覆面バーの飲み比べで負かした美女は隣国の姫様でした。策略に嵌められて虐げられていたので敵だけど助けます。

サイトウ純蒼

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最終章「ふたりの想い」

84.飲み比べ勝負

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(本当に俺はそれだけを求めているのか……?)

 中立都市『ルルカカ』にやって来たアンナとロレンツ。その通称『覆面バー』と呼ばれる店の前に立ち、ロレンツが思う。


(彼女に記憶を取り戻して欲しい。自分の記憶をなくされるのがこんなに辛いことだとは思っても見なかった……)

 その一方で思う。


(姫と『護衛職』を続けるのなら今の状態でも何ら差支えはない。じゃあやはり俺は……)

 ミンファの呪いを引き受けて発動した死の呪い。
 それが発動することのをロレンツはしっかりと理解している。


「わー、ちゃんとマスクも用意してくれたんですね」

 アンナがロレンツが手にしたふたつのマスクを見て言う。


「あ、ああ。ここはそれがルールだからな」

「昔はよく来ていたんだけど、最近来なくなっちゃったな。なんでだろう」

「さあな。じゃあ、入るか」

 アンナはロレンツからマスクを受け取るとそれを付け、一緒に入る。



「いらっしゃい」

 まだ夕方だが『覆面バー』の中には結構なお客で賑わっている。
 男女のグループにふたりだけの密会を楽しむ者。酒と煙草の匂いが充満する店内。入って来たアンナとロレンツにマスターが気付き声をかける。


「久しぶりですね。そちらのお嬢さんも。カウンターでいいかい?」

 少し笑みを浮かべてそう言うマスターにロレンツが答える。


「ああ」

 そう言うとふたりはゆっくりと細長い椅子に腰かける。アンナが言う。


「驚いたわ。あなたもここをご存知だったんですね」

「……ああ」

 やはりまだ思い出してはいないようだ。
 アンナとロレンツがそれぞれグラスを手にして言う。


「乾杯」

 コンとグラスがぶつかる音が響く。上品にお酒を飲むアンナが言う。


「あ~、久しぶりに外でお酒を飲むわぁ。最近忙しかったし。美味し~い」

 そう言って頬に手を当てながらお酒を飲むアンナ。ロレンツが苦笑してそれを見つめる。アンナはマスターから新しいお酒を貰いながらロレンツに尋ねる。


「それで~、あなたが私を誘った理由をそろそろ教えて欲しいんだけど~」

 ロレンツは前を向きグラスを持ちながらその言葉を聞く。


 コトン

 そしてそのグラスをテーブルに静かに置いてから話し始めた。



「……ある男が居てな。そいつは昔、その国の軍隊にいたんだ」

「うん」

 アンナも話を真剣に聞く。


「だが、とある戦でその男はたくさんの人や民間人を殺めた。大切な部下を守れず失った」

「……」

 無言になるアンナ。


「男はもう死のうかと思った。いや、実際一度死んだんだ、あの時」


 アンナは黙ったまま手にしたグラスを口にする。ロレンツが続ける。


「だけどそんな男にひとりの少女が託された。小さな子供。彼はその少女のために生きることを決意した。言ってみればその子が生きる目的。それが無かったらその男はすぐに命を絶っただろう」


(ロレンツさん……)

 アンナが少し顔を向けてロレンツの横顔を見る。ロレンツが少し笑って言う。


「その後な、その男は綺麗な女性に出会っちまってよ。突拍子もないことを言ったり、すぐに馬鹿呼ばわりするような手を焼く嬢ちゃんだったが、真っすぐな女性でよ……」

 ロレンツがグラスに口をつけてから続ける。


「そんなつまらねえ男に救いを求めて来て……、それで、それでその男に『生きていてもいい』と言ってくれたんだ……」

 うっすらとロレンツの目に涙が溜まる。


「少女がそいつに『生きる目的』を、そしてその女性が『生きていてもいい』と肯定してくれた。だからそいつはその女性を守ることにした。全力で、命を懸けて」


 ゴクゴク……

 ロレンツはグラスに入っていた酒を一気に飲み干した。アンナが答える。

「きっとね、その女性も彼に守って欲しかったんじゃないかなって思います。だって……」

 アンナがロレンツの方を向いて言う。


「だって、女の子ってそんなふうに想われたら好きになっちゃうよ」


(涙……)

 ロレンツはアンナの頬に一筋の涙が流れていることに気付いた。涙を拭くアンナを見ながらロレンツが言う。



「なあ」

「ん、なに?」

 アンナが赤い目をロレンツに向けて答える。


「飲み比べ、しねえか」

 それを聞いたアンナの顔がぱっと明るくなる。



「いいですね~。じゃあ負けたら何でも言うことを聞く、ってのはどうです?」

(え?)

 ロレンツは一瞬頭が混乱した。
 それはふたりが初めて出会った風景。初めて飲んだ日の約束。

 しかしロレンツはグラスについた水滴を見つめながら思う。


(だがここに居るのは俺が知っている嬢ちゃんじゃねえ。俺を嬢ちゃんだ……)


「分かった。だが俺は酒に強いぞ」

 アンナがにっこり笑って答える。


「そうですね。そんなふうに見えます。でも私も結構飲む方なんですよ。じゃあ勝負ですね!」

「ああ、分かった」

 そう言ってアンナはグラスにあった酒を一気に飲み干した。



「う~ん、さ~ん、あんにゃは、まだ飲めましゅよぉ~」

 正体を明かさない『覆面バー』で平気で名前を口にするアンナ。幸い夜が更け、混み合って来た騒がしい店内にアンナの声はかき消される。


(やれやれ……)

 飲み始めてすぐに酔ってろれつが回らなくなったアンナ。酒の弱さは健在である。ロレンツが言う。


「なあ、まだ続けるのか。飲み比べ?」

 アンナはドンと音を立ててカウンターの上に頭を置くと、横に座るロレンツを見ながら言った。


「あったり前でしょぉ~、あんにゃまだぁ、飲めるんだよぉ~、ひっくっ!」

 もう誰が見てもこれ以上酒は無理なのは明白。ロレンツが言う。


「なあ、嬢ちゃん。頼むからの男と酒を飲むんじゃねえぞ」

 無意識で言ったロレンツの言葉。しかし酩酊状態のアンナでさえその言葉を聞いて一瞬で頭が冴えてしまった。テーブルに頭を乗せながらロレンツに言う。


「ね~え~」

 その甘えた声にロレンツが反応する。アンナがとろんとした目で言う。


「ねえ~、それってど~いう意味ぃ~なのかな~??」

(うっ)

 ロレンツは今自分が言った言葉を思い出し、顔を青くする。


「い、いや、別に何も……」

「あんにゃがぁ~、ほきゃの男とぉ~飲むなって……、あれれ~、それって、ど~いう意味、なのかなぁ~??」

 突き刺さるアンナの視線。ロレンツが慌てて言う。


「そんなことより、さ、飲み比べ続けるぞ。次は嬢ちゃんの番だ。もう降参か?」

『降参』と言う言葉を聞いてアンナがむっとして言う。


「まだまだですよ~、そ~れ!!!」

 そう言って頭を上げてカウンターにあったグラスの酒を一気に飲もうとする。


 ゴクゴク……

「うっ……」

 グラスが半分になった時アンナが口を押えて顔が真っ青になる。それを見たロレンツが慌てて言う。


「じょ、嬢ちゃん!?」

 ロレンツはふたり分の代金をカウンターに置くと、そのままアンナを抱きかかえるようにして店外に出る。


「うえっ、うごごっ、うげぇぇ……」

 外に出た瞬間に嘔吐するアンナ。
 ロレンツは道の端で苦しそうにするアンナの背中を何度も撫でる。


「大丈夫か、嬢ちゃん……」

 少し落ち着いたアンナが顔を上げて小さな声で言う。


「ろれんちゅの、勝ちぃ~!! いいよぉ、何でも言うことぉ~、聞いたげるぅ……」

 ロレンツが一瞬驚いた顔をする。そして小さく答えた。


「分かった。じゃあ言うこと聞いて貰おう。いい加減……」

 アンナがロレンツをじっと見つめる。


「いい加減思い出せ、俺のこと」


(!!)

 そう言われたアンナの体に軽い衝撃のようなものが走る。
 それでも分からない。
 目の前の銀髪の男のことが思い出せない。アンナは自然と流れてきた涙と、口の周りについたゲロを拭きながら言う。


「うん、あんにゃ、頑張るね……」

 そう言って傍にいたロレンツに寄りかかる。驚くロレンツ。


「お、おい。大丈夫か、嬢ちゃん!?」

 アンナはロレンツの腕の中で顔を上げて言う。


「今日は帰りたくないよぉ、ここに、泊ってこ」

 それは酔ったアンナから出た心からの言葉であった。
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