夏休みの夕闇~刑務所編~

苫都千珠(とまとちず)

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第四章 夢

刑務所内の追いかけっこ

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「今よ、走って!」

私は叫ぶ。私達は看守の横を抜けて、来た道を全速力で走り出す。

「当初の作戦通り、来た道を戻るということでいいんだね?!」走りながらヤミが私に聞く。

「とりあえず、そうするしかない!」声を揺らしながら、私は答える。


……とりあえずスタート地点を目指すしかないけれど、スタート地点に戻っても結局は行き止まり。道中で、元の刑務所に戻る道を見つけないと駄目だ。

それにはやっぱり、看守を完全に振り切るなり、行動不能にさせるなりしないと……。

後ろを見ると、看守がよろよろと立ち上がっている。なんてタフなやつ……!


「火置さん!しゃがんで!」ヤミが珍しく鋭い声を上げた。

私はとっさにしゃがむ。ヤミが投げた魔法針がまっすぐ看守に向かって飛んでいき、看守の左肩あたりに刺さる。看守は針の刺さった箇所を見てから、何も言わずにそれを抜いた。

……でも残念、その針は抜いても効果があるの。魔法がかかっているのよ。

看守は頭をカクンと揺らし、ふらふらとした足取りになってよろけ始めた。『目眩』の魔法が効いてきたようだ。……だけどもちろん、この魔法も永遠ではない。いつかは効力が切れてしまう。


「ヤミ、ありがとう。でも……もう少し追いつかれてから使ってもよかったんだよ」

「火置さん……日本で銃の所持を許可されているのは警察官と自衛官だけじゃない。……刑務官もなんだよ。遠距離だって全然安全じゃない」

「…………肝に銘じるわ」


走って走って、看守が見えなくなるほどの距離をあける。これでいきなり銃撃される心配はなくなった。


「戻るのはいいけど……どうしようね。帰り道がわからないんじゃ、戻ってもしかたがなくないか?」ヤミがいつになく難しい顔で言う。

「どこかにランダムで時空の通り道はできると思うの。それを探しつつ戻ろう」時空の揺らぎの気配を探しながら、私は答えた。

「……相当根気がいりそうだけど……やるしかないな」

行き止まりの道も虱潰しに確認したが、出口は一向に見つからない。このままじゃ看守に追いつかれる。

……別の方法を考えるべきだ。もう一度、この場所について考察してみよう。


……ここは、元の刑務所とは物理的なつながりが一切ない、隔離されたむき出しの時空間だ。時空の中に、むき出しの状態で、隔離…………?

ということは…………?




………………。……!そうか!!



「ヤミ!わかった!」

「何が!そろそろ追いつかれるぞ!」

曲がり角の向こうから、足音が聞こえる。看守は「オオオオオオオオオッ」と雄たけびを上げている。……剣道だか柔道だかを思わせる、敵を威嚇するための戦いの雄叫びが迫る。


「ヤミ、やっぱりスタート地点に戻ろう!」私はヤミに向かって叫ぶ。

「あそこは行き止まりだよ?」

「大丈夫、あの扉が出口よ」

「…………本当に?」

「信じて」

「わかった」


その前に……目の前に立ちふさがる看守をどうにかしなくては。何なのよ、これ。っていうかカミサマって何なの。なんでこんな場所が用意されているの。なんで化け物看守がいるの。

看守は床に得物をガンガンと叩きつけながら私達に迫ってくる。「オオオオオオオオオオッ!!!!オオオオオオオオオオッッッ!!!」唾を撒き散らして叫ぶ姿は、まるで猛獣だ。

ヤミがもう一度針を投げるも、看守は警棒を盾のように構えて針を弾いた。攻撃に対する反応がいい。完全に隙をつかない限り、投げ物はすべて弾かれてしまうかもしれない。

看守がどんどん近づいてくる。追い詰められる……!


「まずい、こいつ強いわ……!」

「火置さん、危ないよ!!離れて……!」

ヤミは珍しく必死な形相をして私の手をひこうとする。勝利を確信した看守が興奮して警棒を振り上げる。私が見上げた先には、壊れそうな蛍光灯に照らされて不気味に光る警棒が見えた。その凶器が、風の唸る音とともに私の頭上に振り下ろされ――


「きゃああああっっ!!!!」

「火置さん!!!!!」









「………なんてね」


バリバリバリバリッッッ!!!!!!

かかった!警棒を振り下ろそうと一歩進んだ看守に、足元に設置していた魔法罠が作動する。鼓膜をつんざく鋭い電流の音。看守は苦しそうな叫び声を上げ肉の焦げた匂いが立ち込める。今のうちに最初の場所にある扉へ!


「いつのまに仕掛けてたの!?気が付かなかった!」

「敵を欺くには味方からってね。あなたは教えてもうまく誤魔化せそうだったけど……念の為秘密にしてた」

「ははっ流石だな!」

「さあ、行こう!」



私達は手を繋いで走った。いくつもの分かれ道を越えて、最初の地点まで戻ってきた。

どっちに曲がればいいかは、ヤミが走りながら全部教えてくれた。走りながら、「暗記は得意なんだ」と教えてくれた。



こうして私達は、スタート地点の壁に設置された鉄のドアの前に、二人並んで立っている。最初にこの場所にやって来たときから2時間は経っていないはずなのに、随分と久しぶりに戻ってきたように思える。


「……扉を開けるよ」

ヤミが再び鉄の扉を開いた。一度目に開いた時と全く変わらない……光一つない深淵が広がっている。おそらくこの場所は、むき出しになった時空間。この先に飛び出せば、時空の流れに乗っていける。時空の魔道士の私なら、それができる。

でも、私の予想が間違っていたら?この先は時空間ではなく、ただの落とし穴だったとしたら。二人して深い深い奈落に落ちて、やがて近づいてくる地面に叩き潰される……。

……ううん、それもまた人生だ。ヤミは死んでもいいと言っていた。私だって、冒険の中で死ぬのは本望だ。私が死んだら、どこかで別の『時空の魔道士』が選ばれるだけ。そう、私は使い捨ての世界の道具。いつ死んだって、構わない。


「私のこと、絶対に離さないでね」

「え」


私はヤミを抱きしめる。この扉の向こうが時空の通り道だった場合、私から離れることはすなわち死を意味する。

ヤミは死んでもいいって言うけど、私のせいで彼を死なせるなんてことは、絶対にしたくない。私は彼を生かしたい。絶対に離さないで、私につかまっていて。

私はヤミを固く抱きしめたまま、扉の外に身を投げた。闇の中を、どこまでもどこまでも落ちていく。腕の感覚がよくわからなくなっても、ヤミを離してはいけないとだけは強く心に刻んで。



意識を保て、しっかりと意識を保て……!



落ち続ける。暗闇の中を落ち続ける。あまりにも落ち続けていて、本当に落ちているのか、もしかしたら浮き上がっているのか……はたまた静止しているような気もしてくる。


とにかくずっと、落ち続けた

ずっと、

ずっと、

ずっと………

………

………

………

………

ドサッ

「いったぁ………」




目を開くと、そこはいつもの……ヤミの独房だった。

「火置さん……重い……」

「わっ!ごめん!」

私は慌ててヤミの上から下りる。

「…………」

二人で顔を見合わせる。

「ふ、ふふふっふふ……!はははははっ!!!」

笑っちゃう、笑っちゃうね。なんだろう、生きて戻れれば、結局は『楽しかった』になる。無事に戻ってこれた。

「ふふっ……ヤミ?」

「なに?」

「今日は付いてきてくれてありがとう。あなたがいなかったら、私、危なかったよ」

「……いいんだ。力になれたならよかった。僕も……いい思い出になったよ、ありがとう」

「……ね、ヤミ?」

「…………何?」

「………………いや、なんでもない」

もう少し生きてみない?って、口から飛び出しかかった。でも、聞けなかったの。あなたを死なせたくないと思うのは……私のエゴだから。あなたは、死刑になりたいんだもんね。

……だけど、もしあなたが『死にたくない』と少しでも思ってくれたのなら、私はあなたを全力で生かしたい。


あなたがその口で『生きたい』と言ったら、私は自分の命に変えてもあなたを生かしてみせる。この時、そう心に誓ったの。
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