【R18・長編版】王太子の当て馬係

野地マルテ@2月27日『帝国後宮録』発売

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第二章

彼がいない日々






 ベイジルがいない後宮生活は酷く退屈だった。
 何もすることがなく、外の遠い中庭を眺める日々。たまにミラテが劇作家を連れてきて、私に演技指導をすることもあったが、下僕のいない女王役など滑稽なだけだ。

 王太子殿下は、どうも私を一流の閨事の女王役に仕立てあげたいらしい。その熱の入れようと言ったら、自ら台本を手がけるぐらいだ。
 目線の送り方から扇子の振り落とし方まで、劇作家から指導されたが、心に沸くのは虚しさばかり。
 どれだけ女王役として上手く振る舞えるようになっても、ベイジルは後宮へ戻って来ないかもしれない。いや彼のことを思えば戻らないほうがいいのだが、毎日毎日、彼に逢いたくて仕方がなくて身悶えする。

 私はボイツェフを忘れるために王太子殿下の側女になったのに。性懲りもなく、また恋をしてしまった。しかも絶対に叶わない恋だ。

 私が毎日ベイジルを思い枕を濡らしていると、たまにベイジルから手紙が届いた。その手紙だけが私の心の支えだった。



 ◆


 退屈な日々でも、淡々と過ごしていれば月日は経過する。
 長かったような。短かったような。
 とにかく、あれから一年半の月日が経った。

 王太子殿下はベイジルを再び後宮へ呼び寄せた。

「リアネ様……!」

 私は一瞬、自分を呼ぶ騎士が誰だか分からなかった。
 でも、太陽のように燦々と輝く笑顔をむけてくれるのは、彼しかいない。
 私が首を傾げると輝かんばかりの笑顔がサッと青ざめる。

「ベイ、ジル……?」
「リアネ様……もっ、もしかして私めのことをお忘れですか? あなた様の御付きの騎士! ベイジル・フォン・ウエストイニアでございます!」
「ベイジル……! ベイジルなの? 本当に? 」

 ベイジルは目線の位置が変わるほど、背が伸びていた。男性は二十歳を過ぎてからも身長が伸びる者もいると聞いていたが、ベイジルはなんとあれから一年半の間に八センチも背が伸びたらしい。身体の厚みは増し、騎士服の上からでも逞しさが伝わってくる。

「リアネ様はますます美しくなられましたね。あまりの神々しさに私の目が潰れてしまいそうです……!」
「ふふっ、相変わらず冗談が上手いんだから」
「冗談ではありませんよ」
「ごめんなさい。褒めてもらえて嬉しいわ。ベイジルこそ、たくましくなったわね。厚い胸板に惚れぼれしちゃうわ」
「ほ、惚れ……⁉︎ どうぞこの胸板をお触りくださいませ!」

 ベイジルはいそいそと騎士服を脱ぎ出すと、あっという間に襟つきシャツだけの姿になった。シャツの上からでも、くっきり胸板が膨らんでいるのが分かる。私は両手を使ってむにりと両側の胸筋を掴んだ。

「すごいわ。固そうに見えてけっこう柔らかいのね」

 胸筋は弾力があり、指を沈めようとしても跳ね返される。自分のものとはまったくの別物だ。私の胸はそれなりの大きさがあるからか、少し垂れ気味だ。ベイジルのぱんっと張った大きな胸が羨ましい。

「私も身体を鍛えようかしら。胸が少し垂れ気味なのよね」
「リアネ様のお胸元はそのままで至高です。お胸元に筋肉なぞ必要ありませんよ」
「そうかしら」

 三日に一度のお役目の後、よく私は自分の胸でベイジルの雄を慰めていた。お役目で射精する回数は多くて二回だ。ベイジルは性豪で、五回六回と吐き出さないと雄の強張りが取れない。
 私は自分の乳房をさらけ出し、ベイジルの雄を谷間に挟んで射精させることがよくあった。

「また、あのふわふ……お胸元に挟まれたいです」
「そうね、お役目のあとにたっぷり挟んで扱いてあげるわね」

 ──良かった。ベイジルはベイジルのままなのね。

 精悍さは増したが、中身は一年半前のベイジルのままらしい。安心したが、やはり胸の中は忙しない。素敵な大人に成長したかつての当て馬ペアを意識してしまう。

「でも、緊張してしまいそうだわ。だってベイジルはとっても素敵になっているんですもの」
「私も、美しいリアネ様に胸の高鳴りがとまりません! 殿下の寝所へ向かう前に鍛錬を積んだほうがいいかもしれませんね。ミラテ様から伺いましたが、殿下が手がけられた新しい台本が出来たとか……」
「ええ」

 一年半前はまだ私たちが性的な事に不慣れな事もあり、王太子殿下からその場でご指示を頂き、即興で演じることも多かった。事前にミラテから指南書を貰い、二人で読み込む事もあったが、やはり台本を二人で練習したほうが良いだろう。……と私は思うが、まず大事なのはベイジルの意志だ。

「ねえベイジル、台本ではベイジルは私の下僕役を演じないといけないのよ? 大丈夫?」
「リアネ様のためなら、私は下僕だろうが畜生だろうが、喜んで演じますよ。私はあなた様の下僕役を全うするために、ここへ戻ってまいりました」
「ベイジル……」
「リアネ様、私めはあなた様の唯一無二の下僕です!」

 一年半前は、私たちの役柄設定はまだふんわりしていた。私はベイジルを性的に攻め立てるので精一杯。ベイジルは、未知の快楽に喘ぐのでいっぱいいっぱい。王太子殿下はその初々しさを好んでもいたが、そろそろ本格的な閨の女王と下僕のプレイも見たいと仰っている。

 ──ベイジル、本気なのね。

 ベイジルは自分の役目を全うするため、後宮へ戻ってきた。一年半前、シーツの上で泣いていた青年はもういないのだ。自ら下僕役を全うすると宣言するだなんて。彼は身体だけでなく、精神的にも強くなったのだ。逞しくなったベイジルが輝いて見える。

「改めてよろしくね、ベイジル」
「はい!」

 私たちはどちらかともなく手を差し出し、固い握手を交わした。

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