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1-1.幽霊になった私の未練は

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 なんてこった。

 私は足元の血の海に転がる自分のぐっちゃぐちゃの体を見て呟いた。

 落ち着こう。状況把握状況把握。

 現在午前0:05分。23:30にアルバイト先のカフェの閉店作業を終えた私、篠塚鈴乃しのづかすずのは1人暮らしの家に向かって自転車をこいでいた。

 そして、ここの交差点で、左折してきたトラックの前輪に挟まれてぺしゃんこになった。

 トラックはそのまま走りさって行った。轢き逃げだ。

 そして、今私は自分の死体を見下ろしている。

 いわゆる「幽霊」になってしまったようだ。体全体が透けていて、自分でも輪郭しか見えない。え、これ裸ってこと?

 即死だったのか、痛みは覚えていない。

 目の前に転がる「自分の体」を眺める。

 ……グロいな。骨があらぬ方向から飛び出している。腕も変な向きに曲がってるし。

 でも、なんていうか。自分の死体だとグロいとは思いつつ、そんなにうえって感じはなかった。

 誰か見つけてあげて、私の体。

 時々車が通りすぎるけど、地面に転がっている私の体には全然気づかない。

 黒いコートなんか着なきゃ良かった。

 人どおりのない暗い道、黒服で見えなかったのかな。でも轢き逃げはダメだろ。

 ため息をつく。どうしたらいいんだろう、これから。どうせだったら異世界転生でもしたかった。

 とにかく自分の体の行き先は把握しなきゃと思った。グロい死体の横に座り込む。座り込むんだけど、全然座った感じがしない。感覚がない。

 今12月だから寒いはずだけど、寒さも全然感じない。

 通り過ぎる車におーいと呼び掛けてみたけれど、何の反応もない。

 空を見上げると星が瞬いていた。きれいだな、と思ったら、じわりと涙を流したい気持ちになって、でも涙が流れないことに絶望した気持ちになった。

 死んだ実感が湧いてくる。何でこんなことに。帰って、録画してたアニメだって見たかったのに。死んだのになんで意識だけ残ってんの。他の人もみんなそうなの。死んだおじいちゃんおばあちゃんも?辺りを見回してみたが、自分と同じような「幽霊」はどこにもいなかった。

 私は体育座りをして膝に頭を埋める。体が透けているので膝の中に頭が入る。変な感じ。

 ブシュっと音を立てて、横を通り過ぎる車が放置された私の死体の一部を踏みつぶして走っていく。最悪の気分。

 やがて日が昇った。朝早いスーツ姿のサラリーマンが私の死体を発見して悲鳴をあげる。

 ごめんなさい。横で誤ったけど、私には気づいてくれない。朝からグロいものをお見せして申し訳ない。私の死体が彼にとってトラウマにならないといいけど。

 わらわらと警察が集まってきて実況見分をはじめる。

 私の体ははブルーシートで覆われて救急車に乗せられて運ばれていく。どこにも行くとこがないので、私は一緒に車に乗り込むことにした。

 バッグに入っていた学生証から、警察が学校に連絡。しばらくして電車で3時間かかる千葉の実家から父親・母親・弟の健司けんじが遺体安置所に入ってきて人物確認。泣き崩れる家族。父親が泣いているのは初めて見た。「お父さんー、お母さんー、健司―」呼び掛けてみたけど誰も無反応。そして通夜・葬式。流れるように処理されていく。

 遺体はどうにか見れるように修復されてた。父親が私の1人暮らしのマンションから、買ったばかりのタグ付きの赤いワンピースを持ってきて着せてくれた。ああ、それ来週末開催予定のバイト仲間とのクリスマス会用に気合入れて買ったやつだあ。けっこう高かったんだよ。死体と一緒に燃やすのもったいない。

 葬式は地元だったので、内内に行われた。遺体の状態も悪かったしね。健司がゲームのキャラのぬいぐるみを棺に入れてくれる。ああ、あれ夏休みに帰省したときに、一緒にゲーセンでとったやつだ。あっという間に私の体は骨になり、家の近くの祖父母の眠る墓に納められた。

 私は透明な体のままそれを見ていた。…え、これいつ成仏できるの、私。葬式も終わったんだけど、ちょっと?

 一向に成仏できる気配はなかった。体はすっかり骨になったのに感情だけが残っていて、気が狂いそうになる。どうしたらいいのよ、これ。

 何か状況が変わることを願って、私は電車を乗り継ぎ、事故現場に戻った。生きてるときと同じペースでしか歩けないんだよ。ふざけてるよね。壁の通り抜けはできるからその分ショートカットはできるけどさあ。

「12月〇日 深夜0時ごろ 自転車の轢き逃げ発生 目撃者は連絡を」

 警察署の電話番号が書かれたパネルが置かれている。その下には、いくつかの花束。

 親や、大学の友達や、近所の人が献花してくれたものだ。

 ごめんなさい、まだ成仏できてない。 

 その時、自転車をひいてこちらに向かってくる人影が見えた。

 私ははっとする。バイト先の同僚だった。学部は違うけど、同じ学校の同級生で、バイト先も同じ男子二人。

 やたらと大きい花束を持っている方は――私は目を見開いた。東あずまくん。東義則あずまよしのりくん。

 それは私の想い人だった。
 
 東くんがどうして。私は取り乱す。

 バイトは一緒だったけど、実はそこまで親しく話したことはなかった。

 彼氏いない歴=年齢だし、もともと男子は苦手だったし。

 では何で想い人かというと、バイトに入りたてのころ、彼に助けられたからだ。

 私は初対面の人が苦手だ。いわゆる「コミュ障」だと自分でも思う。

 大学入学当初オリエンテーション期間になぜかインフルエンザにかかり、進学早々学校を休んだ私は、最初の波に乗り遅れ、4月の1か月間、学食を1人で食べ続けていた。サークルの勧誘の波にも乗り遅れ、どこにも入れなかった。毎日授業にだけ出て、速攻帰宅して部屋に閉じこもる毎日。1日誰とも話さない日が続いていた。学校に行きたくなくなって、3日ほど部屋に閉じこもった。誰からも連絡はなかった。当たり前だ。誰ともアドレス交換をしていなかったんだから。

 私は一念発起した。そうだバイトをしよう。

 学校近くの飲食店ではアルバイトをしている学生も多い。

 そこで知り合いを作れば、学校でも話せるようになって、輪が広がるんじゃなかろうか?

 私は、リサーチして、同学年のアルバイトが多そうな、学校近くのチェーンのカフェの面接を受けた。そして採用された。――しかし、アルバイトをはじめたのは既に6月。そこでも新入生のグループがもう出来上がっていて、私はその輪に入ることができなかった。

 お客さんが少ない平日の17時。お店には客席で食事の配膳や案内をするホールスタッフと、キッチンカウンターの中でコーヒーを入れたり食べ物を準備したりレジをするキッチンスタッフがいる。お客さんがいないので、ホールスタッフもキッチンカウンターに集まり、わいわい雑談で盛り上がっていた。その輪に入れない私は、せっせとひとりホールの客席を掃除していた。泣きたい気持ちで。机はどんどんピカピカになっていくけれど、心は曇るばっかりだった。ここでも結局ダメなのかな、誰とも友達になれずぼっち生活確定かなって。

 その時、声をかけてくれたのが東くんだった。キッチンにいた彼は、急に「俺ホールに出るわ」と言った。うちのカフェバイトではホールとキッチンのスタッフは状況に応じて交代制になっていて、ホールの人出が足りない時はキッチンがホールに出る。逆もある。

 びっくりした。だって今全然お客さんいないし。

 彼は輝く(私には周囲に薔薇の花が見えた)笑顔で私に言った。「篠塚さん、代わりにキッチンお願い」と。

 ただ、それだけのこと。人に話したら馬鹿にされそうな、ただそれだけのきっかけだった。

 だけど、彼がホールに出たことで、おしゃべりをしていた他のホールスタッフは、「そろそろ混み始めるしね」とホール作業に戻った。キッチンに入った私は、「東、急にどうしたんだろうね」と話すキッチンスタッフの話題に何となく入ることができて、それをきっかけにアルバイト仲間と話ができるようになった。それをきっかけに、学校で同じ授業をとっていたアルバイト仲間と話すことができて、その友達と友達になり、お昼を一緒に食べることになった。夏休みに入る前に駆け込みで孤独から脱出したのだ。

 私は彼の心遣いに感謝した。感謝を飛び越してときめいた。好きだと思った。私はそれ以来、東くんのことを見つめ続けた。彼は真面目な方のテニス部に入っていて(私の大学には飲みサーのテニスサークルと、真面目にテニスをしているテニス部がある)、アルバイトは週に2日程度しか来なかったけど、私は彼と一緒のシフトを入れるようにした。一緒のシフトの時、彼がいつも助けてくれるのに気がついた。料理を運ばないといけないのに目の前で子どもが横転してジュースこぼして、オレンジジュースの水たまりを作ったときは、さっと私の手から料理をとって「俺が持っていくよ」の一言。背景にまた薔薇の花が見えた。

 1年半一緒に働いて、世間話以上の話をすることはできなかったけど。

 私は、だから彼が花を持って私の事故現場に来ていることにびっくりする。ただの世間話しかしたことがないアルバイト仲間だったから。しかも花束やたら大きくない。他の献花の2倍くらいの大きさで、誕生日にもらうような花束だ。東くんは私の横をすっと通りすぎると、自転車を止め、看板の下に花束と――『黒蜜きなこクッキー』を置いて手を合わせた。

 『黒蜜きなこクッキー』!!東くん、なぜそれをセレクト?それは私がここ最近ハマっていたお菓子だ。

「そのお菓子、何?」

 もうひとりのバイト仲間の男の子――石川くん――が東くんに聞く。

 グッジョブ、石川くん!

「篠塚さん、いつも休み時間にこれ食べてたから」

 しんみりと東くんが答える。えええ東くん、知っててくれたの?

 石川くんも手を合わせてくれる。ありがとう。

「同級生が死んじゃうなんてな」

「ほんとに」

 東くんがうつむく。ちょっと震えたような声。石川くんが驚いたように言った。

「お前、泣いてるの?」

「べつに。ただ、人ってあっさり死ぬもんだなって思って」

「……義則、お前、篠塚さんのこと気にしてた?」

 さっきからナイスアシスト!石川くん。私はもうしないはずの心音が高鳴る気がした。

 東くんは少し考えるようにして、口を開いた。

「篠塚さんがいなくなってさ、いろいろ、例えば調味料の補充とか、ペーパーの補充とか、ぜんぜんされてないのに気づいて。やっぱり細かいところに気づいてやっててくれたんだなと改めて思ったんだ」

 それから、しゃがんでもう一度手を合わせてくれた。

 仕事、無駄にがんばってて良かったな、と私はしんみりと思った。けっこう好印象だったのかな。もっと話しかければ良かったかな。アドレス聞いとけばよかったかな。それで一緒にお出かけとかしとけば良かったかな。動物園とか行って、手をつないで良い感じになっとけば良かったかな。帰りに家に寄ってかない?とか言えば良かったかな。それで、良い感じになってキスとかしとけば良かったかな。ついでに勢いあまってヤッとけば良かったかな。

 もう全部できないんだ、と私は思った。泣きたかったけど、涙は出てこない。

 そうだ、私は彼と付き合いたかった。手をつないだりしたかった。洗い場で、彼の長い指を見るたびにドキドキしていた。男子の更衣室から「腹筋が割れた」と話しているのが聞こえて、耳をすませた。その腹筋を触りたいと思っていた。制服を腕まくりしていると、テンションが上がった。東くんは腕の筋肉と、骨格が素敵だ。骨太で、カルシウムいっぱいとってそう。短く刈られたお金のかかってなさそうな髪形も似合っている。一重で涼し気な目も良いと思う。塩顔イケメンだ。

 しゃがんで手を合わせる彼の背後で、私はその背中に見とれていた。中学高校からテニスをやっていたという東くんの背中はがっしりとしている。そのがっしりとした背中を見て、私はその背筋に触りたいと思った。すてきな、はいきん……。

 彼の背中に思わず手を伸ばす。触りたい、そう強く思った瞬間。手に、感覚が宿った。彼の、しっかりとした、肩の骨と筋肉の感触が手に伝わってきた。

「!」

 東くんが驚いたように振り向く。私は驚いて手を放す。

 え、何今の。感覚があったんですけど。

「どうしたんだ」

 石川くんが驚いたように言う。

「今…なんか、背中がひやっと…」

 ……。妙な沈黙が訪れた。石川君が気まずそうに話し出す。

「寒くなってきたしな。もう今日は帰ろうぜ」

 ああ、と言って東くんは立ち上がった。去り際に、もう一度手を合わせてくれる。

 未練。

 私はその言葉を頭に思い浮かべた。

 未練があるから成仏できないなら、その未練は。

 東くんかもしれない。

 私は東くんについていくことにした。彼の家を見てみたかった。幽霊特権てやつ?

 それぐらいしてもいいよね。ほら、成仏できるきっかけがあるかもしれないし。

「またな、石川。明日バイトで」

 東くんはしばらく進んだ曲がり角で、友達に手を振った。

 私も手を振る。石川くんもありがとう。

 東くんの家は、2階建ての築年数が古そうなアパートの2階だった。

 男子の家ってこんな感じなのね。

 私は父親が心配して、オートロック付きの女子生徒向けのマンションに住んでいたので、ザ・アパートな外観のその家は新鮮に感じた。

 オーソドックスな6畳の部屋。でもリフォームしてるのかな。建物の外観にしては、部屋のフローリングも新しそうで、けっこう綺麗。

 1Kで、キッチンが3畳くらいありそう。2口のガスコンロが置いてある。いいなあ。私の家は1ルームで、IHの1口だったから羨ましい。東くんは、キッチンがメイン担当だったから、けっこう料理とか家でするのかな。その姿が見たいと思った。かわいいエプロンとか使ってたら最高なんだけどな。かわいいだろうな。

 東くんは、ため息をつくと、荷物を床におろし、6畳の窓際に置いてあるベッドに座った。

その正面にある、1人暮らしにしてはやや大きめのテレビのスイッチを入れる。ニュース番組がやってる。交通事故のニュース。チャンネルを変えて、バラエティーにする。

 それから、スマホを開いた。私はそれを後ろから覗きこむ。いいよね。成仏できるきっかけがあるかもしれないし。――この言葉全ての行動の免罪符になってる気がするけどまあいいか。

 東くんは写真を見ている。この前、バイトを辞めちゃった先輩の送別会の時の写真だ。手が画面をスワイプすると、どんどん写真が切り替わる。彼の手が止まる。その写真は――私と辞めてしまった先輩が一緒に写っている写真だった。私はすっかり酔って先輩と肩を組んでピースをしている。

 ――覚えてないな。こんなの撮ってもらったっけ。みんな次々写真とってたからなあ。

 東くんはしばらくその写真を見つめて、それからうつむいた。大きなため息。右手でリモコンをとってテレビの音量を大きくする。ひな壇のお笑い芸人の笑い声が部屋に響いた。

 ちょっと待って。これは私の写真を見て、悲しんでくれている?

 いや、先輩がバイト辞めちゃったからじゃない?

 でもさっき、事故現場に来てくれてその流れでしょ。

 脳内で自分同士が会議している。

 ちょっと待ってちょっと待って。もしかして脈があった?

 東くんも私に対して何かを思ってくれてた?その……「好き」とか?

 東くんは画面を変えて、LINEを開いた。「篠塚鈴乃」。私の名前が出てくる。トークルームは空白。背景の青空だけが見える。メッセージ欄に「バイト先の東だけど、こんばんは!」と書かれている。

 ――これ私も同じことしてたな――。アルバイト先のLINEグループがあって、そこに東くんがいるのはわかってて、グループ上でやりとりはしてたんだけど、個別に友達申請はしてなくて。メッセージを送ろうかと思ったんだけど、急に送ったら気持ち悪いかと思って、書いては悩むを繰り返してた。私も文面「バイト先の篠塚ですが、こんばんは」だったよ。

 未練解消のきっかけどころじゃなかった。未練はどんどん大きくなるばかり。

 東くんは横になると、テレビを消してスマホで音楽を流して、ベッドに横になった。

 私はその横でひざを抱えて、また膝に頭を食い込ませて座っている。

 誰にも認識されることなく、何かを伝えることもできない状況で、あるかもしれないかった可能性を見せつけられることはきつかった。何でこんなことに。死ぬなら死ぬで、さっさと天国でも異世界でもどこかに行ければ良かったのに。

 私はさっき、彼に触れたいと思った時に、一瞬感覚を取り戻したことを思い出した。ベッドからだらんと垂れる彼の腕に触れる。あぁ、しっかりした筋肉が素晴らしい。私は、手のひらに感じた。自分の腕と違う、筋のしっかりした、腕。しっかりとした骨。体温の感覚。

「うわぁ」

 声を上げて、東くんが文字通り跳ね起きる。私はそれにびっくりして隅に飛びのく。

 彼は室内を見回す。しばらくそうしてから、彼はテレビをつけた。 

 また、お笑い芸人の笑い声が室内にこだまする。

 ……申し訳ない。でもやっぱり。東くんに「触りたい」と思うと、触れるみたい。私は近くのティッシュケースに手を伸ばした。すっと手が通りぬける。触れない。目をつむり、(一応目をつむる行為はできるみたい)、東くんの腕の筋肉と背筋を思い浮かべる。さっき触った感触を。そして手を伸ばす。

 触れた。ティッシュケースに。固い、紙箱の感触。でも、目を開けるとすぐに、その感覚はなくなってしまった。箱は私が触った衝撃でずれて、テーブルから落ちる。

 カタン、と落ちたティッシュ箱の音に、東くんはびくっと体を震わせた。目に恐怖の色が宿っている。床に転がるティッシュ箱を怯えたように見ながら、恐る恐るそれを机に戻した。それから窓を確認する。しっかり閉まっているのを何度か確かめてから、再びティッシュ箱を見る。「なんやねん、なんやねん」と呟いている。

 私はその呟きにキュンとした。奈良出身の東くんは、ごくたまに関西弁が出る。それが聞けた日は1日テンションが上がるので、たまに彼が休憩室にいるときに、大きい音を立ててみたりしていた。そうすると、東くんはびくっと飛び跳ねて「なんやねん」と言う。

 東くんは、スマホを手にとると、電話をかけた。

「もしもし、石川?俺だけど、その、いや別になんでもないんだけど、お前何してるの今?え、何でそんなこと聞くかって、ただ気になったからだよ。……え、彼女とごはん中?そっか、ごめん……切るわ」

 通話は5秒で終わってしまった。

 東くんはスマホを握りしめて固まっている。それから、スマホの動画サイトを開いて、音楽を流し始めた。そして歌いながら腹筋を始めた。

 なにこれ。かわいいなあ。

 東くんは、そのまま3曲ほど流し、「よし」と言って立ち上がった。

 また曲を流して、歌いながら冷蔵庫を開け、皿を取り出す。作り置きのおかず?自分で料理するんだ、すごい。それをレンジに入れ、温める。お湯を沸かし、注ぐだけの味噌汁を作る。うわあいいなあ。おいしそう。

 ご飯を食べながら、テレビに向き直った。録画してあるアニメを見るようだ。それは、私も続きを見たかったやつだったので、一緒に見ることにする。ちらり、ちらりと東くんの横顔を見ながら。

 彼に触れたいと思うと、触れられる。やっぱり、成仏の切り札は東くんなんじゃないだろうか。彼に関しての私の未練は?付き合いたかった?手を握りたかった?キスしたかった?

 アニメを4話消化してから、東くんは立ち上がった。流しへ皿を下げ、洗う。

 そして、服を脱ぎはじめた。

「風呂に入るか」

 と口に出して言う。テレビはまたバラエティに。音量をもっと上げる。

 そ…そう。まだ20時だけど早めにお風呂に入るんだね。

 あっという間に、彼はすっ裸になる。私は一点を凝視した。彼の股間。

 ぶら下がっているもの。あれが、ちんこ。初めて見る、ちんこ。

 頭に血が上るのを感じる。

 な内臓器官が外に出ちゃってるっぽい感じ。周囲の皮膚より浅黒い色が内臓っぽい。ずいぶんと……ふよよんとした感じというか、くにゃっとしてるんだな。

 漫画とかで知ってるイメージだと、もっとそそり立つ感じだけど、通常時はあんな感じなのね。そりゃそうか、日中からそそり立ってたら大変だよね。

 どぎまぎしている私を尻目に、東くんは浴室へと消えていった。

 この部屋には脱衣所はない。キッチンのところにある、半透明の扉を押せばすぐに浴室だ。

 私は彼のキュッとしまったお尻を見送った。

 お尻はかわいい。私はお尻は好きだ。何で前はあんなに生生しいんだろう…。

 シャワーの音、無駄に心拍数があがる。心臓ないけど。

 東くんは一瞬でお風呂から出てきた。カラスの行水。そんなもんでいいの?ちゃんと洗えてるの?私はまた彼の股間に視線を注ぐ。何だ、タオルで拭いてて見えないや。

 「よっ」となぜか掛け声をかけて、東くんは赤いボクサーパンツを掃いた。そのままベッドに向かう。部屋は暖房がきいていて温かい。

 ベッドに腰かけると、彼は一息ついて、おもむろに自分の股間に右手をあてがった。私はいそいそとその横に腰かけ、それを見つめる。これはまさか。

 彼は、ベッド脇の本棚から雑誌を一冊取り出した。乳の大きい女の子の絵が表紙の雑誌。

 これがエロ本ですか!3次元じゃなくて2次元でやるタイプですか!東くん!!

 私は彼の股間に注目する。ぽろん、と赤いパンツから、彼の彼が出てくる。右手がそれをスワイプすると同時に、それはむくむくと大きくなってきた。

 わあ。すっごい。

 はじめて見る現象に、私は興奮を隠しきれなかった。東くんは左手でティッシュを探していた。私はティッシュボックスを彼に寄せてあげる。テンションが上がってるからか、私の手は実体化している。箱を移動しても東くんは全然気づかない。

 彼は私が寄せてあげた箱から、数枚ティッシュを引き抜くと、股間にあてがった。

 「うっ」という声にならない声。白いものがティッシュに放出される。ぶるぶると東くんの東くんが震えている。

 わあ。私は目をしばたいた。はじめて見た。生命の神秘。

 東くんはパンツにそれをしまうと、ベッドに横になってはあと息を吐いた。

 触りたい。私はそう思った。手に感覚が宿る。

 私はその手を、彼の股間に伸ばした。柔らかなそれに触れる。ぐにゅっとした感覚。

 べとり、と手に粘着質の液体がついた。

 「うわ」私は思わず手を放す。

 「なんやねん!」と私の10倍くらいの声の大きさで東くんが叫んで飛び起きた。

 ベッドの隅に寄って、枕を胸に抱えて周囲を怯えた目で見まわす。

 その視線と、私の視線がぴたりと合う。

「……し……篠塚さん……?」

 彼は目をまん丸にして私を見ていた。

「東くん、――見えるの?」

 私は自分の体を見た。輪郭がはっきりしている。皮膚の色も見える。体が「ある」。

 ――――そして、私は全裸だった。

「きゃあああああああ」

 声を出して布団をかぶる。温かい毛布の感触。

 布団から顔を出すと、東くんが困惑した顔で私を見ていた。

「お邪魔……してます……」

 私はおそるおそる言葉を発した。

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