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53 ……わたしは、どうすればいいんでしょうか?
しおりを挟む駿介とルルがケンカ別れをしてから、一週間ほどが経った日の夜。晩ご飯を食べ終えて入浴も済ませると、わたしはパジャマに着替えてベッドの上でごろりと横になりました。
時間はもう一一時を過ぎています。明日も学校があるのですから早く寝ないといけないのですが、どういうわけかちっとも眠くなりません。無理やり寝ようとして目をつむっても、頭の中には次から次へと雑念が湧き上がってきて、いっかな寝つけそうもないのです。
「こんなはずじゃあなかったんですけどねえ」
湿ったため息をこぼしながら、わたしはついついそんなことを口に出してしまいました。
湧き上がってくる雑念というのは他でもない、ルルと駿介のことです。
あの日以来二人とも普段とほとんど変わった様子を見せることはなく、こちらが拍子抜けするくらいに普段通りでした。わたしがケンカのことについて尋ねようとするとあからさまに話題を逸らしたり、無視したり、どこかに逃げ出そうとしたりする以外は。
二人とも誰かに話しかけられば普通に返事をしてきますし、自分のほうから冗談を言ったりふざけたり笑ったりすることもあります。そのためわたしの家族も、渋谷さんを初めとする友人たちも、現在二人が絶賛ケンカ中であることに気づいている人はいないようです。
ですがあれ以来、ルルと駿介が会うことは全くなくなり。ルルとデートをするために外出することが多くなっていた駿介は、学校以外の時間はほとんど家の中にひきこもってマンガを読んだり、ゲームで遊んだりしかしないようになりましたし。
同じくデートのため、授業やホームルームが終わると同時に飛ぶようにして教室を出て行き一目散に下校していたルルは、文化祭実行委員の仕事で放課後遅くまで学校に残ることが多くなっているわたしにつきあって、色々と雑用を手伝ってくれるようになったのです。
そのためわたしの生活も、ルルと駿介がつき合い始める前の状態に戻ったようでした。
学校に行って、渋谷さん相手にボケたりつっこんだり。放課後はルルと一緒に実行委員の仕事をしたり。家では駿介とゲームで遊んだり、スキを突いてほっぺにちゅーしてやろうとしては逃げられたり。時々実家に帰ってくる兄さん相手に口ゲンカや生死を賭けたバトルをしたりと。
そんな当たり前で平凡な日常が戻ってきたのです。
ですがやはり、これまでとは変わったところもあります。
たとえばルルも駿介も、前よりもよく笑うようになりました。
最初わたしはそんな彼らの笑顔を見て『二人とももう失恋の痛手から吹っ切れて笑えるようになったのですね』と思い安心していたのですが。すぐにそうではないと気がつきました。
二人とも単に、油断すると泣き出しそうになってしまうのをごまかすためにあえて笑っていただけだったということに。
「本当に。こんなはずじゃあなかったんですけど」
まぶたの裏にそんな二人の顔を思い浮かべて、わたしは暗い気分でもう一度呟きました。
わたしは親友や弟の、あんな痛々しい笑顔なんか見たかったわけではないのです。そんなものを見るために、わたしは二人が別れることを願っていたのではないのに。
二人のあんな顔を見ていたら、こっちまで気分が奈落の底まで落ちこんでしまいそうです。予定では二人が別れた後、わたしは以前にも増して駿介と親密な仲になり、二人でウハウハのラブラブライフを送れるはずだったのですが。一体どこで計算が狂ったんでしょうねえ?
「……わたしは、どうすればいいんでしょうか?」
いつまで経っても眠れないので諦めて目を開けると、わたしは自分の部屋の天井を眺めながら、誰にともなくぽつりと呟きました。どうするもなにも。この期に及んでわたしに出来ることなんてなにもありはしないのですけれどね。
また、なにかをするべきでもないでしょう。これはルルと駿介の問題であり、この件では部外者であるわたしが偉そうにしゃしゃり出る権利も義務もないのですから。
それにそんなに深刻になることはないとも思います。ルルは能天気なアホの子ですし、駿介はこれまで一二回も女の子から別れ話を切り出されても立ち直ることが出来た芯の強い子ですから。いずれ二人とも失恋の痛手などからは回復するでしょう。
そうして駿介がルルの魔の手から完全に開放されれば、邪魔者である兄さんが遠く東京にいる以上、もはやわたしと駿介の仲を遮るものはなにもなくなります。もう少しの辛抱です!
わたしと駿介は元通り、嬉し恥ずかしのラブラブ姉弟に戻って、誰はばかることなくイチャイチャしたり、とても口に出しては言えないようなあ~んなことやこ~んなことを沢山したりすることが出来るわけです。はっはっは。ざまあ見ろですルル、兄さん。
……。
……ダメだです。なんか気分が乗ってきません。いつもでしたら駿介のことを考えただけでテンションは三秒でMAX状態に跳ね上がって、あることないこと青少年保護育成条例に反することなど様々なことを妄想しては、勝手に精神が高揚していってくれるのですがねえ。
わたしは反動をつけてベッドから起き上がると、机の上に常備してある紙コップを手にしてこっそり部屋の外に出ました。続いて足音を忍ばせながら駿介の部屋の扉の前に張りつくと、ドアに紙コップをあて、さらにその紙コップに耳を当てることで中の様子を探ってみます。
もしかしたら失恋の傷の痛みに耐えかねて、部屋で独り寂しく涙を流しているのかもしれないと思ったのですが。部屋の中からは泣き声はおろかなんの声も音も聞こえてきません。と言うことはもう眠っているのでしょうね。考えてみれば当たり前です。小学生なんですから。
ちっ。残念ですねえ。もしも泣いている声が聞こえたのならすぐにでも部屋の中に入りこんでいって有無を言わさず駿介の身体をぎゅっと抱きしめてあげましたのに。そして『さあ。お姉ちゃんの胸の中で泣きたいだけお泣きなさい』と言って慰めてあげるのにです……。
……。
うぅ。やっぱりダメです。テンションを上げようとして無理やり妄想力を全開にしたのに、気持ちのほうが全然盛り上がってきませんです。調子狂いますねえ。
わたしはため息をこぼしながら駿介の部屋の前から離れると、自分の部屋に戻りました。
そうして再びベッドに横になろうとしたわたしでしたが。ふと思い立って、机の上で充電器の上に乗せておいたスマートフォンを取りあげました。それからベッドに腰掛けて少しだけ考えた後に、ある番号にとかけたのです。
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