夏休みの夕闇~刑務所編~

苫都千珠(とまとちず)

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第五章 闇

灰谷ヤミの罪

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そいつは……その男は、美しくて爽やかで賢い、欠けたところの全くない好青年に見えた。

人好きのする笑顔は整っていて、頭も良く機転が利き、さらに愛嬌もあったから大学の教授達にも好かれていた。


でも……それは表向きの顔。裏では、レイプ、ドラッグの売買、特殊詐欺……あらゆる犯罪に手を染めた、悪の常習犯だった。

つまり彼は、禁忌の4つをすべて満たしていたんだ。1秒たりとも……生かしておけない人物だった。




「……でもどうして、そんな人だってわかったの?普通に大学生をしていたんでしょ?警察に捕まったりもしていなかったってことだよね?」




あまりにも完璧だった彼のことがどうしても気になって……僕は『チェックリスト』にかけることにしたんだ。彼のことを毎日観察して、交友関係も全部洗った。

でも彼は抜け目がなかった。調べても調べても、いい噂しか聞かない。

だけど……いい噂しか聞かないからこそ、おかしいと思った。だって、僕が今までチェックしてきた何十人もの人の中で、『悪い話が一つもでない』人は一人もいなかったから。それは例え光側の人であってもだ。
どんなに素敵な人だったとしても、誰かしらに妬まれて悪口を言われたり、小さな欠点を指摘されたりしていた。


彼は、それすらなかった。一点の曇りのない宝石、どの角度から見ても完全無欠。まるで出会う人すべてに『完璧だ』と言わせる洗脳を施したかのように、みんな揃って『彼は完璧だ』と言うんだ。


調べていて、気味が悪くなったよ。この人間の裏には確実に何かがあると、僕は魂レベルで直感していた。

自分の調査に限界を感じた僕は、探偵を雇った。僕にはそれなりに資産があった。……両親の遺産だ。探偵の一人や二人雇えるほどの経済力はあったんだ。

優秀な探偵を探して依頼したんだけど……その探偵は、ある日行方不明になった。おそらく殺されたんだと思うよ。僕は仕方なく、僕自身があらゆる手を使って調べる事にした。

調査を進めていたある時、僕はふと思い出したんだ。


彼女……僕の恋人だった、自殺してしまった彼女が「日記をつけている」と言っていたこと。彼女の死の前日、日記帳を手渡されたこと。彼女はやつの姉だから、その日記から何かがわかるかもしれないと思った。

今まで一度も中身を読んだことがなかったけど、彼のことを調べる目的で初めてその日記帳を開いた。そこで、気になる一文を見つけた。9年前の6月のページに、こう書かれていたんだ。




『弟に請われて「血」を見せた』




9年前といえば彼が13歳、彼女は16歳の時だ。

そのページにはその一行しか書いてなかったけど、彼の闇がその一行に凝縮されている感じがした。そのページだけ不思議な魔力でも持ったかのように、他のページとは雰囲気が違って見えた。

僕はもっと彼に関する具体的なことを知りたくて、全部のページを開いてみた。けど、彼の闇に触れられているのは、その一行だけだった。それ以前のページには、弟と買い物にいったとか、弟がなかなか家に帰ってこないだとか、そういったことは書いてあったけど……、それだけだった。


僕は彼の『闇』を改めて確信し、来る日も来る日も彼をつけた。場合によっては、監視に使えそうな空き部屋を借りたりして。彼を調べるため、大学には行かなくなった。

24時間、毎日監視してたら、さすがに色々わかってきたんだよ。僕は彼が、売春の斡旋をしている現場、ドラッグの売買をしている現場を見た。


もうこれ以上は、彼に直接聞こうと思った。




「…………どうして……あなたはそこまでできたの?」




……どうしてだろう。僕の信じる神様と真逆の思想を持っていた彼が、どうしても許せなかったのかもしれない。


僕は闇側の人間だ。でも闇側にいることを自覚しているからこそ、光の素晴らしさ、優しさ、尊さを実感できている。
彼は闇側の人間なのに、どこまでも闇を目指していた。それが……全然理解できなかった。


僕は彼を、自分の家に呼んだんだ。君のお姉さんの形見があるって言って。彼は拍子抜けするほどあっさり付いてきた。


僕は彼を家に上げて、きれいに片付けた僕の部屋に通した。なんで片付けたのか……今思うと、もう自分でわかっていたんだね。彼を殺すってことが。



……それで、僕の部屋に入るなり彼はこう言ったんだ。



「殺せよ」

「え」

「俺のこと殺したいんだろ?気づいてたよ」

「……何言ってるんだ?」

「ずーっと俺を殺そうとしてた。違うか?」

「殺そうとはしてないよ。君がどんな人間か知りたくて、調べていただけだ」

「キモ」

「聞きたいことがある。僕の質問に答えて」

「嫌だーって言ったらどうする?」

「……答えてもらうまでここから出さない」

「冗談だよ、答えるよ。お前、それマジで言ってるもんな?わかる」

「君は、強姦およびいじめをしたこと、そして動物を殺したことはある?」

「ははははははっ!!」

「…………何だよ」

「何その質問?性格診断かなんか?」

「答えろよ」

「全部あるよ」

「…………」

「ついでに言うと、人も殺したことあるよ。現地の仲間と、海外でね。でも、だからなんだ?当てはまったあなたは『最悪な人間です』って?」

「……最後まで信じたかった。こんな、悪の中の悪みたいな人間なんて、この世に存在しないって。……それは……僕が事故を起こしたせいで悪に染まってしまったのか?」

「はははっ!何言ってるんだ?違うよ。俺は物心ついた時から、こうだった。生まれた時から何も変わってない。三つ子の魂百までという言葉があるだろ?あれは本当だと思う。あの交通事故で、その後の人生が大変だったから歪んだんじゃない。俺はずっとこうだったんだ」

「……どうして、元からそうだったって言える?わからないだろ、自分がどんな人間かなんて。僕は……わからない、自分が本当はどういう人間か」

「だって、覚えてるんだ。3歳の時点で俺は、血を見るのが好きだった。母親が包丁で怪我したのを間近で見てから、どうしても血が見たくてみたくてたまらなくなったんだ。

3歳児にはまだ性的な欲求なんてないっていうやつもいるけど、俺は違うと思う。興奮したんだよ。赤い色に興奮したんだ。体の中がカーっと熱くなって、その熱を解放したくてしたくてたまらなくなった」

「血が見たくて、色々な犯罪に手を染めたってこと?」

「んーどうだろな?確かに血がみたいっていうのはある。だから俺は何をするにも最終的には血を見るようにしてる。詐欺だろうが窃盗だろうが。
あと、俺は生理中の女とセックスするのが好きなんだ。女が生理中のときしかセックスしたくないんだよ。血を出さないと、殺したくなっちゃうよ。でも生理中の女は殺さない。ずっと血を流してるから」

「お前の趣味は聞いてないよ。……でも、よくわかった。申し訳ないけど、君は今日死ぬことになる。僕が君を殺す」

「だろうな」

「……逃げないの?」

「逃げる?なんで?殺せばいいだろ?」

「死にたいのか?」

「いや?でも、自分から流れる血を見るのもいいなとは思うかな。だいたい、生きたいと思おうが死にたいと思おうが、どっちにしろ俺はここで死ぬ気がする。だってお前、頭イっちゃってるだろ。お前は俺よりイっちゃってるよ。そんなやつを初めて見た」

「…………」

「俺は、逃げられない。お前に、殺される。どこまで逃げたってお前は追ってくる。それが俺にはわかるんだよ」

「………………」

「あ、俺を殺す前にひとつだけ」


彼は、光の射さない瞳を細めて、口角を不自然なほどにあげて、忘れたくても忘れられない不気味な顔で微笑んだ。そして、脳の奥深くに刻みつけるような尖ったささやき声で、僕に言った。


「お前さ、この世で一番不幸になれよ。さすがに俺もさ、お前に人生めちゃくちゃにされて、そのうえ殺されて、ただでは死にたくねえよ。地獄から見てるから。お前がこの世界で一番不幸になるの。

俺はお前にさ、長生きしてほしいよ。誰よりも長生きしてほしい。俺は知ってる。生きることが一番不幸だって。特に、お前みたいな、この世の楽しみをあえて避けて妄想の中だけで生きているようなイカれ野郎はさ、生きることが一番地獄なんだよ。一生生きててほしいくらいだよ。

あとさ、お前が死んでも絶対に地獄には来んなよ。正直お前のこと見てると、吐き気が止まらなくなるんだよ。俺なんかよりよっぽどやばい人間だよ、お前は。まじでキモいよ」


こう言われた後、僕は持っていたナイフで彼を殺した。彼は僕に刺されている間もずっと、さっきと変わらない笑った顔をしていた。なんて邪悪な人間なんだろうと思った。こいつの細胞一欠片すらこの世界にとっては劇毒だと強く思った。



殺した後のことはあんまり覚えていないけど、僕は自分の部屋で警察に捕まった。警察が僕の家に来た時、僕は死体と一緒に部屋にいたらしい。……うん、細かいことは本当に記憶にないんだ。すっぽりと抜け落ちてる。僕の記憶は、彼を殺した所から、逮捕されたところまで空白があるんだ。

でも、そもそも殺したあとに捕まって死刑になるところまでが僕の望んだことだったから、死体の処理なんてどうでもよかった。殺人現場や死体を『隠そう』という気持ちが、そもそもなかったんだ。


こうして僕は、悪の中の悪を殺す『英雄』となった。


そして死刑になることによって、自殺以外の方法で『死ぬ』ことができる条件をもクリアした。僕は、神様のもとに行くための準備を整えることができたんだ。
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