのデザインであった。すぐにそれを被り鏡で自分を見るアンナ。


「よく似合っているわ。ロレンツさんって意外とセンスがいいんですね」

 無言になるロレンツ。
 気に入るはずである。何故ならそれは以前が選んだ品。アンナが冗談っぽく言う。


「こんな場所に連れて来て帽子を被れってことは、もしかして私にプレゼントしてくれるって事かしら?」

 そう笑顔で言うアンナにロレンツが小さく返事をする。


「ああ、そのつもりだ……」

 それを聞き驚いた顔をしてアンナが言う。


「え? そ、それはいけませんわ。『護衛職』から物を買って貰うなんて。お気持ちだけで十分ですわ」


 ――嘘。

 アンナは建前でそう言ったものの、本当は彼にこの帽子を買って貰いたかった。でも自分はネガーベルの姫。下の者から気安く物を買って貰うことなど簡単に受けるべきことではない。ただそんな彼女の気持ちを銀髪の男のひと言が変えた。


「良く似合ってる」


(!!)

 赤い帽子を被った金色の髪のアンナ。
 真面目な顔でそう言うロレンツを見て思わずどきっとしてしまった。


「あ、ありがとう……、でも、やっぱり……」

「俺からのお礼の気持ちだ。何度も助けて貰っている」


(何度も助けている??)

 記憶がないアンナにはその意味が全て理解できなかった。一時的に聖女になって瀕死の彼を救ったのはリリーから聞いている。でもとなると話は別だ。
 アンナはカウンターへ行ってお金を支払うロレンツの背中を見ながら過去の自分がしたことについて色々と考えた。その時店の店員がやってきてアンナに言った。


「あら、その帽子をお求めで? よくお似合いですよ」

(『また』? それって、それはつまり……)

 アンナが店員に尋ねる。


「おかしなことをお伺いしますが、私はここに来たことが……」

 そこまで言いかけてアンナは以前自分がここに来たことがあることを思い出した。ただ、と来たのかは覚えていない。ひとりなのか、それとも彼となのか。


「私は、以前ここに彼と来たことがあるのでしょうか」

 そう言い直したアンナに、少し驚いた顔の店員が答える。


「はい、ございますよ。あちらの男性とお越し頂いて、今手にしているのと全く同じ帽子をお買い上げになりました。とても綺麗で上品な方でしたので今もはっきりと覚えていますよ」

 アンナが思う。

 ――私、やっぱりここに来たんだ、彼と。


 代金を支払い終わってこちらへ歩いて来るロレンツを見つめる。アンナが店員に尋ねる。

「あの、その時の私はどんな感じでしたか?」

 先程からおかしな質問ばかりのアンナに戸惑いながらも店員がこっそり教える。


「最初は何かご不満そうでしたが、その帽子を被ってあちらの男性と少し会話をしてから急に機嫌が良くなったというか。私も余り覚えていなくて申し訳ありません……」

 そう言って頭を下げる店員にアンナが言う。

「ごめんなさい。謝るのは私の方だわ。変なことを聞いちゃって」

 店員が恐縮しながら言う。


「いいえ、それよりもあちらの男性は旦那様でしょうか?」

「え!?」


 驚くアンナに店員が続ける。

「これだけ同じようなデザインや色があるのに、全く同じものを少しの迷いもなく選ばれて。さぞかし記憶力が良いのか、それとも……」

 店員がアンナを見つめて言う。


「奥様のことを心から愛されているんでしょうね」

(え、ええ!? 奥様!? 愛されて!!??)



「気に入ってくれたか、その帽子?」

 ロレンツがアンナのところに戻って来て言った。店員は軽く頭を下げてスマートにその場を離れる。アンナが少し顔を赤くして答える。


「ええ、とても気に入ったわ。あ、ありがとう……」

 ロレンツがそれに少し笑顔になって応える。


「昼でも食べるか」

「ええ、いいわね!」

 真っ赤な帽子を被ったままアンナはロレンツと一緒に店を出て街を歩く。



(なんだかとても楽しいわ)

 通りを歩くアンナ。その後ろをとしてついて歩くロレンツ。休日とは言えアンナが外出している以上護衛が仕事となる。


(隣を歩いて欲しいな……)

 仮にも王族である姫のアンナ。
 基本後ろを歩くのが『護衛職』の立ち位置。本当は隣を一緒に歩いて、帽子を買ってもらったお礼に腕でも組んで歩きたいと心のどこかで思う。


(彼は私が記憶をなくす前、一体どう思っていたのかな。こんな帽子をまた買ってくれて。でも何を考えているのか全然分からないし……)

 アンナは前をひとり歩きながら考える。
 そして軽く昼食を食べてから街を散策。夕方になってロレンツがある場所へと彼女を連れて来た。


「ここ、覚えているか」


 もちろん覚えている。
 出会った記憶はないが、それはふたりが初めて会った場所。マスクをつけてお酒を飲む『覆面バー』であった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

一夜の過ちで懐妊したら、幼なじみの冷酷皇帝に溺愛されました

由香
恋愛
没落貴族の娘・柳月鈴は、宮廷で医官見習いとして働いていた。 ある夜、皇帝即位の宴で酒に酔い、幼なじみだった皇帝・李景珩と再会する。 遠い存在になったはずの彼。 けれど、その夜をきっかけに月鈴の運命は大きく動き出す。 冷酷と恐れられる皇帝が、なぜか彼女だけには甘すぎて――。

無自覚チートで無双する気はなかったのに、小石を投げたら山が崩れ、クシャミをしたら魔王が滅びた。俺はただ、平穏に暮らしたいだけなんです!

黒崎隼人
ファンタジー
トラックに轢かれ、平凡な人生を終えたはずのサラリーマン、ユウキ。彼が次に目覚めたのは、剣と魔法の異世界だった。 「あれ?なんか身体が軽いな」 その程度の認識で放った小石が岩を砕き、ただのジャンプが木々を越える。本人は自分の異常さに全く気づかないまま、ゴブリンを避けようとして一撃でなぎ倒し、怪我人を見つけて「血、止まらないかな」と願えば傷が癒える。 これは、自分の持つ規格外の力に一切気づかない男が、善意と天然で周囲の度肝を抜き、勘違いされながら意図せず英雄へと成り上がっていく、無自覚無双ファンタジー!

ギルドの片隅で飲んだくれてるおっさん冒険者

哀上
ファンタジー
チートを貰い転生した。 何も成し遂げることなく35年…… ついに前世の年齢を超えた。 ※ 第5回次世代ファンタジーカップにて“超個性的キャラクター賞”を受賞。 ※この小説は他サイトにも投稿しています。

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

【完結】スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

【完結】うさぎ転生 〜女子高生の私、交通事故で死んだと思ったら、気づけば現代ダンジョンの最弱モンスターに!?最強目指して生き延びる〜

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
 女子高生の篠崎カレンは、交通事故に遭って命を落とした……はずが、目覚めるとそこはモンスターあふれる現代ダンジョン。しかも身体はウサギになっていた!  HPはわずか5、攻撃力もゼロに等しい「最弱モンスター」扱いの白うさぎ。それでもスライムやコボルトにおびえながら、なんとか生き延びる日々。唯一の救いは、ダンジョン特有の“スキル”を磨けば強くなれるということ。  跳躍蹴りでスライムを倒し、小動物の悲鳴でコボルトを怯ませ、少しずつ経験値を積んでいくうちに、カレンは手応えを感じ始める。 「このままじゃ終わらない。私、もっと強くなっていつか……」  最弱からの“首刈りウサギ”進化を目指して、ウサギの身体で奮闘するカレン。彼女はこの危険だらけのダンジョンで、生き延びるだけでなく“人間へ戻る術(すべ)”を探し当てられるのか? それとも新たなモンスターとしての道を歩むのか?最弱うさぎの成り上がりサバイバルが、いま幕を開ける!

処理中です...