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今世で出逢って、三ヶ月
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美しく整備された街角で、彼女は俯いていた。
彼女は黒々とした髪を内側にカーブするように緩やかに巻き、口許には鮮やかな紅を引いている。柔らかな風が吹くたびに小花柄のワンピースの裾がふわりと広がった。可憐に着飾った彼女が誰かと待ち合わせているのは明白だが、その表情は浮かない。
「シトリンさん!」
そんな物憂げな彼女の元に、一人の青年がやってきた。短く切られた淡い茶色の髪を靡かせ、息を切らせながら、自身がシトリンと呼んだ女性に近づく。
「すまない。仕事の打合せが長引いてしまって」
「大丈夫ですよ、私も今来たところですから」
シトリンは眉尻を下げながら、自分よりも頭一つ分大きな青年に小さな嘘をつく。彼女はこの場にすでに三十分も佇んでいた。
そして青年の方も彼女の疲れた表情に察するものがあったのか、困ったように微笑む。
「カフェで少し休んでから美術館へ行こう」
同年代の彼らは少々特殊な事情で出逢った男女だった。
一見普通の人間に見える彼らだが、実は天上人の、それも白羽族と呼ばれる種族の末裔だった。白羽族は輪廻転生が可能な種族で、彼らも転生者であった。
彼らには前世がある。そして、彼らは前世ではつがい──夫婦だった。
「この柚子茶、とっても美味しいです。アルゼットさん」
爽やかな甘味の中にほんのり苦味を感じる。優しい味のする茶にシトリンはホッとしたように口許を緩めた。
「良かった。シトリンさんはコーヒーが飲めないと言っていたから、他のドリンクが充実しているカフェを探したんだ」
「そうだったのですね、わざわざすみません」
古民家風の落ち着いた雰囲気のカフェ。二人は小さなテーブルに向かい合うように座り、思い思いに好きなドリンクを注文して飲んでいた。二人とも微笑んでいるが、どこか緊張が抜け切らない様子だ。
二人は三ヶ月前に『白羽族のつがいの会』で出逢った。前世でつがいだった者同士は今世でも結婚相手として最適だという調査結果があり、『白羽族のつがいの会』は国が主導で行っている大規模お見合いのような物だ。白羽族の輪廻転生には法則性があり、国はつがい同士をマッチングさせているのだ。
しかし、現代の白羽族は人間との交配が進み、今ではかつての『つがい』と結婚しようとする者は少数派だった。何故なら、転生しても前世の記憶を持たない者が大半だったからだ。この国では、子どもが生まれると前世の名を調べる。彼らは両親の方針で前世と同じ名がつけられたが、別の名前を名乗る者も増えてきているという。
シトリンは柚子茶が入ったカップを両手で包みながら、ちらりと向かいにいる男──アルゼットへ遠慮がちに視線を走らせる。
シトリンは数少ない、前世の記憶を持つ白羽族の末裔だった。前世の時のように背中に白鳥を思わせる羽根はないが、それでも、今でもありありと前世の日々を思い出すことが出来た。
アルゼットの薄紫の瞳を直視する勇気はまだ出ないが、幅の広い肩や形の良い顎や口許、清潔そうなシャツを見るだけでも、シトリンの胸は高鳴り、頬には熱を持つ。
(今世でアルゼットと逢えるだなんて、夢みたい)
この状況が夢なのではないかと未だにシトリンは思う。実は彼らは、前世で最低最悪な今生の別れ方をしていた。あまりにも酷い死に別れ方をしたので、シトリンはもう二度とアルゼットと逢えないのではないかと覚悟していたのだ。アルゼットと同じ空間にいるだけでも胸がいっぱいになる。シトリンは、緊張を少しでも和らげようと柚子茶を口に含んだ。
「そうだ、シトリンさん」
「は、はい!」
「そろそろ、うちの両親に君のことを紹介したいと思っているんだ」
アルゼットの言葉に、シトリンはぱちぱちと瞬きする。彼女は彼が何を言っているのか分からなかった。
二人は『白羽族のつがいの会』で今生での再会は果たしたが、それだけだ。シトリンの認識では男女の付き合いには発展していない。シトリンは現在、アルゼットの誘いには応じているが、二人の仲はまだただの知人同士だと思っていた。
「それは……その、どういう意味でしょうか?」
「すまない。少し表現が遠回しだったな。俺は君との結婚を真剣に考えている」
結婚、の言葉にシトリンはぴしりと固まる。それまでの浮かれた気分が、氷を入れられたグラスのようにすうっと冷えた。
「でも、私たちはまだ出逢って三ヶ月ですし……。アルゼットさんは前世の記憶が無いでしょう?」
「確かに俺には前世の記憶はないが、シトリンさんのことを大切に想っている。俺たちは前世で、結婚十年目で死に別れていたのだったな? 今世こそ、俺は君を幸せにしたいと思っている」
前世の記憶を何も持たないアルゼットは、国から渡された前世の情報を鵜呑みにしてシトリンに求婚した。一方、すべての真実を知るシトリンは、暗い顔をして俯くばかりだ。
『白羽族のつがいの会』はかなり真剣度の高いお見合いの場だ。会があった日から遅くとも半年以内には結婚話を進めるよう、推奨されている。アルゼットのように、相手と出逢って三ヶ月で結婚に向けて具体的な話を進めようとするのはごく当たり前のことなのだ。
シトリンは改めて、自分の中の『つがいに逢うこと』に対しての認識の甘さを思い知る。彼女はただただ、今世のアルゼットに逢いたい一心で『白羽族のつがいの会』に参加してしまっていた。
「アルゼットさん、私……」
シトリンはアルゼットに確かな好意を抱いている。君を幸せにしたいと言われて、嬉しくないと言ったら嘘になる。しかし、結婚となると二の足を踏んでしまう。
なぜなら、前世での二人の結婚生活はお世辞にも順風満帆なものとは言えなかったからだ。
沈痛な面持ちで俯くシトリンを見、アルゼットは首を横に振った。
「シトリンさん、もういいよ」
「えっ」
「すまない。俺は急ぎすぎてしまったようだ。そうだよな。まだ出逢って三ヶ月だものな……。お互いに知らないことも多い。もう少し、お互いを知ってから結婚のことを考えようか」
アルゼットはたおやかに微笑む。
シトリンはその優しい笑顔を見て、胸に痛みを覚えるのだった。
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