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20 お相手はどんな感じの子だったんですか?

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「なんですか? あの聞いているとはなの奥がむずがゆくなってしまいそうな会話は」

 再び歩き始めた二人の後を追いながら、わたしは面白くない気分でつぶやきました。

「そうかい? 初々ういういしくて微笑ほほえましいじゃないか。私の初デートの時を思い出すね」

「え? 渋谷しぶやさん。デートなんかしたことがあるんですか?」

 明治めいじ乙女おとめのようにほほさくら色にめうっとりした口ぶりで言った渋谷さんに、わたしはもやもやした気分も一瞬いっしゅん忘れて、思わず食いついてしまいました。渋谷さんはニヒヒと、ちょっといやらしい感じにれ笑いしながら『まあね』とこたえてうなずきます。

「小学六年生の時に一度だけクラスメートの男子と、ね。まあデートと言っても小学生同士だからねえ。いま思い返せば単に二人で遊びに行っただけみたいな感じだったんだけど、本人たちは立派りっぱなデートのつもりだったんだよ。ませてたんだか、うぶだったんだか」

「へえ。で、お相手はどんな感じの子だったんですか?」

 モテカーストではわたしやルルと大して変わらない位置にいると思っていた渋谷さんが、小学生のころに一度だけとは言えデートしたことがあるというのは意外でした。その相手がどんな男の子だったのかということには、ちょっと興味きょうみがありますねえ。

「そうだねえ。年のわりにちょっと小っちゃいほうだったかな? 女の子みたいに丸っこい感じで、どこかふわふわしてたよりなさげで。なのに意外と凛々りりしくてきっちり引きまった……」

「ふむふむ!」

しりをしていたよ」

 ……くんじゃなかったです。

 分かっていたはずなのに。この女は、人間をお尻でしか判断出来ないのだということを。

「ん? どうした宮部みやべ。急にそんなげんなりしたような、ぐったりしたような、くたびれたような顔になって」

「なんでもないです。ただ、渋谷さんは本当にお尻が好きなんだなあってあきれ……じゃなくって感心していただけですよ」

 深い実感じっかんをこめて、重く湿しめったため息と共にらしたわたしの言葉ですが。意外なことに渋谷さんは目を四角く見開いて、ぶるんぶるんと首を大きく横にったのでした。

「宮部はなにか勘違かんちがいしてるみたいだけど。別に私は尻が好きなわけじゃないぞ」

「え? ちがうんですか? お尻の形で人を認識にんしき出来るくらいだから、てっきりお尻が大好きなのかと思っていましたけど」

「それは違う。さっきも言ったけど私はむかしから人の顔を覚えるのが超苦手でね。そのせいで余計な苦労を背負いこんだり、あらぬ誤解ごかいをされたりすることも多かったんだ」

「それはそうでしょうねえ」

「そこで私は考えた。人の顔を覚えられないなら、他の部分の造形ぞうけいを覚えることで個人識別の手がかりにすればいいのだとね。そうしてわたしがその手段として選んだのが」

「お尻の形だったというわけですか?」

「その通りだよ宮部。人の顔を覚えられないのならば、尻を覚えればいい。この真理しんり、名づけて尻真理に気がついてから私は人の尻の形を記憶するために、血のにじむような努力をしたんだ」

 尻真理って……。なんか、まじまんじみたいですねえ。

「それはなんと言いますか、アホらし……いえ、さぞかし大変だったでしょうねえ」

「分かってくれたかい、宮部? つまり私が尻にこだわっているのは別に尻が大好きだからではなくて、単に必要にせまられて仕方なくというだけのことだったんだよ」

「はあ。ですが人のお尻の形を覚えるための努力をするほどの根性があるのなら、普通に人の顔を覚えるための努力をしたほうがよっぽど楽で手っ取り早かったんじゃないですか?」

「いや、それがそうはいかなかったんだよ。君らのように普通に人の顔の違いを区別出来る能力アビリティを持っている人間には想像そうぞうもつかないことだと思うけど。わたしにとっては他人の顔を覚えることよりも尻の形の違いを覚えることのほうが、よっぽど簡単だったんだ。もちろん決して楽なことではなかったけどね」

 アビリティって……。

「そうだとしても、人を識別する材料になにもお尻を選ばなくても……。他にも色々あるでしょう? たとえば耳の形とか。耳って、人によってそれぞれ微妙びみょうに形が違っているらしいですよ。耳ならお尻よりも覚えるのが簡単そうですし。なにより、その人が誰なのかを確認するためにわざわざ背後はいごに回る必要もないでしょう?」

 何気なく、思ったことをぽつりとそのまま口にしたわたしでしたけれど。それを聞いた渋谷さんはきょかれたような驚愕きょうがくの表情を浮かべて、次の瞬間しゅんかんには口からたましいが抜け出てしまったかのごとき顔面が蒼白そうはくになり、その場にがっくり両手と両ひざをついたのでした。

「そこまでは、考えが回らなかった……」

 生命そのものをしぼり出そうとするかのような、はげしい慟哭どうこくの声をらしながら……。

 そんな、放心してしまった親友の姿をかたわらで見守りつつ、わたしは心の中でそっと呟いたのです。

 こいつアホや。アホがいる。

 と。




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