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4章 対峙と決別
4-4.小休止(1)
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館に戻り、吸血鬼一同で食卓を囲む。ルシアとフェンツ子爵は、何かあると困るので屋敷に来てもらって、部屋で休んでもらっていた。ステファンが呆然と呟く。
「これで……、いいのか。これだけで……」
「グウェンがいいっていうなら、もう私たちの血で支配しなくったっていいでしょ。私たちはここに住んじゃダメって言われてないし、支配なしで、今まで通り暮らせるし、万事解決じゃない」
私は気分が良くなって、ワインを自分でグラスに注いで飲み下していた。
簡単なことだったのよ、はじめから。
「あとは他の貴族たちは放っておいて、次の血を飲ませなきゃ自動で支配は切れるでしょ。――ヴィルヘルム卿の問題はあるけれど、それは直接行って解決すればいいし」
それから、視線を伏せた。
「リアーナの≪恋人≫の、西の辺境伯の弟さんが病気みたいだから――、彼女が元に戻るまではなんとかもって欲しいけれど。西へ行く時に、寄って、何かできないか見てくるわ」
そのことだけは気にかかるけれど。でも事態は好転している。私はまた顔を上げた。
リアーナをおかしくした、ナタリーの霊的な何かの存在は気にはなったけれど、『彼女』の目的が周辺貴族に対する恨みから、私たちの血による洗脳の支配を続けたいということなら、グウェンの気持ちが変われば、それで満足するんじゃないかしら。
「お前たちは、これからどうするんだ」
お父様が私たちの顔を順に見た。
「今まで通りにここで暮らすにきまってるじゃない。あと、私も≪恋人≫を作るわ。もう貴族の支配に私の血を使わなくて済むんだったら、ステファンやアーノルドから血をもらって力を維持しなくてもいいわけでしょ」
「誰かいるのか?」
思わずふふっと笑みがこぼれた。
「アーティよ」
「あいつは、人狼族だぞ」
横で黙って話を聞いていたステファンが、眉間に皺を寄せて言う。
「でも、アラスティシアでは私たちと彼らは仲良くやってるし、今回みたいにきちんと話せば問題ないんじゃないかしら。アーティはいいって言ってたし!」
完全に気持ちが舞い上がっていた。追加のワインをあおる。
「お前たちは――」
お父様は兄弟を見つめた。
「とりあえず、このままここで暮らすのは変わらないよ。父さんや、みんながいるなら」
ステファンの言葉に、お父様は難しそうな顔をした。もっと、別の答えを求めていたんだろうか。
「お前は、アーロン?」
意見を求められて義弟はびくっとお父様を見た。こういう場で、アーロンに直接意見を求めることは今までなかったから、急に話を振られて驚いたのかもしれない。
「……僕は、ルシアの領地に一度行ってみたい」
彼は頭をかきながら、たどたどしくそう言った。ステファンが言葉を補うように付け加えた。
「まだハンターの問題があるし――周辺の状況を確認しなきゃいけないっていうのは変わってないから、皆で西部地域には行くだろ。その時に、ルシアのところにも寄ればいい」
お父様がアーノルドの方を向いた。口を開く前に、私たちの執事は答えた。
「私は、皆さんのいるところに、今まで通りお仕えするのみです」
***
すっかり真っ暗な闇に包まれた森で木に寄りかかって、空を見上げた。
霧で靄がかかって、あまり星は見えないけれど、ぼんやりとした月の光は見える。
鼻歌を歌いたいような気分だった。
草を踏むような足音がして振り返った。灰色の毛の狼が現れる。その後ろから、シャツにズボンだけの軽装のアーティが眠そうな顔でやってきた。
「アーティ!」
彼は困惑したような表情で足元の狼をなでた。
「――ヤラが兵舎の周りをうろついているので、何かと思ったんですけど――、カミラ様でしたか」
「寝てた?」
「ちょうど起きたところでした。貴族の方を≪月夜宮≫に送り届けてから、兵舎に戻って仮眠のつもりが、気づいたら日が暮れてまして」
アーティははははと笑った。
「大変だったわよね。いきなり彼らを迎えにいってくれだなんて」
「いいんですって。仕事ですから。それより、大丈夫ですか? フェンツ子爵の安全確保とか言ってましたよね。先日の件といい、何が起きてるんです?」
「それが――何か、うまいこと解決したの」
私は口元を緩めた。いろいろと言いたいことはあるけれど、一番伝えたいのは。
「アーティ、私は貴方が好きよ」
彼は、目を大きく広げると、何度か瞬き、頭のてっぺんから出すような声で呟いた。
「は……い?」
「貴方が私を好きだと言ってくれて、他の暮らし方を示してくれたから、他のやり方もあるんじゃないかって思えたのよ。≪血族≫による支配を止めても、大丈夫なんじゃないかって。だから、そのきっかけをくれた、貴方のことが、好きよ。――私の≪恋人≫になってくれない」
アーティは無言で空を見上げると、拳を握って自分の頬を力いっぱい殴った。
そのまま「痛っ」っと叫んで、地面にうずくまる。
「ちょ、ちょっと何してるの?」
駆け寄ると、俯いたまま呟いた。
「いや……、疲労感からくる幻覚かなと思って……」
そんなわけないでしょう。ああ、頬が赤くなってる。私は彼の顔を包むように手を添えた。茶色い瞳と視線が重なった。そのまま顔を寄せ、唇を重ねた。
「これで……、いいのか。これだけで……」
「グウェンがいいっていうなら、もう私たちの血で支配しなくったっていいでしょ。私たちはここに住んじゃダメって言われてないし、支配なしで、今まで通り暮らせるし、万事解決じゃない」
私は気分が良くなって、ワインを自分でグラスに注いで飲み下していた。
簡単なことだったのよ、はじめから。
「あとは他の貴族たちは放っておいて、次の血を飲ませなきゃ自動で支配は切れるでしょ。――ヴィルヘルム卿の問題はあるけれど、それは直接行って解決すればいいし」
それから、視線を伏せた。
「リアーナの≪恋人≫の、西の辺境伯の弟さんが病気みたいだから――、彼女が元に戻るまではなんとかもって欲しいけれど。西へ行く時に、寄って、何かできないか見てくるわ」
そのことだけは気にかかるけれど。でも事態は好転している。私はまた顔を上げた。
リアーナをおかしくした、ナタリーの霊的な何かの存在は気にはなったけれど、『彼女』の目的が周辺貴族に対する恨みから、私たちの血による洗脳の支配を続けたいということなら、グウェンの気持ちが変われば、それで満足するんじゃないかしら。
「お前たちは、これからどうするんだ」
お父様が私たちの顔を順に見た。
「今まで通りにここで暮らすにきまってるじゃない。あと、私も≪恋人≫を作るわ。もう貴族の支配に私の血を使わなくて済むんだったら、ステファンやアーノルドから血をもらって力を維持しなくてもいいわけでしょ」
「誰かいるのか?」
思わずふふっと笑みがこぼれた。
「アーティよ」
「あいつは、人狼族だぞ」
横で黙って話を聞いていたステファンが、眉間に皺を寄せて言う。
「でも、アラスティシアでは私たちと彼らは仲良くやってるし、今回みたいにきちんと話せば問題ないんじゃないかしら。アーティはいいって言ってたし!」
完全に気持ちが舞い上がっていた。追加のワインをあおる。
「お前たちは――」
お父様は兄弟を見つめた。
「とりあえず、このままここで暮らすのは変わらないよ。父さんや、みんながいるなら」
ステファンの言葉に、お父様は難しそうな顔をした。もっと、別の答えを求めていたんだろうか。
「お前は、アーロン?」
意見を求められて義弟はびくっとお父様を見た。こういう場で、アーロンに直接意見を求めることは今までなかったから、急に話を振られて驚いたのかもしれない。
「……僕は、ルシアの領地に一度行ってみたい」
彼は頭をかきながら、たどたどしくそう言った。ステファンが言葉を補うように付け加えた。
「まだハンターの問題があるし――周辺の状況を確認しなきゃいけないっていうのは変わってないから、皆で西部地域には行くだろ。その時に、ルシアのところにも寄ればいい」
お父様がアーノルドの方を向いた。口を開く前に、私たちの執事は答えた。
「私は、皆さんのいるところに、今まで通りお仕えするのみです」
***
すっかり真っ暗な闇に包まれた森で木に寄りかかって、空を見上げた。
霧で靄がかかって、あまり星は見えないけれど、ぼんやりとした月の光は見える。
鼻歌を歌いたいような気分だった。
草を踏むような足音がして振り返った。灰色の毛の狼が現れる。その後ろから、シャツにズボンだけの軽装のアーティが眠そうな顔でやってきた。
「アーティ!」
彼は困惑したような表情で足元の狼をなでた。
「――ヤラが兵舎の周りをうろついているので、何かと思ったんですけど――、カミラ様でしたか」
「寝てた?」
「ちょうど起きたところでした。貴族の方を≪月夜宮≫に送り届けてから、兵舎に戻って仮眠のつもりが、気づいたら日が暮れてまして」
アーティははははと笑った。
「大変だったわよね。いきなり彼らを迎えにいってくれだなんて」
「いいんですって。仕事ですから。それより、大丈夫ですか? フェンツ子爵の安全確保とか言ってましたよね。先日の件といい、何が起きてるんです?」
「それが――何か、うまいこと解決したの」
私は口元を緩めた。いろいろと言いたいことはあるけれど、一番伝えたいのは。
「アーティ、私は貴方が好きよ」
彼は、目を大きく広げると、何度か瞬き、頭のてっぺんから出すような声で呟いた。
「は……い?」
「貴方が私を好きだと言ってくれて、他の暮らし方を示してくれたから、他のやり方もあるんじゃないかって思えたのよ。≪血族≫による支配を止めても、大丈夫なんじゃないかって。だから、そのきっかけをくれた、貴方のことが、好きよ。――私の≪恋人≫になってくれない」
アーティは無言で空を見上げると、拳を握って自分の頬を力いっぱい殴った。
そのまま「痛っ」っと叫んで、地面にうずくまる。
「ちょ、ちょっと何してるの?」
駆け寄ると、俯いたまま呟いた。
「いや……、疲労感からくる幻覚かなと思って……」
そんなわけないでしょう。ああ、頬が赤くなってる。私は彼の顔を包むように手を添えた。茶色い瞳と視線が重なった。そのまま顔を寄せ、唇を重ねた。
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