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第二章 神様
シャワーの時間
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久しぶりのシャワーはとても気持ちが良かった。僕は身体の隅々までを丁寧に磨き、5日分蓄積された汚れを落としていく。
大して動きもせず室内いただけだから汗ひとつかいていないけど、それでもやっぱり生き返るような心地がした。
たっぷり15分ほどシャワーを浴びて、独房に戻る。前にいた刑務所のように『5分で交代しろ』と言われることもなかったから、これ幸いとゆっくり浴びさせてもらった。
独房に戻ると、火置さんがシャワーに行く準備を整えていた。
「そう言えばさ、私がいるってことをその『カミサマ』は知ってるってことだよね?当たり前のように交代でシャワーに行けとか言うんだから」
「うん、君のことは把握していた。着替えとかも……用意してくれてるんじゃないのかな、多分だけど」
「うん、確認してみる」
そう言って火置さんは、スタスタと独房を出ていった。
……シャワーを心ゆくまで浴びることができて、常に話し相手がいる生活か。……なんだか、驚くほど普通に快適だ。家で一人でいるよりも、もしかしたらずっと楽しいかもしれない。
20分ちょっと経った後、火置さんが部屋に戻ってきた。彼女はゆったりとした部屋着に着替えていて、いつものブーツではなくスリッパに履きかえている。10センチのヒールがなくなった彼女は、さっきまでよりずっと『普通の女の子』に見える。
火置さんの髪はしっとりと濡れていて、雰囲気がいつもと違う。僕と同じシャンプーと石鹸を使っているはずなのに、彼女の方がいい匂いに感じるのはなぜだろう?
「ちょっと話さない?」
僕は彼女を会話に誘う。
「いいよ。もしかしてヤミって、会話に飢えてるの?」
「……そうなのかもしれない」
「ふふ、いいよ。ご飯まで話そうか」
やった。
「あのさ……君って……僕の『神様』の話を聞いて、どう思った?さっき『思想に合わない』って言ってたけど」
「自分で神様を作ったっていう話はおもしろいと思ったよ。思想に合わないっていうのは……あれね、チェックリストで他人を評価することに対してそう思ったの。私がされたら、ちょっとやな感じって思うかなって」
「……でも、チェックしたからといって何ってわけじゃないんだよ?会う人全員をチェックできたわけでもないし。……それに、君は絶対に『光側』だと思う。間違いないよ」
「あのね、光だからとか闇だからとかそういうことじゃないの。人を品定めしてるみたいで嫌だなって、そう言うことよ。
だいたい、昨日のチェックと明日のチェックも変わるかも。人間って結構気まぐれで曖昧じゃない。だから、私ならチェックリストの結果でどんな人かって他人に決めつけられたくない」
「……結構はっきり言うんだね」
「あなたも包み隠さずはっきりしてるじゃない。私なりの礼儀として、あなたにははっきり物を言おうと思ってる」
「嬉しいよ」
「……嬉しいんだ」
少し黙る僕ら。虚空を見つめ、考え事をする。こういう時間すら、楽しく思える気がする。もしかして、楽しんでるのは僕だけかな?
少し経ってから彼女が僕に声をかけてきた。
「そうだ、気になっていたことがあったの」
「何?」
「昨日……家族や友人がいないって言ってたよね?それって、どういうこと?逮捕前まで一人で暮らしていたの?」
「そう、一人暮らしをしてた。僕の母は僕が中学校に上がる直前に死んで、父は高校1年の時に死んだんだ。それ以来僕は、自分の実家で一人暮らし」
「親戚は?」
「母方は全員亡くなってる。父方の祖父母は海外住まいなんだ。頼れる人がいなくてさ」
「友達や恋人は?面会に来てくれるような人はいないの?」
「いないよ。僕は常に一人だった。人付き合いを避けていたし、そもそも僕は会う人みんなに嫌われていたんだ。
だって僕といると悲劇的な出来事に遭遇するから。誰だって悲劇の物語の登場人物にはなりたくないからね。嫌な思いをしたくないし、死ぬ危険をわざわざ冒したくない」
「本当に一人だったのね」
彼女が感心して言う。そこに同情の響きは含まれていないように感じられた。
「……あと、僕が嫌われていたのは悲劇のせいだけではないかも。『神様』の話も周囲に嫌がられた」
「ああ、それはそうかもねぇ。なかなかな内容だったもんね」
……ちょっとおもしろがっているだろ。そんな顔をしてる。
火置さんの表情はころころと変わる。そんな火置さんの様子を観察することを、僕は結構楽しんでいる。
「神様の話をしても、君は僕との会話を嫌がらないね。だから君と会えて嬉しい。できればもう少し早く来てくれるとよかったんだけどな」
「難しいこと言うわね」
「……火置さんは?家族や友達は?……恋人はいるの?」
「家族は死んでる。友達は……その場限りのなら、たくさんいるかな……。時空を超えて転々と旅しているから、ずっと仲良しってわけに行かなくて。恋人は……秘密」
彼女の回答はいつも簡潔で無駄がない。自分の情報を教えたくないのか、無駄話が壊滅的に苦手なのかはわからない。
「……そうなんだ」
「…………ていうか、ヤミこそ本当に恋人いなかったの?あなた、きれいな顔をしているしスタイルもいいからモテそうじゃない。大学で話題になりそう」
また僕の話に戻ったな。ま、いいか。
「……確かによく話しかけられた」
「ほら!」
「でも、全員漏れなく『神様』の話をすると逃げていったよ」
「あちゃー!そういうときは最初は隠すのよ!様子を見て小出しにすればいいの!」
「……どうして?気が合わない子と一緒にいても仕方がないから、むしろそれでいいと思ってた」
「…………変わった人ね……」
「それに、僕に話しかけてくる子は例外なくみんな、チェックリストで『闇側』の方だったんだ。しかも真ん中よりちょっと闇……くらいの闇側」
僕の話を聞いた火置さんの表情が少し歪む。やっぱり彼女はチェックリストの話が嫌いらしい。
大して動きもせず室内いただけだから汗ひとつかいていないけど、それでもやっぱり生き返るような心地がした。
たっぷり15分ほどシャワーを浴びて、独房に戻る。前にいた刑務所のように『5分で交代しろ』と言われることもなかったから、これ幸いとゆっくり浴びさせてもらった。
独房に戻ると、火置さんがシャワーに行く準備を整えていた。
「そう言えばさ、私がいるってことをその『カミサマ』は知ってるってことだよね?当たり前のように交代でシャワーに行けとか言うんだから」
「うん、君のことは把握していた。着替えとかも……用意してくれてるんじゃないのかな、多分だけど」
「うん、確認してみる」
そう言って火置さんは、スタスタと独房を出ていった。
……シャワーを心ゆくまで浴びることができて、常に話し相手がいる生活か。……なんだか、驚くほど普通に快適だ。家で一人でいるよりも、もしかしたらずっと楽しいかもしれない。
20分ちょっと経った後、火置さんが部屋に戻ってきた。彼女はゆったりとした部屋着に着替えていて、いつものブーツではなくスリッパに履きかえている。10センチのヒールがなくなった彼女は、さっきまでよりずっと『普通の女の子』に見える。
火置さんの髪はしっとりと濡れていて、雰囲気がいつもと違う。僕と同じシャンプーと石鹸を使っているはずなのに、彼女の方がいい匂いに感じるのはなぜだろう?
「ちょっと話さない?」
僕は彼女を会話に誘う。
「いいよ。もしかしてヤミって、会話に飢えてるの?」
「……そうなのかもしれない」
「ふふ、いいよ。ご飯まで話そうか」
やった。
「あのさ……君って……僕の『神様』の話を聞いて、どう思った?さっき『思想に合わない』って言ってたけど」
「自分で神様を作ったっていう話はおもしろいと思ったよ。思想に合わないっていうのは……あれね、チェックリストで他人を評価することに対してそう思ったの。私がされたら、ちょっとやな感じって思うかなって」
「……でも、チェックしたからといって何ってわけじゃないんだよ?会う人全員をチェックできたわけでもないし。……それに、君は絶対に『光側』だと思う。間違いないよ」
「あのね、光だからとか闇だからとかそういうことじゃないの。人を品定めしてるみたいで嫌だなって、そう言うことよ。
だいたい、昨日のチェックと明日のチェックも変わるかも。人間って結構気まぐれで曖昧じゃない。だから、私ならチェックリストの結果でどんな人かって他人に決めつけられたくない」
「……結構はっきり言うんだね」
「あなたも包み隠さずはっきりしてるじゃない。私なりの礼儀として、あなたにははっきり物を言おうと思ってる」
「嬉しいよ」
「……嬉しいんだ」
少し黙る僕ら。虚空を見つめ、考え事をする。こういう時間すら、楽しく思える気がする。もしかして、楽しんでるのは僕だけかな?
少し経ってから彼女が僕に声をかけてきた。
「そうだ、気になっていたことがあったの」
「何?」
「昨日……家族や友人がいないって言ってたよね?それって、どういうこと?逮捕前まで一人で暮らしていたの?」
「そう、一人暮らしをしてた。僕の母は僕が中学校に上がる直前に死んで、父は高校1年の時に死んだんだ。それ以来僕は、自分の実家で一人暮らし」
「親戚は?」
「母方は全員亡くなってる。父方の祖父母は海外住まいなんだ。頼れる人がいなくてさ」
「友達や恋人は?面会に来てくれるような人はいないの?」
「いないよ。僕は常に一人だった。人付き合いを避けていたし、そもそも僕は会う人みんなに嫌われていたんだ。
だって僕といると悲劇的な出来事に遭遇するから。誰だって悲劇の物語の登場人物にはなりたくないからね。嫌な思いをしたくないし、死ぬ危険をわざわざ冒したくない」
「本当に一人だったのね」
彼女が感心して言う。そこに同情の響きは含まれていないように感じられた。
「……あと、僕が嫌われていたのは悲劇のせいだけではないかも。『神様』の話も周囲に嫌がられた」
「ああ、それはそうかもねぇ。なかなかな内容だったもんね」
……ちょっとおもしろがっているだろ。そんな顔をしてる。
火置さんの表情はころころと変わる。そんな火置さんの様子を観察することを、僕は結構楽しんでいる。
「神様の話をしても、君は僕との会話を嫌がらないね。だから君と会えて嬉しい。できればもう少し早く来てくれるとよかったんだけどな」
「難しいこと言うわね」
「……火置さんは?家族や友達は?……恋人はいるの?」
「家族は死んでる。友達は……その場限りのなら、たくさんいるかな……。時空を超えて転々と旅しているから、ずっと仲良しってわけに行かなくて。恋人は……秘密」
彼女の回答はいつも簡潔で無駄がない。自分の情報を教えたくないのか、無駄話が壊滅的に苦手なのかはわからない。
「……そうなんだ」
「…………ていうか、ヤミこそ本当に恋人いなかったの?あなた、きれいな顔をしているしスタイルもいいからモテそうじゃない。大学で話題になりそう」
また僕の話に戻ったな。ま、いいか。
「……確かによく話しかけられた」
「ほら!」
「でも、全員漏れなく『神様』の話をすると逃げていったよ」
「あちゃー!そういうときは最初は隠すのよ!様子を見て小出しにすればいいの!」
「……どうして?気が合わない子と一緒にいても仕方がないから、むしろそれでいいと思ってた」
「…………変わった人ね……」
「それに、僕に話しかけてくる子は例外なくみんな、チェックリストで『闇側』の方だったんだ。しかも真ん中よりちょっと闇……くらいの闇側」
僕の話を聞いた火置さんの表情が少し歪む。やっぱり彼女はチェックリストの話が嫌いらしい。
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