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42 ゲーム? どんなゲームです?
しおりを挟むなんでも好きなものをご馳走してくれると大見得を切った兄さんでしたが。財政上の都合により、結局は兄さんがバイクでひとっ走りして駅前の安売りスーパーで買ってきた肉を家で焼いてみんなで食べるというプチ焼肉パーティーをするということで話はまとまりました。
ホットプレートを置くのはガラステーブルの上ではなく、わたしたち家族が食事のために使用している普通のテーブルの上です。食材は、ちまちま少しずつ置いたり足したりするのは面倒だからという理由で、大量の肉や魚や野菜が一度に全部どっかと乗せられています。
テーブルは四人用のものを二つくっつけて並べていて椅子も八脚あるため、八人まで一緒に食事をすることが出来ますが。今回わたしたちは五人しかいない上、一人は身体の小さな小学生ですので、テーブルは一つだけで充分に用が足りるでしょう。
最初に駿介が片側の端っこの椅子に腰掛け、続いて渋谷さんがその向かい側の席に腰をおろしました。次にわたしが駿介の隣の席に座ろうと椅子の背に手をかけたのですが。あろうことか、それとほぼ同時にわたしのもの以外の二本の手が、同じ椅子に伸びてきたのです。
「なんのつもりですか、兄さん。ルル」
わたしは振り返ることなく、残り二本の手の持ち主である二人にドスの利いた声で尋ねましたが。その二人とも全く動じた様子はなく、殺気に満ちあふれた声を返してきます。
「それはこっちのセリフだボケ麻幌。駿介たんの隣はいつだって俺の指定席だぜ。お前とひかりちゃんと高内さんは女の子同士、あっちで仲良く三人並んで座ってればいいだろうが」
「いくらお義兄さんの言葉でも、それは認められませんね。駿介くんの隣に座るのは、駿介くんの彼女であるあたしの権利です」
「なにが彼女ですか! わたしはまだ……と言うか未来永劫、あなたと駿介の交際を認める気などありませんからね!!」
わたしは目から火花をバチバチと散らせながら他の二人の顔を激しく睨みつけたのですが、彼らも負けじとばかりにぎろりと鋭い視線を向けてきます。
「ねえ、しーちゃんさん。お兄ちゃんたち椅子に座りもしないで、なんであんなにトゲトゲしい目つきで睨み合っているのかなあ?」
そんなわたしたちの様子を見て、駿介がきょとんと小首をかしげながら渋谷さんに話しかける様子が、わたしの目と耳の隅っこのほうから脳内に侵入してきました。
訊かれた渋谷さんは困ったような表情になって、額にジト汗を浮かべながらあさってのほうを向き、必死にごまかし笑いを浮かべつつも一言一言ゆっくり言葉を紡いでいきます。
「それはその、え~と。人間、一〇代も後半に差しかかってくると、色々複雑なんだよ、弟くん。君も、高校生くらいになったら、きっと理解出来るようになるよ」
「それって、お兄ちゃんもお姉ちゃんもルルさんもぼくのことが大好きだから、三人ともぼくの隣に座りたいけど。ぼくの隣の席は一つ……ぼくが真ん中に座ったとしても二つだけだから、三人のうち誰がそこに座るかでもめてるってこと?」
「予想よりもはるかに早く理解出来るようになってたっ!? と言うか、弟くん。君、気づいてたのかい? お兄さんやお姉さんがその、君のことを……」
「お兄ちゃんとお姉ちゃんが、ぼくのことを性的な意味で好きだってこと? うん。もちろん気づいてたよ」
「いまとてつもなくイヤなことを、さらっとした感じで当たり前みたいに言われたっ!」
「あはは。やだなあ。冗談だよ、しーちゃんさん。お兄ちゃんとお姉ちゃんがぼくのことを好きなのは知ってるけどさ。それはあくまでも兄弟としての好きだよ。そんな、弟のことを性的に好きになるなんて。ぼくのお兄ちゃんとお姉ちゃんがそんなに変態なわけがないじゃない」
言って、朗らかな笑い声をあげる駿介です。
「う、うん。確かにそうだねえ。弟くんの言う通りだよ。宮部や静馬さんが君に対して、そんないかがわしい思いなんて抱いてるわけがないよねえ。あは。あはははは」
渋谷さんも、高らかな笑い声をあげました。ただ顔ではあんなにはっきりと笑っているくせに、目だけは全然笑っていないように思えるのは、わたしの気のせいなのでしょうか?
「そうだよ。ぼくのお兄ちゃんやお姉ちゃんに限って、たとえ妄想の中でも実の弟に対してとても口には出せないようなあんなことやこんなことをしたりなんか、するわけないもん」
「……弟くんっ! やっぱり君、本当は分かってて言ってるんだろう!?」
すました顔に邪気のない笑顔を浮かべて静かに言った駿介に、渋谷さんは両手で髪の毛を掻きむしりながら、悲鳴をあげるように言いました。情緒不安定な人ですねえ。
「さてと」
不意に、兄さんがコホンと咳払いをしながら、改まった口ぶりで言葉をつまびきました。
「このまま不毛な睨み合いを続けていても意味がないことだし。麻幌と高内さんに対して俺から提案がある。俺たち三人のうちの誰が駿介たんの隣に座るか、ゲームで決めないか?」
「ゲーム? どんなゲームです?」
「Pカードだ」
おもむろに発せられた兄さんの言葉を耳にして、わたしは雷に打たれたような衝撃を覚えました。Pカード……懐かしい名前です。よもや再びその名前を聞く日がやって来るとは……。
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