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22 はあ? 怒っているって、なにに対してですか?
しおりを挟むともあれ。この席ならルルたちから見つかりにくく、なおかつこちらからは二人の様子をこっそりうかがうことが出来ます。ウェイトレスさん、グッジョブです!
厨房にと戻っていくウェイトレスさんの後ろ姿に向け親指を上げて見せながら、わたしは心の中でそっとそう声をあげたのでした。
さて。現在このカフェにいるお客はわたしと渋谷さん、ルルと駿介。他にはトイレ正面の二人席に座ってホットコーヒーを飲んでいるやたら恰幅がよくてお化粧の濃い、年齢五〇代くらいでいかにも有閑マダムといった感じのおばさん二人組の、合計六人だけです。
ちなみに店内は、お客さんが三〇人くらいは余裕で入れそうな広さがあります。日曜のお昼時という時間帯を考えれば、やっぱりあまり繁盛しているとは言い難いですね。
清潔で雰囲気もそれなりによく、メニューを見てみれば飲みものだけではなく軽食の類も種類が結構あって、お値段もリーズナブルなのに。何故これでお客さんがあまりいないのか不思議ですね。もしかして料理がものすごく不味いのでしょうか?
その後。注文をとりに再びやって来たウェイトレスさんにわたしはベーコンレタスサンドイッチとブレンドセットを頼むと、ルルたちに気づかれないようこっそりと二人の様子をうかがいました。ちなみに渋谷さんが注文したのはとんこつラーメンです。
なんでカフェのメニューにとんこつラーメンがあるのかは謎ですが。
ルルと駿介が座っているのは店の隅っこにある、窓際の二人席です。向かい合って座っているので、当然ですがさすがにもう手はつないでいませんね。それでもうっとりした様子でお互いの顔を見つめ合っているのは相変わらずですが(けっ!)。
「ねえ、駿介くん。あたしたちって、他の人たちからどんなふうに見えてるのかな?」
ウェイトレスさんが持ってきてくれたコップの中の水を口に含みながら、ルルは楽しげな口ぶりで駿介にそのようなことを尋ねています。バカップルに特有の質問ですね。
なにくだらないことを訊いていやがるんですかこの変質者女はと、わたしは不愉快な気分を抑えきれません。『もちろん、お似合いのカップルだなって思われているんじゃないかな』とでも応えてほしいんでしょうか。そんなわけないでしょうが!
「せいぜい、仲のいい姉弟だなって思われるのが関の山ですよ。通りすがりのおばさんに『あら~。弟さんずいぶんと可愛らしい顔立ちをしているのね~。まるで天使みたいよ。お姉さんとは全然似ていないのね~』とか、悪気の全くない表情と口調で言われやがれです!」
「……宮部。実際にそう言われたことがあるんだねー」
こっそり呟いたわたしの言葉に、渋谷さんが同情するような視線を向けてきながら言いましたが。すぐに腑に落ちなさそうな表情になり軽く眉をしかめると、さらに言葉を続けます。
「宮部。君さあ。さっきからなにをそんなに怒ってるんだい?」
「はあ? 怒っているって、なにに対してですか?」
「それを訊いてるのは、私のほうなんだけどね。南夜鍋駅前の公園からこっち、高内と弟くんをストーキングしてこのセンターモールの最上階に来るまで、君はずっとイライラしっぱなしだったじゃないか。いまみたいに独り言で高内に対して悪態をつくことも多いし」
「そ、そうだったですか?」
なんとなくうつむき加滅になりながら、ごにょごにょと呟くような言いかたになってしまうわたしでした。渋谷さんは片方の眉毛をぴくりと跳ね上げさせながら顔をずいとこちらに近づけてきて、なにかを探るような目つきでわたしの顔をじろりと睨めつけてきます。
「そもそも君はどうして、高内と弟くんの後をこっそり尾け回してなんかいるんだ?」
「それは、説明したでしょう? わたしは駿介のことが心配で……」
「君が心配してるようなことを高内が弟くんに対してすると、本気で思ってるのか? そりゃ高内はちょっとちゃらんぽらんなところがあって言動もいささか軽いし、下ネタめいた冗談を言うこともあるけど。本質的には真面目で誠実で常識的な、ごく普通の女の子だぞ」
「そんなことは、分かっていますけど」
「分かってるならなにを心配することがあるんだ? 君のいままでの態度を見てると弟を心配する姉と言うより、彼氏を他の女に盗られそうになって焦ってる彼女みたい……」
と、そこまで言ってから渋谷さんはなにかに気がついたかのようにハッと息を飲みこむと、みるみるうちに渋い表情になり、椅子の背もたれにどっかりと身を寄りかからせました。
「なるほど、そういうことか。やれやれ。ショタ趣味は高内だけかと思ってたら、まさか宮部もだったとはね。いや、宮部の場合はショタコンと言うよりブラコンか。ショタブラコンだ」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ渋谷さん! あなたいまなにかすごい勘違いとかしちゃったりしていませんか? 思いこみだけで勝手なことを言って、一人で納得しないでください!!」
わたしは渋谷さんの誤解を正そうと、懸命に言い募りましたけれど。当の彼女はまるで聞く耳を持とうとせず、子供をなだめるみたいにはいはいとおざなりの返答をするだけです。
まったく。渋谷さんがここまで思いこみの激しい人だとは思っていませんでした。こうなったらこれ以上、わたしがなにを言っても無駄でしょう。それどころかこちらがむきになって否定すればするほど、やっぱりそうだったんだなと確信を深めてしまいかねません。
仕方ありません。ここはあえて反論はしないでおいたほうが無難でしょう。そう思いわたしはやれやれと肩をすくめて見せるだけで済ませたのでした。
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