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1 好きな人が出来たんですね?
しおりを挟むその日の朝。いつも通り高校に登校してきて自分の席にと座ったわたしの前に、親友のルルがどこかためらいがちにゆっくりと歩み寄ってきたのが全ての始まりでした。
いつもおちゃらけていてバカなことばかり言ったりやったりしている彼女にしては珍しく、真面目な表情を浮かべているなとは思ったのですが。この時わたしはそれ以上深く考えることもなく、普通に『おはようございます、ルル』と挨拶をしただけでした。
うん。みっちゃん、おはよう。
いつも通り、笑顔と共にすぐにその言葉が返ってくることを疑っていなかったわたしでしたが。何故かいつまで待っていても、ルルの口からその言葉が発せられることはありません。
さすがに奇妙に思って改めて彼女の顔を見やったわたしは、そこに意外なものを見ることになりました。かすかに頰を赤らめて息を乱し、恥ずかしげに視線を宙に泳がせながら胸の前で両手の指を忙しげにからませたり外したりしている彼女の姿です。
妙にもじもじしているその態度は、実にキモかったです。
「あのさ。実はみっちゃんに相談があるんだけど。放課後、つきあってもらえないかな?」
やがて彼女は意を決したように、いまにも消え入りそうな声で言ってきました。
おやおやあ? これはもしかしたら恋愛がらみかと、鋭いわたしはぴんと来ました。ルルは恋に悩んでいて、その相談相手にわたしを選んでくれたのでしょうか? ならもちろん、親身になって相談に乗ることにやぶさかでありません。人の恋バナを聞くのは嫌いではないですしね。
「分かりました。それでは今日の帰りに、どこかのファーストフード店にでも入って話を聞きましょう。それでいいですか?」
「うん。もちろん。じゃあ、放課後にね」
わたしの返事を聞いてルルはほっとしたように、笑顔で自分の席に戻っていきました。
ルルの相談の内容というのはきっと、好きな人が出来たけれど告白する勇気がないとかそういう話だと思われます。となるとわたしの役割は親友の恋が成就するよう彼女のお尻を撫でて……じゃなくて、叩いて叱咤激励してやることでしょう。
責任重大ですが、ちょっと楽しみですね。恋の橋渡しというやつを、わたしは一度やってみたかったのですよ。
そう言うと『自分だって彼氏なんかいないくせに他人の世話なんか焼いている場合?』などと友達からは笑われるのですけどね。いいんですよ。それはそれ、これはこれです。
ともあれ。放課後。帰りのホームルームが終わるや否や一目散に教室を飛び出したわたしとルルは、駅前の繁華街にある某有名ハンバーガーショップのチェーン店にと足を踏み入れました。
店内はわたしたちと同じ学校帰りの中高生やらお勉強中らしい浪人生やらヒマつぶしの大学生やら、仕事をサボって休憩中と思われるサラリーマンOLのみなさんなどで賑わっていましたが、幸いにも満席というほどではありません。
わたしはカウンターでクリームのたっぷり入ったLサイズウィンナーコーヒーと、ビッグサイズアップルパイにポテトのセットを注文しました。
一方ルルが注文したのはMサイズのアイスレモンティーのみ。
わたしたちはトレイを持って二階窓際にある二人席にと移動すると、差し向かいに腰掛けました。さて、それでは話を聞きましょうかと、わたしはコーヒーにもパイにもポテトにも手をつけることなく、ルルが口を開くのをじっと待ち続けます。
ところが彼女はなかなか話を切りだそうとはしません。ただ店内のあちこちに視線を泳がせながら、もじもじと内股をこすり合わせているだけ。
それでもわたしは数分の間、彼女が口を開くのを辛抱強く待ち続けていましたが、この調子では相談とやらが切り出されるころには明日の朝になってしまいそうです。
さすがにそこまで待ってはいられませんので、こちらから水を向けてみることにしました。
「好きな人が出来たんですね?」
先手を取ったわたしの言葉にルルは面白いくらいに動揺してぴたりと動きを止め、続いて恐る恐ると言うようにあたしの顔を見上げてきたのでした。
「み……みっちゃん。なんで、分かったの?」
「そりゃあ、分かりますよ。そろそろつきあいも長いですしね」
わたしは腕と足を組んで、偉そうに鼻から息などを吐き出しながら応えました。長いと言っても高校に入学してから知り合ったわけですから、せいぜい半年とちょっとなんですが。
「うん。実は……そうなの。みっちゃん、応援してくれる?」
「もちろん! わたしに出来ることなら、どんなことでも力になりますとも」
上目遣いに尋ねてくるルルに、わたしは胸を——最近目に見えて大きくなり始めてきやがったたため重くてうざったいなという思いと、ちょっと嬉しく誇らしい思いとが半々に混じった微妙な乙女心が詰まっています——どんと叩きながら力強くうなずいたのです。
「よかった。みっちゃんならきっと、そう言ってくれるって思ってたんだ」
「それで、相手は誰なんですか?」
「それは……」
わたしの当然の質問に、何故だかルルはなにも応えようとはしません。ただわずかにはにかみの表情を浮かべ、どこか照れくさそうにちらちらとわたしの顔を見やるだけです。
……まさか。
ふとあることに気がついて、わたしは背筋がぞわわわっと震えるのを覚えました。もしかしてルルが好きな相手というのは、このわたしのことではないかということに思い至ったのです。
どうしましょう。わたしは一応性的にはストレートのつもりなので、いくら気心の知れた親しい相手であっても女の子相手に恋愛をする気はありません。ありませんが、機会があるのならちょっとくらいはいいかも……。
いや、まあ、考えていても仕方がありません。なのでわたしは意を決して、ごくりと一つ唾を飲みこんでから、勇気を振り絞って小声でおもむろに口を開きます。
「あの、ルル。まさかと思いますが、あなたの好きな相手というのはもしかして、わたし、ですか?」
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