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最終章「ふたりの想い」
89.銀髪の男の想い
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「行くわよ、ロレンツ」
「ん? ああ……」
公務室のテーブルでコーヒーを飲んでいたロレンツがゆっくりと立ち上がって答える。そんな彼を見て侍女のリリーが尋ねる。
「もう傷はよろしいのですか」
「ああ、問題ねえ」
背中から刺された傷。
心臓まで達していた致命傷であったが、アンナの治療魔法のお陰で辛うじて一命は取り留めた。しかし大量の出血と完全ではない魔法の為、そのままロレンツは意識を失い丸一日眠っていた。
「無理はしないでね」
「大丈夫だ」
それでも起き上ってすぐにアンナの護衛を始めたのはさすがと言っていい。リリーが言う。
「気を付けて。それから、ありがとう。アンナ様を守ってくれて」
少し恥ずかしそうに言うリリーにロレンツが答える。
「ああ。でもあいつはどちらかというと俺を目的にしていたけどな」
そう少し笑って言うロレンツを見ながらリリーが思う。
(それでもその最初の原因はアンナ様。あなたには感謝してもしきれません)
「じゃあ、行くわよ。リリー、お留守番よろしくね」
「はい、かしこまりました」
そう言って頭と共に青いツインテールを下げながらリリーが答える。部屋を出たロレンツが言う。
「しかし面倒だな」
「何言ってるのよ。光栄な事よ。胸を張りなさい」
「あ、ああ……」
ふたりは国王が待つ謁見の間へと足を運んだ。
「よくぞ参った、ロレンツ・ウォーリック!!」
ネガーベル王城、最上階の謁見の間。
国中の大臣や高官が立ち並び、真っ赤な絨毯が敷かれたその先にある玉座。その権威ある椅子に座るのは、行方不明になっていた現国王であるキャスタール二世である。
実は暗殺者からアンナを救ったロレンツに沸くネガーベルと時を同じくして、それとは別の嬉しい知らせが舞い込んでいた。
『国王の生還』
数か月前から行方不明になっていたキャスタール王が突然王城に帰って来たのだ。
国王の話ではフードを被った大きな男が救助に来たそうだが、城へ送り届けると何も名乗らずに姿を消したという。
また失踪については夜眠った後に目を覚ますと監禁されていたそうで、全く犯人に心当たりがないとのことだった。現在、治安部隊が捜査をしているが、全く手掛かりもないとのこと。
「遅くなって申し訳ございません。お父様」
アンナが国王の前に行き、軽く頭を下げる。王が言う。
「よいよい。それよりロレンツよ。よく来てくれた」
ロレンツが片膝をつき頭を下げて答える。
「遅くなりまして申し訳ございません」
国王が言う。
「問題ない。そなたの傷はまだ癒えておらぬのだろう。無理を言った」
「ご心配頂き有難く思います」
国王が頷いてから言う。
「それでは今日、そなたをここに呼んだ理由を告げよう」
周りにいた大臣達が一斉に耳を傾ける。国王が立ち上がってロレンツに言う。
「我が娘アンナを助けてくれた功、いやそれだけでなく何度もネガーベルの危機を救ってくれた功績を認め、そなたに侯爵の地位を与えるとともに『聖騎士団長』への就任を命じる!!」
「おお……」
最も下位であったロレンツの爵位。それが一気に上級貴族へと昇格する。さらに聖騎士団長への就任要請。エルグの失脚により空席になっていたその椅子はネガーベル、特に軍関係者からの要望も強かった。
「ぷっ、ぷぷっ……」
それを横で聞いていたアンナが笑いを堪える。ロレンツは片膝をついたまま青い顔をして固まっている。
(あいつが大嫌いな上級貴族への昇格。さらに同じぐらい嫌いな軍へのお誘いって、笑っちゃうわ。ぷぷぷっ……)
無言で何も言わないロレンツに国王が言う。
「どうした? あまりに嬉しくて何も言葉が出ないのか?」
国王の言葉でようやく我に返ったロレンツが言う。
「た、大変ありがたいお話ではございますが、自分には……」
断りを申し出ようとしているロレンツに皆が驚きの表情で見つめる。我慢しきれなくなったアンナが助け舟を出す。
「お、お父様。この人はそう言うのダメなんです。貴族とか軍の団長とか」
「ダメ? それは興味がないということなのか?」
困った顔をする国王。アンナが冗談っぽく言う。
「美味しいコーヒー豆でも貰った方が嬉しいじゃないでしょうか」
大臣の間からくすくすと笑い声が起こる。この頃になるとロレンツのコーヒー好きは有名になっており、城内の食料品屋には彼が飲む物と同じコーヒーを求めて貴族が訪れるようになっていた。
「うむ……」
少し考えた国王が立ち上がり、ゆっくりとロレンツの近くへと歩き出す。
「お父様?」
驚いた顔をするアンナをよそに、国王が跪くロレンツの耳元で小さな声で尋ねる。
「余を救ってくれたのはそなたじゃろ。この目は誤魔化せぬぞ」
(!!)
ロレンツが驚いた顔で国王を見つめる。
変装はしていたつもりだが不器用なロレンツ。目立つ銀色の髪はしっかりと国王の目に触れていた。国王が玉座に戻り座って言う。
「それではこうしよう。爵位も団長の座も要らぬというのならば……」
皆の視線が国王に集まる。
「我が娘、アンナを貰って欲しい」
「ええっ!?」
一番驚いたのは娘のアンナ自身。
まさかあの厳格だった父親から婚姻の話が出るとは思ってもいなかった。だが同時にアンナをこれまでにない嬉しさが覆う。
(お、お父様に認めて貰った!! これって凄いことだわ!!!)
ロレンツとの将来を考えた時に一番のネックだったのが父親の存在。頼りがいのある男ではあるが、元敵国の人間で、更に平民の出。ネガーベルの姫と一緒になるには障害が多すぎる。
(その一番の障害だと思っていたお父様自らそんなことを仰るとは!!)
アンナの顔が幸せで一色となる。
驚き、騒めく大臣達の視線が赤い絨毯の上で跪くロレンツに向けられる。
(ど、どうすりゃいいんだ……、このような場で……)
まったく思ってもみなかった展開。
アンナを救ったことの感謝をしたいとのことで臨んだ謁見であったが、まさかこのような事態になるとは。アドリブの効かないロレンツはただただ固まることしかできなかった。それを見たアンナが言う。
「ちょっと、ロレンツ。何か言いなさいよ! お父様がお待ちだわ」
国王はじっとロレンツを見つめる。
「い、いや、しかしだな……」
ロレンツ自身、アンナへの想いはあった。
ミンファの呪いが発動した時に客観的にも理解したその想い。それを否定するつもりはもうなかったが、こうして大勢の人がいる前でそのような事言うのは、
(恥ずかしい!!)
冷静で物怖じしないロレンツの顔が青くなり脂汗にまみれていた。その気持ちを察してか国王がロレンツに言った。
「返事は明日また聞かせて貰おう。ただ余を悲しませるようなことにならないよう願っているぞ」
その後の記憶はロレンツにはほとんどなかった。気が付けばアンナの公務室に戻り、いつものテーブルに座っている。
「そんなことがあったんですか!!」
今回の謁見には参列しなかったリリーが驚いて言う。アンナが嬉しそうに答える。
「そうなのよ。びっくりしちゃったわ。まさかお父様があんなこと言うなんて」
そう言いつつも満面の笑みでリリーに詳しく話をする。リリーが言う。
「それで、あなたはどうするんですか?」
椅子に座って魂が抜けたようになったロレンツにリリーが視線を向ける。ロレンツが答える。
「いや、どうするって言われてもだな……」
「みっともない。男だったらシャキッとしなさい!!」
ロレンツとアンナはこの自分達よりもずっと幼い少女が本当に姑のように見えてきた。ロレンツにアンナが近付いて言う。
「それで~、返事はどうするのかなぁ~、ロレンツさん?」
すっかり記憶が戻ったアンナ。
ロレンツに対する気持ちを隠すこともあまりしなくなった。ロレンツが答える。
「と、とりあえず今日は部屋に戻る。また明日……」
そう言って立とうとしたロレンツの耳元でアンナが小声で言う。
「楽しみにしてるわよ、あなた」
(!?)
そう言って更にロレンツの耳を甘噛みする。
「お、おい。よせって!!」
驚いて立ち上がるロレンツをアンナが笑いながら言う。
「きゃはははっ!! 面白~い!!」
「ふ、ふざけるな!! もう帰る!!」
そう言って出て行くロレンツにアンナが手を振って言う。
「じゃあね~、おやすみ!!」
(アンナ様。本当に素敵な女性になられましたね)
『氷姫』と呼ばれていた頃からずっとそばにいたリリー。その彼女だからこそ今の美しく輝くアンナを見て心から嬉しく思う。
(あとはあの鈍感男がどうするかよね……)
リリーは去り行くロレンツに手を振るアンナを見てひとり心に思った。
「おはよう、ロレンツ!!」
「よお、アンナ」
いつしか彼女のことを名前で呼ぶようになったロレンツ。一緒にいることも自然となった。公務室にやって来たロレンツが、リリーが居ないことに気付き尋ねる。
「あれ、青髪の嬢ちゃんは?」
「うん、それが今日はちょっと遅れるんですって」
ふたりは気付いていないのだが、それはリリーなりの気遣いであった。ロレンツがテーブルに向かいコーヒーを準備する。それに気付いたアンナがロレンツに言う。
「ねえ、私もコーヒーちょうだい」
ロレンツが顔を上げて言う。
「珍しいな。砂糖とミルクはなしで良かったか?」
アンナがテーブルのところにやって来て笑顔で言う。
「ううん。いっぱい入れて。甘~い、甘~いのが好き」
「ああ、そうか……」
ロレンツが二人分のコーヒーを準備する。椅子に座ったアンナが淹れたてのコーヒーを口にする。
「美味しいわ……」
「そうだろ。俺の淹れるコーヒーは最高だ」
アンナが嬉しそうに言う。
「そうね。ねえ、また淹れてくれる?」
「ああ、いつでも」
アンナが少し上を向いて言う。
「私ね、感謝してるんだ」
「感謝? コーヒーか?」
そう答えるロレンツにアンナが笑顔で言う。
「違うよ。いや、それもそうなだけど、一緒にいてくれて感謝してる」
「あ、ああ……」
少し照れ臭かったのか、ロレンツが壁の方を向いてコーヒーを口にする。コーヒーを飲み終えたアンナが立ち上がってロレンツに言う。
「さあ、行きましょうか。お父様がお待ちになってるわ」
「ああ、そうだな」
同じくコーヒーを飲み終えたロレンツも立ち上がって言う。
「ねえ」
(!!)
歩き出そうとしたロレンツの腕にアンナが抱き着く。
「もう答えは決めてるんでしょ?」
少し間を置いてロレンツが答える。
「ああ、決めている」
アンナが嬉しそうな顔をして言う。
「じゃあ、一緒に行きましょうか」
「そうだな」
ふたりは腕を組んだまま父親が待つ謁見の間へと歩き出した。
「ん? ああ……」
公務室のテーブルでコーヒーを飲んでいたロレンツがゆっくりと立ち上がって答える。そんな彼を見て侍女のリリーが尋ねる。
「もう傷はよろしいのですか」
「ああ、問題ねえ」
背中から刺された傷。
心臓まで達していた致命傷であったが、アンナの治療魔法のお陰で辛うじて一命は取り留めた。しかし大量の出血と完全ではない魔法の為、そのままロレンツは意識を失い丸一日眠っていた。
「無理はしないでね」
「大丈夫だ」
それでも起き上ってすぐにアンナの護衛を始めたのはさすがと言っていい。リリーが言う。
「気を付けて。それから、ありがとう。アンナ様を守ってくれて」
少し恥ずかしそうに言うリリーにロレンツが答える。
「ああ。でもあいつはどちらかというと俺を目的にしていたけどな」
そう少し笑って言うロレンツを見ながらリリーが思う。
(それでもその最初の原因はアンナ様。あなたには感謝してもしきれません)
「じゃあ、行くわよ。リリー、お留守番よろしくね」
「はい、かしこまりました」
そう言って頭と共に青いツインテールを下げながらリリーが答える。部屋を出たロレンツが言う。
「しかし面倒だな」
「何言ってるのよ。光栄な事よ。胸を張りなさい」
「あ、ああ……」
ふたりは国王が待つ謁見の間へと足を運んだ。
「よくぞ参った、ロレンツ・ウォーリック!!」
ネガーベル王城、最上階の謁見の間。
国中の大臣や高官が立ち並び、真っ赤な絨毯が敷かれたその先にある玉座。その権威ある椅子に座るのは、行方不明になっていた現国王であるキャスタール二世である。
実は暗殺者からアンナを救ったロレンツに沸くネガーベルと時を同じくして、それとは別の嬉しい知らせが舞い込んでいた。
『国王の生還』
数か月前から行方不明になっていたキャスタール王が突然王城に帰って来たのだ。
国王の話ではフードを被った大きな男が救助に来たそうだが、城へ送り届けると何も名乗らずに姿を消したという。
また失踪については夜眠った後に目を覚ますと監禁されていたそうで、全く犯人に心当たりがないとのことだった。現在、治安部隊が捜査をしているが、全く手掛かりもないとのこと。
「遅くなって申し訳ございません。お父様」
アンナが国王の前に行き、軽く頭を下げる。王が言う。
「よいよい。それよりロレンツよ。よく来てくれた」
ロレンツが片膝をつき頭を下げて答える。
「遅くなりまして申し訳ございません」
国王が言う。
「問題ない。そなたの傷はまだ癒えておらぬのだろう。無理を言った」
「ご心配頂き有難く思います」
国王が頷いてから言う。
「それでは今日、そなたをここに呼んだ理由を告げよう」
周りにいた大臣達が一斉に耳を傾ける。国王が立ち上がってロレンツに言う。
「我が娘アンナを助けてくれた功、いやそれだけでなく何度もネガーベルの危機を救ってくれた功績を認め、そなたに侯爵の地位を与えるとともに『聖騎士団長』への就任を命じる!!」
「おお……」
最も下位であったロレンツの爵位。それが一気に上級貴族へと昇格する。さらに聖騎士団長への就任要請。エルグの失脚により空席になっていたその椅子はネガーベル、特に軍関係者からの要望も強かった。
「ぷっ、ぷぷっ……」
それを横で聞いていたアンナが笑いを堪える。ロレンツは片膝をついたまま青い顔をして固まっている。
(あいつが大嫌いな上級貴族への昇格。さらに同じぐらい嫌いな軍へのお誘いって、笑っちゃうわ。ぷぷぷっ……)
無言で何も言わないロレンツに国王が言う。
「どうした? あまりに嬉しくて何も言葉が出ないのか?」
国王の言葉でようやく我に返ったロレンツが言う。
「た、大変ありがたいお話ではございますが、自分には……」
断りを申し出ようとしているロレンツに皆が驚きの表情で見つめる。我慢しきれなくなったアンナが助け舟を出す。
「お、お父様。この人はそう言うのダメなんです。貴族とか軍の団長とか」
「ダメ? それは興味がないということなのか?」
困った顔をする国王。アンナが冗談っぽく言う。
「美味しいコーヒー豆でも貰った方が嬉しいじゃないでしょうか」
大臣の間からくすくすと笑い声が起こる。この頃になるとロレンツのコーヒー好きは有名になっており、城内の食料品屋には彼が飲む物と同じコーヒーを求めて貴族が訪れるようになっていた。
「うむ……」
少し考えた国王が立ち上がり、ゆっくりとロレンツの近くへと歩き出す。
「お父様?」
驚いた顔をするアンナをよそに、国王が跪くロレンツの耳元で小さな声で尋ねる。
「余を救ってくれたのはそなたじゃろ。この目は誤魔化せぬぞ」
(!!)
ロレンツが驚いた顔で国王を見つめる。
変装はしていたつもりだが不器用なロレンツ。目立つ銀色の髪はしっかりと国王の目に触れていた。国王が玉座に戻り座って言う。
「それではこうしよう。爵位も団長の座も要らぬというのならば……」
皆の視線が国王に集まる。
「我が娘、アンナを貰って欲しい」
「ええっ!?」
一番驚いたのは娘のアンナ自身。
まさかあの厳格だった父親から婚姻の話が出るとは思ってもいなかった。だが同時にアンナをこれまでにない嬉しさが覆う。
(お、お父様に認めて貰った!! これって凄いことだわ!!!)
ロレンツとの将来を考えた時に一番のネックだったのが父親の存在。頼りがいのある男ではあるが、元敵国の人間で、更に平民の出。ネガーベルの姫と一緒になるには障害が多すぎる。
(その一番の障害だと思っていたお父様自らそんなことを仰るとは!!)
アンナの顔が幸せで一色となる。
驚き、騒めく大臣達の視線が赤い絨毯の上で跪くロレンツに向けられる。
(ど、どうすりゃいいんだ……、このような場で……)
まったく思ってもみなかった展開。
アンナを救ったことの感謝をしたいとのことで臨んだ謁見であったが、まさかこのような事態になるとは。アドリブの効かないロレンツはただただ固まることしかできなかった。それを見たアンナが言う。
「ちょっと、ロレンツ。何か言いなさいよ! お父様がお待ちだわ」
国王はじっとロレンツを見つめる。
「い、いや、しかしだな……」
ロレンツ自身、アンナへの想いはあった。
ミンファの呪いが発動した時に客観的にも理解したその想い。それを否定するつもりはもうなかったが、こうして大勢の人がいる前でそのような事言うのは、
(恥ずかしい!!)
冷静で物怖じしないロレンツの顔が青くなり脂汗にまみれていた。その気持ちを察してか国王がロレンツに言った。
「返事は明日また聞かせて貰おう。ただ余を悲しませるようなことにならないよう願っているぞ」
その後の記憶はロレンツにはほとんどなかった。気が付けばアンナの公務室に戻り、いつものテーブルに座っている。
「そんなことがあったんですか!!」
今回の謁見には参列しなかったリリーが驚いて言う。アンナが嬉しそうに答える。
「そうなのよ。びっくりしちゃったわ。まさかお父様があんなこと言うなんて」
そう言いつつも満面の笑みでリリーに詳しく話をする。リリーが言う。
「それで、あなたはどうするんですか?」
椅子に座って魂が抜けたようになったロレンツにリリーが視線を向ける。ロレンツが答える。
「いや、どうするって言われてもだな……」
「みっともない。男だったらシャキッとしなさい!!」
ロレンツとアンナはこの自分達よりもずっと幼い少女が本当に姑のように見えてきた。ロレンツにアンナが近付いて言う。
「それで~、返事はどうするのかなぁ~、ロレンツさん?」
すっかり記憶が戻ったアンナ。
ロレンツに対する気持ちを隠すこともあまりしなくなった。ロレンツが答える。
「と、とりあえず今日は部屋に戻る。また明日……」
そう言って立とうとしたロレンツの耳元でアンナが小声で言う。
「楽しみにしてるわよ、あなた」
(!?)
そう言って更にロレンツの耳を甘噛みする。
「お、おい。よせって!!」
驚いて立ち上がるロレンツをアンナが笑いながら言う。
「きゃはははっ!! 面白~い!!」
「ふ、ふざけるな!! もう帰る!!」
そう言って出て行くロレンツにアンナが手を振って言う。
「じゃあね~、おやすみ!!」
(アンナ様。本当に素敵な女性になられましたね)
『氷姫』と呼ばれていた頃からずっとそばにいたリリー。その彼女だからこそ今の美しく輝くアンナを見て心から嬉しく思う。
(あとはあの鈍感男がどうするかよね……)
リリーは去り行くロレンツに手を振るアンナを見てひとり心に思った。
「おはよう、ロレンツ!!」
「よお、アンナ」
いつしか彼女のことを名前で呼ぶようになったロレンツ。一緒にいることも自然となった。公務室にやって来たロレンツが、リリーが居ないことに気付き尋ねる。
「あれ、青髪の嬢ちゃんは?」
「うん、それが今日はちょっと遅れるんですって」
ふたりは気付いていないのだが、それはリリーなりの気遣いであった。ロレンツがテーブルに向かいコーヒーを準備する。それに気付いたアンナがロレンツに言う。
「ねえ、私もコーヒーちょうだい」
ロレンツが顔を上げて言う。
「珍しいな。砂糖とミルクはなしで良かったか?」
アンナがテーブルのところにやって来て笑顔で言う。
「ううん。いっぱい入れて。甘~い、甘~いのが好き」
「ああ、そうか……」
ロレンツが二人分のコーヒーを準備する。椅子に座ったアンナが淹れたてのコーヒーを口にする。
「美味しいわ……」
「そうだろ。俺の淹れるコーヒーは最高だ」
アンナが嬉しそうに言う。
「そうね。ねえ、また淹れてくれる?」
「ああ、いつでも」
アンナが少し上を向いて言う。
「私ね、感謝してるんだ」
「感謝? コーヒーか?」
そう答えるロレンツにアンナが笑顔で言う。
「違うよ。いや、それもそうなだけど、一緒にいてくれて感謝してる」
「あ、ああ……」
少し照れ臭かったのか、ロレンツが壁の方を向いてコーヒーを口にする。コーヒーを飲み終えたアンナが立ち上がってロレンツに言う。
「さあ、行きましょうか。お父様がお待ちになってるわ」
「ああ、そうだな」
同じくコーヒーを飲み終えたロレンツも立ち上がって言う。
「ねえ」
(!!)
歩き出そうとしたロレンツの腕にアンナが抱き着く。
「もう答えは決めてるんでしょ?」
少し間を置いてロレンツが答える。
「ああ、決めている」
アンナが嬉しそうな顔をして言う。
「じゃあ、一緒に行きましょうか」
「そうだな」
ふたりは腕を組んだまま父親が待つ謁見の間へと歩き出した。
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