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第一章
しばしの別れ
「ベイジルさんを救いたい?」
「はい……。彼を今のお役目から解放してあげたいのです」
私は私たち当て馬ペアの指南役であった、ミラテに相談することにした。彼女は王太子殿下の従姉妹でもある。彼女からの進言ならば、王太子殿下も耳を傾けてくださるのではないか。そう思ったのだが。
「当のベイジルさんはなんと仰っているのですか?」
「えっ?」
「ベイジルさんを解放するということは、同時にリアネ様のお相手も変わることになりますよ。リアネ様、その意味をちゃんとご存知ですか?」
「それはもちろん、存じあげておりますわ」
「ベイジルさんはすごく嫌がると思いますけどねえ~。リアネ様がご自分以外の者の陽根や後孔に触れることに」
「そんなことは……私は側女ですよ?」
「そんなことありますよ。リアネ様、ベイジルさんのお気持ちに気がついていないのですか?」
気がついている。私はベイジルに気を使われている。
高潔な騎士だと評判だった彼は、私に陽根や後孔を弄られても優しく接してくれているが、内心はどう思っているのか。あの笑顔の裏で、私を汚い女だと思っているのかもしれない。いくら王太子殿下の命令とはいえ、淡々と男を快楽の淵へ堕とす女に好感を抱くはずはない。
「……気がついております」
おそらくは固い表情をしているであろう私の顔を見て、ミラテはふぅとため息をつく。
「……まぁ、リアネ様がご心配なさらなくても、ベイジルさんはしばらく後宮勤めから解放されると思いますよ」
「それはどういうことですか?」
「王妃……今は王太子妃ですか。あの方にどうも妊娠の兆候が現れているようなのです」
「ほ、ほんとうですか?」
「ええ。先月の月の触りが来なかったみたいで。今月も月の触りがなければ、公にされるでしょうね。殿下は奥様一筋の方ですから、当て馬行為も必要なくなるでしょうし、ベイジルさんは次の子作りの時期まで解放されると思いますよ」
「まぁ……!」
王太子殿下の正妻に妊娠の兆候ありとは。剣技大会に顔を出さなかったのも、すでに悪阻の時期を迎えているのかもしれない。私の姉も姪を孕った月から、体調を崩しがちだったと言っていた。
「寂しくなりますね、リアネ様」
「そうですね」
ベイジルがこの辛いお役目から一時的にでも解放されるのなら、それに越したことはないだろう。自然と口許が綻ぶ。
正直に言えば、しばらくベイジルと逢えなくなるのは寂しい。だが、私の気持ちなど些細なことだ。
私は、ベイジルに笑顔でいて欲しい。いつだって健やかでいて欲しい。
その願いを叶えられる場所は、この後宮ではないのだ。
◆
それからしばらくして。正式に王太子殿下の正妻の妊娠が発表された。
王太子殿下は正妻が妊娠している間も側女に手出しをする気はないらしく、当て馬ペアの男側に暇を出すことにしたようだ。
別れの日、ベイジルは目に涙を浮かべていた。
「り、リアネ様、私のことっ……忘れないでくださいね……!」
「やだ、ベイジルったら。大袈裟ね」
ベイジルは、近衛騎士団の治安維持部隊へ出向することになった。任期は明日から一年半。治安維持部隊は、王都やその周辺にある領地をまわり、夜盗狩りなどを行う部隊だ。王都や周辺領地の治安が保たれているのも、治安維持部隊の働きによるものが大きい。
治安維持部隊から、剣の腕が立つベイジルへの出向要請は今まで何度も届いていたらしい。しかし王太子殿下はそれを跳ね除け続けていたのだ。
ベイジルは明日からの一年半の間で、きっと多くの実績をあげるだろう。活躍次第では、後宮へ戻って来ないかもしれない。
「今までありがとう、ベイジル。あなたが私のペアで本当に良かったわ」
私はベイジルに感謝の言葉を伝えた。たった三ヶ月の間だったが、私はどれほど彼に支えて貰ったことか。当て馬のペアが彼でなかったら、私は辛くて毎日泣き暮らしていたかもしれない。本音を言えば、人の性器を口にするのも、指先で後孔を弄るのも嫌だった。相手がベイジルだからこそ出来たことだ。
「リアネ様、さよならは言いませんよ!」
「ベイジル……」
「私めは、必ずやここへ戻ってまいります!」
ベイジルは私の手を取ると、それを握りしめ、私の目を真っ直ぐに見てそう宣言した。
彼はここへ帰ってくるつもりでいた。そのことを喜んではいけないのに、胸の奥に温かなものがじんわり広がる。
「待ってるわ、ベイジル。くれぐれも気をつけてね」
「はい! 一回り大きくなって帰ってきます!」
キラキラとした青い目に弧を描き、きれいに生えそろった歯を見せて笑うベイジルは本当に輝いていて。ああ、私は彼のことを一人の男の人として好きになってしまったかもしれない、と思った。
でも、この気持ちは秘めなければならない。
私は王太子殿下の側女なのだから。
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