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第10話 伝えておきたいこと
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「……魔石鉱山発掘の記念式典?」
「はい、二週間後にブルクハルト王国の王城にて行われるのです。両親が参列する予定でしたが、せっかくの良い機会だからと父が私達に参列するように、と。良かったら一緒に行きませんか? アザレア様」
夕食の席にて。サフタールから、王城で行われる記念式典へ一緒に行こうとアザレアは誘われた。
だが、アザレアの表情は曇る。
(魔石鉱山の発掘は王国と公国が共同で行なっているもの……。その記念式典ということは)
ストメリナがやってくるのではないか。
人前で恥をかかされるのではないか。
そう考えると、不安で胸が押しつぶされそうな思いがする。
しかし、自分は将来のイルダフネ侯爵夫人。これからサフタールの隣で公務を行なっていかなければならない。
二国が共同発掘している魔石鉱山はイルダフネ領にある。
この記念式典の参列を欠席するなどありえない。
「無理にとは言いませんが……」
「私、王城へ参ります。サフタール様」
(私はもう逃げない……!)
温かく迎え入れてくれたイルダフネ家の人達のためにも、逃げるわけにはいかない。
アザレアはぐっと拳を握った。
「じゃあ、ドレスをお直しした方がいいわね。ついでに新しいドレスも五、六着作りましょうか!」
アザレアの斜め向かいのテーブル席で、リーラはぽんと手を叩く。
「ご、五、六着……!? すでにクローゼットにドレスはたくさんありますが」
「あれは全部既製品よ。やっぱりドレスはオーダーメイドじゃないと。明日、仕立て屋を呼んでいるから採寸しましょうね♪ アザレアちゃん!」
「サ、サフタール様……」
よくしてくれるのはありがたいが、あまり贅沢をしすぎるのはどうかと思い、アザレアは向かいのサフタールに視線を送る。
その視線に気がついたらしいサフタールは、眉尻を下げてこう言った。
「申し訳ありません、アザレア様。母上のわがままに付き合っては貰えませんか?」
「お願い! アザレアちゃん! 私、娘にドレスを作ってあげるのが夢だったの!」
サフタールの隣で、リーラは手を組んで瞳を潤ませている。
「いいじゃない、アザレア。お言葉に甘えれば」
アザレアの隣に座っていたゾラも、甘えればいいと言う。
これはドレスを作らねば、逆に失礼になる展開だろう。
申し訳ないなと思いながらも、アザレアはリーラの好意を受け入れることにした。
「で、では、お言葉に甘えさせていただきます」
「やったわぁ!! ふふっ、私の夢がやっと叶う!」
リーラは両手を振り上げて喜んでいる。
その笑顔にこちらまで嬉しくなった。
「ありがとうございます、アザレア様」
「いえ、そんな……。私の方こそありがとうございます。ドレス、楽しみです」
(サフタール様は、リーラ様が大事なのね……)
確かにこんなにも明るく元気で、自分に良くしてくれる母なら好きにもなるだろう。
アザレアもリーラのことが好きになっていた。
◆
「アザレア様、少し二人きりでお話出来ますか?」
夕食の後、アザレアはゾラと歩いているところをサフタールに呼び止められる。
「アザレア、先に部屋へ戻っているわね?」
「ええ」
ゾラは笑顔で手を振りながら去っていく。
(お話って何かしら?)
先ほどまで皆で楽しくお喋りしながら食事をしていた。二人きりでないと言えない話とは一体なんだろうか。
アザレアはドキドキしながらサフタールの後をついていく。彼の逞しい背中を見上げると、アザレアは火照る頬を両手でおさえた。
(も、もしかして、もう私は大人の階段を昇ってしまうのでは……!?)
ここに来る前にゾラから差し入れられた、恋愛小説の内容を思い出す。それは大人の女性向けの話で、かなり過激な性描写のあるものだった。
その恋愛小説のヒロインも親に決められた相手と結婚していて、わずか数ページで初夜を迎えていた。最初は互いに愛はなく、結婚相手は夜の床でヒロインに無体を強いていたが、次々に起こる困難に立ち向かっているうちにヒロインと結婚相手との間に絆が生まれ、最後には身体だけでなく心も結ばれるという話だ。
(私も、サフタール様と……)
アザレアはもちろん処女だ。裸になって男性と抱き合う自分の姿はまったく想像できないが、サフタールに男女のことをしたいと言われれば当然受け入れるつもりだ。それが妻の役目だからだ。
「アザレア様、ここです。どうぞお入りください」
魔道具の照明が灯される。アザレアが使っている客室よりも内装はシンプルだが、背の高い本棚には分厚い本がぎっちりと並んでいた。窓際には執務机があり、部屋の端には四角いテーブルがあった。
「ここは……」
「私が執務を行なっている部屋です。どうぞ、椅子にお掛けください」
アザレアの予想は外れていた。どうもサフタールは真面目な話をしようとして、彼女をこの場に連れてきたようだ。
もう手を出されてしまうのではと考えていたアザレアは恥ずかしくなるが、サフタールの堅い口調に背筋をぴんと伸ばす。
「母上のことでお話させて頂きたいことがありまして……」
「リーラ様のことで?」
深刻そうなサフタールの表情に、アザレアも焦る。
リーラは健康そうな女性に見えたが、もしかしたら病を抱えているのかもしれない。
はらはらしながらサフタールの次の言葉を待っていると、彼は分厚い本を抱えて持ってきた。
「これは……アルバム?」
「はい、どうぞご覧ください」
サフタールが持ってきた本はアルバムだった。
開くと、写真が綺麗に収められていた。
「わぁっ、かわいい!」
写真に写っているのは赤子だった。柔らかな色合いの産着を着ている。写真がカラーなのは、魔道具製の写真機で撮ったからだろう。
赤子の髪の色はツェーザルのような赤茶色っぽい気もするが、光の加減では黒色にも見える。
(もしかして、この赤ちゃんはサフタール様かしら?)
リーラやツェーザルに抱っこされている写真が何枚もある。どれも皆笑顔で幸せそうだ。
「この赤ちゃんはサフタール様ですか? 可愛い……」
「いいえ、違います。この子は両親の血を分けた娘さんです」
「ご両親に娘さんが……?」
サフタールは養子だ。ブルクハルト王国は男女問わず家督を継げるはずだが、イルダフネ家は国防を担っている。娘だけでは不安に感じて彼を養子に取ったのかもしれない。
義理の両親に娘がいるのなら、ぜひ挨拶をしたいとアザレアは思ったが、ここでリーラから昨日言われた事を思い出す。
リーラは確かに、「サフタールの母のリーラです。娘が欲しかったから嬉しいわ!」と言ったのだ。
娘がいるのに、娘が欲しかったと言うのはおかしい。
「今、娘さんはどちらに?」
「……亡くなられました。一歳の誕生日のすぐ後に」
魔法が発達した現代でも、三歳以下の子どもの生存率が高いとは言えない。
赤子の急死も珍しくないとはいえ、アザレアはサフタールの言葉に何と返していいか分からない。
「母上は娘さんを産んだ際、子どもを得られない身体になったそうです」
「それで、サフタール様が養子に……?」
「はい。娘さんの話を聞いた私は、少しでも両親の心の穴を埋めることが出来たらと思い、今まで頑張ってきたんですけど……、アザレア様を見て思いました。やはり、女性でないと母上が失ってしまったものを埋められない、と」
サフタールは瞼を伏せる。その表情はとても寂しげだった。
「アザレア様、お願いがございます」
「はい」
「出来る範囲でかまいませんので、母上のやりたいことに付き合って頂けませんでしょうか? あっ! もちろん、無理にとは言いませ」
「はい、喜んで! ……リーラ様と色々なことを経験させて頂きたいと思います。私も、七歳の時に母を亡くしていて、ずっとお母様が恋しかったのです」
今、母がいてくれたらと思ったことは何度もある。リーラを頼り甘えることが彼女の救いになるのなら、ぜひそうしたいと思う。
「そう言って頂けて本当にありがたいです」
「サフタール様はお優しいですね」
「……。私には実母との思い出がありません。孤児だったところを今の両親に引き取られましたから。だから、私の母はリーラ様だけなのです。血の繋がらぬ私を息子として可愛がってくださっている母上に、親孝行がしたいと思っていまして」
「孤児……」
サフタールは如何にも育ちが良さそうな男性で、立ち振る舞いにも品がある。元は兄弟が多い貴族家の出身だと勝手に考えていたが、孤児だったとは。
「これも、ここだけの話なのですが……」
サフタールの薄紫色の瞳が揺れる。
「私は、ブルクハルト王国現国王の隠し子です」
◆◆◆
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「はい、二週間後にブルクハルト王国の王城にて行われるのです。両親が参列する予定でしたが、せっかくの良い機会だからと父が私達に参列するように、と。良かったら一緒に行きませんか? アザレア様」
夕食の席にて。サフタールから、王城で行われる記念式典へ一緒に行こうとアザレアは誘われた。
だが、アザレアの表情は曇る。
(魔石鉱山の発掘は王国と公国が共同で行なっているもの……。その記念式典ということは)
ストメリナがやってくるのではないか。
人前で恥をかかされるのではないか。
そう考えると、不安で胸が押しつぶされそうな思いがする。
しかし、自分は将来のイルダフネ侯爵夫人。これからサフタールの隣で公務を行なっていかなければならない。
二国が共同発掘している魔石鉱山はイルダフネ領にある。
この記念式典の参列を欠席するなどありえない。
「無理にとは言いませんが……」
「私、王城へ参ります。サフタール様」
(私はもう逃げない……!)
温かく迎え入れてくれたイルダフネ家の人達のためにも、逃げるわけにはいかない。
アザレアはぐっと拳を握った。
「じゃあ、ドレスをお直しした方がいいわね。ついでに新しいドレスも五、六着作りましょうか!」
アザレアの斜め向かいのテーブル席で、リーラはぽんと手を叩く。
「ご、五、六着……!? すでにクローゼットにドレスはたくさんありますが」
「あれは全部既製品よ。やっぱりドレスはオーダーメイドじゃないと。明日、仕立て屋を呼んでいるから採寸しましょうね♪ アザレアちゃん!」
「サ、サフタール様……」
よくしてくれるのはありがたいが、あまり贅沢をしすぎるのはどうかと思い、アザレアは向かいのサフタールに視線を送る。
その視線に気がついたらしいサフタールは、眉尻を下げてこう言った。
「申し訳ありません、アザレア様。母上のわがままに付き合っては貰えませんか?」
「お願い! アザレアちゃん! 私、娘にドレスを作ってあげるのが夢だったの!」
サフタールの隣で、リーラは手を組んで瞳を潤ませている。
「いいじゃない、アザレア。お言葉に甘えれば」
アザレアの隣に座っていたゾラも、甘えればいいと言う。
これはドレスを作らねば、逆に失礼になる展開だろう。
申し訳ないなと思いながらも、アザレアはリーラの好意を受け入れることにした。
「で、では、お言葉に甘えさせていただきます」
「やったわぁ!! ふふっ、私の夢がやっと叶う!」
リーラは両手を振り上げて喜んでいる。
その笑顔にこちらまで嬉しくなった。
「ありがとうございます、アザレア様」
「いえ、そんな……。私の方こそありがとうございます。ドレス、楽しみです」
(サフタール様は、リーラ様が大事なのね……)
確かにこんなにも明るく元気で、自分に良くしてくれる母なら好きにもなるだろう。
アザレアもリーラのことが好きになっていた。
◆
「アザレア様、少し二人きりでお話出来ますか?」
夕食の後、アザレアはゾラと歩いているところをサフタールに呼び止められる。
「アザレア、先に部屋へ戻っているわね?」
「ええ」
ゾラは笑顔で手を振りながら去っていく。
(お話って何かしら?)
先ほどまで皆で楽しくお喋りしながら食事をしていた。二人きりでないと言えない話とは一体なんだろうか。
アザレアはドキドキしながらサフタールの後をついていく。彼の逞しい背中を見上げると、アザレアは火照る頬を両手でおさえた。
(も、もしかして、もう私は大人の階段を昇ってしまうのでは……!?)
ここに来る前にゾラから差し入れられた、恋愛小説の内容を思い出す。それは大人の女性向けの話で、かなり過激な性描写のあるものだった。
その恋愛小説のヒロインも親に決められた相手と結婚していて、わずか数ページで初夜を迎えていた。最初は互いに愛はなく、結婚相手は夜の床でヒロインに無体を強いていたが、次々に起こる困難に立ち向かっているうちにヒロインと結婚相手との間に絆が生まれ、最後には身体だけでなく心も結ばれるという話だ。
(私も、サフタール様と……)
アザレアはもちろん処女だ。裸になって男性と抱き合う自分の姿はまったく想像できないが、サフタールに男女のことをしたいと言われれば当然受け入れるつもりだ。それが妻の役目だからだ。
「アザレア様、ここです。どうぞお入りください」
魔道具の照明が灯される。アザレアが使っている客室よりも内装はシンプルだが、背の高い本棚には分厚い本がぎっちりと並んでいた。窓際には執務机があり、部屋の端には四角いテーブルがあった。
「ここは……」
「私が執務を行なっている部屋です。どうぞ、椅子にお掛けください」
アザレアの予想は外れていた。どうもサフタールは真面目な話をしようとして、彼女をこの場に連れてきたようだ。
もう手を出されてしまうのではと考えていたアザレアは恥ずかしくなるが、サフタールの堅い口調に背筋をぴんと伸ばす。
「母上のことでお話させて頂きたいことがありまして……」
「リーラ様のことで?」
深刻そうなサフタールの表情に、アザレアも焦る。
リーラは健康そうな女性に見えたが、もしかしたら病を抱えているのかもしれない。
はらはらしながらサフタールの次の言葉を待っていると、彼は分厚い本を抱えて持ってきた。
「これは……アルバム?」
「はい、どうぞご覧ください」
サフタールが持ってきた本はアルバムだった。
開くと、写真が綺麗に収められていた。
「わぁっ、かわいい!」
写真に写っているのは赤子だった。柔らかな色合いの産着を着ている。写真がカラーなのは、魔道具製の写真機で撮ったからだろう。
赤子の髪の色はツェーザルのような赤茶色っぽい気もするが、光の加減では黒色にも見える。
(もしかして、この赤ちゃんはサフタール様かしら?)
リーラやツェーザルに抱っこされている写真が何枚もある。どれも皆笑顔で幸せそうだ。
「この赤ちゃんはサフタール様ですか? 可愛い……」
「いいえ、違います。この子は両親の血を分けた娘さんです」
「ご両親に娘さんが……?」
サフタールは養子だ。ブルクハルト王国は男女問わず家督を継げるはずだが、イルダフネ家は国防を担っている。娘だけでは不安に感じて彼を養子に取ったのかもしれない。
義理の両親に娘がいるのなら、ぜひ挨拶をしたいとアザレアは思ったが、ここでリーラから昨日言われた事を思い出す。
リーラは確かに、「サフタールの母のリーラです。娘が欲しかったから嬉しいわ!」と言ったのだ。
娘がいるのに、娘が欲しかったと言うのはおかしい。
「今、娘さんはどちらに?」
「……亡くなられました。一歳の誕生日のすぐ後に」
魔法が発達した現代でも、三歳以下の子どもの生存率が高いとは言えない。
赤子の急死も珍しくないとはいえ、アザレアはサフタールの言葉に何と返していいか分からない。
「母上は娘さんを産んだ際、子どもを得られない身体になったそうです」
「それで、サフタール様が養子に……?」
「はい。娘さんの話を聞いた私は、少しでも両親の心の穴を埋めることが出来たらと思い、今まで頑張ってきたんですけど……、アザレア様を見て思いました。やはり、女性でないと母上が失ってしまったものを埋められない、と」
サフタールは瞼を伏せる。その表情はとても寂しげだった。
「アザレア様、お願いがございます」
「はい」
「出来る範囲でかまいませんので、母上のやりたいことに付き合って頂けませんでしょうか? あっ! もちろん、無理にとは言いませ」
「はい、喜んで! ……リーラ様と色々なことを経験させて頂きたいと思います。私も、七歳の時に母を亡くしていて、ずっとお母様が恋しかったのです」
今、母がいてくれたらと思ったことは何度もある。リーラを頼り甘えることが彼女の救いになるのなら、ぜひそうしたいと思う。
「そう言って頂けて本当にありがたいです」
「サフタール様はお優しいですね」
「……。私には実母との思い出がありません。孤児だったところを今の両親に引き取られましたから。だから、私の母はリーラ様だけなのです。血の繋がらぬ私を息子として可愛がってくださっている母上に、親孝行がしたいと思っていまして」
「孤児……」
サフタールは如何にも育ちが良さそうな男性で、立ち振る舞いにも品がある。元は兄弟が多い貴族家の出身だと勝手に考えていたが、孤児だったとは。
「これも、ここだけの話なのですが……」
サフタールの薄紫色の瞳が揺れる。
「私は、ブルクハルト王国現国王の隠し子です」
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