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第四章「偏食のレスティア」
27.ラリーコットの治療師
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突然現れた暴漢に脇腹を刺されたエルク。
どくどくと流れる流血を押さえながら地面に倒れる。
「エーク、エークーーーーーっ!!!」
それを抱きしめて叫ぶのが以前愛を誓い合ったラディス家令嬢マリアーヌ。着ていたドレスを真っ赤に染め、気を失ったエルクの名前を何度も呼ぶ。
「あ、あはっはっ、やった、やったぞぉ、騎士団長をついに……」
レフォードに殴られ警備兵に取り押さえられた暴漢が虚ろな顔で口にする。レフォードもエルクの傍に行き大きな声で名前を呼ぶ。
「エルク、大丈夫か!! エルクっ!!!」
返事はない。レフォードは彼の脇に刺さった漆黒のナイフを抜き取るとすぐに止血処置を始める。辺り一帯は騎士団長暗殺未遂に大混乱となった。
「申し訳ございません、これはちょっと手に負えません……」
暴漢のナイフに倒れた騎士団長エルク。
すぐに応急処置をされ止血はできたものの、それから数日未だ彼は目を覚まさない。騎士団長室のベッドで安らかな顔のまま横たわるエルクを見ながら医師が言う。
「これは呪いのナイフによるものでしょう。傷口が黒く変色し徐々に体を蝕む恐ろしいもの。傷の治療と解呪を同時に行う必要があります。ですがこのレベルの呪いだとなかなか……」
エルクの部屋に集まった皆が別室に保管されている漆黒のナイフを思い出す。暴漢はエルフを刺した後に自害。一体どこの手の者か、このナイフについても全く分からないままである。
「エルク……」
ベッドの傍に立ったレフォードがその美しい金色の髪を撫でる。傍に居ながら守れなかった。レフォードはずっと自分を責め続けていた。
「エーク、エーク……」
そしてもうひとり。彼が倒れてからずっとその傍で看病し続ける女性がいる。
ラディス家令嬢マリアーヌ。彼を守ろうとして逆に守られてしまった彼女の心はすっかり荒んでしまっていた。騎士団副団長シルバーが医師に尋ねる。
「我が国の者では団長の治療はできないと?」
「ええ、恐らく難しいかと思います」
ラフェル王国最高医師が無念そうに首を振る。
「ねえ、あのさ~」
真っ赤なビキニに黒のマント。とても今の雰囲気に相応しくない格好の魔法隊長レーアが言う。
「うちじゃないけど隣のラリーコットに何でも治療しちゃう女がいるって噂を聞いたことがあるよ~」
ラフェル王国と隣接する『ラリーコット自治区』。中立を宣言する自治区で、規模で言えばラフェルの数分の一程度の大きさ。ただ独立を維持する為に整えた強力な軍隊は周辺国からも一目置かれている。レフォードが真剣な顔で聞く。
「本当にそのラリーコットって所に行けばそんな女がいるのか?」
「ええ、そうだよ~」
副団長シルバーが言う。
「私も聞いたことがあります。だけどその方はもうここ数年誰も治療していないと聞きます。本当に居るかどうかも分からないような人です」
「すぐに行こう」
レフォードが即決する。
「この国で治せねえなら、その女の所に行って頼んでくる。場所は分かるか?」
シルバーが首を振って答える。
「いえ、残念ながら……」
皆が静かになる。
「分かった。とりあえず出発だ。少しでも早い方がいい」
そう話すレフォードにガイルとミタリアも賛成する。
「そうだな、レフォ兄の言う通りだ。さ、行こうぜ!!」
「私も行くよ!! エルクお兄ちゃんの為だもん!!」
シルバーが言う。
「私もラフェル王国としてラリーコット自治区にそのような方が居るかどうか打診できないか確認してみます」
「ああ、頼む」
レフォード達はベッドで静かに目を閉じるエルクの横顔を見てから部屋を後にした。
(あの感覚、やはりあれは……)
ラフェル王城を出たレフォード達は、馬車に揺られながらラリーコット自治区へと向かう。
王城を出てしばらくすると、景色は活気ある街から山や川など自然溢れるものへと変わる。青く澄み切った空に川の流れる音。それに馬車のリズミカルな音が辺りに響く。
レフォードが窓から外を見ながら『業火の魔女』が放った隕石のことを思い出す。
(無かった。感覚がほとんど無かった、殴った感覚が……)
あれほどの巨大な隕石魔法。燃え滾る業火の塊を殴るのだから、レフォードとて無傷では済まない覚悟はしていた。だが実際殴って見ると、まるで雲や綿の様にその感覚はほとんどなかった。それでも砕け散った。まるで自分から避けるように。
(まさか、まさかあの『業火の魔女』って言うのは……)
ひとり黙って考え込むレフォードに向かいに座ったガイルが尋ねる。
「レフォ兄、さっきからなに難しい顔してんだよ?」
「お兄ちゃん、何か悩み事でもあるの?」
隣に座って体を密着させるミタリアも心配そうな顔で尋ねる。レフォードが思い出したかのように笑って答える。
「ああ、何でもない。大したことじゃないんだ……」
こう言って誤魔化す時は必ず何かある時。ガイルが更に尋ねる。
「何か隠してんだろ、レフォ兄??」
「お兄ちゃん!! 隠し事は浮気だよっ!!!」
ミタリアがレフォードの腕をつねって言う。
「や、やめろって!! そんなんじゃない!!」
「じゃあ、どんなんなの!!」
困ったレフォードが苦し紛れに言う。
「い、いや、そうだ。ラリーコットって言えばヤギ肉が旨いって聞いたんだけど、今夜みんなで食べるか?」
ガイルの顔が明るく輝く。
「お、いいねえ!! 食べよ、食べようぜ!!」
対照的にミタリアは恥ずかしそうに言う。
「私はお兄ちゃんに食べられたいな~」
ガン!!
「痛った~い!!」
軽いげんこつがミタリアの頭に落とされる。
「全くお前はなんでいつもそうなんだ……」
「てへ」
ミタリアが軽く舌を出して笑う。馬車の窓から外を見たガイルが言う。
「あ、ラリーコットに入るみたいだぞ!」
馬車はラフェル王国とラリーコット自治区との国境に差し掛かる。レフォード達は副団長シルバーにしたためて貰った書簡を見せ通過。これよりラリーコット内でその女治療師の情報を探ることとなる。
ラリーコット自治区内にあるとある街。
その中央に建つ何重もの壁に囲まれた豪邸。周りを取り囲む警備兵達の数がのどかな街とは対照的に目立っている。
建物の中で一番広く豪華な部屋。大きなソファーにたくさんのクッション、全体をピンクに纏められた可愛らしい部屋の中央にその女性が横たわりながらお菓子を食べている。
「レスティア様、お昼をお持ちしました」
そこへ髪を綺麗にまとめた中年の女性がケーキのようなスイーツを持ってやって来る。レスティアと呼ばれた女性がそれを見て歓喜の声を上げる。
「わあ、美味しそう! 早く食べたい!!」
ピンクの髪、真っ白な肌のレスティア。
ただその肌は少し荒れ、全体的にやせ細っている。体調が悪いのか最近は横になっていることが多い。中年の女がレスティアの横にあるテーブルにスイーツを置きながら言う。
「レスティア様、先日ご連絡頂いた侯爵家のご子息が治療に訪れていますが」
レスティアはスイーツを頬張りながら答える。
「ん? ああ、そうだったね。ほんとダルいわ……、セレナ! おいで」
レスティアがそう口にすると、奥の部屋からひとりの女性が現れる。
「お呼びでしょうか、レスティア様」
セレナと呼ばれたその女性、ピンク色の髪に白い肌。その姿は横たわってスイーツを食べるレスティアに瓜二つであった。レスティアがセレナに言う。
「侯爵家の息子が治療に来てるの。いつも通りに対処しておいて」
「はい。ですがもう治療水が切れてしまっていまして……」
不安そうな顔のセレナにレスティアがジュースを飲んでから答える。
「ああ、あれね。あれってただの水だから適当に入れておいて。病は気から、そう信じ込ませれば案外治るものよ」
ふたりの女性はもう何か諦めたかのような顔でそれを聞く。セレナが頭を下げて言う。
「かしこまりました。それでは失礼します」
「よろしくね。ふわ~ぁ、食べたら眠くなっちゃった……、ダルいし……」
そう言ってまた横になり薄い布団を掛けてゴロゴロし始めるレスティア。中年の女性は彼女が食べた食器を片付け部屋を退出する。
暖かな春のような陽気。部屋を流れる心地よい風がレスティアをまた眠りへと誘った。
どくどくと流れる流血を押さえながら地面に倒れる。
「エーク、エークーーーーーっ!!!」
それを抱きしめて叫ぶのが以前愛を誓い合ったラディス家令嬢マリアーヌ。着ていたドレスを真っ赤に染め、気を失ったエルクの名前を何度も呼ぶ。
「あ、あはっはっ、やった、やったぞぉ、騎士団長をついに……」
レフォードに殴られ警備兵に取り押さえられた暴漢が虚ろな顔で口にする。レフォードもエルクの傍に行き大きな声で名前を呼ぶ。
「エルク、大丈夫か!! エルクっ!!!」
返事はない。レフォードは彼の脇に刺さった漆黒のナイフを抜き取るとすぐに止血処置を始める。辺り一帯は騎士団長暗殺未遂に大混乱となった。
「申し訳ございません、これはちょっと手に負えません……」
暴漢のナイフに倒れた騎士団長エルク。
すぐに応急処置をされ止血はできたものの、それから数日未だ彼は目を覚まさない。騎士団長室のベッドで安らかな顔のまま横たわるエルクを見ながら医師が言う。
「これは呪いのナイフによるものでしょう。傷口が黒く変色し徐々に体を蝕む恐ろしいもの。傷の治療と解呪を同時に行う必要があります。ですがこのレベルの呪いだとなかなか……」
エルクの部屋に集まった皆が別室に保管されている漆黒のナイフを思い出す。暴漢はエルフを刺した後に自害。一体どこの手の者か、このナイフについても全く分からないままである。
「エルク……」
ベッドの傍に立ったレフォードがその美しい金色の髪を撫でる。傍に居ながら守れなかった。レフォードはずっと自分を責め続けていた。
「エーク、エーク……」
そしてもうひとり。彼が倒れてからずっとその傍で看病し続ける女性がいる。
ラディス家令嬢マリアーヌ。彼を守ろうとして逆に守られてしまった彼女の心はすっかり荒んでしまっていた。騎士団副団長シルバーが医師に尋ねる。
「我が国の者では団長の治療はできないと?」
「ええ、恐らく難しいかと思います」
ラフェル王国最高医師が無念そうに首を振る。
「ねえ、あのさ~」
真っ赤なビキニに黒のマント。とても今の雰囲気に相応しくない格好の魔法隊長レーアが言う。
「うちじゃないけど隣のラリーコットに何でも治療しちゃう女がいるって噂を聞いたことがあるよ~」
ラフェル王国と隣接する『ラリーコット自治区』。中立を宣言する自治区で、規模で言えばラフェルの数分の一程度の大きさ。ただ独立を維持する為に整えた強力な軍隊は周辺国からも一目置かれている。レフォードが真剣な顔で聞く。
「本当にそのラリーコットって所に行けばそんな女がいるのか?」
「ええ、そうだよ~」
副団長シルバーが言う。
「私も聞いたことがあります。だけどその方はもうここ数年誰も治療していないと聞きます。本当に居るかどうかも分からないような人です」
「すぐに行こう」
レフォードが即決する。
「この国で治せねえなら、その女の所に行って頼んでくる。場所は分かるか?」
シルバーが首を振って答える。
「いえ、残念ながら……」
皆が静かになる。
「分かった。とりあえず出発だ。少しでも早い方がいい」
そう話すレフォードにガイルとミタリアも賛成する。
「そうだな、レフォ兄の言う通りだ。さ、行こうぜ!!」
「私も行くよ!! エルクお兄ちゃんの為だもん!!」
シルバーが言う。
「私もラフェル王国としてラリーコット自治区にそのような方が居るかどうか打診できないか確認してみます」
「ああ、頼む」
レフォード達はベッドで静かに目を閉じるエルクの横顔を見てから部屋を後にした。
(あの感覚、やはりあれは……)
ラフェル王城を出たレフォード達は、馬車に揺られながらラリーコット自治区へと向かう。
王城を出てしばらくすると、景色は活気ある街から山や川など自然溢れるものへと変わる。青く澄み切った空に川の流れる音。それに馬車のリズミカルな音が辺りに響く。
レフォードが窓から外を見ながら『業火の魔女』が放った隕石のことを思い出す。
(無かった。感覚がほとんど無かった、殴った感覚が……)
あれほどの巨大な隕石魔法。燃え滾る業火の塊を殴るのだから、レフォードとて無傷では済まない覚悟はしていた。だが実際殴って見ると、まるで雲や綿の様にその感覚はほとんどなかった。それでも砕け散った。まるで自分から避けるように。
(まさか、まさかあの『業火の魔女』って言うのは……)
ひとり黙って考え込むレフォードに向かいに座ったガイルが尋ねる。
「レフォ兄、さっきからなに難しい顔してんだよ?」
「お兄ちゃん、何か悩み事でもあるの?」
隣に座って体を密着させるミタリアも心配そうな顔で尋ねる。レフォードが思い出したかのように笑って答える。
「ああ、何でもない。大したことじゃないんだ……」
こう言って誤魔化す時は必ず何かある時。ガイルが更に尋ねる。
「何か隠してんだろ、レフォ兄??」
「お兄ちゃん!! 隠し事は浮気だよっ!!!」
ミタリアがレフォードの腕をつねって言う。
「や、やめろって!! そんなんじゃない!!」
「じゃあ、どんなんなの!!」
困ったレフォードが苦し紛れに言う。
「い、いや、そうだ。ラリーコットって言えばヤギ肉が旨いって聞いたんだけど、今夜みんなで食べるか?」
ガイルの顔が明るく輝く。
「お、いいねえ!! 食べよ、食べようぜ!!」
対照的にミタリアは恥ずかしそうに言う。
「私はお兄ちゃんに食べられたいな~」
ガン!!
「痛った~い!!」
軽いげんこつがミタリアの頭に落とされる。
「全くお前はなんでいつもそうなんだ……」
「てへ」
ミタリアが軽く舌を出して笑う。馬車の窓から外を見たガイルが言う。
「あ、ラリーコットに入るみたいだぞ!」
馬車はラフェル王国とラリーコット自治区との国境に差し掛かる。レフォード達は副団長シルバーにしたためて貰った書簡を見せ通過。これよりラリーコット内でその女治療師の情報を探ることとなる。
ラリーコット自治区内にあるとある街。
その中央に建つ何重もの壁に囲まれた豪邸。周りを取り囲む警備兵達の数がのどかな街とは対照的に目立っている。
建物の中で一番広く豪華な部屋。大きなソファーにたくさんのクッション、全体をピンクに纏められた可愛らしい部屋の中央にその女性が横たわりながらお菓子を食べている。
「レスティア様、お昼をお持ちしました」
そこへ髪を綺麗にまとめた中年の女性がケーキのようなスイーツを持ってやって来る。レスティアと呼ばれた女性がそれを見て歓喜の声を上げる。
「わあ、美味しそう! 早く食べたい!!」
ピンクの髪、真っ白な肌のレスティア。
ただその肌は少し荒れ、全体的にやせ細っている。体調が悪いのか最近は横になっていることが多い。中年の女がレスティアの横にあるテーブルにスイーツを置きながら言う。
「レスティア様、先日ご連絡頂いた侯爵家のご子息が治療に訪れていますが」
レスティアはスイーツを頬張りながら答える。
「ん? ああ、そうだったね。ほんとダルいわ……、セレナ! おいで」
レスティアがそう口にすると、奥の部屋からひとりの女性が現れる。
「お呼びでしょうか、レスティア様」
セレナと呼ばれたその女性、ピンク色の髪に白い肌。その姿は横たわってスイーツを食べるレスティアに瓜二つであった。レスティアがセレナに言う。
「侯爵家の息子が治療に来てるの。いつも通りに対処しておいて」
「はい。ですがもう治療水が切れてしまっていまして……」
不安そうな顔のセレナにレスティアがジュースを飲んでから答える。
「ああ、あれね。あれってただの水だから適当に入れておいて。病は気から、そう信じ込ませれば案外治るものよ」
ふたりの女性はもう何か諦めたかのような顔でそれを聞く。セレナが頭を下げて言う。
「かしこまりました。それでは失礼します」
「よろしくね。ふわ~ぁ、食べたら眠くなっちゃった……、ダルいし……」
そう言ってまた横になり薄い布団を掛けてゴロゴロし始めるレスティア。中年の女性は彼女が食べた食器を片付け部屋を退出する。
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