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28 癪にさわることにすこぶる順調なようなのですよ!
しおりを挟むルルと駿介の初デートから、早くも一〇日あまりの時が経過しました。
あの日は新夜鍋センターモール最上階にある『純喫茶コッペリア』のオーナー、岡本さんが余計なサプライズサービスなんかをしてくれやがったお陰で、結局わたしと渋谷さんが二人のあとをこっそり尾けていたことはルルたちにあっさりバレてしまいました。
当然これ以上の尾行は断念せざるを得ず、わたしと渋谷さんは渋々引き返すことに。そのためあれからあの二人がどんなキャッキャウフフデートをしてどんなラブラブ会話をしていたのかは、残念ながらわたしの知るところではありません。
ただ、あれから二人の仲がどうなったかといいますと、癪にさわることにすこぶる順調なようなのですよ! 放課後などに待ち合わせして一緒に遊びに行ったり、会えない時もスマートフォンの無料通話アプリを使って話をしたりと、リア充ライフを満喫しまくっているみたいです。
高校生と小学生の交際なんてどうせ長くは続きっこないと高をくくっていたわたしですが。別れようとする気配が全くと言っていいほど見えない最近の二人の様子には、さすがにそろそろ焦りの気持ちが出てきます。
「はあ」
学校からの帰り道。肩を落とし通学路をとぼとぼと歩きながら、わたしは本日何度目になるか分からないため息をこぼしました。
時間はまだ十二時を回ったばかりですが、今日は午後から定例の職員会議がある日なので授業は午前中だけ。部活や委員会もお休みになり、お昼になると生徒は学校から追い出されてしまうのです。
ちなみにこれまでわたしはよくルルと一緒に学校から帰っていました。お互い帰宅部でバイトなどもしていなかったため、時間が合ったからです。
ですが今日……言うかここ数日の間、家路につくわたしの隣にルルの姿を見ることはありません。
と言うのも、ルルが駿介とつきあい始めるようになってから、わたしはほとんどふられっぱなしだからです。今日も一緒に帰ろうと誘うわたしに対して彼女は、駿介と遊びに行く約束があるから無理だとあっさり断って、放課後になるとそのまま超特急で帰ってしまいましたし。
「なにため息なんかついてるんだい、宮部。ため息は一回つく度に、幸せも一つずつ逃げて行くとか言ってたのは君じゃなかったっけ? ……はあ」
ルルと共に下校することが少なくなった代わりに、というわけでもないですが。最近なんとなくわたしと一緒に帰ることが多くなった渋谷さんがわたしの隣で、わたしと同じように肩を落としとぼとぼ歩きながら言ってきます。
「渋谷さんだってため息をついているじゃないですか。どうしたんです? なにか困ったことでもあったんですか?」
「まあね。君と二人で、高内と弟くんのデートをストーキングしてた日曜日のことだけど。実はあの日朝からバイトのシフトが入ってたのをすっかり忘れてしまってて」
「ええっ? じゃあ、バイトをすっぽかしてしまったのですか? それはまずいですよ渋谷さん。バイトとは言え、仕事を任された以上は責任というものがあるんですから」
信じられないという気持ちもあらわに、わたしは少なからず非難の思いをこめた口ぶりで言いました。こういうことがあると、桃里高校に通う生徒はルーズで無責任だという評判が立ってしまい、回り巡ってわたしや他の生徒たちに迷惑がかかることだってあるんですからね。
渋谷さんも当然その辺りのことは自覚しているらしくて、しょんぼりしながら申しわけなさげに、ゆっくり小さく首を縦に振ります。
「返す言葉もないよ。バイト先からも何回か、私に連絡を入れようとしてたらしいのだけど。間の悪いことに私は何故か携帯電話の電源を切ってしまってたらしくて、つながらなかったんだ。いまでも不思議なんだよなあ。どうして電源を切っちゃったんだろう?」
「まあ、たまにはそういうこともありますよ」
「南夜鍋に戻ってきてからようやくバイトのことを思い出して慌てて連絡を入れたんだけど、時すでに遅しというやつでさ。組長はもうカンカンで」
そりゃあそうでしょうねえ……って、え? いま彼女なんて言いました? 組長?
そう言えばこれまで聞いたことはありませんでしたけど、この娘一体どこでどんなバイトをしていたのでしょうかねえ? なんか怖い気がするので改めて訊こうという気にはならないですが。
「まあ不幸中の幸いと言うか。平謝りしたお陰で馘首だけは勘弁してもらえたけど」
そんなわたしの内心の思いをよそに、渋谷さんはもう一度はあとため息をこぼしてから言葉を続けます。
「だけど信用をなくしてしまったせいで、仕事のシフト時間が大幅に減らされてね。そのため平日はほとんどヒマになってしまったよ」
「ああ。それで最近渋谷さんはわたしと一緒に帰ってくれることが増えたんですね。ですがそれはかえってよかったんじゃないですか? 学生の身で休日だけでなく平日も毎日のようにバイトに入るというのは、ちょっとどうなのかなと思いますしね」
「そうだな。この間の中間テストなんかはかなりひどい出来だったし。これを機会に学生の本分のほうに少し軸足を戻すのも悪くはないかもな」
心から納得して、と言うよりも無理やり納得しようと自分に言い聞かせているような口ぶりでしたが。とりあえず自分の中では吹っ切れたらしく、渋谷さんはどこか晴れ晴れとした表情で言いました。前にも少し思いましたけれどこの人、立ち直るのが異常に早いですねえ。
一方、渋谷さんほど吹っ切ることは出来ず立ち直るのもそう早くはないわたしは、変わらず肩を落としとぼとぼとした足取りで自宅への道を歩き続けています。この精神状態であの長くて急な坂を上らなくてはいけないと思うと、余計にうんざりしてきますね。
「渋谷さん。せっかくですからうちに寄っていきませんか? 家は高台にあるからちょっと坂が急で、上るのがしんどいんですけど」
自分だけへたばるのは癪なのでせめて仲間を増やしてやろうと思い、わたしは渋谷さんに誘いをかけてみました。これまで彼女はバイトが忙しくてうちに遊びに来たことはないため、我が家までの坂道がどれほどきついのか、知らないはずなのです。
「ありがとう。じゃあちょっと寄らせてもらおうかな」
わたしの悪意に気づくことなく、さわやかな笑顔でうなずく渋谷さんでした。この曇りなき笑顔がやがて地獄の亡者もかくやと言うほど青白い、疲労と戸惑いの色に染まることを予想しながら、わたしは内心でくくくと含み笑いを浮かべたのです。
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