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40 自分が愛されていることを自覚している子供って怖っ!
しおりを挟む「ところで弟くん」
続いて渋谷さんが駿介に向けて、不思議そうな口ぶりでそのように声をかけてきました。
「いまさらという気もするけど、君は高内と一緒にどこかにデートに出かけたんじゃなかったのかい? なのになんでこんな早い時間に、家に帰ってきてるんだ?」
「それは……ぶっちゃけ、お小遣いがなくなってきちゃったからです」
駿介は一瞬ルルと顔を見合わせ、照れ笑いと苦笑いが半々に混じったような表情を浮かべてから言葉を続けます。
「この辺には遊べるような場所ってあまりないでしょう? だからデートをするんならどうしても隣町の新夜鍋辺りまで行かなきゃならないんですけど。映画観るにしてもテーマパークとかで遊ぶにしても、もちろんタダじゃないし。あと意外と電車賃が痛いんですよね」
「なるほど。小学生は半額とは言え、毎日となると確かにバカにならないだろうからな」
「だからたまには、お互いの家で遊ぼうかということになったんだ。そのほうが安上がりだから。で、今日はまず駿介くんの家で、明日はあたしの家にというふうにしようかなって」
ルルが駿介の言葉を引き継いで言いました。その際さりげなく駿介の後ろに立ち、両手を肩の上に置いたのがちょっとムカっときます。
それはともかく。いまの駿介とルルの言葉を要約するなら、デートに使うお金がもったいなくなってきたので家で遊ぶことにしたということ、なのでしょうね。
これまではルルも駿介も、脳ミソの中身はお互いのことだけでいっぱいで。お金のことも含めて、それ以外のものが入る余裕なんかはほとんどない状態でした。
それが急にお金のことが気になりだしたということは、脳ミソの容量に空きが出てきたということ。別の言いかたをするならば、ルルと駿介の頭の中から、お互いのことを占める割合がわずかながら減ったということになるんじゃないかなあと思うわけですよ。
つまり良く言えば安定期、悪く言うなら倦怠期に足を踏み入れたと考えていいのではないでしょうか?
もし、そうだとしたら、二人はこれから先もこれまでのようなおつきあいを続けることが出来るでしょうか? 正直、難しいと思いますね。恋愛なんて、楽しいことばかりではありません。苦しいこと、辛いこと、悲しいこと、イヤなことだって沢山あるはずです。
それらを一つ一つ乗り越えながら二人の絆を高めていくこと。それによって少しずつ恋を愛へと変えていくことこそが、本当の恋愛なのではないかとわたしは思います。いや、まあ。まだ恋愛なんてしたことのないわたしが偉そうに言うのもなんなのですけどね。
ともあれ。恋愛はただ幸せなもの、楽しいものだとしか考えられないような子供が、倦怠期を乗り越えて行けるとは思えません。従って二人の彼氏彼女の関係はそう遠くないうちに破局の時を迎えることになるでしょう。そう察して、わたしは思わずほくそ笑んでしまいました。
「麻幌。お前さっきからなに独りでニヤニヤしてやがんだ。気持ち悪い」
そんなわたしに兄さんが、窓にへばりついているナメクジでも見るような視線を向けてきます。ドやかましいですよ。日本一のキモ男である兄さんに気持ち悪いとか言われたくないです。
「なんでもないです。それより兄さん。久しぶりに兄姉弟三人そろった上にお客さんが二人もいることですし、お昼はみんなで外食にでも行きませんか? もちろん兄さんのおごりで」
「なにがもちろんだアホ。なんで俺がお前に昼メシをおごってやらなきゃならんのだ」
けんもほろろに、手のひらをひらひら振りながら言う兄さんでしたが。
「えーっ、そうなの? ぼく、今日はお兄ちゃんやルルさんやしーちゃんさん、お姉ちゃんと一緒にお外でお昼ご飯を食べられるんだと思って楽しみにしてたのに」
「おう! 任せておけ駿介たん。焼き肉でもうなぎでも回らないお寿司でも、駿介たんの好きなものをお兄ちゃんがなんだってご馳走してあげるからな」
駿介が甘えるような上目遣いで見上げながらぽそりと呟いた途端、兄さんは情けないくらいでれっと表情を緩めながら、あっさりと一八〇度手のひらを返したのでした。
「本当!? うわぁーい。やったぁ! お兄ちゃん、だぁい好き!!」
駿介は大輪の花が咲いたみたいな笑顔を浮かべると、ぶつかり稽古をする力士よろしく、全身で体当たりしていくかのように兄さんに思いっきり抱きついていきました。兄さんはそんな駿介の身体を軽々と受け止めながら『そうかそうか、そんなに嬉しいか』と言わんばかりにさらに顔を歪めて、デレデレと幸せいっぱいの笑顔を浮かべています。
と、その時家政婦は……じゃなくて、わたしは見てしまったのです。兄さんに抱きついたその刹那、駿介が『してやったり!』と言うように、一瞬ニヤリと邪悪な笑みを浮かべたのを。
どうやら駿介は自分が可愛らしくおねだりをすれば、兄さんはどんな頼みでも聞いてくれると分かっていて言ったようですね。自分が愛されていることを自覚している子供って怖っ!
「うぅ。駿介くんが……あたしの駿介くんが、あたし以外の人のことを大好きだって……。しかもあんなに大胆に抱きついちゃって」
そんな兄さんと駿介二人の様子を見ていたルルは、ブラウスの裾をいまにも千切らんばかりにギリギリと強く噛みながら、目に涙を浮かべ悔しそうな声を漏らしました。そんなに裾を持ち上げたらおへそが見えてしまうのでないかと思いましたが。まあ、ルルのおへそなんてどうでもいいですね。
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