義姉から虐げられていましたが、温かく迎え入れてくれた婚家のために、魔法をがんばります!

野地マルテ

文字の大きさ
10 / 57

第10話 伝えておきたいこと

しおりを挟む
「……魔石鉱山発掘の記念式典?」
「はい、二週間後にブルクハルト王国の王城にて行われるのです。両親が参列する予定でしたが、せっかくの良い機会だからと父が私達に参列するように、と。良かったら一緒に行きませんか? アザレア様」

 夕食の席にて。サフタールから、王城で行われる記念式典へ一緒に行こうとアザレアは誘われた。
 だが、アザレアの表情は曇る。

 (魔石鉱山の発掘は王国と公国が共同で行なっているもの……。その記念式典ということは)

 ストメリナがやってくるのではないか。
 人前で恥をかかされるのではないか。
 そう考えると、不安で胸が押しつぶされそうな思いがする。
 しかし、自分は将来のイルダフネ侯爵夫人。これからサフタールの隣で公務を行なっていかなければならない。
 二国が共同発掘している魔石鉱山はイルダフネ領にある。
 この記念式典の参列を欠席するなどありえない。

「無理にとは言いませんが……」
「私、王城へ参ります。サフタール様」

 (私はもう逃げない……!)

 温かく迎え入れてくれたイルダフネ家の人達のためにも、逃げるわけにはいかない。
 アザレアはぐっと拳を握った。

「じゃあ、ドレスをお直しした方がいいわね。ついでに新しいドレスも五、六着作りましょうか!」

 アザレアの斜め向かいのテーブル席で、リーラはぽんと手を叩く。

「ご、五、六着……!? すでにクローゼットにドレスはたくさんありますが」
「あれは全部既製品よ。やっぱりドレスはオーダーメイドじゃないと。明日、仕立て屋を呼んでいるから採寸しましょうね♪ アザレアちゃん!」
「サ、サフタール様……」

 よくしてくれるのはありがたいが、あまり贅沢をしすぎるのはどうかと思い、アザレアは向かいのサフタールに視線を送る。
 その視線に気がついたらしいサフタールは、眉尻を下げてこう言った。

「申し訳ありません、アザレア様。母上のわがままに付き合っては貰えませんか?」
「お願い! アザレアちゃん! 私、娘にドレスを作ってあげるのが夢だったの!」

 サフタールの隣で、リーラは手を組んで瞳を潤ませている。

「いいじゃない、アザレア。お言葉に甘えれば」

 アザレアの隣に座っていたゾラも、甘えればいいと言う。
 これはドレスを作らねば、逆に失礼になる展開だろう。
 申し訳ないなと思いながらも、アザレアはリーラの好意を受け入れることにした。

「で、では、お言葉に甘えさせていただきます」
「やったわぁ!! ふふっ、私の夢がやっと叶う!」

 リーラは両手を振り上げて喜んでいる。
 その笑顔にこちらまで嬉しくなった。

「ありがとうございます、アザレア様」
「いえ、そんな……。私の方こそありがとうございます。ドレス、楽しみです」

 (サフタール様は、リーラ様が大事なのね……)

 確かにこんなにも明るく元気で、自分に良くしてくれる母なら好きにもなるだろう。
 アザレアもリーラのことが好きになっていた。

 ◆

「アザレア様、少し二人きりでお話出来ますか?」

 夕食の後、アザレアはゾラと歩いているところをサフタールに呼び止められる。

「アザレア、先に部屋へ戻っているわね?」
「ええ」

 ゾラは笑顔で手を振りながら去っていく。

 (お話って何かしら?)

 先ほどまで皆で楽しくお喋りしながら食事をしていた。二人きりでないと言えない話とは一体なんだろうか。
 アザレアはドキドキしながらサフタールの後をついていく。彼の逞しい背中を見上げると、アザレアは火照る頬を両手でおさえた。

 (も、もしかして、もう私は大人の階段を昇ってしまうのでは……!?)

 ここに来る前にゾラから差し入れられた、恋愛小説の内容を思い出す。それは大人の女性向けの話で、かなり過激な性描写のあるものだった。
 その恋愛小説のヒロインも親に決められた相手と結婚していて、わずか数ページで初夜を迎えていた。最初は互いに愛はなく、結婚相手は夜の床でヒロインに無体を強いていたが、次々に起こる困難に立ち向かっているうちにヒロインと結婚相手との間に絆が生まれ、最後には身体だけでなく心も結ばれるという話だ。

 (私も、サフタール様と……)

 アザレアはもちろん処女だ。裸になって男性と抱き合う自分の姿はまったく想像できないが、サフタールに男女のことをしたいと言われれば当然受け入れるつもりだ。それが妻の役目だからだ。


「アザレア様、ここです。どうぞお入りください」

 魔道具の照明が灯される。アザレアが使っている客室よりも内装はシンプルだが、背の高い本棚には分厚い本がぎっちりと並んでいた。窓際には執務机があり、部屋の端には四角いテーブルがあった。

「ここは……」
「私が執務を行なっている部屋です。どうぞ、椅子にお掛けください」

 アザレアの予想は外れていた。どうもサフタールは真面目な話をしようとして、彼女をこの場に連れてきたようだ。
 もう手を出されてしまうのではと考えていたアザレアは恥ずかしくなるが、サフタールの堅い口調に背筋をぴんと伸ばす。

「母上のことでお話させて頂きたいことがありまして……」
「リーラ様のことで?」

 深刻そうなサフタールの表情に、アザレアも焦る。
 リーラは健康そうな女性に見えたが、もしかしたら病を抱えているのかもしれない。
 はらはらしながらサフタールの次の言葉を待っていると、彼は分厚い本を抱えて持ってきた。
 
「これは……アルバム?」
「はい、どうぞご覧ください」

 サフタールが持ってきた本はアルバムだった。
 開くと、写真が綺麗に収められていた。

「わぁっ、かわいい!」

 写真に写っているのは赤子だった。柔らかな色合いの産着を着ている。写真がカラーなのは、魔道具製の写真機で撮ったからだろう。
 赤子の髪の色はツェーザルのような赤茶色っぽい気もするが、光の加減では黒色にも見える。

 (もしかして、この赤ちゃんはサフタール様かしら?)

 リーラやツェーザルに抱っこされている写真が何枚もある。どれも皆笑顔で幸せそうだ。

「この赤ちゃんはサフタール様ですか? 可愛い……」
「いいえ、違います。この子は両親の血を分けた娘さんです」
「ご両親に娘さんが……?」

 サフタールは養子だ。ブルクハルト王国は男女問わず家督を継げるはずだが、イルダフネ家は国防を担っている。娘だけでは不安に感じて彼を養子に取ったのかもしれない。
 義理の両親に娘がいるのなら、ぜひ挨拶をしたいとアザレアは思ったが、ここでリーラから昨日言われた事を思い出す。
 リーラは確かに、「サフタールの母のリーラです。娘が欲しかったから嬉しいわ!」と言ったのだ。
 娘がいるのに、娘が欲しかったと言うのはおかしい。

「今、娘さんはどちらに?」
「……亡くなられました。一歳の誕生日のすぐ後に」

 魔法が発達した現代でも、三歳以下の子どもの生存率が高いとは言えない。
 赤子の急死も珍しくないとはいえ、アザレアはサフタールの言葉に何と返していいか分からない。

「母上は娘さんを産んだ際、子どもを得られない身体になったそうです」
「それで、サフタール様が養子に……?」
「はい。娘さんの話を聞いた私は、少しでも両親の心の穴を埋めることが出来たらと思い、今まで頑張ってきたんですけど……、アザレア様を見て思いました。やはり、女性でないと母上が失ってしまったものを埋められない、と」

 サフタールは瞼を伏せる。その表情はとても寂しげだった。

「アザレア様、お願いがございます」
「はい」
「出来る範囲でかまいませんので、母上のやりたいことに付き合って頂けませんでしょうか? あっ! もちろん、無理にとは言いませ」
「はい、喜んで! ……リーラ様と色々なことを経験させて頂きたいと思います。私も、七歳の時に母を亡くしていて、ずっとお母様が恋しかったのです」

 今、母がいてくれたらと思ったことは何度もある。リーラを頼り甘えることが彼女の救いになるのなら、ぜひそうしたいと思う。

「そう言って頂けて本当にありがたいです」
「サフタール様はお優しいですね」
「……。私には実母との思い出がありません。孤児だったところを今の両親に引き取られましたから。だから、私の母はリーラ様だけなのです。血の繋がらぬ私を息子として可愛がってくださっている母上に、親孝行がしたいと思っていまして」
「孤児……」

 サフタールは如何にも育ちが良さそうな男性で、立ち振る舞いにも品がある。元は兄弟が多い貴族家の出身だと勝手に考えていたが、孤児だったとは。

「これも、ここだけの話なのですが……」

 サフタールの薄紫色の瞳が揺れる。

「私は、ブルクハルト王国現国王の隠し子です」

◆◆◆

いつもご閲覧いただき、ありがとうございます。
エールを押して頂けると創作の励みになります。
どうぞよろしくお願い致します。
しおりを挟む
感想 58

あなたにおすすめの小説

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

婚約破棄された氷の令嬢 ~偽りの聖女を暴き、炎の公爵エクウスに溺愛される~

ふわふわ
恋愛
侯爵令嬢アイシス・ヴァレンティンは、王太子レグナムの婚約者として厳しい妃教育に耐えてきた。しかし、王宮パーティーで突然婚約破棄を宣告される。理由は、レグナムの幼馴染で「聖女」と称されるエマが「アイシスにいじめられた」という濡れ衣。実際はすべてエマの策略だった。 絶望の底で、アイシスは前世の記憶を思い出す――この世界は乙女ゲームで、自分は「悪役令嬢」として破滅する運命だった。覚醒した氷魔法の力と前世知識を武器に、辺境のフロスト領へ追放されたアイシスは、自立の道を選ぶ。そこで出会ったのは、冷徹で「炎の公爵」と恐れられるエクウス・ドラゴン。彼はアイシスの魔法に興味を持ち、政略結婚を提案するが、実は一目惚れで彼女を溺愛し始める。 アイシスは氷魔法で領地を繁栄させ、騎士ルークスと魔導師セナの忠誠を得ながら、逆ハーレム的な甘い日常を過ごす。一方、王都ではエマの偽聖女の力が暴かれ、レグナムは後悔の涙を流す。最終決戦で、アイシスとエクウスの「氷炎魔法」が王国軍を撃破。偽りの聖女は転落し、王国は変わる。 **氷の令嬢は、炎の公爵に溺愛され、運命を逆転させる**。 婚約破棄の屈辱から始まる、爽快ザマアと胸キュン溺愛の物語。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

これで、私も自由になれます

たくわん
恋愛
社交界で「地味で会話がつまらない」と評判のエリザベート・フォン・リヒテンシュタイン。婚約者である公爵家の長男アレクサンダーから、舞踏会の場で突然婚約破棄を告げられる。理由は「華やかで魅力的な」子爵令嬢ソフィアとの恋。エリザベートは静かに受け入れ、社交界の噂話の的になる。

【12月末日公開終了】これは裏切りですか?

たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。 だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。 そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

処理中です...