19 / 57
第19話 話すべきか、否か
しおりを挟む
「……その、ペンダントトップを見せてもらえますか?」
いきなり謝りだしたサフタールに、ゾラは彼の首に下げられたペンダントトップを見せて貰えないかと頼む。
どこか諦めたような表情を浮かべたサフタールは、首の後ろに手を回すと銀の鎖を外し、ペンダントトップをゾラに差し出した。
「これはロケットペンダントになっています。どうぞ、お開きください」
ゾラは緊張しながら、受け取ったペンダントトップのふちに親指の腹を押し当てる。カチリと音がすると、蓋が開いた。
「これは……」
丸いペンダントトップの中には、朱い糸が渦巻き状になって収められていた。
(朱い糸……? 違う、これは……)
「髪の毛……?」
「十年前にアザレア本人から貰ったものです」
「十年前? では、あなたは……」
(サフタール様は、アザレアが十年前に出会った、医法士の卵の少年……?)
ゾラはアザレアから、とある少年のことを知らないかと尋ねられていた。アザレアは、十年前に医法士の卵だという少年と出会い、自分の髪を数本渡していた。
魔法で髪の色を変える方法を探して貰うために。
「医法士の卵の少年……?」
「そう、名乗っていましたね……」
サフタールは苦笑いする。
思えば、サフタールはアザレアが語っていた少年の特徴と合致した。その少年は癖のない黒髪に、薄紫色の瞳をしていたという。彼はまさしくそのような毛色を持っている。
「アザレアには話したのですか? 十年前に出会っていることを」
「いえ、まだです。なかなか話すタイミングが掴めなくて……」
「きっとアザレアは喜ぶと思いますよ? あの少年がどうしているのか、ずっと彼女は気にしていましたから」
サフタールがあの少年だと知れば、アザレアの気持ちはさらに彼に傾くかもしれない。アザレアはサフタールに好感を抱いている。昔会った知り合いだと分かれば、さらに心を許すようになるのではないか。
アザレアの幸せをずっと願い続けていたゾラの表情は明るくなるが、サフタールは難しい顔をしている。
「十年前、アザレアから髪を数本頂きましたが、未だに彼女の髪色を魔法で変える方法は見つかっておりません」
「見つかってなくても、話したほうがいいですよ」
「そうでしょうか……。私はアザレアに失望されるのではないかと不安で」
「失望だなんて」
サフタールはブルクハルト王国で髪色を変える魔法を探すため、アザレアの髪を数本持ち帰っていた。
彼はアザレアに、無駄な希望を与えてしまったのではないかと気にしていた。
「私と出会ったあの日以降も、アザレアはずっと公国で虐げられていました。特にストメリナ様から受ける嫌がらせは酷かった……。見ていただけの私でさえ、胸が裂かれるような思いがしました」
「見ていただけ……? どこで見ていたのですか?」
サフタールはどこで、ストメリナがアザレアを虐めているところを目にしていたのだろうか?
ゾラの質問に、サフタールはハッとすると口元を手で覆った。
「……ゾラ殿、私はアザレアの髪を媒体にして、彼女の元へたびたび意識を飛ばしておりました。いけないことだとは分かっていました。でも、どうしても、アザレアがどうしているのか気になったのです……!」
サフタールの突然の告白に、ゾラは衝撃を受ける。
(身体の一部を媒体にして、意識を飛ばす……?)
理論的には不可能ではないと思うが、膨大な魔力が必要となる。
リーラからサフタールが持つ能力について聞いていたが、まさかここまでの芸当が出来るとは思っていなかった。
アザレアの私的な部分を覗かれたかもしれないと思うよりも、サフタールの人並み外れた特殊能力の方が気になった。ゾラはかつて魔法研究所一の秀才と謳われていた。魔法や特殊能力への関心は人一倍あった。
「サフタール様は、危険予知の能力があるのですよね? その……身体の一部を媒体にして意識を飛ばす術は、危険予知の応用みたいなものなのでしょうか?」
「分かりません。気がついたら使えるようになっていました。でも、危険予知の力でアザレアの危険を感じた時のみ、意識を彼女の元へ飛ばしていました。き、着替えだとか、そういうことは覗かないようにしていたので……し、信じてください」
「信じますので落ち着いてください」
(サフタール様は、アザレアが辛いめに遭ってる場面ばかり目の当たりにしてきたのね……)
サフタールが少し異常なまでにアザレアに気を使うのも、彼女の辛い日常に触れていたからだろう。
(サフタール様は本当に優しい方なのね……)
相手の不幸な境遇を知っても、世の中優しくする人間ばかりではない。虐げられている人間に何をしても咎められないだろうと考え、さらに迫害を加える人間だって珍しくない。
特にサフタールはアザレアの婚約者で、彼女に好意を持っている。無理やりアザレアへ迫ったとしても、問題はないのだ。それなのに、サフタールはアザレアの想いを第一に考えている。
「アザレアに正直に話したほうがいいでしょうか……。公国時代の生活をこっそり覗いていたことを」
「いずれは話したほうがいいでしょうけれど、二人きりじゃない時の方がいいかもしれませんね。私も立ち会います」
「ありがとうございます、ゾラ殿」
サフタールが何でも馬鹿正直に話しては、アザレアに余計な誤解を与えかねない。ゾラは真実を話す時は自分も立ち会うと申し出た。
ゾラは、アザレアに幸せな家庭を持って欲しいと願っている。そして、アザレアを支えるのはサフタールが相応しいとも思っている。
サフタールは少々実直すぎるが、さんざん傷ついてきたアザレアには、これぐらい真面目で優しい男の方が良いと考えていた。
(それに、サフタール様は美男子ですしね)
シンプルな白シャツに黒いズボンという簡素な格好でも、品の良い顔立ちと均整の取れた体つきをしているからか、ものすごく様になっている。きっと社交界では令嬢達を騒がせているに違いない。
いきなり謝りだしたサフタールに、ゾラは彼の首に下げられたペンダントトップを見せて貰えないかと頼む。
どこか諦めたような表情を浮かべたサフタールは、首の後ろに手を回すと銀の鎖を外し、ペンダントトップをゾラに差し出した。
「これはロケットペンダントになっています。どうぞ、お開きください」
ゾラは緊張しながら、受け取ったペンダントトップのふちに親指の腹を押し当てる。カチリと音がすると、蓋が開いた。
「これは……」
丸いペンダントトップの中には、朱い糸が渦巻き状になって収められていた。
(朱い糸……? 違う、これは……)
「髪の毛……?」
「十年前にアザレア本人から貰ったものです」
「十年前? では、あなたは……」
(サフタール様は、アザレアが十年前に出会った、医法士の卵の少年……?)
ゾラはアザレアから、とある少年のことを知らないかと尋ねられていた。アザレアは、十年前に医法士の卵だという少年と出会い、自分の髪を数本渡していた。
魔法で髪の色を変える方法を探して貰うために。
「医法士の卵の少年……?」
「そう、名乗っていましたね……」
サフタールは苦笑いする。
思えば、サフタールはアザレアが語っていた少年の特徴と合致した。その少年は癖のない黒髪に、薄紫色の瞳をしていたという。彼はまさしくそのような毛色を持っている。
「アザレアには話したのですか? 十年前に出会っていることを」
「いえ、まだです。なかなか話すタイミングが掴めなくて……」
「きっとアザレアは喜ぶと思いますよ? あの少年がどうしているのか、ずっと彼女は気にしていましたから」
サフタールがあの少年だと知れば、アザレアの気持ちはさらに彼に傾くかもしれない。アザレアはサフタールに好感を抱いている。昔会った知り合いだと分かれば、さらに心を許すようになるのではないか。
アザレアの幸せをずっと願い続けていたゾラの表情は明るくなるが、サフタールは難しい顔をしている。
「十年前、アザレアから髪を数本頂きましたが、未だに彼女の髪色を魔法で変える方法は見つかっておりません」
「見つかってなくても、話したほうがいいですよ」
「そうでしょうか……。私はアザレアに失望されるのではないかと不安で」
「失望だなんて」
サフタールはブルクハルト王国で髪色を変える魔法を探すため、アザレアの髪を数本持ち帰っていた。
彼はアザレアに、無駄な希望を与えてしまったのではないかと気にしていた。
「私と出会ったあの日以降も、アザレアはずっと公国で虐げられていました。特にストメリナ様から受ける嫌がらせは酷かった……。見ていただけの私でさえ、胸が裂かれるような思いがしました」
「見ていただけ……? どこで見ていたのですか?」
サフタールはどこで、ストメリナがアザレアを虐めているところを目にしていたのだろうか?
ゾラの質問に、サフタールはハッとすると口元を手で覆った。
「……ゾラ殿、私はアザレアの髪を媒体にして、彼女の元へたびたび意識を飛ばしておりました。いけないことだとは分かっていました。でも、どうしても、アザレアがどうしているのか気になったのです……!」
サフタールの突然の告白に、ゾラは衝撃を受ける。
(身体の一部を媒体にして、意識を飛ばす……?)
理論的には不可能ではないと思うが、膨大な魔力が必要となる。
リーラからサフタールが持つ能力について聞いていたが、まさかここまでの芸当が出来るとは思っていなかった。
アザレアの私的な部分を覗かれたかもしれないと思うよりも、サフタールの人並み外れた特殊能力の方が気になった。ゾラはかつて魔法研究所一の秀才と謳われていた。魔法や特殊能力への関心は人一倍あった。
「サフタール様は、危険予知の能力があるのですよね? その……身体の一部を媒体にして意識を飛ばす術は、危険予知の応用みたいなものなのでしょうか?」
「分かりません。気がついたら使えるようになっていました。でも、危険予知の力でアザレアの危険を感じた時のみ、意識を彼女の元へ飛ばしていました。き、着替えだとか、そういうことは覗かないようにしていたので……し、信じてください」
「信じますので落ち着いてください」
(サフタール様は、アザレアが辛いめに遭ってる場面ばかり目の当たりにしてきたのね……)
サフタールが少し異常なまでにアザレアに気を使うのも、彼女の辛い日常に触れていたからだろう。
(サフタール様は本当に優しい方なのね……)
相手の不幸な境遇を知っても、世の中優しくする人間ばかりではない。虐げられている人間に何をしても咎められないだろうと考え、さらに迫害を加える人間だって珍しくない。
特にサフタールはアザレアの婚約者で、彼女に好意を持っている。無理やりアザレアへ迫ったとしても、問題はないのだ。それなのに、サフタールはアザレアの想いを第一に考えている。
「アザレアに正直に話したほうがいいでしょうか……。公国時代の生活をこっそり覗いていたことを」
「いずれは話したほうがいいでしょうけれど、二人きりじゃない時の方がいいかもしれませんね。私も立ち会います」
「ありがとうございます、ゾラ殿」
サフタールが何でも馬鹿正直に話しては、アザレアに余計な誤解を与えかねない。ゾラは真実を話す時は自分も立ち会うと申し出た。
ゾラは、アザレアに幸せな家庭を持って欲しいと願っている。そして、アザレアを支えるのはサフタールが相応しいとも思っている。
サフタールは少々実直すぎるが、さんざん傷ついてきたアザレアには、これぐらい真面目で優しい男の方が良いと考えていた。
(それに、サフタール様は美男子ですしね)
シンプルな白シャツに黒いズボンという簡素な格好でも、品の良い顔立ちと均整の取れた体つきをしているからか、ものすごく様になっている。きっと社交界では令嬢達を騒がせているに違いない。
44
あなたにおすすめの小説
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
婚約破棄された氷の令嬢 ~偽りの聖女を暴き、炎の公爵エクウスに溺愛される~
ふわふわ
恋愛
侯爵令嬢アイシス・ヴァレンティンは、王太子レグナムの婚約者として厳しい妃教育に耐えてきた。しかし、王宮パーティーで突然婚約破棄を宣告される。理由は、レグナムの幼馴染で「聖女」と称されるエマが「アイシスにいじめられた」という濡れ衣。実際はすべてエマの策略だった。
絶望の底で、アイシスは前世の記憶を思い出す――この世界は乙女ゲームで、自分は「悪役令嬢」として破滅する運命だった。覚醒した氷魔法の力と前世知識を武器に、辺境のフロスト領へ追放されたアイシスは、自立の道を選ぶ。そこで出会ったのは、冷徹で「炎の公爵」と恐れられるエクウス・ドラゴン。彼はアイシスの魔法に興味を持ち、政略結婚を提案するが、実は一目惚れで彼女を溺愛し始める。
アイシスは氷魔法で領地を繁栄させ、騎士ルークスと魔導師セナの忠誠を得ながら、逆ハーレム的な甘い日常を過ごす。一方、王都ではエマの偽聖女の力が暴かれ、レグナムは後悔の涙を流す。最終決戦で、アイシスとエクウスの「氷炎魔法」が王国軍を撃破。偽りの聖女は転落し、王国は変わる。
**氷の令嬢は、炎の公爵に溺愛され、運命を逆転させる**。
婚約破棄の屈辱から始まる、爽快ザマアと胸キュン溺愛の物語。
これで、私も自由になれます
たくわん
恋愛
社交界で「地味で会話がつまらない」と評判のエリザベート・フォン・リヒテンシュタイン。婚約者である公爵家の長男アレクサンダーから、舞踏会の場で突然婚約破棄を告げられる。理由は「華やかで魅力的な」子爵令嬢ソフィアとの恋。エリザベートは静かに受け入れ、社交界の噂話の的になる。
【12月末日公開終了】これは裏切りですか?
たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。
だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。
そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる