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プロローグ

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どうして俺だけがこんな理不尽な目に遭う。
俺は一人ため息を吐いた。
予定表を持つ手が震える。
きっと、一言謝るだけで済む話なのだろう。
しかしその選択肢を選ぶのを、俺の陳腐なプライドが邪魔をしていた。

「どうして......こんなことに......」

今回起きたことは、きっと今まで積上げてきた自分の信用を一瞬で壊してしまうだろう。
軽い貧血をおこし、地面に座り込む。
確かに、俺は今までもそんなに運のいいほうではなかった。雨の日には車がはねた水をズボンにつけ、家に帰ってくることもよくある。
だが、今まで人との約束を破ったことだけは一度もなかった。
この事実が、今までの俺の。たった一欠片の自尊心に繋がっていた。
確かに、俺は天才ではない。決してユーモアがあり、面白い訳でもない。しかし努力と信用を積み重ね、俺ができたいたのだ。

そう。「いた」のだ。

全ての元凶は母だ。
俺には1ミリたりとも責任がないとは言わないが、今回は明らかに母が悪い。

別に、普段なら母の行動は俺にとって有害ではない。
むしろ嬉しいことだ。
だが今は違う。

なぜ俺がバイト先の社長の接待を任された日に、知り合いの......また違う会社の、社長の娘の家庭教師を担当するという予定を勝手に作るのか。
そしてまたそれを前日に言ってくるのか。

しかし、決まってしまったものはしょうがない。
俺はどちらかを休むしかない。
ただ、どちらを休むべきなのかも分からない。

まず、バイト先の社長の接待を休む場合。

バイト先の上司に怒られ失望されるだろう。
それだけではない。なぜ今回バイトが社長の接待を担当するのか。それは、六人いた正社員のうち一人は産休。
二人は病気や怪我で入院。
そして残った三人は、必死に仕事をしている状態だからだ。

そもそも本当ならば社長が来ること自体がおかしいのだが......それは置いておこう。

そんな時に仕事を前日に休むと言い出した俺。
印象最悪だろう。下手したら首になるかもしれない。さすがにそれはないと願いたいが、絶対にないとも言いきれない。
このバイト先の時給は今までの努力によって、破格の2300円にまで増えている。

出来れば明日は休みたくない。

そして次に、家庭教師だ。
まず、親を通じて繋がっているという点がとても厄介だ。この仕事を断ると、これから家庭教師の仕事が来づらくなるだけでなく、親からも文句を言われることになるだろう。
さっき聞いたところによると、1週間前に俺にこのことを言ったつもりのようだ。

まったく身に覚えがないので言ったつもりになっているだけだと思うが、これからの親子関係にヒビが入ることは間違いない。
そしてこの家庭教師。時給が5000円なのだ。
準備などにも時間がかかるので実質時給2500円くらいだとは思うが、高いのには間違いない。

そしてこれらをふまえた上で、一つだけ言えることがある。
俺は悪くないんだ。

そこで俺はあまりのショックに精神を保てなくなり、意識を失った。


ーーーーーーーーー


ぼやけた視界。見慣れない部屋。
そしてそして、コスプレのような服。聞き馴染みのない言語。

これを見て何を思うか。
健全な厨二病男子なら考えることはただ一つ。

ここ異世界じゃね?

ほら、あんなメイド服着た人メイド喫茶でしか見たことないし、今俺のことあやしてるっぽい人もめっちゃ豪華なドレス着てるし。

ということは?もしかして魔法とかあったりする?
もしかしてステ-タスとかも?

もしあるんだったら心の中で念じれば...ってあるわけないか。
魔法はどうだろ。せっかく異世界来ても魔法がないんだったら嬉しさ半減だし。
えーと小説だと確か、魔力を探すんだったっけ。


さあ俺!集中しろ!

まずは頭!何も感じない!
次は肩!何も感じない!
胸!何も感じない!
お腹!何も感じない!
腰!何も感じない!
足!何も感じない!

............どこからも何も感じない。
魔力チートしようと思ったのに。

まぁそんなに簡単に見つかるわけないか。

くそぉ。今のところ異世界っぽいところコスプレしかないぞ。


1回冷静になろう。周りを見渡すと......ん?
あれ、なんか針持った手がこっちに近づいてきて、近づいてきて、近づいてきて.........

プチュッ

痛いなおい!一体なんの真似だ!こんな可愛い赤ちゃんに向かって(知らんけど)!

って、ん?
なんか光ってる。
あ、俺の血垂らした。
もしかしてあれは......魔法陣だ!

この世界にも魔法はあったんだ!

ってあれ、なんか周りの人達俺のこと哀れみの目で見てるんだけど......なんで?

あ、なんか眠くなってきた。この体赤ちゃんだししょうがないか。

そこで俺は本能に逆らえずに眠りに落ちた。
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